WEB本の雑誌「作家の読書道」寺地はるなさんインタビュー

その5「小説を書いたきっかけ」

―ではポプラ社小説新人賞に応募された経緯はどうだったのでしょうか。自分で小説を書いてみたいと思ったきっかけは。

寺地:文芸誌を買っていると、毎回賞の応募要項が載っているんですよね。お金の話になって申し訳ないんですけれど、賞金も書いてある。私はパートの時給が800円スタートだったんです。だんだん上がって1000円になったんですけれど、パートだから1日4時間しか働けなかったんです。130万円超えたら社会保険に入れなきゃいけないって雇い主の人が言うので制限していました。だからお金がなかったんですね。それで、賞金50万円とか100万円とか、大きい賞になると500万円とか、すごいなと思って。最初は、本当に最初だけなんですけれど、宝くじを買うようりもこれは確率が高いんじゃないかくらいに思ったんです。厚かましいんですけれど、その時は簡単に書けると思ったんですよ。

―それまで小説を書いたことはあったのですか。

寺地:どうだろう。ちゃんと書いたことはないと思います。それで、35歳の夏、お盆休みが終わったら書き始めようって思ったんです。自分のパソコンを持っていないので夫の持っている古いノートパソコンを借りるしかないんですけれど、お盆休みは夫がずっと家にいるので、書いたらばれるかなと思って(笑)。そんな「小説を書き始めます」と言う必要もないだろうと思い、お盆休みが終わったら夜にこっそり書き始めました。

―そんなすぐに書けるものですか。

寺地:クオリティは別として、一応最後まで書けました。空想が得意なので(笑)。よく「いきなり書き始めておしまいまで書ける人は少ない」みたいなことを言われますが、それがちょっと分からなかった。今でも分からないです。

―どの賞に応募するかはどう決めたのですか。太宰賞で続けて最終選考に残り、日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞で最終に残り、そのあとでポプラ社小説新人賞で受賞されていますよね。賞のタイプが全然違う。

寺地:最初は、分かっていなかったので、確率が高そうだと思って地方の文学賞みたいなものに応募しようと思って探していたんですけれど、やっぱり賞金も低いんです。賞金が高いのはミステリの賞なんですが、それは無理だなと思いました。枚数も多かったし。

最初は100枚くらいのものを書いて、ろくに推敲もせずに何かに送ったんです。その後で太宰賞に応募しました。賞金が100万円もあっていいわと思って(笑)。小説を書き始めたのが8月でしたが、太宰賞の締切が12月だったのかな、直近に書いたものを送ったら最終に残ったから、これはやはり宝くじよりも確率が高いと思いましたね。で、落ちたので、甘くないってことをはじめて知りました。その時に編集者の方に「来年も頑張りましょう」と言われ、次の1年は太宰賞に出すものを頑張って書こうと思い、3作くらいしか書いていないんです。そのあとで宝島社の日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞とポプラ社小説新人賞に応募したものを書いたんです。

―2014年に「ビオレタ」でポプラ社小説新人賞を受賞されるわけですが、ちなみに賞金がいくらだったんですか(笑)。

寺地:200万円です。高いんです(笑)。本当は駄目ですよね、賞金額で決めるなんて。

―「作家になりたい」というのとはまた違う動機で書き始めたともいえますが、デビューが決まったとなるとどういう感覚だったのでしょうね。

寺地:デビューしたとしても、「書いてください」と言われなかったら書けないんですよね。需要があるうちは続けられるんだろうと思ったんですが、もちろん一生安泰だとは思いませんでした。まあ、やれるうちはやったらいいし、依頼がなくなったら他の仕事をしようくらいに今も思っていますね。

その6「付箋をたくさん貼った本」

―今日お持ちくださった本の中に、たくさん付箋が貼られたものもありますよね。長野まゆみさんの『あめふらし』とか畑野智美さんの『国道沿いのファミレス』とか。

寺地:長野さんは単純に文章が好きだという。『国道沿いのファミレス』は畑野さんのデビュー作ですが、小説を書き始めた頃にテキストみたいな感じで買ったんですよ。デビュー前、新人賞受賞作みたいなものを一通り買って読んだんですね。そのなかで、これはすごく参考になりました。出だしに街の描写を入れているな、とか。お話の中でどれくらいの時間の経過とか、何週間後に事件が起こるとか、実は序盤に違和感をおぼえる場面がある、とか。そういう箇所に付箋を貼っています。畑野さんのお話は、初登場の時にちょっと嫌な感じだった人が、途中ですごく印象が変わることがあって、それがすごく、手品みたいな鮮やかさなんです。だから、これもなるほど、なるほどと思いながら読みました。

