話題作『ありえないほどうるさいオルゴール店』の瀧羽麻子さん「作家の読書道」インタビュー(WEB本の雑誌)

その5「作家になってからの読書」

―では、プロになってからの読書生活というのは…。

瀧羽:設定や構成など、技術面を意識して読むようになりました。担当編集者をはじめ、業界の方たちにお会いする機会があれば「今読むべき本は何か」というのを聞くようにしています。「最近面白い本があったか」もよく質問しますね。付き合いが長い編集者だと私の好みを分かっていて、好きそうなものを教えてくれます。でも、自分からは手が伸びなかったような作品でも、やっぱり面白いものは面白くて。プロの意見は、とても参考になります。

―今は好きなものの傾向があるということですね。

瀧羽:そうですね。静かで穏やかな話が好きです。苦手なのは、人が死ぬとか不治の病とか……別に死んでもかまわないんですけど、ホラーやグロテスクなものはちょっと。あんまりひどすぎる話、理不尽な話も、辛くなってしまうのであまり手を出しません。でも薦められて読んでみたら、話の展開にひっぱられて、するする読んでしまえたりもするんですよね。前から好きな小川洋子さんや川上弘美さんにしても、静かな世界の中におどろおどろしい部分もあるし。ああいうのはわりと大丈夫なんですけどね。不条理な暴力とか、虐待とか、貧困とか、どうにもならない不幸が出てくると心が折れがちで。でもまあ、勉強がてら、なるべく苦手意識を持たずに幅広く読もうと心がけてはいます。

―小川さんや川上さんで特に好きな作品は何ですか。

瀧羽:川上弘美さんは『神様』が一番好きです。小川洋子さんは『人質の朗読会』や『不時着する流星たち』。あと津村記久子さんも好きです。特に『ミュージック・ブレス・ユー!!』は、読むと必ず泣きそうになります。最新作の『ディス・イズ・ザ・デイ』も大好きでした。男性作家では、森見登美彦さんは『有頂天家族』が好き、堀江敏幸さんは『雪沼とその周辺』が好き、佐藤正午さんは『鳩の撃退法』が好き……挙げ出したらきりがないですね。

神様 (中公文庫)

著者 : 川上弘美

中央公論新社

発売日 : 2001年10月1日

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ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)

著者 : 津村記久子

角川書店(角川グループパブリッシング)

発売日 : 2011年6月23日

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海外小説は、小説を書き始めてからのほうが、読む機会が増えました。やっぱり、静かな話が好きです。新潮社のクレスト・ブックスもよく読みます。アリス・マンローとか、ジュンパ・ラヒリとか。今はどちらかというと長篇より短篇に惹かれますね。子どもの頃は、しっかりしたあらすじがあって起承転結もくっきりしている長い物語が、あんなに好きだったのに。でもよく考えたら、短篇できれいに起承転結をまとめるって、高度な技術なんですよね。今となっては、小説を書く立場として読んでしまうので、あれこれ考えさせられます。洗練されたプロットや上手な語りには憧れますね。こんなふうに書けるなんていいなあ、とうらやましくなることも多いです。
そうそう、あと今年は原尞さんにはまりました。

―えっ。『私が殺した少女』の原尞ですか? ハードボイルドな探偵ものですよね。最近新作が出ましたけれど、これまでの瀧羽さんの読書遍歴とまったくイメージが違いますね。

瀧羽:まず、14年ぶりの新作だという『それまでの明日』を読んで、「うわ、何これ面白すぎる」と戦慄しました。一気に既刊を全部読んでしまって、今になって後悔しています。次作も14年後かもしれないのに、せめて1年に1冊ずつとか、もっと大切に読めばよかった。

―あのシリーズは、まあそうか、人は死ぬけれどグロテスクではないか。

瀧羽:徹底的にドライですね。展開が緻密で、文章も端正で。もう、なんていうか、好きすぎます。ほとんど恋ですね。しかもひとめぼれ。自分には書けないからこそ、ハードボイルドへの憧れもふくらんで。周りからは、次はレイモンド・チャンドラーを読んだらいいんじゃないかと言われています。時間のある時に読んでみるつもりです。

―フィリップ・マーロウものはどの訳で読むかにもよりますね。

瀧羽:海外ものって、翻訳によって印象が変わりますよね。あと、私はミステリーを読んでいても、「この文章が好き」とか「ここの表現が面白い」とか、本筋に関係のない一文が妙に心に残ったりします。そのわりに、肝心の犯人が誰だったかという記憶が落ちるという(笑)。最近特に、記憶力が衰えていて。

