7. 書店員は会いたい人に会える仕事?
伊野尾さん:なるほど……それが劇団EXILEに入ったアイスクリーム屋の男の子だったりするわけね(『本屋の新井』pp.9-12)。これは新井さんが書店で働く前にバイトしてた時の話なんですね。
新井さん:そう。隣にカラオケ屋があって、そこで呼び込みのバイトをしてたのが、劇団EXILEの秋山真太郎さん。ギャルの子とかを呼び込むために、カラオケ屋って見栄えのいい人を立たせておくんですよ。で、その人が本当にかっこよくて、アピールして喋るようになって。私は「王子」って呼んでたんですよ。それが2003年頃、秋山さんが有名チェーン店のでっかい店頭用看板スチールになってて「うわーっ!」と。聞いたら秋山さんは芸能人を目指してた。私がアイス屋を辞めたあと、秋山さんは劇団EXILEに入ったんです。
司会:すごいですね、それは。
新井さん:劇団EXILEと書店ってほんとは全然関わりないじゃないですか。でもショートショート作家の田丸雅智さんの作品を、秋山さんがラジオ番組で朗読してたんですよ。で、私が田丸さんと仲良しなので何かイベントやりますか、って話から本当に秋山さんがトークイベントに来てくれた。
伊野尾さん:ほんとすごいね……
新井さん:私が書店入ってから、会いたい人にはほぼ会えてるんですよ。伊野尾さんが会えてよかった人っている?
伊野尾さん:会えてよかった、というのとは違うかもしれないけど。うち、2008年に書店の中でプロレスやったことあるんですけど、その時が一番感無量でしたね。
司会:伝説の「本屋プロレス」ですね。
(参考記事=「伊野尾書店・太田出版・DDTプロレスリングが開催『本屋プロレス』フォトレポート」)
伊野尾さん:リングとか中継で見てた人が、自分の店でプロレスやってるんですよ。感無量としか言えないですよね。
新井さん:やっぱ書店って最高だな。
伊野尾さん:それ結論にしちゃダメだろ!すっごい特殊な事例だよ!
司会の山本さんはこれまでの中で感無量だった体験あります?
司会:直木賞作家、島本理生さんですね。2016年刊行の『イノセント』、2017年文庫化の『Red』で当店に来てイベントもしてくれて、その時の縁もあって『ファーストラヴ』刊行の時にもイベントをさせていただいたんですよ。直木賞も獲って、それらがきっちり線で繋がったことがすごく嬉しかったですね。
伊野尾さん:すごくいい話ですね。
新井さん:作家と会えるって書店員はいい仕事ですよね。
伊野尾さん:いや!それも一般化したらダメだよ!作家さんと会えるのは、割と一部の書店員だよ。
新井さん:そうですね。それは都市部の大きい書店、有名な書店に限られますね。
8. 文章の長さ、短さ
司会:伊野尾さんが新井さんの本を読んだ感想は?
新井さん:私の本読みました?
伊野尾さん:なんか『暮しの手帖』っぽいですよね。
新井さん:それ褒めてる?
伊野尾さん:褒めてる褒めてる。新井さんがよく前に出てくる本だな、というのが一つ。よくこんな劇団EXILEの話とか出てくるなって。ただコラムが元だから、一つ一つの話が短いですよね。
新井さん:それはその通りかな。『新文化』は550文字くらいの制限があって、バーッといっぱい書いたあと、どんどん削っていっちゃう書き方をいつもしてるんですよね。
伊野尾さん:もうちょっと読みたかった。こちらがノッてきたときに終わっちゃうんで。『新文化』で読むぶんにはこの長さでいいんでしょうけどね。
司会:ちなみに長い文と短い文、新井さんはどちらが得意ですか。一般的には短い文のほうが難しいといわれてますけども。
新井さん:そうだね。でも短いほうが削ぎ落とされるからいいものができる気がする。
司会:伊野尾さんは店でブログを書いていますし、『本の雑誌』などにも寄稿されてますが……。
伊野尾さん:ぼくは内容にもよりますね。長く書きたい話、短くていい話を選びます。
司会:伊野尾さんはみんなの感情を一旦自分の中に通して文章を書くのが得意ですよね。対して新井さんは自分あって、という書き方になる。お二人は対照的な書き方をされていると思います。
新井さん:わかります。
伊野尾さん:新井さん僕の文章読んだことあるの?絶対読んでないと思ったよ!