逆にデビューした後のほうが書き方が分からなくなって、初心者向けの小説の書き方の本などを読みました(笑)。ハリウッド脚本術みたいな本を読んで「そっかー」と思ったり。

―そうだったんですか。ところでそこにある、朝倉かすみさんの『静かにしなさい、でないと』にもたくさん付箋が貼られていますね。

寺地:これは本当に文章が好きで。これも30代になってから、デビュー前に読んだものです。長野さんの『あめふらし』と朝倉さんの『静かにしなさい、でないと』の2冊は、単純に表現が好きってところに付箋を貼っています。こういう好きな本はいつも鞄に入れておいて、パラパラッと見たりしていますね。

あまり読書のためにまとまった時間が取れないんです。怒られるかもしれないけれど、洗面所に短篇集とかを置いておいて、歯磨きしながら読んだりするんですよ。

―プロデビューしてから、読書生活に変化はありましたか。

寺地:本をためらいなく買えるようになりました。家族には「あんなに積んでいるのにまた買ったの」と言われますが、「読むのも必要なので」と。最近は、たくさん読みたいので好きな本を読み返すというより、新しい本が多いですね。

―そういえば、読んだ本をツイッターでつぶやかれていますよね。

寺地:インスタグラムに載せていて、たまにツイッターに連動させています。最近はもうとにかく「面白そう」という基準で選んでいます。好きな作家さんの新刊が出たら買いますし、なるべく書店に行って、コーナーが作られていたりして書店員さんが個人的な思い入れを持って推している本はなるべく買っています。推されているってことはそれだけ魅力があるってことだから。それと、普段読まないようなジャンルの本でも、話題になっているものをなるべく買って読んでいます。話題になっているということは、それだけの要素があるわけで、その要素が知りたくなります。

―では、最近面白かった本は。

寺地:ミランダ・ジュライの『最初の悪い男』がすごく面白かったです。名前は知っていたんですけれどちゃんと読んでいなくて。なんでもっと早く読まなかったんだろうと思って。1行1行、全部面白かったです。

―寺地さんは岸本佐知子さん訳のものが好きかもしれない。

寺地:ああ、翻訳者で選ぶというのもありますよね。あとは、チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』も面白かった。一昨年だったか、まだ翻訳が出ていない頃、私の『みちづれはいても、ひとり』の韓国語版が刊行された時にこの本の話題が出て、「来年翻訳が出ます」と聞いていたので、ずっと読んでみたくて、読んだら面白かったです。

―82年生まれの女性の半生を追いながら、韓国社会の女性の生きづらさが浮き彫りになっていく内容ですよね。

寺地:辛いです。ひたすら辛い。これくらい書かないと伝わらないのかなと考えながら読みましたね。チョン・セランの『フィフティ・ピープル』も面白かったですね。50人以上が出てくる群像劇で、こんなにいっぱい人が出てくるなんて書くのが大変だけど楽しそうだなって。自分でも書いてみたいなと思いました。でも、今すぐ書き始めると「真似した」と言われるので、もっと時間が経ってから(笑)。

―韓国文学の翻訳は今すごく話題作が多いですよね。翻訳者の斎藤真理子さんがすごく活躍されていて。

寺地:ああ、この2冊も翻訳が斎藤さんなんですね。すごいですね。あとは……(と、スマホを出してインスタをチェックする)。

―インスタに読んだ本の写真を挙げるのって、いい記録になりますね。

寺地:後からぱあっと一覧として見られるので便利です。ああ、そうそう、畑野智美さんの『神さまを待っている』も若い女の子の貧困を書いていて面白かったです。伊藤朱里さんの『緑の花と赤い芝生』も。

