久禮亮太さん×辻山良雄さん×石橋毅史さん「本屋のしごとの伝え方」トークイベントレポート

久禮亮太さん×辻山良雄さん×石橋毅史さんトークショー

こんにちは、ブクログ通信です。

1月10日、久禮亮太さん、辻山良雄さん、石橋毅史さんによる、「本屋のしごとの伝え方『スリップの技法』『本屋、はじめました』『まっ直ぐに本を売る』著者トークイベント」が開催されました。

今回の出演者3人、フリーランス書店員として活躍する「久禮書店」久禮さん、「Title」店主の辻山さん、ライターの石橋さんは、それぞれ立場は異なれど、苦楽堂という出版社から本を刊行したことが共通点となっています。久禮さんの『スリップの技法』が売行好調により重版したことを記念し、読者のみなさんへのお礼も兼ねて行われたのが今回のイベントです。

今回のブクログ通信では、トークイベントのレポートをお送りします。出版や書店に関わるかただけでなく、本が大好きなかたはぜひご覧くださいね。

取材・文・ブクログ通信 編集部 大矢靖之

神楽坂モノガタリ
トークショー会場:神楽坂モノガタリ

登壇者プロフィール

久禮亮太(くれ・りょうた)さん

1975年生まれ、高知県出身。早稲田大学法学部中退。97年、あゆみBOOKS早稲田店にアルバイト勤務。三省堂書店八王子店に契約社員として勤務したのち、2003年よりあゆみBOOKS五反田店に正社員として勤務。2010年より同社小石川店店長。14年退職。15年、「久禮書店」の屋号でフリーランス書店員として独立。神樂坂モノガタリ(東京都新宿区)などで選書、書店業務一般を行うほか、長崎書店(熊本市)などで書店員研修を担当。

辻山良雄(つじやま・よしお)さん

Title店主。1972年、神戸市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。97年、リブロ入社。大泉店、久留米店、福岡西新店を経て、広島店と名古屋店で店長を歴任。名古屋時代は街ぐるみの本のイベント「BOOKMARKNAGOYA」初代実行委員の一員を務める。2009年より池袋本店マネージャー。15年7月の同店閉店後退社。16年1月、東京・荻窪にTitleを開業。近著に『365日のほん』(河出書房新社/2017年刊)。

石橋毅史(いしばし・たけふみ)さん

フリーランスライター。1970年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、出版社勤務を経て98年に新文化通信社入社。出版業界紙「新文化」記者を務める。2005年、同紙編集長就任。09年12月退社。著書に『「本屋」は死なない』(新潮社/2011年刊)、『口笛を吹きながら本を売る-柴田信、最終授業』(晶文社/2015年刊)。注文出荷制出版社による共同DM「今月でた本・来月でる本」にて「本屋な日々」を連載中。

リンク先のご案内にある通り、「『本屋というしごと』の中身や面白さは語り尽くされたのか、それともまだまだ伝えることがあるのか。若き書店員に、より多くの読者にそれを伝えていくためには何が必要なのか。『本屋というしごと』の楽しさと課題を再確認し、未来への可能性をさぐる2時間」で、書店に関わる人以外にも、非常に示唆に富む内容となりました。

なお、久禮さんには『スリップの技法』について、「書店員という仕事の面白さを伝えたい─出版不況に対し自分の立場から言えること」「人工知能に書店員は負けない─生身の人の実在がある限り、一緒に何かをやりたい」とインタビューを行っていますので、あわせてご覧ください。

久禮亮太さん『スリップの技法』について

トークショーの様子
久禮さん、辻山さん、石橋さんトークショーの様子

最初の話題は、新しく刊行された『スリップの技法』から(本の内容については、「書店員という仕事の面白さを伝えたい」「人工知能に書店員は負けない」インタビューをご覧ください)。

石橋さん:『スリップの技法』という本は、書店員の動作の流れ、肉体的な作業と分かちがたく結びついているスリップ(※)について、具体的に、大変細かく書いています。読んで一度目は、正直ウンザリした(笑)

ところが二度目に読んで、その記述の細かさが面白くなってきたんです。今まで色々な書店人が、スリップとその活かし方について書いているけれども、ここまで書いた本は初めて見ました。

(※スリップ…新刊書籍に商品管理カードとして挟まっているもの。題名、著者名、出版社、バーコード情報など、書籍の大事な情報がまとまっている。発注や出版社への売り上げ報告に使用)

