芥川賞作家・柴崎友香さんが描く「東出昌大さん主演」小説『つかのまのこと』刊行記念インタビュー!

こんにちはブクログ通信です。

若手人気俳優・東出昌大さんをイメージして芥川賞作家・柴崎友香さんが執筆した小説『つかのまのこと』(KADOKAWA)が8月31日(金)に刊行されました。9月1日にも東出昌大さん主演、柴崎友香さん原作の『寝ても覚めても』映画公開も控えていますが、小説と映画、それぞれの企画の経緯は偶然に偶然が重なってとのこと(!?)。今回ブクログ通信では、東出さん&柴崎さんのお二人へのインタビューを実施しました。本作『つかのまのこと』から映画『寝ても覚めても』まで、俳優東出昌大さんと柴崎作品の魅力に迫ります。読書家のお二人からおすすめ本の紹介も!最後までお見逃しなく!

取材・文/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳

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最強コンビのたび重なる偶然!?

―この9月1日に封切られる『寝ても覚めても』でも東出さん柴崎さんでコンビを組まれておりますが、本作『つかのまのこと』から続けてコンビを組まれたんですね。

柴崎さん:そうなんですけど、実はこちらの本のほうが先にオファーいただいて、映画の企画を聞いたほうが後だったんです。

―そうだったんですか!じゃあ重なったのは偶然だったんですね。

柴崎さん:はい。本当に偶然です。その後に映画の企画書をいただいて、主演は東出さんて書かれてたので、「あれ!?」って思って(笑)

東出さん:(笑)

―面白いですね。すごい偶然。

柴崎さん:本当ですね。偶然にも前後してオファーがあって、これはなんかご縁があるなぁ…というか、映画も本もこれはなんかうまくいくんじゃないかな、ってふと思いがよぎったんですよ(笑)

―読んでみた率直な感想になりますが、「ああ小説の中に東出さんがそのままいる」という思いを抱きました。

柴崎さん:はい。

―なので、これは写真の東出さんのほうから作品の空気に合わせてったのかなと思ったら、最初から「東出さん小説」という形で書かれたものなんですね。

柴崎さん:そうです。私が東出さんをイメージして書いたということですね。

―なるほどそうですか。いやー大変面白かったです。

柴崎さん:ありがとうございます。

―柴崎さんというと、「環境」に関わる描写、「家」であるとか「街」であるとか、その描写が豊富で鮮烈な作家さんだと思っていましたので、本作も柴崎さんの得意とする「環境小説」ですが、その中で東出さんの姿が具体的な形で立ち現れる小説だな、とつくづく思った次第です。

柴崎さん:もちろん東出さんを思い浮かべて書いたんですけど、写真の撮影を見に行かせてもらった時に、思ったよりもすごい、ぴったり、しっくりきてると改めて思いました。やっぱりそこに生身の東出さんがいらっしゃるのを見たことで、自分が想像してたことがもっと、より形になって、「ああ、こういう感じだったのか」って自分自身わかるようなところもありましたね。

―ある意味、東出さんは柴崎さんの小説にとてもマッチングしてますよね。他の役者さんだとまた全然違うことになると思うんですけど、こんなにしっくり落ち着くようにはなかなかいかないのかなって感じます。

東出さんは中目黒のアパートで「金縛り」にあった?!

―事前にお打合せなどもしたのですか?

柴崎さん:最初にこの企画が上がってから、一度東出さんにお会いしたんですけど。その時は友達と昔住んでたアパートの話をされてましたよね?

東出さん:ああ…でもすごく遠い昔で、あの時何をお話したか、正直記憶がぼんやりしてしまってるんですけど(笑)。その中目黒のアパートの話は確かにしましたよね。あれは3~4年前でしたか?

柴崎さん:いつでしたっけ。たしか2014年ですよね。

―企画の上がったタイミングって、そんな以前のことだったんですね!

東出さん:はい。僕をモデルというより「登場人物」だと思って書いてくださるというので、じゃあ何か貢献できるだろう、何をすればいいんだろう?と思い悩んだんです。僕もこういうような企画が初めてでしたからー今後もなかなかないとは思うんですけど。だけど、結局「自分がどういう生活を送ってきたか」ということをお話するしかなかったんですね。そういう中から、中目黒に住んでいた頃のボロいアパートの話とか、そういうお話をしたはずです。その中からいろいろ掬い取ってくださったのかなと思うんですけど、正直あんまり憶えてはいなくて(笑)、この企画において、僕は仕事という仕事をあまりしてないかなと思います(笑)。

