芥川賞作家・柴崎友香さんが描く「東出昌大さん主演」小説『つかのまのこと』刊行記念インタビュー!

「ズレている」から「深いことを考えている」ように見える?!

―ちょっとこの作品から逸れた質問になりますが。映画化された『寝ても覚めても』も幽霊そのものではないにせよ、ちょっと独特な幽霊的存在というか、不思議な感じのものがありますよね。

柴崎さん:はい。

―東出さんは、柴崎さんのちょっと存在の輪郭がぼやけているような役柄を続けて演じられていることになりますね。

東出さん:そうですね…。そうですね…。普通は「普通の役」を演じる役者さんが多いんだろうけど、僕はちょっと「ズレた役」がけっこうありますからね(笑)。僕のもともとの人間性に起因するのかもしれないんですね。「ちょっとズレてる」とはよく言われるし、自身もそうなんだろうなと思います(笑)。

柴崎さん:(笑)

東出さん:でも、どこかやっぱり「ズレ」てなかったらこの仕事も選んでないし、今も続けていられるのかなと思うんです。この「ズレ」みたいなものは、自分自身嫌いじゃないところもあります。先ほども言った東京の街を歩くとか、路地裏一本入った時の奇妙な感じとか、「これってなんだろう?」ってことについて、僕もわりとよく考えるんですよね。

例えば「電線ってすごいな」って思うんですよ。この1本1本に必ず意味があるのに、ドカッて繋げてったらこんなにごちゃごちゃしてて、家の周りとかも歩いてても「電柱ってごちゃごちゃしすぎだろ」とか思うんですよ。そんなこと考えてボーっとしてる自分の横顔を見て、「何か深いことを考えてるのかな、この人」って回りの人がいろいろ想像してくれるので(笑)。

一同:(笑)

東出さん:まあでも「ただ僕がズレてるだけなんだよな」って思っています。そういう感じです。

―そのコメント素晴らしく「深い」と思いますよ。

東出さん:いやいやいや(笑)まあ僕はこんな感じです(笑)。

柴崎さん:そうですね、さっき私の小説に対して言ってくださった「余白」があるみたいなところが、東出さんもあるのかなと思って。見ている人が、つい想像してしまうような部分があるのかなと思います。映画では一人二役で二人のキャラクターを演じてくださってて、この小説でもまた違うキャラクターを演じてくださってるので、この小説も加えると三役も演じてくださった。それぞれみんな、もちろん違いますし。

―柴崎さんの小説の、こう言うとあれですけど、東出さんはもはや「専属俳優」的な…。

東出さん:いやいやいや(笑)

柴崎さん:いやいやいや(笑)

―でもこの短期間にもう出番が多いですからね(笑)。

東出さん:怖い。怖いです(笑)。

柴崎さん:時期も近くて、そうやって三役を演じてもらえたっていうのはとても、作家としても面白い経験でした。

―僕の勝手な感想で、作中のある女性が東出さん役と目が合うシーンがあるじゃないですか。

柴崎さん:はい。

―そこがものすごく鮮烈的に映像に見えて「東出さんと本当に目が合っている柴崎さん」みたいな感じがしました。

柴崎さん:そうですか(笑)

―「あ、いたんだ」みたいな感じで流してしまうのも、なんかものすごいお二人の関係性みたいなものを一瞬感じてしまいました。

柴崎さん:今回はやっぱり東出さんを思い浮かべて書いていたので、とても書きやすかったんですよね。次々いろんなシーンが浮かんできて、わりとすんなり書けたといいますか。…なんだろう、東出さんのその自分でいう「ズレてる」みたいなところも、ホントに独特の魅力です。どこにも馴染んでるようで、でもどこにも馴染んでないようにも見えて…。他のドラマや映画で東出さんを見ていても、とても面白い存在だなと、ずっと思っているんですよね。だから現実の世界とそうじゃない世界の中間にいるような、どっちにも属しているようで、どっちにも属してないような、そんな雰囲気が小説で自然に出てきたのかなと思います。

