人が出会うつらさには、「問題そのもの」と「孤独」の二つがある─深谷かほるさん『夜廻り猫』ブクログ大賞受賞インタビュー後編

『夜廻り猫』によって、第5回ブクログ大賞受賞となった深谷かほるさん。過去、第21回手塚治虫文化賞・短編賞も受賞しており、多くの人に読まれている一作です。
もともと『夜廻り猫』は、2015年10月から深谷さんのTwitter上で開始された連載投稿でした。多くの方々の高い評価を受けて単行本も発売され、今に至ります。現在、Webコミックサイト『モアイ』にて連載中です。

『夜廻り猫』深谷さんへのブクログ大賞受賞記念インタビュー、前編から後編に移ります。後編では、『夜廻り猫』登場猫たちのモデルについてお伺いしながら、深谷さんが考えているテーマ、そしてこれから描こうと考えている作品についてお伺いします。ご期待ください!

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 大矢靖之 西垣静

登場する猫たちと、人間との関係─『夜廻り猫』をめぐるいくつかのテーマ

─いろいろな猫のキャラクターが出てきていますが、平蔵以外の登場猫にはモデルがいたりするんですか。

(ソファーを指差しながら)今寝ている片目の猫がそうです。

―あ、そうなのですか。

産まれてすぐ、うちに。知り合いの方が連れてきたんですけど。そのときもう片目がつぶれちゃっていて、もう片目も濁っちゃっていて。もうもたないって言われたんですけど、元気に16歳になったんですね。

―16歳。すごい。そうですか。長生きですね。

大けがしていても、今は病気一つしない元気な猫なんですよ。なので「片目でも結構大丈夫」って、この猫がいたので自信を持って明るい気持ちで描けましたね。

─その重郎(※作中に登場する片目の子ネコ)の登場から、それまで人間との対話が中心だった『夜廻り猫』に、猫同士のエピソードがどんどん増えていきました。レギュラーキャラクターである重郎を登場させたことが、何かきっかけになっているのでしょうか。

目も開かないような死にそうな子猫を、遠藤平蔵とニイが拾った。そこで「責任」が発生しましたよね。その後の「大丈夫、一緒にいる」っていうことを描きたくなりましたね。

―「責任」ですか。

「責任」。ちょっと言葉が正確かどうかは分からないんですけれどね。

─第1巻69話、重郎を見つけて平蔵が世話するエピソードですね。老猫の「その子が巣立つまで自分が生きて育てられると思っているのか」っていう問いかけに対して、ニイはちょっとためらいながらも、平蔵は「はい」って即座に答えた。その後、その言葉のとおりに、2匹で小さい重郎の面倒を見ていきますね。

多分遠藤とニイは、重郎と出会ってから、無事で大きくなるまでは、目を離さず面倒みたいんじゃないかな。「重郎がどっか行っちゃったね」とは言わないと思うんですね。

─それに付随する質問でもあるのですが、猫に「名づけ」する話も目立ちますよね。重郎のエピソードに、集会猫にメロディが名前をつけるエピソード。また名前をつけられることを元々嫌っていたニィ。「名づけ」と「責任」というの部分で、人間と動物との共同生活における重要なことを考えているように思いました。

そこは結構難しいところで、気になる部分なんです。名前をつけたい気持ちっていうのは、人間側の気持ちです。そして動物を人間の文化のほうにぐっと引っ張り込む行為だと思います。動物からしたらどうかなっていうのは分からない世界のことなので、その関係性がこうでって明確に言えないんですけども。

いい点もあると思うんですよ。名前をつけて、毎日それで呼び掛けるっていうのは。そこに愛情のある行為だってことは多分伝わると思います。そういう一つの温かさっていうものは表現できると思うんですけど。でも、絶対にいいことかっていうと、それはちょっと言いきれない気もする。だから「名前はいらない」って言っている猫も出したんです。

─なるほど。面白いですね。他のこういう動物マンガで、あんまりそういうポイントをテーマにしている作品は少ないような気がしますので、とても重要なことを描かれているように思いました。また、名前の部分もそうなんですけれども「ご飯を確保する」というのが、作品としては一貫して出てきますね。「涙の匂い」で近づいてきて、最終的にご飯を食べる(笑)。そういう「オチ」というか定式があると思うんですけれど、これも何か意識されていたりするとこなんですかね。

自然に出ちゃったという感じですね。

―猫ってそうですよね(笑)。とにかく「食べさせろ」圧力がすごいですよね。

出会っちゃったときに、何かあげたくなっちゃうでしょ(笑)。好きな人だったらですけど。

―そうですよね。それが一つのコミュニケーション手段ですからね。確かに。

何かを相手に差し出したいんだけども、間違いなく相手にとっていいものだって思えるのは、食べ物かなあという。

―一つのプレゼントですよね。

はい。

登場する猫たちと、人間との関係─『夜廻り猫』をめぐるいくつかのテーマ

―弱った気持ちに対してすごく刺さるマンガなのですが、それは、弱った人の心をうまく捉えているからだと思います。日常的に、何かそこで気を配っていることはあるんでしょうか。