―分かります。夢中になって読んだものほど、本を閉じた後、何も思い出せない時があります。

瀧羽:そうなんですよ。書き出しは覚えていても、その後どうなったのかが分からない。読んでいる瞬間はすごく集中しているのに。なんていうか、異世界に行って帰ってきちゃって、呆然とする感じがありますね。

―では、読書記録や感想を書き残しておくことはしませんか。

瀧羽:仕事で依頼をいただいた場合以外は、しませんね。私の場合、そもそも立派な感想も浮かんでこなくて……読み終えた時は興奮しているんですけど、「好き!」とか「面白かった!」とか単純な気持ちが強くて、わざわざ書き残すまでもないんですよね。

その6「最近の執筆について」

―主にいつ小説を書いたり読んだりしているのでしょうか。

瀧羽:本を読むのは平日の夜が多いです。書くのは、まとまった時間がとれる週末のほうが集中できますね。いやになってきたら、さっきもお話した通り、ちょっと他の人の小説を読んで、元気を出してからまた書きます。

―小説家になってよかったと思う瞬間はありますか。

瀧羽:本の見本ができあがった瞬間は、なによりも嬉しいです。モノとしても、本そのものが好きなので。でも、一切読み返さないですね。自分が書いた内容も結構忘れてしまっていて、後から質問されてあわてることもあります。

―では、小説を書く題材はどのように選んでいるのでしょうか。

瀧羽:依頼が入り次第、考えます。先方が「恋愛もので」「会社もので」「京都を舞台で」など、大まかな方向性を考えておられることが多いので、それもふまえて話し合います。

―じゃあ、『ありえないほどうるさいオルゴール店』は小樽の不思議なオルゴール店の話ですが、あの場合は。

瀧羽:あれは、私から提案しました。さっきの話にも出た編集者のIさんと、次はどんな話を書こうかと相談していた時に、不思議な男の人を登場させよう、かわいいお店屋さんにしよう、というような、漠然としたアイディアは浮かんでいたんです。でも、その後彼女が会社を辞めてしまって、書く機会がないままになっていました。
 2、3年前でしょうか、『乗りかかった船』という造船会社を舞台にした連作短篇をはじめ、お仕事系の小説の依頼がいくつか続いた時期がありました。そんな中で、それらとは別路線の、デビュー作の『うさぎパン』にも通じるようなちょっと不思議な感じのものを、というお話をいただいて。ちょうどいいかなと思って「オルゴール屋さんはどうでしょう」と打診したところ、気に入っていただけて、採用となりました。小樽へ取材にも行って、連作形式で書くことにしました。

―お客さんの心に流れる音楽を聴きとることができる店主が、その人にあったオルゴールをオーダーメイドしてくれる、心温まる連作集でしたね。

瀧羽:ひとつのお店を舞台に、そこを訪れるいろんなお客さんの人生の一部を、短篇として切りとっています。皆それぞれに悩みや屈託を抱えながらも、オルゴールに託された音楽を通して、少しだけ前向きになれるというお話です。この作品に限らず、どこにも救いのない絶対的な不幸みたいなものは、あまり書きたいと思ったことがないですね。世の中ではひどい事件がたくさん起きていますし、ふわふわと楽しいことばかり書いていても現実味がないですが、せっかく物語を作るからには、ひと筋でもいいから光がほしいなと。あと読み手としても、私にとって読書は異世界トリップというか現実逃避というか、未知の世界に旅するための手段という面もあって、あまりにも悲惨すぎる場所をあえてめざす気になれないというのもあります。

―では、今後のご予定は。

瀧羽:11月に児童書を出すことになっています。最初にお話しした、『ノンタン』を出している偕成社からなので、感慨深いです。小学校高学年向けの、小学5年生の女の子が知らない大人との出会いを通して成長していくという、ほのぼのしたお話です。年明けは、レストランを舞台にした家族ものの連作短篇集が2月頃に出る予定です。これはデビュー直後に書いた3篇に、最近になってから書いた3篇を足して、一冊として完成させることになっています。続いて、春か夏くらいには椅子職人のお話も。他に進行中の連載では、農業のお話と、転職エージェントのお話も書いています。

―見事に題材がそれぞれまったく違うという。楽しみですね。

瀧羽:こうして並べてみると、節操がないですね(笑)。以前は同時に複数の小説を書き進める時は、こっちが辛くなったらあっち、と場当たり的に進めていましたが、きっちり時期を分けたほうが書きやすいと気づきました。たとえば月を上旬、中旬、下旬と3分割して、上旬はこれ、中旬にこれ、下旬はこれ、というようなサイクルで回しています。私は飽き性なので、いろんな題材を書くのは、気分が変わって楽しいです。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

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