辻山さん:スリップを用いた「あゆみブックス」のメソッドについては、自らが籍を置いていたリブロのことを思い起こして、「こんなにも仕事のやり方が違うんだ」と感じました。

1000坪の大型書店だと、売上を見るのはスリップを用いる売場は少なくて、POS(※)になります。すごく売れる本は1日に30冊とか50冊売れますが、それを出版社に連絡して確保する。もちろん売上はそういう本だけで出来ているものではありません。POSで見て1ヶ月で3~4冊売れるような本を見つけて、1冊1冊の売り上げの積み重ねを拾っていく作業も必要です、ただ、それもPOSで行っていました。書店のチェーンによってはスリップは殆ど使っていないし、むしろPOSがあるんだから使わなくていい、と言われることもあると思います。

(※POS……販売時点情報管理。商品販売したデータを、仕入、在庫や売上の管理などに役立てるシステム)

石橋さん:今、書店員さんは、スリップを使う人、使わない人と分かれてしまうんですね。

辻山さん:久禮さんが『スリップの技法』で述べた「スリップがアクセルでPOSがブレーキ」という表現は興味深かったですね。確かにそうだな、と思います。POSは判断基準の一つではあるけども、そこに示される数字には、ある種の人格的なものが抜けている。数だけで、POS売り上げ順位1位から100位の本をまとめておいて置けばいいというわけではないじゃないですか。スリップを通じて人格を大事に、車を運転していく久禮さんの姿が浮かびます。

そして、久禮さんがスリップに書いている他の人への伝達メモは「優しい」ですね。というのも、本屋の仕事は自らの仕事を他の人に言葉で伝えることが難しく、「背中を見ろ」的なやり方が多かったからです。本屋の仕事っていわば属人的な仕事だったから、それを言葉にして第三者に伝えることは今までなかなか実践されてこなかったですね。

久禮亮太さん
久禮亮太さん

久禮さん:体で分かっているけど人に伝えられない自分自身の仕事を言語化し、他人が検証できるようにしようとしたんです。そして同僚にそれを伝えなければいけないとも思った。先人も本でスリップについていろいろなことを書いているけれど、業務のなかで起こる判断のプロセスについては具体的に書かれていないじゃないか、と。それがこの本を刊行する原動力の一つでした。

『スリップの技法』は3つの観点からスリップについて書きました。売り場を読み解くための材料。売れて上がってきたものをもっと展開するためのアイデア・きっかけ。そして判断を誰かに伝えやすいカード式のツール。声高に紙のスリップの強みを主張するつもりはありません。無くなる趨勢にあるとしたら、それに適応していけばいいと考えてもいます。スリップは本につけられることが段々少なくなってきたし、これから無くなっていくかもしれないけど、その前にスリップをもとにした思考の型を言葉にすることが必要ではないか、とも思ったんです。

石橋さん:過去の先人も色々な著作でスリップについて語っていますが、論の最後でどこか「ふわっと」していました。でもそれはあいまいだとかいい加減だとかいう言葉で切り捨てられなくて、言葉にしきれない感じでもあったはずです。そこを伝えようとすることが難しいのですよね。

辻山さん:スリップの中に含まれている情報は、長期間になるとものすごい価値がある。ただ、私は個人でいま自分の店をやっていて、誰かに何かを伝えるという作業がないのでスリップを伝達に用いる必要がなく、使っていないんです。けれども必要最低限の情報しか掲載されていない関係者向けの新刊案内を見るとき、脳裏には久禮さんが蓄積していたような情報がぼんやり脳裏に浮かびます。

辻山良雄さん『本屋、はじめました』について

久禮さん:辻山さんの『本屋、はじめました』を最初に読んだとき、うらやましすぎて、ジェラシーを感じました(笑)こういうふうに本屋をやりたいな、と。このような書店が僕にもできたなら、と思いました。その思いは今もあります。

石橋さん:どんなうらやましさがありましたか?

