美麗なイラストで楽しむ、YA(ヤングアダルト)ディストピア特集

海外YA(ヤングアダルト)というジャンルの小説をご存知ですか?
一般的には海外の10代の若者が読む小説のことを総称してYAと呼ばれています。日本ではジュブナイルと呼ばれていたジャンルの小説とちょっと似ているかも知れません。現代の日本ではライトノベルが若い世代を中心に流行していますが、YAはそれとも少し印象が違います。日本でも続々と翻訳版YAが販売されていて、その人気を窺い知ることができますね。

タフな少女たちとディストピア世界に浸ろう

ここでは海外YA小説の中でも特に、少女たちがディストピア世界で戦う物語をピックアップしてみました。ディストピアとは、ユートピアの反語で、紹介する物語にはどれも理想的ではない世界が描かれています。管理者により統制された管理社会、奴隷階級と支配者階級が明確に分かれた世界、SFの世界でもファンタジーの世界でも、少女たちの住む世界は常に困難に晒されています。現代に住む私たちにもこのようなディストピア的な未来が待ち受けているのでは、そう思わせるリアリティがあります。

「ティーンズ向けかあ」と思うかも知れませんが、これらの作品はどれも練り上げられた世界観とスピード感のあるストーリー展開で、一気読みしてしまうこと間違い無しです。大人が読んでも、もちろんティーンが読んでも面白い、日本のライトノベルとは雰囲気の違う海外YAの世界に浸ってみませんか?

胸がひりひりするような読書体験を『殺人特区』

胸がひりひりするような読書体験

殺人特区の表紙と挿絵イラストは、兼守美行さんです。BLやTLの挿絵をたくさん描いている人気イラストレーターさんなのですが、この表紙がすごいんです。表紙の少女メドウの美しさと、クールな銀色の髪が素敵!などと思って帯で隠れていた部分をめくってみると、うわあ! もう大変です。血の海です。血まみれです。この表紙を見てどきどきした人は、殺人特区はハズレ無しだと思います。「血はやだなあ」と思う人は、読むのをやめておいた方がいいかも?

ピンと呼ばれるナノマシンを体内に埋め込むことにより、人類から病気が根絶した世界。人口が爆発し、深刻な食糧不足に陥ってる人々を管理しているのは〈イニシアチブ〉という組織でした。物語は二人の主人公、15歳の少女メドウ・ウッドソンと、死体処理担当の看守、ゼファー・ジェイムスの、二人の視点から語られます。

メドウは〈浅瀬〉と呼ばれる荒れた地域に住んでいていて、少なすぎる配給で家族と暮らしています。愛する妹のペリは、いつもお腹を空かせていて、日に日にやせ細っていきます。そんな過酷な環境の中で、メドウは漁師の父親に戦い方を教わります。父親に訓練されたメドウは、15歳の少女でありながら、海賊にも怯まないほどの強さを獲得しているのです。

ゼファーは〈イニシアチブ〉の下層で、死体を処理する仕事をしているのですが、自分が夜な夜な人を殺しているのではないかという悪夢に悩まされています。ある日、ゼファーはメドウに命を救われ、二人は次第に引き寄せられていくのです。

この物語の見どころは、なんといってもメドウのクールさとそのタフな精神です。物語が進むにつれて、ゼファーの正体やメドウの亡き母親の謎などが次々と明らかになってきます。SFとしても、ミステリーとしても秀逸なストーリー展開で、胸がひりひりするようなディストピア感を味わえる作品です。そんなハードな世界観の中で、メドウとゼファーの二人の恋の行方が気になって、思わず一気読みしてしまいます。

殺人特区 (ハーパーBOOKS)

著者 : リンゼイ・カミングス

ハーパーコリンズ・ ジャパン

発売日 : 2016年2月17日

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シンデレラなんかじゃいられない『レッド・クイーン』

シンデレラなんかじゃいられない

“レッド”と呼ばれる奴隷階級の貧しい村で生活する少女メアは、ある日、本来持つはずのない能力に目覚めます。それは、支配者階級“シルバー”にしかなかったはずの力。18歳の誕生日が来れば徴兵されるはずだったメアは、その能力のために王家に捕らわれてしまいます。そして、行方不明になったシルバーの王女として生活することになるのです。