9. 今回のトークイベントの発端
新井さん:ところでなんでこの二人の組み合わせなんでしょうかね。
伊野尾さん:司会の山本さん、なんでですか?
司会:これまで何度か新井さんのイベントを開催していまして。Titleの辻山さん、ブックス・ルーエの花本さんと対談があったんですよね。
辻山さんは紳士じゃないですか。花本さんは天才肌。
伊野尾さん:僕はヨゴレってことですかね。
司会:いやいや。爪切男さんの『死にたい夜にかぎって』発売を記念した、伊野尾さんの書店員対談「“上手に生きられない人たち”を救うのが青春物語――現役書店員3人が胸を熱くする本とは?」を見て、アニキ感があって「この人はすごいな」って思ったんですよ。
伊野尾さん:あの爪さんの本は、「こじらせた」話なんですよ。そういうテイストで「こじらせた話をしてほしい」って扶桑社編集の方から依頼があったんですよね。それで、こじらせたっぽい人たちが集まったんですよ。
司会:「人間交差点」みたいでしたよ。色んな人の話を受け止めて。
伊野尾さん:対談の最後に「EX○LEに本は必要ない」って発言して、ファンの方に拾われて炎上するのが怖かったんですけど拾われなくてよかったです。
司会:それで新井さんと伊野尾さんはどういう話をするのか聞いてみたかったんですよ。
新井さん:でも伊野尾さんなら受け止めてくれそうな気がする。正直、花本さんと私は同じタイプでいつまでも会話が平行線だったな、と……。このイベント大丈夫かな、って思ったんです。
伊野尾さん:彼は「こいつほんとに書店で働いてるのか?」みたいな感じですよね。まあ、でもちゃんと仕事してるんですよ花本くんは。
司会:新井さんと伊野尾さんお二人には共通するところもあって、東京の都会出身、というところがありますね。
新井さん:わたし台東区根岸生まれです。
伊野尾さん:ああ、それで吉原に面接行ったって話が出てくるんだ。
新井さん:そうです、マハラジャに行きました。高校生の時に。年齢偽って。バレましたけど。すごい昔から興味があって。その近くに生まれたのがきっかけだったかもしれないですね。それに私最近すごく、ストリップにハマってるんですよ。
伊野尾さん:すごいな。
新井さん:ある作家さんに誘われて行ってみたら、すごいんですよ。私が悩んでるときに励ましてくれて、「ストリップ行く?明日行く?」って。「私行く!」って行ってドハマり。月に数回ストリップに行って、行くと大体五回まわしくらいやるので、三回くらい観るんです。
伊野尾さん:悩んでたらストリップに誘うって、素晴らしいですね。最近女性もストリップ行く人が増えてるとは聞くけど。
新井さん:増えてるのは浅草ロック座とかの観光地みたいになってるところで、エロさは全くないの。そういうのは殆どが「ショー」なんですよ。でも神奈川県大和市みたいな、狭くってもっと場末な感じのところに行くと熱気が凄いんです。
伊野尾さん:凄いところに足を運んでるな……。
新井さん:上野とかに行くと、女性たちが踊ったあとに出てきて写真タイムがあるんですよ。500円払うと写真が取れる。男の人は女の人にすごい要求してくるんですよ。接写とかいろいろ。それを女の子たちはあっけらかんと言われるまま平気で応じる。それを観てると、グッときて。女性の包容力や許容量のようなものが見える。泣いちゃいますね。
伊野尾さん:泣いちゃうんですか。
新井さん:そう。女の子たちは、自分のダンスに思い入れがあって、精度を上げてくるんですよ。自身の踊りに対して「さっきはあれができなかった、これができなかった」って凄く反省してるんですけど。ほとんどのおっさんたちはショーのそういう部分は見てないですね。でも、あたしは見てるから。グッときますよ。
10. これから―本屋として考えていること、本屋を続けていくこと
伊野尾さん:新井さんはこれからどうするの?何かしたいことはあるの?
