「どんな人間でも、いいとこ一つくらいあるでしょう?」爪切男さん『死にたい夜にかぎって』発売記念インタビュー

爪切男さん『死にたい夜にかぎって』

こんにちは、ブクログ通信です。

ネット上で「野良の異才」と話題、爪切男さん初の著作『死にたい夜にかぎって』が1月26日に発売されます。
爪さんは、『夫のちんぽが入らない』こだまさんと一緒に同人活動を行い、話題になりました。「日刊SPA!」で「爪切男のタクシー×ハンター」を連載。2018年のブレイクが期待されています。

 東日本大震災の一月後、長年付き合った彼女、アスカさんから別れを告げられた爪さん。最後は笑顔で終わらせなければ─と笑おうとした瞬間のフラッシュバック。「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね」と言う女の子の記憶。そこから語られ始めるのは、爪さんの人生に影響を与えた様々な女性たちとの出会いと別れです。

 初めての夜を過ごした車椅子の女性、カルト宗教を信仰する女性、新宿で唾を売って生計を立てる女性、赤毛の女性部下。様々な女性とのエピソードが面白可笑しく語られつつも、爪さんが自らの笑顔を取り戻していく物語です。今回のブクログ通信ではこの『死にたい夜にかぎって』著者、爪切男さんにインタビュー。作品と、爪さんご本人の魅力をご紹介します!

取材・文・ブクログ通信 編集部 大矢靖之

文章を書く中で、常に女性の影がある─『死にたい夜にかぎって』出版の経緯

─この私小説が出版されるまでに、どんな経緯があったのでしょうか?

 

爪切男さん近影1
爪切男さん

こだまさんと自分のブログを文学フリマでまとめた本を出す機会があって。その時自分が思った以上に反応がありました。こだまさんの縁があって、2015年の11月頃、扶桑社の編集、高石智一さんとお会いしました。一緒に何か書こうと仰ってくれたのは高石さんが初めてで、勝手に週刊ペースで原稿を送りつけて、連載が始まったんですね(笑)

なし水 こだまさん・爪切男さん
爪切男さんとこだまさんの作品『なし水』

─書籍化の元になった「日刊SPA!」連載タイトルは、「爪切男のタクシー×ハンター」ですね。今回、女性たちとの恋愛エピソードを中心に書籍化した理由は何だったのでしょうか。

連載の最初からタクシーが書きたかったわけじゃないんです。実はそこに何の思い入れもないんですね(笑)周りで起こったことを書くための軸として、タクシーを選びました。

─そうなのですね。『死にたい夜にかぎって』でもタクシー運転手と話すシーンがいくつかありますが、スポットライトが当たるのは女性たちですね。特に、自分の唾を売ってお金を稼いでいたアスカさんと知り合い、彼女として長年付き合った頃のエピソードが中心です。

渋谷で働いてたころの話を書いてたとき、自分の女性遍歴をまとめてみようかな、と思ったんですね。最初はアスカのことは書いてなくて、途中から書いていいのかな、って書き出した。するとどんどん彼女のことが書けたんです。

自分が文章を書いているなかで、常に何かしらの女性の影が絶対あるので。それは風俗嬢であったり、好きな人であったり。今回の本では特に、アスカだったんですね。

─女性たちについて、そして恋愛について、その綺麗なところも汚いところも、理想も現実も、両方が書かれています。例えば、アスカさんが唾売りのバイトを止めると約束したにも関わらず続けていたこと。浮気していたこと。爪さんはそれらに気付いていながらも、受け入れようとしていますね。

僕が作中がんばってるように見えますけど、最終的に、支配しているのはアスカなんです。自分がイケメン風に書いているようにも見えますけど、女性のほうが強いんです。僕は、最高に振り回されてるんです。

─なるほど。男が振り回されながら格好をつけて、恋愛を続ける物語ともいえます。その男女の機微は、もしかしたら女性読者にも伝わるところがあるかもしれません。

女性は素晴らしい存在で、そうじゃなかったら僕がここまで狂うはずはなかったと思います(笑)アスカとの件もそうなんですよ。付き合ってて「時間の無駄遣い」だって、早くから気付いてる友人とかいたと思うんです。でもどうしようもないのが恋愛ですから。

─そんな様々な立場の女性たちと出会ってきた爪さんですが、この本を女性に薦めるとしたら、どう声をかけますか?