多分、自分がいつも弱っているんだと思うんです(笑)。時々、読者の方からも同じように言われます。Twitterでも、「『夜廻り猫』を読んで泣いた。自分は今、弱っているらしい」って(笑)。逆に、すごく元気そうな方から、「どこがいいんだか分かんなかった」って言われることもあります。

─読者の方の気持ちに近づいて描いていることで、読者の弱った気持ちに刺さっているのかもしれませんね。Twitterで人生相談を受けてしまった、と過去のインタビューで答えられていたこともありましたね。

はい。このところ全然ないんですけど。以前ありましたね。

─結構深刻な質問だったりするんですか。

そのときは、就職活動に苦労している人でしたが。2、3回ありました。私がうまく答えられなくても、その質問を読んでいる別の読者の方がどんどん答えてくれたのですね。

─それも面白いですよね。猫の集会のような(笑)

そうですよね。 

─変な質問ですが、決して平蔵って強い完璧な猫ではないですよね。彼はプライベートでは必死で食べるものを探しているところもあります。猫と人間の「弱さ」と「強さ」が入り交じりながら、物語全体の話一つ一つが成り立っているかのようですね。

本当におっしゃるとおりで、「弱さ」とか「強さ」は厳然としてあるといえばあるんですが、錯綜もしているなと思っています。

別作品で『エデンの東北』っていう作品を30年近く描いているんですが、貧乏な一家の話なんですよ。ある年末に、その家のお母さんがお金がないからパートに出て、帰ってきたら、なけなしのお金がさらになくなっている。その家のお父さんが、「昆布を売りに来た行商の人が、年末でこれを売っちゃわないといけなくて大変困っている」ってことで、残りの少ない有り金で昆布を山のように買っちゃったんですね。お母さんがそれを叱る。当たり障りのある意見なんですけど、「その行商の人っていうのは、さすがにしたたかだね」ってお母さんが言うんですよ。そして「そういう貧乏話が分かるのは、こういう貧乏な家の人間だもんね」と。「困っているから助けてくださいっていう話なんだから、なんならお金持ちらしい家に行けば良さそうなものを、困っている、だったら少しでも何とかしてあげなきゃって思うのは、自分も困っているような人間だよ」って言うところがあります。

 ちょっと脱線したかもしれません。私も描きながら別に普段そういうことを常々考えているなんてことはないんですけど、描いてく中でそういう枝葉が出てくるんです。

─大事な話だと思います。その行商の人のやり口って、弱い人が強い人に対してじゃなくて、同じ弱いものに対して行っている。「弱さ/強さ」っていうのは対立ではないし、絡み合っている。

「弱さ/強さ」のような組み合わせというのは、無限に出てくる。何が「勝ち」で何が「負け」なのかということも同じように無限ですよね。

―だから平蔵が弱っている人のところに行くときに、お互いに弱いのかもしれないけれども、何も解決はしてないのだけれど、その解決してないことが解決である、みたいな感じですよね。明確な解答っていうわけではなくて、一緒にご飯食べて終わるみたいな。

はい。人が出会うつらさには、問題そのものと、あと、孤独であるっていう二つの問題があると思っていて。少なくとも孤独のほうは、猫と話すことで一つ消えるんですよね。

─そういった涙に寄っていきますからね。

はい。

─確かに、そこで最後ご飯を食べて終わるっていうのは、それだけで次のステージに進んでしまっているような話ですよね。

どんな弱っている人間でも猫と出会うことで「猫にご飯をあげる側」になりますね(笑)

─なるほど。そうですよね。面白いですね。

そのうち、それもできないような、遠藤に何か食べ物をもらう人間というのも出そうと思っているんですけど。

─面白いですね。ダメになりきった人なんですかね(笑)

ひらたく言えばそうですよね(笑)

─頭の缶が開かれたりするのですか?

そうですね。そうなんですよ。

─頭の缶って、何の缶なのでしょうか。サバ缶なのか猫缶なのか。社内で論争になりました。

時々変わっています(笑)。まだはっきりこれとは描いてないんですけど、一応、遠藤が自分では食べられない缶なんです。

─基本は8コマベースで描かれています。たまに続き物の話や、後書きなどにちょっとしたロングバージョンがあったりもしますが、まとまった一つのストーリーを描く可能性はあるんでしょうか。

はい。とりあえずショートというか、そんなに長くはないんですけど6ページとか8ページとか。そのぐらいのを描こうと思っています。

深谷さん自身のこと、そしてこれからの予定

─お仕事はどのように進められていますか。一日で決まったスケジュールがあるのですか。

それはめちゃくちゃです。よく、夜に散歩します。いつも何か悩み事か心配事があるんですけども、せめて外を歩きながら考えようという習慣があって。そうすると、悩み事そのものじゃない関係ない話を思いつくっていうのが多いんですね(笑)。