柴崎さん:そのアパートで金縛りにあったってお話をされてましたよ(笑)。

東出さん:そうそうそう。

―金縛り!!そうすると、本作がある種の「幽霊もの」じゃないですか。面白いですね。やはりそういう東出さんの人生経験が少しヒントになっていたという。

柴崎さん:はい。それもありますし、なんとなく、お会いする前に既に構想イメージもあったんです。怪談ぽい要素のある作品を書きたいな、という思いがなんとなく頭に浮かんでいて、それでちょっとそのあたりのことを伺ったんですよね。今のこういうお仕事をなさるまでにどういうふうなことをされてたかとか、その話の中で金縛りの話なんかもあって。

―そうなんですね。作品の中では…ネタバレにならない範囲で言うと、東出さん役は、幽霊といってもちょっと違いますよね。生きた人間に直接関わる気がない幽霊というか。あまり執着もないというか。

柴崎さん:そうですね。

―怪談的、怖さというよりも、どっちかというと…ぷらぷらしている幽霊ですね。その感じが東出さんにとても似合っていますよね。

柴崎さん:確かに、似合っていますよね(笑)

東出さん:昨年は立て続けに撮影があって忙しかったんですけれど、今年の夏前はひと月くらい暇で、自宅の周りをぷらぷら歩いていました(笑)。

―まさに小説の東出さんそのものじゃないですか。

東出さん:うん(笑)。

柴崎さん:ぷらぷら歩いてたんですか(笑)。でも、この幽霊…幽霊というよりは、最初のほうで「幽霊みたいな存在かも」みたいには書いているんですけど、場所にとりついて現世に執着ある怨霊の類ではなく、「家が意識を持っている」みたいなイメージが近いのかなと考えています。住んでいる人のことを家が長い時間かけて眺めてるのに近いのかなと思っています。

―とてもわかります。環境そのものが意識を持っているような感じで、ずっとカメラのように人の生活を見守りつつ、幸せでもなく不幸せでもない、すごく平静な形の視線といいますか。

柴崎さん:どちらかというとそういうイメージで描きました。人の生活を長い時間見つめている存在というイメージですね。

「SEIYU」の看板の“S”の文字は実は大きい?!

―東出さんはこの小説を実際に読まれて、どういう感想を持たれましたか?

東出さん:直接的には僕のこと、自分の話だとは思わなかったんです。ただ、お会いして僕の印象を汲み取ってくださりこうやって物語になっていった作品なので、なんかとても分かりやすかったといいますか。先ほど環境という話をしていましたが、登場人物がじっと何かを見つめている描写は、柴崎さんの他の作品でもある描写なんですよね。僕も生活の中でじっと物を見たりすることあるんですよ。よく見てみて、これってこうだったのかって思うことよくあって。例えば最近、ぷらぷら散歩してる時に、スーパーマーケット「SEIYU」の看板を見上げたら、「あ、“S”の文字ってこんなに大きかったんだ」って(笑)。

柴崎さん:(笑)

東出さん:日常の中でハッて気づく瞬間が僕は好きで、すごいスピード感のある東京の街、地下鉄が通ってるような街よりも、基本的に各駅停車しか停まらないような街の日常が好きだったりするので、作品の空気感というか、そういう価値観というのは、最初から僕と通ずるところがあるなと思って、不思議に思いました。

―面白いですね。柴崎さんの小説に東出さんがしっくりくる理由がわかる気がします。柴崎さんの小説は、そういう日常性をテーマセットされていらっしゃいますよね。

柴崎さん:そうですね。見慣れていると思ってるけど、実はよく見てない物みたいなのがある時に、なんかふと気づくみたいな…それこそ西友の“S”が大きいみたいなこと(笑)。

東出さん:(笑)

柴崎さん:毎日見ていたのに、ある時突然気が付くと、風景が違って見えたりとか。なにかのきっかけでちょっとだけ違うものに気づく瞬間って私もとても好きなんですよね。あとは昔のことが不意に思い出されたりすることとか、季節の変わり目にふと昔の夏の思い出が蘇ってきたりすることとか。なにかそういうふうに世界が違って見えて、「あの時はわからなかったけどこういうことだったのかな」って気づくようなこと、そういうことがらを書いていきたいなっていう思いはあるんですよね。

東出さんは80年の歳月を眺めるタイプ?!

―柴崎さんが東出さんとお会いしたときの最初の印象はどうでしたか?