LINEとかSNSが流行ったあとの今、恋愛し始めようとする女性たちに読んでほしいかもしれないですね。上の世代はこんな恋愛をしてました、って。ネット社会になって効率ばかり重視してるけど、人付き合いについては無駄のほうが勉強になるよ、と言いたいですね。

自分の恋愛をさらけ出すってのは、忘れることはない、ってことでもある。忘れられるわけないでしょ、って思います。もし恋愛で困っている女性がいたら、「もっとさらけ出してもいいですよ。一回さらけ出してみたら、受け止める人がいるから」って伝えたいです。いい男がいるから、って。

─恋人たちの全てを受け入れようとしてきた爪さんの体験とメッセージが込められている作品ですね。

土地に対する愛着よりも人に対する愛着のほうが大事─爪切男さんの来歴

ポテチ光秀さんによる『死にたい夜にかぎって』装丁
『死にたい夜にかぎって』装画はポテチ光秀さん。連載時も担当。
爪さんいわく「史上最強の表紙」。

─魅力的な作品を描いた、爪切男さん本人の来歴に迫ってみたいと思います。香川県出身で、父、祖母らと暮らしていたということですね。小さい頃から高校に至るまでのエピソードも描かれています。ただ、幼少の体験について書かれている一方、生まれ育った香川そのものへの描写は控えめですね。知り合ってきた女性たちへの忘れられない思いがある一方で、故郷への郷愁はないように見えます。それはなぜなのでしょうか。

確かにそうかもしれないですね。親父の教えに「物事の見方は一つじゃない」「見方を変えろ」ってものがあって、故郷を客観的に見るのが早かった気がします。その視点があって「香川はうどんじゃない」と気付いた。さぬきうどんが流行ったせいで美味しいラーメン屋が潰れていくのも小学校の時に一回経験してるんで、何か『違うな』というのを持っていた。みんながうどんを食ってたって自分がうどんを食えばいいわけじゃない。

─物事を相対化する視点を教わった、ということなんですね。

あと、親父から「お前はルックスでは無理だ」と小学校のときから言われてましたね。「中学校になっても無理だろう。高校も辛い時期が来るかもしれない。でもがんばって大人になったら顔で苦労した女性が野に放たれ始めるから。それがお前の狩場だから、絶対狩れ」。まったくその通りでした。

─なるほど(笑)教えとして、英才教育ですね……。爪さんは九州の大学に進学し、卒業後は東京に移った。佐世保、中野、渋谷など、様々な地域に移り住み仕事をしてらっしゃいました。ただここでも、住んでいたそれぞれの土地を思い入れ深く語ることがほとんどありませんね。それぞれの地域で出会った人たちとのエピソードは、沢山描かれているんですけれども。

確かにそうですね。土地に対する愛着よりも人に対する愛着のほうが大事だし、どこに住んでも面白い人はいる。普段人に興味がない分、自分のアンテナが動いた人には食いついていく。道ですれ違っただけの人でも話しかけることがありますよ。

─あくまで人が中心なんですね。登場人物たちとの様々なエピソードがダイナミックに語られる背景には、爪さんが気になった人への愛着と過剰な興味があるのかな、と思えました。

借金取りを必殺技で殺そうとした頃のこと─文体に入り込む「プロレス」

ポテチ光秀さんによる爪切男さん応援イラスト
ポテチ光秀さんによる爪切男さん応援イラスト

─『死にたい夜にかぎって』は長年付き合ってきたアスカさんとのエピソードが中心ですが、その合間合間で、ほかの女性たちとの出会いも語られていますね。

例えば、初めての夜を過ごした、車椅子のミキさん。しかしなんと、彼女との出会いから一晩での別れまでは、あたかもプロレスの試合であるかのように語られていることにびっくりしました。アントニオ猪木の引退スピーチが引用されて、「『この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 踏み出せばそのひと足が道となり そのひと足が道となる』という言葉を体現しているのだ。プロレスファンとしてこんなにも嬉しいことはない」。

この箇所以外にも、様々な場面でプロレス用語が顔を出します。文章・文体に、プロレスという形をとって、肉体的なリアリティが様々な形で入り込んでくるように思えました。爪さんとプロレスの接点は何だったのでしょうか?

