不愉快なこともあるから「真実」なのか?橘玲『言ってはいけない 残酷すぎる真実(新潮新書)』

今回のピックアップレビューは2016年上半期話題の新書、橘玲(たちばな あきら)さんの『言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)』を紹介いたします。

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)
言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

ブクログでも2016年4月15日の発売から5ヶ月連続で新書トップ3にランクインして、9月には新書ジャンルでは珍しく、「殿堂入り」(15位)を果たしています。アマゾンでも発売から半年を経てもなおロングセラーとなっています。

ブクログでは男性40代読者中心に、20代~50代の男女問わず幅広く読まれており、100件以上のレビューが書かれ、3.53と好評価になっています。今まで、うすうす感じていたこと・うすうす気づいていたことを、最新科学が証明してくれたかのような納得感からの高評価がつく一方で、評価に関係なく、すべて鵜呑みにしていいのか?とその内容への「信用」の指摘も散見し、賛否両論が湧き起っている本と言えそうです。

“ひとは幸福になるために生きているけれど、幸福になるようにデザインされているわけではない。”

橘さんは2002年に経済小説『マネー・ロンダリング』でデビュー後、第19回山本周五郎賞候補になった『永遠の旅行者』をはじめ、投資や経済に関するフィクション・ノンフィクション・連載コラムなど様々に作品を発表していますが、今回の内容はズバリ「残酷な真実」。

橘さんはこう言い切ります。

“ひとは幸福になるために生きているけれど、幸福になるようにデザインされているわけではない。”

努力は遺伝に勝てない。知能や学歴、年収、犯罪癖も例外ではなく、美人とブスの「美貌格差」は生涯で約3600万円もある。また、子育ての苦労や英才教育の多くは徒労に終わる……。進化論、遺伝学、脳科学の最新知見から、人気作家が次々と明かす「残酷すぎる真実」。読者諸氏、遺伝、見た目、教育、性に関する、口には出せない「不愉快な現実」を今こそ直視せよ!

―『言ってはいけない 残酷すぎる真実』内容紹介から

この文章からして「身も蓋もなさ」が一目瞭然ですが、著者の持論で書かれた暴論の類ではありません。進化論、行動遺伝学、脳科学など様々な最新の科学領域での学説、研究成果、社会実験結果、など「エビデンス」が事実列挙式に記されており、その「逆説の醍醐味」とでも言いましょうか。「直視したくない残酷さ」が目立つというよりは、むしろ「目から鱗が落ちた」ような気分にさせられます。

タイトルは読み手を煽り商業的すぎるとは思うが、内容は遺伝学に関わる知見の紹介といったところだろうか。様々な観点でいろいろな人の意見も紹介されていて面白い。たとえば、将来出産が免許制になるかもしれないという意見を紹介している。これは不適切な親から生まれた人間が犯罪を犯す確率が高いといいうことから出てきた案であるが、この案に抵抗感がなくなるような社会で生きたいとは思わないもののこの例のようにいろいろな考えに対して興味深く読んだ。

kazisshoさんのレビュー

共感の「賛」と疑惑の「否」

本作のレビューで多く占める感想に「実はうすうす気づいていた」といった表現があります。

タイトルに偽りなく、まさに言ってはいけない内容がたくさん書かれている。
薄々みんながそうじゃないかと思っていたことを、データや学術論文などをくっつけて、はっきりと説明してしまった。本当に、してしまった、という感じである。

もくもくくもざるさんのレビュー

この共感の一方で、「結論ありきのバイアスがあるのではないか?」と指摘もされています。

参考文献を多数紹介しながらの遺伝の分析には説得力があるけれど、その結論はちょっと偏りすぎている気がしました。
全ての専門家が賛同しているわけではないだろうに、結論ありきで引っ張ってきたものもあるのでは?と疑わずにはいられません。
それくらい衝撃的ということなんですけどね。

前太ハハさんのレビュー

真実には不愉快なものもある?

橘さんのスタンスを整理すると、「まえがき」の冒頭の文で

“最初に断っておくが、これは不愉快な本だ。だから、気分よく一日を終わりたい人は読むのをやめたほうがいい”

とあり、さらに「あとがき」の一番終わりの文で

“ちなみに私は、不愉快なものにこそ語るべき価値があると考えている。きれいごとをいうひとは、いくらでもいるのだから。”

と書かれています。一般的に目を背けたくなるような「不愉快なものにこそ語るべき価値がある」のだというスタンスで書いている以上、結論ありきのバイアスがあるのか?ないのか?の問い対してには、橘さん自身「バイアスはある」とあっさり回答するのではないかとも思われます。

この橘さんが捉える『残酷すぎる真実』とは「語られにくい方の真実」であると認識すれば、その今まで大声で語られることのなかった「不愉快な」学説や考察、実験結果が開陳されていて、それはそれで大変に興味深く読める本ではないでしょうか。

  
「言ってはいけない」という切り口で、社会的にタブーとされている事柄への言及をしている。
ただし、その目的は単なる雑学紹介ではなく、科学的な論拠に沿ったうえでの諸説ある事実の紹介と、そこから導き出される結論に則った「社会」の構築をする必要がある、ということを伝えている。

lmndiscrmさんのレビュー

子どもの人格や能力・才能の形成に子育てはほとんど関係ない?

実社会において「綺麗ごと」に救われる一方で、追いつめられていく局面は多々あります。その追いつめられてしまう局面の最たるものが子育ての現場ではないでしょうか。親と子の理想的関係が声高に語られる一方で、実際の子育ての現場からは悲鳴がやみません。結果として不幸の事件も頻発しています。本著の中で『残酷な真実』の一例として一卵性双生児の研究結果から衝撃的な学説が語られます。

“しかし、ここには、私たちの社会がどうしても認めることのできない「残酷すぎる真実」が隠されている。それは、子どもの人格や能力・才能の形成に子育てはほとんど関係ない、ということだ”

はたして、その論拠は?親がなくとも子は育つと言いますが、子育てが「子どもの人格や能力・才能の形成」に関係ないということがあるのでしょうか?この続きは、本著を読んでご自身の目で確かめてください。この『残酷すぎる真実』を知ったうえで、親の存在というものがいかに大事であるかを気づかされます。

著者:橘 玲(たちばな あきら)さんについて

1959年生まれ。早稲田大学卒業。2002年『マネーロンダリング』でデビュー。同。元・宝島社の編集者。日本経済新聞で連載を持っていた。海外投資を楽しむ会創設メンバーの一人。2006年「永遠の旅行者」が第19回山本周五郎賞候補となる。デビュー作は経済小説の「マネーロンダリング」。投資や経済に関するフィクション・ノンフィクションの両方を手がける。2010年以降は社会批評や人生論の著作も執筆している。

橘玲さんの作品一覧