WEB本の雑誌「作家の読書道」滝口悠生さんインタビュー

その5「デビューしてからの読書」

――なるほど。大学を辞めて、さあ、いよいよ書くぞという感じでしたか。

滝口:大学を辞めて仕事を始めて、小説も書いてましたが、そんなに毎年応募していたわけではないです。「楽器」は「新潮」に出したんですけれど、その前に「新潮」と「群像」に1回ずつ出しましたが、どこにも出さなかった年もあったし。書けたら出す、という感じで。「楽器」は2011年の3月、地震があった時の月末が締切だったので、その時期に書いていたんですが、あんな状況だったので小説を書いていた時のことはあんまり思い出せないんですよね。でもたしか月末ぎりぎりに投函したのは憶えてます。

――大学を辞めて3年ほどして2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞して作家デビューが決まります。しばらくは兼業だったのですか。

滝口:そうです。2015年の秋まで仕事をしていました。本が読めないなと思って。書く方の仕事の割合も増えてきて、それはなんとか勤めと並行してできていたんですけれど、削られるのが本を読む時間で。インプットができないと絶対やばいなと思ったので、じゃあもう辞めよう、って。

――今、1日の執筆時間などは決まっているのですか。

滝口:希望は朝型なんですけれどなかなかそうはならなくて、お昼から夜にかけてが仕事の時間という感じです。朝は家のことをあれこれやっているとお昼になってしまい、それから仕事を始めてなかなか進まなくてダラダラしているとあらもう夕方、みたいな。
図書館にも時々行きます。資料を探しに行ったり。あと、気分転換に散歩がてら外に出て、喫茶店で本を読んだり、仕事をすることもあります。

――専業になってからはどのような読書を?

滝口:勤め仕事を辞めたら豊かな読書時間が待っているはずだったんですけれど、読まないといけない本が常に待ち構えている感じで、なかなか自由がないというか。書評を書くためとか、資料とか、読まなければいけない本に追われちゃいますね。もちろんそういうきっかけで自分からは読まない本に出会えたりもするのでいいんですけど。
だから、仕事やめたらハイデガー読むぞ、とか思っていたんですが、まだ読めていないですね。たまに読みかけてはまた頓挫しての繰り返し。
自分の小説を書く時の資料は、自分で探して選ぶので、読んでみたら資料としては全然役立たないんだけど、でも面白かったり、当初の目的とは全然違う内容が案外小説に使えたりということも結構あります。
 

――滝口さんが資料で読む本って、どういう本でしょうか。

滝口:いろいろですが、分かりやすいものだと『愛と人生』の時は渥美清の評伝みたいなものとか、寅さん映画のヒストリーみたいなものとかをひと通り読みました。オフィシャルなものから、自費出版みたいなものまで、すごい数があるんですけど、何が役に立つかやっぱり読まないとわからない。いろいろ調べたりしているうちに、映画の舞台である柴又の駅がある京成金町線が昔、人が手で押して動かす人車鉄道だったというのを知って「何それ」と思って。またそれについて調べ始めたら『幻の人車鉄道』というまさに人車の歴史の本を見つけて、それを読んでみたり。線路はあるんですが、客車を人夫が押して動かすんですよ。山で石などを運ぶ貨車としては多かったらしいんですが、客車として運行してたところは少なくて、電化が進む過渡期の形態なので運行期間としてもそんなに長くなかった。帝釈天の参詣客が増えて、金町駅から柴又までという、わざわざ鉄道を敷くには短い距離を、いかにローコストで効率的に人を輸送するか、みたいな理由でできたそうです。で、もう寅さん全然関係ないし、そんなことを書く気もまったくなかったんですけれど、できあがってみると渥美清が人車を押す場面とか小説に書いてしまう、という(笑)。そうやって、たまたま手にした資料が作品に思わぬ影響を与えることも多いです。

――たとえば『高架線』みたいな作品は資料って読むんですか。

滝口:あれはすごく短い期間で書いたのであまり資料を読む時間はなかったんです。でもたとえば「蒲田行進曲」の映画のことを結構たくさん書いていて、あれも元はあんなに書く気はありませんでした。アパートの階段から人が落ちる場面があって、その人に「『蒲田行進曲』の階段落ちみたいだった」と言わせたんですが、それまで僕、「蒲田行進曲」をちゃんと見たことがなくて、こんなこと言わせる以上、一応ちゃんと見ておこうと思って、そこで初めて映画をちゃんと見たんです。そうしたら面白いなと思って、すごい分量割いて映画のことを書いてしまいました。最後の方で映画の撮影所の話になったのは、完全にあの映画に引っ張られたからだし、そんなふうに場当たり的に書いているので、資料は結構大事というか、作品の道行きを左右することが往々にしてあります。もともと具体的に何かに使おうと思って読むより、本当に細かいところの確認のために読むことが多いんですが、そこで拾った要素が思いがけず作品に入り込んでくることは結構あります。
でも、『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』の時もジミヘンの評伝とかを読んだんですけれど、あの時は逆で、資料をすごく読んでジミヘンの話をいっぱい書こうと思っていたんです。でも結局ジミヘンのことは全然書かずに終わってしまって(笑)。最初から欲目があると駄目なのかもしれません(笑)。

高架線

著者 : 滝口悠生

講談社

発売日 : 2017年9月28日

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<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

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