―『緑の花と赤い芝生』は、片方の結婚で義理の姉妹となったタイプの違う27歳の女性二人が、一時的に一緒に暮らす話。

寺地:すごく細かいところまで設定して書いてあるなと思いました。片方の、杏梨ちゃんというゆるふわみたいな可愛い子のことを、めっちゃハーブティー飲んでそうやなと思って読んでいたら、本当に飲んでいて。しかも「ルピシアのハーブティー」と書いてあって、「ああ、確かにルピシアって感じやわ」と思って。そういうところも面白かったです。

その7「新作のこと、書きたいこと」

―ご自身は、小説の題材はどのように決めているのでしょうか。たとえば『今日のハチミツ、あしたの私』などは、養蜂のことも相当調べて書かれたのではないかと思いますが、取材をされたりするのかな、と。

寺地:題材は打ち合わせで「こういうのが読みたいです」と言われてその場で考えることが多いです。『今日のハチミツ、あしたの私』の時は養蜂のことは調べましたし、取材にも行きましたね。ちょっと離れたところから巣箱を開ける様子を見せてもらったりしました。

―『みちづれはいても、ひとり』はロードノベル風ですが、旅先の村の感じとか…。

寺地:それは以前、夫の祖父母の家に毎年10日くらい泊まりに行くイベントがあったので、その体験をもとにしました。

―新作『正しい愛と理想の息子』は、陰気な32歳と、可愛げのある30歳、違法カジノで働いて失敗して、窮地に陥っている二人の男の話ですよね。

寺地:以前、他の出版社の人に「男性同士の関係性がすごく独特でいいですよね」みたいなことを言われて「あ、そうなんだ」と思って。すごく印象に残ったのでアイデアとして保留しておいたんです。それとは別に、「愛って気持ち悪いな」とずっと思っていて、それを組み合わせたらどうやろなと思いました。打ち合わせの時に、ぼやっと「詐欺みたいなことをしている人の片方のお母さんが認知症か何かになって…」くらいの話をしたら「すごくいいですね」と褒めてくださって調子に乗って、その場で「認知症だと民生委員みたいな人も出てきますよね」とかどんどんアイデアが出てきて、書くことになりました。

―「愛って気持ち悪いな」というのは、どういう局面で、でしょうか。

寺地:自分も子どもの相手をしていると過剰に叱りすぎてしまうこともあるし、すごく悩むことも多いんです。その時に「すごく愛情を持って育てているから大丈夫だよ」みたいに慰められると、「え、愛していたら何をしてもいいの」と思って。それで、振りかざされる愛って気持ち悪いなと思ったんです。そんなに万能なものでもないでしょう、ということが言いたくて。

―「家族だから」とか「愛してるから」とか言って片づけられがちなものに対して、「そうでなくていいのではないか」ということをいつも書かれている印象が。

寺地:そうですね。いろいろ書いているようにみえて同じことをずっと書いているかもしれません。自分でも、家族は他人だってことをずーっと言っているなと思います。それと、世の中で「こういうものだよ」と言われているものを、本当にそのまま受け止めていいのかなってことは、ここ数年で本当に考えるようになりました。

―今は専業ですか? 1日のサイクルなどは。

寺地:一昨年、仕事は辞めました。毎日、子どもが8時くらいに小学校に行くので、帰ってくるまでは執筆の時間が確保できますね。少なくとも午前中はずっと書いています。1日10枚から15枚くらい書くと決めていて、もっと書きたくてもそれ以上は止めるんです。調子がいい時にガンガン書いたものって、意外と面白くないんですよ。もうちょい書きたいくらいで止めていくのがちょうどいいみたいです。結果的にそっちのほうが早く書き終えるなということにも気づきました。

―では、今後のご予定を教えてください。

寺地:「asta」で連載していた連作を、今年の4月か6月くらいに刊行する予定です。ひとつの街でマーケットみたいなものが閉店すると決まってからの1年間の話です。
「yom yom」で、「ここにない希望」という連載が始まっています。打ち合わせの時「『架空の犬と嘘をつく猫』の、お母さんが出さなかった手紙がひどくて、でもそこをもっと読みたくなりました。寺地さんのひどい部分を出していきませんか」って言われたので、性格の悪い人がたくさん出てきます(笑)。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

この記事の提供元

WEB本の雑誌