久禮さん:読んだ時僕はすでに「神楽坂モノガタリ」の書籍担当をしていて、カフェと同居している本屋という特性や、カフェの客層に合わせた選書の方向性を考えて、街場の書店とは違うところを目指しています。でもやっぱり書店ってオールジャンルで、世界のあらゆる側面を切り取って凝縮させて全体性があることが面白いと思っていて、「Title」はそれを実現していることがうらやましかったし、僕も負けないように神楽坂でがんばろうと思いましたね。

石橋さん:『本屋、はじめました』はいかに開店という体験を中心にして具体的に書くかということを目指していったものと読めますが、書くときに苦心したことはありましたか。

辻山良雄さん近影
辻山良雄さん

辻山さん:書店経験が20年近くあるなかで、自分が言語化をこれまでしてこなかったことを書いています。自分の中にあることを元に当たり前のことを読者に伝えることを心がけました。また、本屋を作ることよりもそれを続けていくことのほうが難しいと個人的に思っています。それぞれの思いを分解して書きました。

石橋さん:奇をてらったことは書いていないですよね。一方で、開店にかかったお金と10ヶ月間の成果(売上)を巻尾に記しています。

辻山さん:計画書・経営数値については、私から載せましょうと編集者に申し出ました。とにかく具体的に書いています。数字があるから説得力が出せますね。悪かったら出さなかったかもしれませんが。2年目も前年をクリアしていて、いい数字なので出せます(笑)

本屋の開業話でもあり、エッセイでもあり、ビジネス的な本でもある。だからあまり奇をてらわず、文章や文体にこだわらず書きました。書くものにこだわりがなかったのかもしれません。編集者からは第三者から分からない言葉について指摘がありました。しかしそれは思考のおろし方を訓練してもらって良かったと思います。他のところで書評などを執筆するときに編集者と作家の目線で書くのに役立っているので、はじめにこの本を担当してもらってよかったと思いました。

久禮さん:文章に対する辻山さんのおおらかさは、「Title」の品揃えに近いものがあるな、と思いました。小さい出版社との直取引をしながら、取次とも契約して、品揃えに取り組んでいる。「セレクトショップあるある」にならないように努めていらっしゃいますよね。

辻山さん:自分の大型書店の経験が、20坪の店にギュギュっと出ちゃっています。大型書店と同様に取次を経由して本を仕入れることによって、色んな地域の、色んな出版社の商品を並べて、それを店として表現することができています。

本屋をやるとその人が出ちゃいますよね。全く違うことをやろうとしても、自分の中にないものを表現はできない。

石橋毅史さん『まっ直ぐに本を売る』について

久禮さん:辻山さんのお話は、この『まっ直ぐに本を売る』にも関わってくる話ですね。この本は、書店と出版社間で直接取引の流通を担っている「トランスビュー」という会社のことを扱っています。本の流れの上流から下流までを見ていき、書店にとって直取引とは何か、ということを示す本です。

その中で、誠光社の堀部さんの取り組みが紹介されていますね。出版社とできるだけ直接取引をして、利益を改善しようと試みています。ひとつひとつ個別の取引を、委託にしろ買い切りにしろ、顔の見える関係の中でシンプルにしていく、小売業の原点に戻していくスタイルです。こういうスタイルの書店が一つでも増えてくれれば、と堀部さんがおっしゃっています。僕も納得がいくし、倣いたいけど、僕はあれもこれも仕入れたいタイプなので、棚の品揃えをどんどん新陳代謝させていきたいと思うと困ってしまいますね。必ず売れるものだけを買い切ることができる選書能力があるか自分にはわからないし、精算とか支払いとか……取次を使うほうが楽だなと思ってしまう(笑)

辻山さん:「Title」は基本的に取次を用いていますが、取次に普段任せる本のなかで、自著『365日のほん』は出版社と直接取引をしているんですよね。いま直接取引しているのは100人/社くらいです。

久禮さん:みな、直取引か、取次か、という単一のモデルを探しがちだけど、みんなそれぞれのバランスポイントを取っている。しかし大手の取次という存在も変わっていくかもしれないし、僕自身が色んな流通のチャンネルを使い分けていくかもしれない。自分のバランスで店を継続可能なかたちで経営していくために、どういう仕事の組み立てをしていくか。ちょうどいいやり方を見つけられるのか。それが課題です。

石橋毅史さん
石橋毅史さん

石橋さん:誠光社の堀部さんは元々新刊書店の委託制度になじんでいますから、柔軟に使い分けていますね。まさにバランスのとり方が重要です。

ところで僕が『まっ直ぐに本を売る』で書いたことと、久禮さんが『スリップの技法』で書いたことで共通するテーマに、「返品」(※)があります。まさに新刊書店の売場を変えていく、本を取り替えていくやり方でもあるのですが、「返品率」(※)は大きな問題の一つです。

(※「返品」「返品率」…本の委託制度によって返品ができることで、書店は多様な出版物を扱える半面、発送や返送といった流通コストや、その後の廃棄や在庫といった活動にもコストが生じてしまう。本を売る利益がわずかななか、返品は大きな問題となっている。現状、書店に送品した出版物のうち平均で約4割が出版社へ返品されてしまっているという。「返品率」とは、本の仕入金額に対して生じる返品金額の割合)