『つかのまのこと』というタイトルに託したもの

―今回『つかのまのこと』というタイトルについて由来をお聞きしたいのですが。

柴崎さん:なかなか決まらなくてけっこうギリギリでつけたんです(笑)。でも最終的にこれに決めたら、自分でもなんとなくしっくりきたなと思っています。

―なるほど。このタイトルの意味についてお聞かせくださいますか。何か託したものはあるんでしょうか。

柴崎さん:自分が年齢を重ねてきて余計に思うことなんですけど、時間の長さ、感じ方ってすごくその時々によって変わるなぁって。10分と100分だと10倍に感じられるかっていうと、その時々で違いますよね。楽しい時はあっという間に過ぎていくし、待っている時間は長かったりする。あと記憶の遠さも、1年前のことと10年前のことが、じゃあ10年前のことが10倍遠いかっていうとそうじゃないですよね。すごく鮮明に覚えていることもあれば、けっこう最近なのに忘れちゃってることもあり。思い出している時の感触も全然違うものだなぁと思います。この小説は家の歴史の話ですから、とても長い時間でもあり、でもそこに暮らしてきた人たちのほんの一瞬のことを切り取ってもいます。それぞれの人生の中のちょっとした出来事でも、それぞれいろんな時間の長さがある。振り返ると一瞬みたいな気もするし、ものすごく長い時間のような感じもする。そういうイメージでタイトルをつけました。

―このタイトルについて、東出さんはどう思いましたか?

東出さん:うん、「ぴったりだな」という印象は受けました。他のタイトル案について一切僕は考えてなかったので(笑)。ぴったりだな、という直感のままですが(笑)。

柴崎さん:良かったです(笑)。でも、いつもだと、映画とかドラマだとセリフもあるし、ある程度シーンの長さがあるものを演じられるんですけど、今回は写真だけっていう…。

―確かにそうですね。そこはやりにくくありませんでしたか?

東出さん:写真家の市橋織江さんとは何度か仕事をご一緒しているし、もともと市橋さんの撮る写真や世界観が好きなので、やりにくさはありませんでした。あの古い日本家屋に行った時に、「ああ、もうそこに座ってればいいよ」っていうひと言を聞いて、「あ、なんかみんな向いてる方向一緒だな」って。「こう映ろう」とか「こう撮ろう」っていう、作為的な意図をみんな持たずにやることが、この作品に通ずるっていうことなんだって、みんな思ってたんです。だからまったく撮影してる意識っていうのがもう、ほとんどなかったですね。でも一方では変なシチュエーションを作ってくださるんですよね。壁にプロジェクターで…。

柴崎さん:ああ、あれ面白かったですね。

東出さん:ある外国映画を映したんですが、日本家屋の中でその映画をあのアングルで見るってなかなかホラーだと思うんですけど(笑)。

柴崎さん:そうですね(笑)私もあれは意外でした。「あ、この映画映すのか」と、あまりないおもしろい空間になっていましたね。

―この記事を読んでいくれている方には、「その映画」はぜひ本を開いて確認してもらえればと思いますが、それは市橋さんの思いつきだったんですかね?

東出さん:いや、最初から用意されていましたね。

柴崎さん:ありましたね、プロジェクター。

グラッと感覚小説とグラッと感覚俳優

東出さん:あと映画でいうと『寝ても覚めても』の方で、先日カンヌに行った時に、海外の記者の方が、「これはジャパニーズホラーなのか?」っておっしゃってて。

―そうですか。面白い反応ですね。

東出さん:でも確かに柴崎さんの小説には、なんか一瞬スッと、暗闇の中にスッと急に手を出されて、掴まざるを得なくなったみたいな、その一瞬、刺すような間(マ)に立ち返らされる瞬間があるように感じます。それが僕は柴崎さんの小説の中では好きなところで、『寝ても覚めても』はそういうなんか不思議な、日本の不思議な感覚を備えた映画になったなと。

柴崎さん:そう言ってもらえると…。

東出さん:いえいえ(笑)

柴崎さん:私もホラーがもともと好きなんですけど、その何が好きかと言うと、普段見ているものがグラつくような感覚が好きなんですよね。特にジャパニーズホラーだと、それこそ出てくるものはホント生活の中のものですよね。押入れとかそういうごく見慣れたものなのに、だんだん違うものに見えてくる。自分が立っている場所がグラッとするような…。「あ、今の何だったんだろう?」と。普段生活している中でも、たぶんそれはけっこうあるんですけど、「あ!…。いや、なかったことにしよう」っていう風に流してしまうというか…。

東出さん:うん、うん、うん!わかります!