プロレスファンになったのはおじいちゃんや親父の影響ですね。テレビで見ていて、カッコいいなと思ってたんですよね。

─爪さんの父親は、大学時代にアマチュアレスリングのエリートでもあったそうですね。

でもプロレスがファンタジーってことは早めに気付いてたんですよ。ガキの頃、家に借金取りが来てたんですよ。親父が居留守を使うから、借金取りが俺をいじめるんです。泣かしたら出てくるから、って。

でも親父は俺が泣いた二日目の時にも出てこなかったんですよ。だから「戦うしかないな」って思った。

─すごい逸話ですね……

プロレスを見てて、武藤敬司のスペースローリングエルボーっていう側転してからエルボーする技を、スコット・ノートンが食らってるのを見た。ノートンがものすごいのたうちまわってたんで、『これなら俺にもできるな』って。ムチャクチャ練習したんです。

5年生か6年生の時、「俺、人を殺します。少年院行きます」ってばあちゃんに遺書とかも書いて、借金取りにスペースローリングエルボーしたんですけど……普通に受け止められてボコボコにされて。

次の日も「どっかで緩めたんだろうな」って思って、マジの殺意で側転してエルボーしたんですけど受け止められて。「ボウズ、流行ってんのか?」って言われたあとボコボコにされた。「どう考えても、もうちょっと効いてもいいはずだ」って思って……だからプロレスってのはファンタジー、ってなったんですね(笑)でもその時に絶望せずに、ファンタジーということの魅力があるなって思ったんです。

─緊迫してるようでいながら、思わず笑ってしまうエピソードです……。子供の頃からプロレスの現実とその魅力と向き合った体験があるんですね。爪さんの文章には、プロレスに由来するファンタジーとリアリティ両方が宿った、と言えるように思えます。

彼女が教えてくれた音楽からは逃げられない─音楽が与えた影響

ポテチ光秀さんによる爪切男さん応援イラストその2
ポテチ光秀さんによる応援イラスト2

─プロレスが爪さんの文章と分かち難く結びついている一方で、音楽もまた爪さんの文章と人生に影響を及ぼしているように思えます。『死にたい夜にかぎって』はその全体に渡って、音楽との関わりが綴られていますね。

確かにそうです。

─作中では、幼い頃から音楽に親しんでいたことが語られています。爪さんは父親の勤務先経由で、CDのサンプル盤を定期的に手に入れて聴いていた、とありました。

サンプル盤で聴いて、それがいい曲だなと思って聴きはじめるアーティストが沢山いたんです。サンプル盤って歌詞カードが入ってないものも沢山あるんですよ。田舎で、今みたくパソコンもない中で調べようがないから、洋楽に詳しい近所の兄ちゃんに聞いて、アーティスト名がようやく分かる。でも先入観なしで音楽にふれられたから、すごくいい出会いだったと思う。

─爪さんは高校のころ、ミュージシャンになりたかったそうですね。

洋楽とか好きだったんですけど、自分でやってたのはBUCK-TICKとかソフトバレエとか。ビジュアル系に寄ってしまった。ルックスで中学までムチャクチャ苦労したんで(笑)音楽+カッコ良さを求めていたんですよね。

─90年代中盤から後半にかけては、ビジュアル系バンドが人気を集めた時期でしたね。

東京来てからは付き合う人の音楽を聴くようになって。アスカからもムチャクチャ音楽聴かせてもらったし。自分で曲を作ってる人たちは、自分の好き嫌いに関わらず面白かったですね。この人の作った曲は俺しか知らない、みたいな思いもありました。

─そして渋谷で働いて要職についていた時は、集まる部下がラッパーだらけ……(笑)

哀しいかな、職場の影響でHIP-HOPも聴かざるを得なかったんですよね。あいつら全然売れねぇくせにアルバム出して、その都度「どうぞ」と(笑)「ありがとう」って受け取って、それを職場でかけ、結局HIP-HOPばかり聴くようになった時期もありますね。

─爪さんがことあるごとに作中で言及しているラッパーの部下達も、相当濃い人々ですよね。爪さんが「人に礼するときは帽子取れよ」とラッパーの部下たちに注意しても、誰一人言うことを聞かない……。

普通だったら怒っていいんですけど、「帽子取れ」って言って誰も脱がなかったら客観的に見て笑えてくるじゃないですか(笑)

─ごもっともです。話を戻しますが、様々な機会、様々な相手から音楽を知り、聴き続けたんですね。ちなみにアスカさんと別れたあとも、彼女が教えてくれた音楽を聴くことはあるんですか?