ともすれば、ファンタジー風のシンデレラストーリーに見えますが、この作品はそんなに甘い雰囲気ではなく、闘技場での戦いは王道バトル漫画のような迫力です。スピード感がある展開でぐいぐい読ませてくれるので、読後はメアとともに疲労感にどっぷり浸かってしまうかも知れません。

ハリウッド映画のような要素盛りだくさんの物語なのですが、実際に著者のヴィクトリア・エイヴヤードさんはアメリカでシナリオを学んでいたらしく、映画化も視野に入れて書かれているようです。劇場でレッド・クイーンを見ることのできる日も近いのかも知れません。また、続編は2017年冬に刊行予定とのこと、発売が待ち遠しいです。

装画と挿絵イラストは、漫画家でイラストレーターの清原紘さん。『万能鑑定士Qの事件簿』の表紙などを描かれているメジャー作家さんです。清原紘さんは表情に強さを秘めた少女を描くのがとても上手なのです。『レッド・クイーン』の表紙のメアも、地の底から何度でも這い上がってきそうな雰囲気を感じさせられます。眼力がすごい!

すぐそこにあるかもしれない世界『殺人遺伝子』

すぐそこにあるかもしれない世界

主人公のデイビーは裕福な家庭のお嬢様育ち。全てに恵まれて育ち、3歳のときにはピアノでショパンを弾けていたほどの才能の持ち主でもあります。恋人のザックはラクビー部の人気者で、BMWに乗っているしデイビーをお姫様のように扱ってくれる。そんななに不自由ないデイビーの暮らしは、音楽院進学の直前に一変してしまいます。

ハイスクールで受けたDNA検査で、デイビーはHTS、殺人遺伝子を保因していることが明らかになったのです。在籍していた学校には拒まれ、デイビーは殺人遺伝子保因者だけが集まる教室に隔離されることになります。“檻”と呼ばれるその教室にいるのは、世間から疎まれ見捨てられたはぐれものばかり。中でも危険な影を持つ少年ショーンの首筋には、逮捕歴を示す入れ墨”H”の刻印が刻まれています。

そんな生活環境の激変の中で、互いに惹かれ合っていくデイビーとショーン、檻の中の生徒たちとの諍いや友情、そしてデイビーもついには……。ごくありふれた平和な日常が、遺伝子検査だけで失われてしまう。こんな現実がすぐそこまできているとも言える、近未来のディストピアストーリーです。もし私の家族が、友人が、殺人遺伝子保因者だったら、私はいままでどおりに振る舞えるだろうか? もし私自身が殺人遺伝子保因者だったら? そんなことを考えさせてくれる物語です。

『殺人遺伝子ギルティ』はここで紹介した作品の中でも、とくに現代の世界に近い感じで読みやすいのではないかと思います。未来的なSFやファンタジーの世界観にはちょっととっつきにくいなあ、と思う読者さんにはぜひおすすめしたい一作です。

イラストは『魍魎戦記MADARA』『多重人格探偵サイコ』などを描いているベテラン漫画家の田島昭宇さん。表紙のデイビーのイラストは、淡いタッチで描かれているのに力強さがあり、引き寄せられてしまいます。本文の挿絵もクールでかっこいいのです。

ともに人生を歩んでいる気持ちになれる『毒見師イレーナ』

ともに人生を歩んでいる気持ちになれる

ブラゼル将軍の息子、レヤードを殺した罪で死刑囚になった少女イレーナがこの物語の主人公です。イレーナは投獄一年後に、このまま死刑になるか、イクシア領最高司令官の毒見役になるかの選択を迫られるのです。結局、イレーナは毒見役として城で働くことになります。イレーナは防衛長官のヴァレクに特殊な毒を飲まされたため、二日に一回解毒剤を飲まないと死んでしまいます。つまり、城から脱走することは不可能なのです。

この物語のユニークなところは、孤児、死刑囚、毒見役、実は秘めた力を持っている、などという奇異な境遇に置かれたイレーナの性格が、本当にごく普通の女の子だというところです。毒見したお菓子のおいしさにうっとりしてつい食べすぎてしまったり、自分の身の上に絶望したり、再び勇気を取り戻したり、また絶望したりと、目まぐるしく変わる心境が等身大の少女を思わせます。ファンタジーな架空世界の王宮お仕事小説と思わせて、地に足のついた少女の成長物語だったりもするのです。個人的にはこの小説、一押しです。