柴崎さん:「そんなわけないやん」って普段は流してるんですけど、何かそのグラッとした感じや、今のはなんだったんだろう?と、見ているような、見られているような気がするような体験を、もう少し見つめてみたら何か違う世界が見えてくるかなっていうのはありますね。

―面白いですね。僕も『寝ても覚めても』のトレーラーも拝見させていただきましたが、なんか東出さん自身が「人をグラッとさせる感覚」俳優っていうと変なんですけど、東出さんがパンと立ってるシーンだけで非日常感を独特に滲み出てきまね。この小説もまさに非日常感が出てるので…いいですね。いわば「グラッと感覚小説」。

柴崎さん:「グラッと感覚小説」(笑)

―そもそも柴崎さんはそういう言い当てにくい感覚や、厳密に説明すると何か壊れてしまうような体験の描写を追求されていますよね。

柴崎さん:そうですね、普段はやっぱり、そんなことばっかり考えてるとそれこそ仕事も進まないし、気のせいかなって通り過ぎちゃうようなことなんですけど。でもそれを見つめることで、例えばここに昔どんな人が住んでたのかなっていうのを想像して、急にその過去の、全然会ったことのない人なのに存在が感じられたりとか。

人がそこにいないことで「ある」もの

―最近そういう「グラッとした感覚」っていうのはお二人それぞれ何かありますか?

東出さん:日常の中でですか?

―はい。日常の中で。グラッとしてる部分を捕まえるのが、東出さんはとても上手そうな気もします。

柴崎さん:ああ、そうですね。うん、そんな感じがします。

東出さん:うーん。(考えている)

柴崎さん:私は東京に移ってから、引っ越しのたびに家を見に行くのが好きで。大阪にいる時は全然そんな経験がなかったので、部屋って見に行ってみたらとても面白いものだなと(笑)。それが「家」を書くきっかけになっていますね。綺麗に清掃もされているのに、なぜか前に住んでた人の気配みたいなのがあったりとか、ちょっと不思議な間取りになっていて、何でこんなふうにしてるのかな?とか(笑)。

―柴崎さんの小説は、「地理」も「家」もそうですがもっと焦点絞ると「間取り」感もすごくお好きなんだなっていう感じがしますね。

柴崎さん:家は、誰かが作ったもの、住んだ人が工夫したものなので、作った人が考えたことが強烈に、「ここにこれがあったら便利だろう」みたいな気持ちだけがすごく残ってる感覚を、いろんな家を見に行ってて分かるようになったんですよね。その本人がいると、たぶん本人の存在でその気配はかき消されているから、そんなに分からないと思うんですけど、本人がいないことが。かえってその人の存在をすごく実感する。どの家に入っても、アパートだと無個性みたいに思われるけど、でもなんか「あり」ますよね。

―わかります。同じ間取りの部屋でも、それぞれに「あり」ますよね。

柴崎さん:そう「あり」ますね。それがちょっと…もちろん例えば、建ってる場所の周りの雰囲気とかもありますしね。そこに行くと、自分じゃない人の視線でその場所を見てるみたいな気持ちになるんですよね。

―今回の小説も、けっこうそういう視点ですよね。間取りから見た視点というような世界。

柴崎さん:家から見た視点もあるし、あとは歴代の住人とかがどういうふうに暮らしてたのかなっていう、自分じゃない人から見た世界を想像するようなことを書きたいと思っていました。

―東出さんも先ほど頭のほうで触れた、中目黒のアパートで金縛り体験とかありましたが、いろいろお引越しはされたりもしてるんですか?

東出さん:いえ、あまりしてないですね。まず実家を出て東京に出てきた最初の家が中目黒だったんですけど、そこに長らく住んで、次の引っ越しはNHKの、それこそ『ごちそうさん』が大阪局だったので、それの撮影のために大阪に移り住んで…。

―ああそうなんですね。

東出さん:はい。それでまた帰って来たら、そしたらもう奥さんと結婚するに至って。それで今…っていう感じなので、全然引越経験がないんですよね。

東出さん柴崎さんの最近読んだ中で印象に残った本

―東出さんはご本はよく読まれると伺っています。実はこのブクログというサービスは、本が好きな人に向けてのサービスですので、ムチャ振りで申し訳ないんですけれども、最近読んだ中で、ベスト3みたいなものがあればぜひ教えていただけますか!

東出さん:おお~!(笑)

柴崎さん:ええ~!(笑)

―いやもう、どんなジャンルでも、全然問題ないです。

東出さん:(小声で)柴崎さん、何かあるなら。

柴崎さん:ええと、私もじゃあ、2冊思い浮かんだんですけど…じゃあとりあえず2冊(笑)

―ありがとうございます!では2冊ずつぜひ!