大手チェーンの場合、返品率を抑えるとマージンが出ることもありますが、面白い品揃えをしようとすると、思い切って仕入れるしたくさんの量を置くから返品率は高くなりやすいですよね。

辻山さん:「Title」の場合、雑誌返品率は高くなりがちです。書籍に関してはイベント時に関連書を仕入れて売れなかった時以外には、さほど返品が生じていないと思います。とはいえ、いまは取次を使っていて返品もできる、という前提があって店を運営しているから、わりと返します。

久禮さん:「あゆみブックス」にいたときも色々な書籍を並べて試そうとしたから、返品率は高かったですね。「神楽坂モノガタリ」は色んな新刊を試したくてじたばたしてしまい、返品率は高めです。けれども本来この店は、これまでの本屋とは違うイメージで運営していけるはずなので、長期的に並べて売り切るというスタンスに寄せていかなければと思います。

辻山さん:ただ物流のあり方、注文のやり方次第で返品率は変わってくるところですよね。トランスビューの場合、注文した本は翌日来る。発注した数が確実に来ます。だから適正に本を仕入れることができて、返品率が極めて低くなるわけですね。一方書店と取次・出版社間では、どういう本か分からない状態で本を注文しなければいけない場合もある。

石橋さん:古書店の人たちは商品を基本すべて買い取り、売れないものは処分することもありますね。新刊書を中心とした書店の基本姿勢って、取次が形成し、支えてきたものなんだな、ということを改めて感じています。それが全て必ずしもいいわけではない。どこかでやりづらくなる日が来ると思っています。

辻山さん:私からも『まっ直ぐに本を売る』について言うと、第一章、石橋さんが出版社の営業マンをしていた時期の話が面白かったです。トランスビューと間逆で、本をどんどん送り込み決算前にどんどん新刊を出す、出版社のつらさが見え隠れしますね。出版の、ある種の負の部分が書かれていると思います。

石橋さん:その後トランスビューと出会ってこういう世界があるんだ、というショックがありました。過去出版社にいた自分に伝えたかったですね。しかし執筆依頼があったとき、既存の取次、従来のあり方へのカウンターとしてトランスビューがある、という書き方になってしまうので、なかなか応じられずにいました。執筆してみて、新刊流通の難しい仕組みをどう書き、伝えるかということが難しかったですね。

3人に共通の出版社、編集者。その企みは!?

石橋さん:あらためて私たちの3冊を並べて見ると、共通の編集者が一人一人に書けといってこういう本を書かせたことに企みがあるな、という感じがします。編集・石井さんが築こうとしているものがある。

あえて言ってしまえば、『スリップの技法』で説かれることも、『本屋、はじめました』の開店記録も、直取引も、いらないっていう人には関係のない話なんですよね。でも、絶対必要で、記録しておきなさい、と仕掛け人は言ったと思うんです。実際、書いているときに自分でも「……そんなに必要かな?」って思う場面があったんですよ(笑)でもやっぱり書く。それは一つの真剣勝負幻想を持たせている。演者であり、プロレスラーの私たちがいらないかもしれない話を本気でやる。プロレスを本気でやるわけです。それによって本気の観客が生まれる。そんな思惑を感じます。

辻山さん:でもこの3冊を読むだけで、取引先ができて、お店が完成し、スリップを毎日読むことになる(笑)そういうことができますね。

石橋さん:『スリップの技法』、僕の知っている書店員でも「いらない」って言った人がいたんです。でもその人は確かに醒めていて、真剣勝負幻想に巻き込まれない人なのだと思います。答えの出ないスリップの存在意義や、「Title」のドラマに入っていかない人もいる。でも本気で書かせる人がいて、読む人がいる。

─ちょうどその頃、苦楽堂編集者の石井さんは、会場の背後で何やらひそひそ声で打ち合わせをしていました。石井さんが急に女性とトークショー壇上に付近を現したかと思いきや、女性の手にはなんと凶器が─!

タイトルさん周年記念ケーキ
タイトルさん周年記念ケーキ ※正確には「2さい」です

─ではなかった!ケーキです!このトークショーが行われた日は1月10日。Titleのオープン日でもありました。石井さんの企んだサプライズに、登壇者の3人も思わずびっくり。心温まる一シーンとなりました。

質疑応答

非常に長かった質疑応答の時間の時間から、いくつかの質問をご紹介します。

まず『バッタを倒しにアフリカへ』毎日出版文化賞特別賞を受賞した、前野ウルド浩太郎さんが会場に姿を見せており、神楽坂モノガタリの棚について質問されました!