世界観はファンタジーなのですが、なんとなく現実世界とリンクしているところを感じさせます。「これシナモンロールじゃない?」というパンが出てきたり、「クリオロってもしかしてあのお菓子のことだよね?」などと、ちょっとした遊び心があります。あと、読み進めていくうちに「この小説には恋愛要素があんまりないのかな?」と思いましたが、大丈夫です。ちゃんと恋愛要素もあります! 二人の距離が縮まるのに結構な時間がかかりますが。うーん、もどかしい。

ネタバレが勿体ないので詳しくは解説しませんが、『毒見師イレーナ』は三部作シリーズの第一作です。二作目の『イレーナの帰還』では、成長したイレーナが故郷に戻り、イレーナの力の秘密も明らかになります。完結編の『最果てのイレーナ』では、イレーナが敵対する両国の架け橋になろうと奮闘します。

表紙イラストはどれもたえさん。文芸小説の表紙を多く手がけているイラストレーターさんです。『毒見師イレーナ』の表紙のこちらを見つめるイレーナと、完結編『最果てのイレーナ』のイレーナが、どちらも似た表情なのですが、その瞳に異なる感情を思わせて、イレーナの生きてきた時に思いを馳せてしまいます。

また、このシリーズは三部で完結ですが、続編の〈ソウル・ファインダーシリーズ〉三部作があるそうです。翻訳されるのが楽しみですね。

新作『プリズン・ガール』に期待!

新作『プリズン・ガール』に期待!

最後に、まだ読んでいないのですが楽しみにしている小説を紹介します。『プリズン・ガール』は、日本に実話を元にした同名の小説がありますが、それとはまた別の、2017年5月新刊のホットな海外YA小説です。

『プリズン・ガール』は、少女ペティが主人公です。父親と二人暮らしだったペティは世間から隔離され、軍人ように銃器の扱いと対人戦術を叩きこまれて育ちます。ある日父が亡くなり、その遺言により気味の悪い遺言執行人がペティの生活を支配することになります。このままでは囚人のように一生を過ごすはめになる。そう悟ったペティは町から逃亡を図ります。

この小説は「国際スリラー作家協会新人賞ノミネート」だそうで、独創的で予測不可能な傑作サスペンスとの評判を聞きました。表紙のペティも『キック・アス』のクロエ・モレッツを思わせるかっこよさです。父は本当は何者なのか。気になります!

プリズン・ガール (ハーパーBOOKS)

著者 : LS・ホーカー

ハーパーコリンズ・ ジャパン

発売日 : 2017年5月17日

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少女たちの苦悩と戦い、そして愛

ここで紹介した小説に共通して感じられるのは、少女たちのタフさです。どの少女たちも自分の置かれた境遇に満足せず、嘆き、抗い、そして戦うことを選びます。ファンタジーな架空世界でも現実とよく似た近未来の世界でも、彼女たちは愛する家族や友人のために、それから自分の人生のために、それぞれの方法で戦うのです。王子様を待つプリンセスではない、今の時代のヒロイン像を存分に楽しむことができる作品です。

また、これも海外作品の特徴なのかなと思ったのですが、どの作品にも兄弟愛が描かれています。守るべき愛しい弱者としての妹や、信頼できる先人としての兄。『毒見師イレーナ』のイレーナは孤児ですが、孤児院でともに暮らした兄弟たちのことを常に心配しています。日本のライトノベルでも「妹」という存在がよく描かれますが、それとはまた違った感じの強い兄弟愛を感じさせます。

物語の主題には恋愛要素もきちんとあって、そこはやはりYA小説の特徴なのかなと思います。少年少女たちにとって、自分の生まれ育った困難な境遇や、自分がなにものなのかというアイデンティティ以上に、人に恋をすること、人を愛することは重要なのでしょう。恋愛、大事ですよね。

私たちを取り囲む辛い現実から逃れるために、娯楽としてのYA小説を楽しむつもりが、逞しい主人公たちにすっかり勇気をもらってしまいました。それがバッドエンドでも、ハッピーエンドでも、今という人生を力の限り戦い抜くしかない、そんな風に思わせてくれる読書体験でした。

この記事のライター


山田佳江

三人の子供を育てながら小説を書いています。『SF雑誌オルタニア』『銃と宇宙GUNS&UNIVERSE』で小説連載中。得意料理は塩おにぎりです。