あります。それは別モノの問題ですからね。

音楽は楽しい。それに、彼女が教えてくれた音楽からは逃げられないですからね。音楽だけじゃなくミキさんの車椅子を見る時も同様なんですけど、全てに昔の女の影がちらつくんですよね。一日生活している中で4人、5人、昔の女を思い出しますから。

どんな人間でもいいところがある、否定してはいけない─爪さんの人間観

爪切男さん近影2
「笑った顔、虫の裏側に似てるよね」という言葉が信じられないような笑顔

─音楽も女性も、渾然一体となって、爪さんの思考と人生に影響を及ぼしているんですね。

楽しいって一つのテーマかもしれなくて、人と触れ合ってたり辛いことがあったとしても、楽しさのほうが目に付いちゃって、そちらのパーセンテージを増やしてしまって楽しさが上回っちゃう。

─爪さんは、どんな人に対しても、自分の指示を聞かないラッパーの部下に対しても、辛い症状を抱えているアスカさんに対しても、どこかで楽しみながら接していますね。それは作中で出てくる父親の教えの一つ、「辛いことの中にも楽しいことは必ずある」ということも影響してるんでしょうか?

その父親の言葉は、効いてると思います。人生的に。色んな方向に全てが繋がっているんですよね。

─なるほど。いうなれば、爪さんはプロレス、音楽、そして出会った女性たち全てを受け止めて、肯定しているように見えます。あたかも血肉化していくかのように。あらゆる相手への観察と、共感が垣間見えて、いわば、やさしい眼差しのようなものを感じるんですよね。

なるほど。確かに、人を本当に憎いと思ったことはないかもしれないですね。何でなんでしょうね。母親がいなかったことで、全員への憎さを解放したのかもしれない。人をあまり嫌いになれない。その感覚は、うまく説明できないですね。

─確かに、先にふれた借金取りに対しても、爪さんは面白おかしく話す一方で、彼に対する憎しみや怒りについて話すことはありませんでしたね。

それは『死にたい夜にかぎって』の登場人物全てに対しても同様です。作中では、死の予感を感じさせるような凄まじい場面も度々出てきますね。父親は爪さんに様々な教えを与える存在である一方、爪さんを道連れに死のうとして心中寸前にまで至ったことが語られました。アスカさんについても、爪さんの首を絞めようとする場面が描かれます。けれど、凄まじい話の中でも相手を悪く言うことはありません。なぜか、どのエピソードも読後は「ほっこり」してしまうんです。

もしかしたら、やさしいんじゃなくて、他人に対して諦めている部分が大きいのかもしれないですね。他人に期待はしていない。自分以上に自分を理解してくれる人もいないし、自分を褒める人もいないですから。でも「どんな人間でも、いいとこ一つくらいあるでしょう?」って思っている─。

─そうなのですね。爪さんが出会った人物たちは、全員、何か欠点や欠陥があるかもしれませんが、爪さんは誰のことも否定していなくて、作品全体に言いようもないポジティブさが浸透しているように思いました。

人を嫌いになってもいいと思うんですけど、否定をしちゃいけない。嫌いになるのは全然いいんです。でも嫌いになることと否定は違うんです。そこをごっちゃにしてる人が最近多いんですけど。否定はしたくないんですよね。どういう人生歩んできてて、目の前にいてくれてるか、ってことでもあるから。

─とてもいい言葉をいただけました。本日は、ありがとうございました!


爪切男さん、ありがとうございました。

ぜひ、興味を持ったかたは『死にたい夜にかぎって』を手にとってご覧くださいね。

参考リンク

『死にたい夜にかぎって』特設サイト
爪切男さん公式Twitter
爪切男さんブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」
ポテチ光秀さん公式Twitter
オモコロ「ポテチ光秀が書いた記事」