スペイン本国から!『アウシュヴィッツの図書係』作者アントニオ・G・イトゥルベさんブクログ大賞独占インタビュー!

こんにちは、ブクログ通信です。

第5回ブクログ大賞 海外小説部門を受賞した『アウシュヴィッツの図書係』。前回は訳者・小原京子さんと、集英社担当編集者の佐藤香さんにインタビューを実施しましたが、今回はなんと!訳者小原さんにご協力いただき、スペイン在住の作者アントニオ・G・イトゥルベさんにメールインタビューが実施できました!この作品の主人公であるディタ・クラウスさんの近況や、『アウシュヴィッツの図書係』の創作裏話をお伺いできました!日本の読者へ向けたメッセージとともにお送りいたします!

取材・文/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳


―この本で日本でのデビューを果たしたイトゥルベさんの来歴をあらためて教えてください。主に文化ジャーナリズムにかかわっているとのことですが。

アントニオ・G・イトゥルベさん(1967年‐)
イトゥルベさん:スペインで一番読まれている本の雑誌『Qué Leer(何を読むべきか)』の編集長を20年以上務めました。現在は、自分自身で、『Librújula リブルフラ』という本をテーマにした雑誌を創刊しました。雑誌『メルクリオ』の文学評論、新聞『ラ・バングアルディア』で本の世界についての記事を一週間に一回書いています。また、バルセロナ大学のマスターコースで、文学コミュニケーションの講座を持っています。ここ数年、14冊の児童書と4冊の小説を書きました。『アウシュヴィッツの図書係』のあと、スペインでは今年新しい小説『A cielo abierto(大空で)』を出し、ビブリオテカ・ブレベ賞を受賞しました。ヨーロッパにおける航空郵便のパイオニアたちの物語です。特に、登場人物の飛行機乗りたちのひとりである、『星の王子さま』の著者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの物語です。

A cielo abierto

著者 : Antonio Iturbe

Editorial Seix Barral

発売日 : 2017年3月

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―イトゥルベさんの好きな作家、好きな作品を教えてください。

イトゥルベさん:ひとりだけ選べと言われたら、ジョゼフ・コンラッドです。彼の『ロード・ジム』、『闇の奥』、『勝利』などが好きです。

―日本人作家で好きな作家はいますか?いらっしゃった場合はその理由もお聞かせください。

イトゥルベさん:川端康成が大好きです。登場人物を実存の崖っぷちに追い詰める手法、一見シンプルな人生がいかに複雑さに満ちているかを描く手法に魅力を感じます。読み始めると夢中になります。

―次回作は何を書かれる予定ですか?

イトゥルベさん:今は、私が育ったバルセロナの港の地区を舞台にした、伝記タッチの小説を書いていますが、まだ書き始めたばかりです。

『アウシュヴィッツの図書係』を執筆するに至った契機

―イトゥルベさんが『アウシュヴィッツの図書係』を執筆するに至った契機について教えてください。小原さんの訳者解説で、「本」にまつわるエピソードを探していたとのことですが、なぜ「本」にまつわるエピソードを探していたのですか?

イトゥルベさん:人が出会う最も素晴らしいものは探し求めていたものとは限りません。私は読書の歴史に詳しいアルゼンチン出身の専門家アルベルト・マングェルが書いた歴史上の様々な図書館についてのエッセーを読んでいて、偶然にこの物語にたどり着いたのです。私は本をテーマにしたものを読むのが好きで、特に読書に関すること全てに興味があります。実際、私は本について語る仕事に携わってきました。

―ディタさんとの最初の接触は『塗られた壁』をホロコースト博物館の売店で手に入れたことからはじまったそうですが。

主人公ディタ・クラウス
(1942年)
イトゥルベさん:そうではありません。最初のコンタクトは『塗られた壁』を販売するウェブサイトを見つけて、電子メールを送ったときです。本の料金をどのように支払えばいいか教えてほしいと書いたとき、私に返事をくれた相手がディタと名乗ったのです。私は31号棟の図書係とやりとりしているのだということに気づきました。そこから私たちの通信が始まりました。その後、私はプラハを訪れてディタに会い、街から数キロのところにあるテレジーン・ゲットーに連れて行ってもらいました。

イトゥルベさんとディタさん プラハのティダさんのマンションにて
(2009年)

現在のディタさんは脚が弱くなり、時々具合も悪くなりますが、気力と明晰さは衰えていません。彼女自身の回想録を書き上げました。チェコ語で出版されるそうですが、私は英語の原稿で読んでとても興味深かったです。私の小説には描いていないアウシュヴィッツ時代のエピソードなどもありました。

イトゥルベさんとディタ・クラウスさん
チェコ共和国ターボルにて(2014年)

秘密の図書館の「8冊の本」は実際にあったのか?