前野ウルド浩太郎さん
前野ウルド浩太郎さん

Q.さまざまなサイズの本が並んでいますね。この棚の並びは本当におしゃれで真似したいな、と思いました。本の並びをキーワードを押さえて繋いでいく技術やこだわりについて教えてくださいますか?

久禮さん:その場その場、見た目のバランスを考えます。また、核になる本、同じキーワードを持つ本が固まりすぎないように少しずつ変えていくこともありますね。類書が並びすぎるとクドい、という感じです。売れ筋に安直にたたみかけるよりも、お客様一人一人にとってのライフスタイルやストーリーを描けるほうが並べやすいですね。わざと立体感を見せる場合もあります。

辻山さん:文庫やハードカバーを組み合わせるってやり方もありますけど、司馬遼太郎みたいなシリーズで置いたほうがいい場合もあるし、テーマが面白いって場合は一箇所にどさっと置いたほうがいい場合もありますね。

久禮さん:どさっと積むときはお客さんを「あれっ」と思わせるフック、挑発するための装置として作る場合もありますね。

ほか、書店に並ぶスリップをお客が持ち出すことができるかどうかについて前野さんから質問が飛び、久禮さんが悩みだすハートウォーミングな情景が広がりました。

Q.お三方から見て、まだ書店の仕事で言語化されていない領域はありますか?言語化されたほうがいいことはありますか?

久禮さん:まだまだいっぱいあると思います。例えば、本をどう陳列・展開するか、それで爆発的に売れる本、売れない本があるのはなぜか。それは店ごとのレイアウトや立地によって幾万通りの条件があると思うし、店員一人一人が把握する必要もあるでしょうが。

他にも、大きなデータを見るときのPOSの技法。WEBサービスやSNSと、本屋との連動。本屋に身構えたり、幻滅したりする人の属性やその理由。たとえば産休に入って本屋を外から見て戻ってきた書店員の思い。などなど、語られていないテーマが色々あると思います。

辻山さん:色んな人が本屋の仕事について書いて、刊行数が多すぎだとおっしゃる方もいるかと思います。ただ、人によって見方が違うし、重きを置いている部分も違う。同じテーマでも人によって全く別のことを書くことになると思います。だからいろんな人がもっと書いていいんじゃないかなと。本を仕入れて売る、という目的についてはそう大差はないと思うんですが、具体例だったりディテールは様々です。その内実が面白いと思います。

石橋さん:僕も一冊書く元気がある人はみんな書けばいいと思っています。本屋の人たちが直接自分たちの体験を語り、それを受け止める人がいるから本が刊行されるのですし。

その一方で、外野の立場から本屋のことばかり書いてきた僕が行き詰ってきたな、という思いもあります。当事者たちが書き始めているから。まして『本屋、はじめました』が売れていると聞くと、書くのが本業の自分の本と比べてしまう(笑)

ひとつ考えていることを言えば、東京新聞「本屋がアジアをつなぐ」という連載の取材で、先日韓国に行ってきました。80年代まで言論の自由がなかった当時、逮捕されたり拘留されたりしてきた人達がいたわけで、お会いしてきたんです。翻って見ると、日本でも戦時中は言論の自由がなかったし、今後言論の自由が再びなくなる時代がこないとはいえません。売ってはいけない本が山ほど出てくる時代がきたとき、書店はどうするのか?そういうことに対し、業界でまだ切迫感がなくて誰も書いていませんが、そういうことを頭に置きながら執筆を続けていきたいですね。

神楽坂モノガタリ2
神楽坂モノガタリ2

Q.久禮さん、辻山さん、どれくらいのお歳まで、本を売る仕事を続けますか?

石橋さん:会社勤めのかたとフリーの方で立場が違いますよね。リスクの違いもあれば波もありますよね。

久禮さん:僕は自分が店を背負っている立場ではないし、考えてみたことがないんですが、続けられる限り続けたいと思っています。

現在僕は、みなさんに知ってもらって、勤めのころより露出が一番高まっている時期です。仕事が忙しいと思われているかもしれませんが、一番仕事をしていないんですよね。むしろ前職の頃は、仕事をやりすぎてたんです。好き放題させてもらっていたというか。僕が家を出て仕事しているのは、火・木・土曜。月・水・金曜日は家事をして、奥さんが仕事をしてくれて、日曜はみんなで休みます。