─深谷さん自身が『夜廻り猫』的な感覚で、涙の匂いを感じるかのような逸話ですね。

1人でやっていると、ちょっと自作自演っていうか変な感じがするんですけどね(笑)。

―素晴らしいと思うんですけど(笑)気分転換をしながら考えているっていうような、そんな感じですかね。

はい。この近辺にも橋とかがあるんですけど、散歩していると似たような人がいて、あいさつ抜きで「カモメ何匹になったよ」なんて言われて「ああそうですか」なんて答えて。多分路上の人だと思うんですけど。それだけのことなんですけども。

─やっぱり猫的ですね(笑)。出会い方も猫的っていうふうに。質問の方向変えて猫と暮らされていて、本当に良かったなあと思ったりすることは何でしょう。

テンションが変わらないんですよね、猫って。上がりもしないし、落ち込みもしない。私が浮き足だっているとき、猫が「ふうん、どうでもいいけどね」っていう感じで私を見ているような気がするんですね(笑)。仕事が間に合わなかったりして、また今日も進まなかったあれだけ迷惑かけてと、どんどん落ち込んでくときがあるんですけど、そういう真夜中に猫が寄ってきて、膝に手をかけて黙っていたりするんですよね。この猫は少なくともこうやって手をかけて黙っている分だけ、その程度には私を慕っていてくれるわけで。そうすると、落ち着かなきゃなって思いますし、今自分は最低の人間だが(笑)、もう一歩だけ頑張ろうみたいな気になります。

─ありがとうございます。では最後に、『夜廻り猫』を通して読者の方に何か伝えたいメッセージ、また今回の受賞に関しても含めてメッセージなどいただければと。

ブクログ大賞、すごくうれしいです。前からブクログの感想は読ませていただいていたんですけど、大賞は読者の方による投票じゃないですか。そこがすごくうれしいですね。何人もの人が本当に投票してくださったんだなあって。そういう賞であるところが、すごくうれしいですね。

─『夜廻り猫』へのユーザーコメントは、特に愛情が深かったです。「大賞取ってほしい」「多くの人に読んでもらいたい」「大事なものがいっぱい詰まったお話です」。そういう声がすごく集まっていたので、もっと長く続く作品であってほしいと思います。

最後に、この作品を続けられつつも、次に描きたい作品は他にありますか。

とりあえずこの『夜廻り猫』の枠の中で、ストーリー、キャンバスに描く大作の絵、あと立体物など、作りたいものがあります。自分の手が追いつかないものまで作りたいんです。

幼なじみのスタッフが、マンガに出てくるアオバズクっていう猛禽類の立体を今作ってくれているんです。あと焼き物もやってくれています。全部一点物です。形を作るところが大変なんですけど、それはスタッフにやっていただいて。私はそこに絵付けをしています。簡単で楽しいことだけをやらしてもらっているみたいな(笑)。

マンガ自体を担当しているのは私1人ですから、話もまだ描きたいものがありますけど、暗い話は描きづらくなっていますね。ただ、「ようし、『夜廻り猫』読んだからお風呂に入って『夜廻り猫』読んで癒やされて寝るぞ」みたいな読者さんの声をいただいていて。それはそれですごいありがたいので、今はそういう暗い話をちょっと描きにくくなっていて、Twitterで描いてないところがあるんですね。

なので、すごい厳しくきつい内容なんだけど、気持ちの余裕があるときにもし読んでいただければ、という話を書いてみたいです。もしかしたら逆に、「結果的にはここまでひどくても大丈夫」みたいな希望を持ってもらえるんじゃないか。そういうイメージの話をいつかどこかで描きたいと思っています。いつどこで描けるかなって感じでもあるのですが(笑)

─それはすごく楽しみですね。お待ちしております。このたびは、どうもありがとうございました!


深谷さん、ありがとうございました。
なお、このインタビューのあと、深谷さんが制作されている焼き物をアトリエで見せていただきました。これらは11月22日から三越日本橋本店さんで行われる個展、「『夜廻り猫』のクリスマス」の準備のために作られているそうです!特別に、本展に先がけて制作品の様子を公開いたします。これらがどのように飾られているかは、イベント当日のお楽しみ。では、ご覧くださいませ!






個展「『夜廻り猫』のクリスマス」開催決定!
新刊単行本の発売に合わせて、「『夜廻り猫』のクリスマス」が開催されます!原画展示やグッズの販売、併設カフェでのコラボメニューなど、夜廻り猫×クリスマスの世界を楽しめます。クリスマスの心温まる雰囲気のなか、作品の世界に浸ってみませんか。

開催日時
2017年11月22日(水)~12月5日(火)

場所
日本橋三越本店 本館7階 はじまりのカフェ

[2017年9月26日]深谷かほるさん『夜廻り猫』ブクログ大賞受賞インタビュー前編

第5回ブクログ大賞発表はこちら