―内容の質問をさせてください。史実に創作的肉付けをされたかと思いますが、史実と史実を繋げてもいるようにも思います。たとえば少年たちが収容所で発行した雑誌「ヴェデム」と関わらせたり、カフカの知人のエミル・ウティッツとも出会ったりしてますが、実際ディタは彼らに会われたのですか?

イトゥルベさん:その通りです。史実と史実を組み合わせます。それが文学ならではの特権です。ディタは雑誌「ヴェデム」の少年たちを知っていました。中には、テレジーン・ゲットーでの活動で一緒だった子や、遊び仲間の子もいました。 ウティッツとの出会いは文学的創作です。私は、カフカの影を物語の中に投影させたかったのです。

―『兵士シュベイク』の挿話は一部パロディを実施されていたようですが、創作と実話をとても上手に融合させているように思います。そうなりますと、そもそも図書館の「8冊の本」は実際のラインナップ通りだったのでしょうか?こちらも創作になりますか?

イトゥルベさん:70年以上が経ち、ディタは8冊の本のタイトルを正確には記憶していません。H・G・ウェルズの『世界史概観』、地図が1冊、ロシア語の文法書があったことは覚えているそうです。他の被収容者や、ディタの夫となったOta B. Krausの証言から、これら3冊に代数学の本、フロイトの精神分析の本を加えました。3冊の小説については、1冊はフランス語、1冊はチェコ語でした。もう1冊の小説はロシア語だった可能性がありますが、ディタは正確にはわからないと言っています。
チェコ語とフランス語の小説については、私自身が「これだったらいいな」と思った『兵士シュヴェイク』と『モンテクリスト伯』にしました。
おっしゃる通り、『兵士シュヴェイク』から引用したものの中に、私自身のパロディを一部忍び込ませました。

―数ある実在の人物が出てきます。イトゥルベさん自身は、ティダの他に誰に一番の魅力を感じていますか?ディタ以外を仮に主人公にするとしたら誰を選びますか?

イトゥルベさん:もちろん、フレディ・ヒルシュです。最も難しい瞬間に自殺してしまったとされ、ホロコーストの歴史の中から忘れ去られた人の一人です。でも事実はそうではありません。ヒルシュは自殺なんかしていません。彼は船長です。決して乗組員より先に船をおりるなんてことはしません。ほれぼれするような魅力的な人物です。

フレディ・ヒルシュ( Fredy Hirsch )1916年2月11日-1944年3月8日

テレジン収容所の青少年活動のリーダーで、体育の先生。ユダヤ系ドイツ人。長身でハンサムで子どもたちの憧れの先生だった。 テレジン収容所からアウシュビッツ収容所に送られてレジスタンス蜂起計画実施の直前に自殺したとされていた。

―本に対するさまざまな比喩が出てきます。この部分は読者もしみじみと感銘を受けているようです。この言葉はイトゥルベさんの言葉ですか?ディタさんの取材のなかで出てきた言葉でしょうか?

イトゥルベさん:私が書いた言葉です。この物語の主人公は、実在のディタ・クラウスの話からのインスピレーションと、あの暗黒の場所アウシュヴィッツにあった小さな秘密の学校、ほんのわずかの本が夜の闇にかすかな光をともしたという出来事についての私の想いがミックスして生まれた人物です。

ディタさんが描いた31号棟の絵

「本を開けることは、汽車にのってバケーションに出かけるようなもの」

「本を読んでいる時は、心が自由である、と。
間違いなく自分は地獄の中にいる。
しかし、本を読んでいる間は・・・・誰にもこの自由を邪魔されない。
世界中、何処にでも行けるのだから、と。」

――本作は本国スペイン以外ではオランダで人気が高く、アメリカでは”Pubisher’s Weekly”誌の2017年YAジャンルベスト20に選ばれたそうですが、日本でも今回ブクログ大賞を受賞し、読者からの評価が大変高いです。世界中の読者のハートをとらえた理由はその簡潔的な文体と史実の重さがあったとも思いますが、他に理由が何があると思いますか?

イトゥルベさん:難しい質問です。素晴らしい本でも読者には響かないこともあるし、私が駄作だと思っても大ヒットする本もあります。でも、希望を失わず戦う人の物語に心を動かされる読者がたくさんいるということは確かだと思います。

日本の読者へのメッセージ

―日本の読者に向けてメッセージをよろしくお願いいたします。

イトゥルベさん:日本の読者のみなさんと私の間には数千キロの地理的な距離がありますが、同じものに感動し、魅力を感じる。その意味で、私たちの間に隔たりはありません。本質的なものを共有しています。私をみなさんに近づけてくれてありがとう。みなさん、私に近づいてくれてありがとう。

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