柴崎さん:1冊は、アメリカの作家で、レアード・ハントさんの『ネバーホーム』っていう小説なんですけど、夫の代わりに、妻のほうが男のふりをして南北戦争に参加したという話です。実際女性が男装して南北戦争に参加したっていう事実はあったみたいなんですけど、そこから想像して書かれた物語です。南北戦争ってすごく遠い昔のことに感じるし、戦争の厳しい場面が続くんですけども、でもそこで生きてた人たちの声が本当に聞こえてくるような、自分の中に響いてくるような小説でした。

―おお面白そうですね。本屋さんで平積みされているのを見たことあります。読んでみたいですね。紹介ありがとうございます。

柴崎さん:もう1冊は、だいぶ前に出版された本ですけども、平田俊子さんの詩集『(お)もろい夫婦』です。「お」がカッコに入っていて、だから「おもろい夫婦」なんですけど、 「もろい夫婦」でもあるんですよね。「おもろい」でもあり、「もろい」でもある夫婦関係を題材にした詩なんですけど。とっても語り口が面白いんですよね。詩なんですけども、ちょっと関西弁も入っていて、独特の語りの面白さをとっても味わえる。ユーモラスな中にも、夫婦関係、男女関係とかに対する、すごく鋭い視点や厳しさがあって、言葉のたのしみを味わえる本でした。

―『おもろい夫婦』は1993年の作品ですね。

柴崎さん:出版はだいぶ前ですが、この半年くらいで読んだ中で印象に残った本です。

―ありがとうございます。柴崎さんらしい素敵なセレクトですね。それでは、東出さんはいかがでしょうか。

東出さん:僕は、『朽ちていった命』っていう、東海村原発の臨界事故のルボルタージュですが、それは被爆事故にあってしまった人の治療の記録なんですけど、本当に…起こったことを、公平性を持って、淡々と説明をしてるんです。でも、じゃあなんでそんな状況なのに、この治療は続くんだろう?そこに書かれてないことを想像することで、自分の価値観がグラッとしました。やはり読書って本に書かれていないこと、書けなかったことを想像するのも大事なのではないかと思いました。

東出さん:あとは、『殺人犯はそこにいる』っていうノンフィクション作品を。このジャンルの中では名著と呼ばれる作品じゃないかなと思います。

―連続幼女誘拐殺人事件に関する作品ですね。確かに、「調査報道のバイブル」という評価を受けていますね。新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞を受賞、『文庫X』の正体としても話題になりました。

東出さん:本当に文章が面白いので、堅苦しくなく、わりと読みやすいです。頑張ってる登場人物の姿も目に浮かぶし、その裏で、「報道って何なんだろう?」っていうことをまた考えるので、これも面白いなと思いました。

―東出さんは、けっこう本を読む傾向となるとノンフィクションが多いんですか?

東出さん:普段はいろいろですね。エッセイも読めば小説も読むし。でも、印象に残る本、記憶に残る本という質問に対して、本当に単純に面白いと思うものをあげるよりも、今回はこういうジャンルの本を挙げた方が意義があると考えたんです。この取材は「役者」として受けさせてもらっていますし、偉大な先人の言葉を借りるようですけど、アル・パチーノが「ドラマを見るよりもドキュメンタリーを見たほうが役者としては勉強になる」って言葉を残していますから。

―今のお答えは、柴崎小説の本質の部分と重なるものがあるような…。小説でもありますけれども、柴崎さんの小説も、「物語」っていうものからは逸脱していくほうが多いですものね。

柴崎さん:はい。

―わかりやすい筋ではなくて、独特のリアリティ、期待の地平を裏切るような形のものがわりと多いので、それがノンフィクションならではの、ちょっとギョッとするような感覚に近いものがあるというか。とにかくお二人に挙げていただいたご本は詩からノンフィクションまで幅が広くて、大変面白いです。本日は大変貴重なお話を聞かせていただいてありがとうございました!

東出さん:いえ、とんでもないです。ありがとうございました。

柴崎さん:ありがとうございました。

出演者・著者紹介

東出昌大(ひがしで・まさひろ)さんについて

1988年、埼玉県生まれ。俳優。2012年映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。2013年にはNHK連続テレビ小説『ごちそうさん』出演、2014年には映画『クローズEXPLODE』で映画初主演。2016年公開の『聖の青春』で第40回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。2018年出演作の連続ドラマ『コンフィデンスマンJP』が話題に。また本年度主演公開作に『OVER DRIVE』『寝ても覚めても』がある。

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柴崎友香(しばさき・ともか)さんについて

1973年、大阪府生まれ。『きょうのできごと』が2003年に行定勲監督により映画化。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞・織田作之助賞大賞、2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年『春の庭』で芥川龍之介賞を受賞。著書に『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』『わたしがいなかった街で』『週末カミング』『パノララ』『かわうそ堀怪談見習い』『千の扉』『公園へ行かないか?火曜日に』など。『寝ても覚めても』が東出昌大主演、濱口竜介監督で映画化、2018年9月1日公開。

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