新井さん:どうしようねえ……。
伊野尾さん:まあ俺もどうするかよくわかんないんだけど。
新井さん:『本屋の新井』って本出したから、もうちょっと本屋やらないといけないかなって。
伊野尾さん:『本屋の新井』ってタイトルは最初から新井さんが希望して付けたの?
新井さん:いや、違うよね。最初はもっと長いタイトルでした。
伊野尾さん:『死ぬこと以外は花粉症』とかですか。
司会:どんなタイトルなんですか。そういえば先日ブクログ大賞が発表されて、花田菜々子さんの『出会い系~』が入ってました。でも新井さんの本が選ばれなかったですね。エッセイ・ノンフィクション部門で入るかと思ったら入ってませんでした。
新井さん:(花田)菜々子に負けましたね。菜々子の本が、私の本の後に出たんですよね。彼女に声がかかる仕事と、私に声がかかる仕事って違いがあって、それもすごく悔しかったんですよ。悔しいって気持ちもあるけど、菜々子の本はすごく好きで、複雑な気持ちでした。まあ彼女がどう思ってるかは分かんないですけどね。
司会:自分の本をどう思うか、聞いたことはないんですか。
新井さん:ないですね。でも、応援したい。けど若干悔しい。みたいな……たぶん同じ気持ちだと思いますけどね。
会場からの質問:いまの新井さんの話を受けての質問ですが、お二人には、同じ書店員として意識している、あるいはモデルロールみたいな同業者はいるんでしょうか?
伊野尾さん:僕の場合は、西荻窪で本屋をしている今野書店さんですね。知ってる限りでは、今野さんが街場の書店として一番努力しているし。
新井さん:今野書店いいよ。超いい。マジで。あの西荻窪に住みたいと思った。
伊野尾さん:もう一声言ってあげて。みなさんに。
新井さん:今野書店最高!!(笑)
でも本当に欲しくなる本がいっぱいあって、いいよね。あんな店が住んでいる場所の駅前にあったらって思いますよ。
伊野尾さん:今野書店さんがモデルとしてこれ以上ない場所だし、店主の今野さんが一番モデルになる人だと思ってます。
新井さん:文庫売場としてもあの店を一番参考にしていますね。
司会:新井さんはモデルになる人はいますか。
新井さん:モデルという意味では、いないですね。自分がやりたいなと思っていることをやっている人はいないし、真似したいことをしている人も……モデルにするとしたら違う業界の人かもしれないです。
伊野尾さん:すごいね。北島康介みたい。ビジネス本出したほうがいいかもしれないですよ。やっぱり『死ぬこと以外は花粉症』みたいな。
司会:そのタイトル、こだわりますね。でももう時間です。最後に一言お願いします。まずは伊野尾さん。
伊野尾さん:みなさん……お騒がせしました(笑)。よろしければ中井にきて、本屋に足を運んでくださいましたら幸いです。
新井さん:行きたいですよね。どんな顔して働いてるか見てみたいですよ。
伊野尾さん:フツーに働いてますよ!適当に話しかけてくだされば嬉しいです。周りにいっぱいいい飲み屋もありますから、ぜひ中井においでください。
司会:新井さんからもお願いします。
新井さん:前回と違って、今回の本はすごく各方面にお任せして作れた本だな、って。自分の知らないところで、自分のことをこんなに考えて本にしてくれる方々がいる。それは十年本屋で働いていても知らなかったことだったので、本の見方そのものが変わりました。本を出してよかったな、って思います。だからしばらくもうちょっと書店員をやろうかな、って。
司会:本日はありがとうございました。
新井さん、伊野尾さん、おつかれさまでした!
なお新井さんは今後も様々なイベントに登壇します。2018年10月30日(火)19時から講談社Kショップ前イベントスペースにて、小説現代 presents「新井ナイト」、11月3日(土)18時からHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEにて「新井見枝香 TALK&CUSTOMER GREETING」を行います。くわしくはリンク先をご覧くださいませ。
参考リンク
著者みずから渋谷駅前交差点で本を手売り─!?某有名書店員:新井見枝香さんの挑戦
書店員、著者になる─!?執筆をめぐる対話 新井見枝香さん×「Title」辻山良雄さんトークショー
作家書店員と詩人書店員の異種格闘技戦!?新井見枝香さん×花本武さんトークショー
新井見枝香 Twitter
新井見枝香 note
伊野尾書店