皆さんがご存じの書店員の久禮という立場の一方で、奥さんと娘とで一つのユニットを組んでいるような感じです。来年は娘が小学校に上がります。娘が僕たちのペースを握っていて、夫婦ともに娘のスケジュールを織り込みながら仕事をしています。今後の抱負などを聞かれることもありますが、これから毎日がどんなペースになるか、僕も奥さんも分からないので答えられないんです。

3人で成り立つバランスだから、僕が仕事をしないのがベストということになれば、辞めちゃうかもしれない。でも辞めるっていっても本の仕事を絶対やらないというわけではなく、断続的に仕事に復帰したり、辞めたり、というバランスがとれたらいいなとも思っています。とにかく、僕が自分のお金で自分の店をしようとなると、今は全力投球する時期ではないですね。まあ、先のことは分からないです。

辻山さん:私も体力・気力・お金というところで生活・業務が成り立っているので、どれかが無くなったら終わりというか……本屋であることの手前に、自分の人生があるので。それが楽しいのが一番じゃないですか。楽しめなくなったら辞めるかもしれないですね。

奥で妻がカフェを担当しているんですけど、お店を交代してやっているんじゃなくて、一緒にやっているわけです。妻がいるからカフェで、カフェがあるからあの空間になるんです。そうして、一緒にやっている。実はオープンの時に比べて、営業時間を徐々に短くしているんですよ。定休日を決めて、夏休み・秋休みを決めて、臨時の休みも決めています。そうして、二人で気持ちよくやれるように、ちょっとずつ変えています。

石橋さん:最近は本業などがあって週末だけ本屋を営む、という人が増えてきていますね。それよりすこし先輩の、10年くらい本屋を続けている人たちからは、週末だけ本屋なんて本屋じゃない、という声を聞くこともよくあるんです。でも、京都の三月書房さんや鳥取の定有堂書店さんなどの大ベテランのほうが、週末本屋というあり方に肯定的な印象ですね。「そういう生き方もあるんだな、これからの一つの流れになるかもしれないな」と。面白いことですね。

辻山さん:そこまでしてやりたいわけですからね、書店を。生きるのはその人の自由だからやってみるのが幸せかもしれないですね。

石橋さん:書店というのはどんどん個別化されてきて、自分の生き方のなかで本屋という生き方を選ぶ人が増えてきて、それに対して既存の流通のかたちや出版社が対応しきれていないところがありますね。個店ひとつひとつに対応するのは効率の悪さにもなるから一概には言えないにせよ、この流れを出版社は意識していないと後悔することになるのではないか、と思っています。

Q.スリップの分析を深く細かく行うためには、書店員さんの側にも前提条件や、能力が必要かもしれないですよね。いきなりスリップに取り掛かるには、ハードルが高い場合もあります。この本で扱う内容のレベルが高い、と思う書店員さんもいるのではないでしょうか?現場の書店員さんとスリップについて話すとき、反応はどうでしたか?

久禮さん:おっしゃる通りで、そうしたことを感じます。『スリップの技法』で挙げている実例についてできるだけ幅を持たせようと思ったんですが、凝った本が多いよね、と思う方もいるかと思います。スリップについて書いているうち、分析めいた複雑な話に育っていった。

けれど売れたスリップから素朴に売れた喜びを感じたい、という思いがあります。そのためのツールでもあるんですね。今ここに並んでるスリップを見ると、4月から半年以上売れていない本もある。これを「いい本」だと思って置いている、自分の自意識がこびりついてて恥ずかしいと思うこともあるわけです。返品しないけど拘っているこの僕はどうなんだろう─?って考えている時が好きなんです。自分が積んで売れないものを、売れないという事実でもってお客さんにたしなめられる瞬間も快感です。

辻山さん:なんか……生き辛そうですね……(笑)

久禮さん:現実的にいうと、売り上げ分析をするのに一番便利な装置はPOSです。しかしスリップにはエモさが宿る(笑)スリップを仕事に活かすことも説きながら、スリップから見える楽しさ、妄想を伝えていければいいと思います。

みなさん、どうもありがとうございました!

参考リンク

久禮書店ホームページ
Title ホームページ
神樂坂モノガタリ ホームページ
苦楽堂 ホームページ

久禮亮太さんインタビュー前編「書店員という仕事の面白さを伝えたい─出版不況に対し自分の立場から言えること」
久禮亮太さんインタビュー後編「人工知能に書店員は負けない─生身の人の実在がある限り、一緒に何かをやりたい」