柴崎さん:東出さんは『ごちそうさん』の朝ドラでずっと拝見していました。本当に毎朝楽しみにしていたんです。

東出さん:そうなんですね(笑)ありがとうございます。

柴崎さん:毎朝見てたんですよ。大阪の話だし。

―そうですよね、柴崎さんは大阪のご出身ですものね。

柴崎さん:はい、大阪生まれの大阪育ちです。だから『ごちそうさん』を通じて東出さんのイメージが事前にあったんです。なんというか、東出さんはちょっと古い時代の雰囲気を纏っていながら同時に現代的でもあって。その両方の印象があったせいで、直接お会いする前から東出さんは「長い時間をずっと行き来してるような存在」というキャラクターと合ってるような気が、していたんですよね。

―たしかに『ごちそうさん』でもそうでしたが、今年も映画『菊とギロチン』でアナーキスト中濱哲も演じられていて、東出さんは戦前男子のイメージがよくハマりますよね。

柴崎さん:すごく現代的な雰囲気なのに、戦前の中にもうまくハマっていくので、とても面白いなと思って拝見してたんですよね。『ごちそうさん』の西門悠太郎は建築のお仕事をしてる役でしたよね。

東出さん:そうですね、はい。

柴崎さん:私は御堂筋線の心斎橋駅という場所がとても好きなんですけど、ちょうどそこを建造するエピソードが出てきて、あれが取り上げられてとても嬉しかったんですよ(笑)。それで、東出さんは「それをやってくださった人」っていう(笑)。

東出さん:いやいや(笑)

柴崎さん:そういう印象が強かったので、何かその時代から、現在が繋がっているっていう物語を書きたいなっていうのもあったんですよね。

―本作の東出さん役である「私」は、その家の歴史そのものなんだろうと思うんですけど、だいたい築何年くらいの日本家屋なんですかね…。

柴崎さん:そうですね、80年とかかなぁ…。

―なるほど、たしかに東出さんは80年の歳月を静かに眺め続けているタイプに見えますね。

東出さん:いやいやいや(笑)

「余白」を中心とした小説

―この小説の舞台を聞いてしまうのは無粋かもしれないですけど、この土地のモデルはあるんですか?

柴崎さん:なんとなくモデルはあるんですけど、いくつかの要素が混ざってるような感じですね。私が大阪から東京に来て面白いなって思ったところは、東京って本当に一本路地を入ると古いおうちが意外と残ってたりしますよね。それこそ私もそういう所をぷらぷら歩き回るのが好きなんですけど、ふと入り込んだりすると、なんかそこだけ空気が違うような場所が東京にはいろいろあるなと思って。そういう場所がいくつか混ざってモデルになっているという感じです。

―柴崎さんの小説を読むと、ホント散歩したくなるというか、ぷらぷらしたくなるなというふうにすごく思います。小説自体が歩いているみたいな小説だとも感じました。

柴崎さん:そう思ってもらえたら嬉しいです(笑)。歩きながらじゃないと気づかないようなことって、たぶんあると思うんですよね。車とか電車とかだと見落とすようなことも。歩いて坂道を上るとかね、その道の感じとかがやっぱりすごく体に「体験」として直結してるというか、そういう中でしか気づかないようなことってあると思うんです。だから歩くのが好きなんですよね。

―東出さんから先ほど「西友の“S”の字がこんなに大きいんだ」って気づいたお話もお伺いしましたが、東出さんもやはり街をぷらぷらするのが好きなんですか?

東出さん:大好きです。そういう時間を僕は余白の時間だと思っているんですけど。今は日常の中でもすごく情報が多いので、そういう余白がないといけない。余白がないままに仕事だけしてると、僕はやっぱりパンクしちゃうし、人間的な成長も今後ないんじゃないかと思うので、極力その時間を作るようにしてます。

―わかります。この小説もそのおっしゃる「余白」を中心とした小説だなぁと思いました。

柴崎さん:その「余白」…読む人が想像する余地があるような作品を書きたいということはいつも他の作品でも考えています。でも小説のページ数としてはそんなに長くないんですけど、物語中流れる時間が長かったりもするので、今回は特にその余白の部分を感じてもらえるような小説になっていればいいなと思っています。

―その「余白」も、ちょっとうす気味悪い所もあったりするじゃないですか。自転車だけが…。

柴崎さん:そうそう。 「自転車だけ」だったり、「謎の生き物」みたいなのとか出てきますね。

―その余白感も、僕の記憶するところだと内田百閒の作品が持つ独特の空気感に近くて。

柴崎さん:ああ、そうですね。

―東京の裏路地のエアポケットみたいなうす気味悪さがよく出てらっしゃって、なんか別の世界に一歩足を踏み入れるみたいな、そんな空気がありますよね。

柴崎さん:でも完全に違う世界のことではなくて、ちょっと隙間にあるかもしれないくらいの世界を書きたいなと思って。だからこの作品中でもいろんな存在が出てきますよね。東出さんに演じていただいた語り手も、見ることはできるけど話しかけることができなかったり…何か一方的に、家に住んでる人たちのことは見えるんだけど、コミュニケーションがとれないとか、他に話せる似たような存在の人がいたり、一方で「謎の生き物」みたいのには、向こうからこっちがどう思われているのかわからないとか、そういういろんなレベルの世界が重なり合ってできているような場所を書きたいなと思ったんですよね。

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柴崎さんが『つかのまのこと』のタイトルに託したもの