4つの文学賞に入選、注目のデビューを果たした真藤順丈さん「作家の読書道」インタビュー(WEB本の雑誌)

その5「月1本投稿からデビュー」

―読書記録をつけていたりはしませんでしたか。

真藤:つけてないですね。本に書きこんじゃうほうなので。

―へえ、ペンでですか?

真藤:ペンで。ただ「すげー」「面白え」とかうわ言みたいな感想を書くときもあるし、アンダーラインも引くし。その小説を読んでいて思いついたアイディアとかもわーっと書きこむ。だから言うなればそれが読書記録なのかもしれません。

―あとで見返すんですか。

真藤:たいていはどこに何を書いたかわからなくなります。「あれに関してメモした気がするけど、どの本のどの頁か全然わからない」ということはしょっちゅうあります。でもすごく良い閃きはちゃんと憶えているから、忘れるようなネタは使えないネタだよなと吹っきれる。

―新人賞への投稿時代、ものすごいハイペースで作品を書かれてませんでしたっけ。

真藤:3年間、どの賞にも引っかからなくって。一次選考も通らないありさまで。さすがに「この先どうする」となって、それで月1本出すのを1年間やってみようと。それでも箸にも棒にもかからなかったら人生の方向転換をしようと。幸いにもそういう背水の陣でやり始めたら、出したものがどれも最終選考に残って、どれも受賞できたんです。当時はとてつもなく貧乏で、ガスとか電気とかすぐ止められていたし、出前一丁のどんぶり移しばっかりが上手くなる日々で、いい感じに追いこまれて火事場の馬鹿力が発揮できたんだと思います。

―しかも、いろんなテイストのものをお書きになっていましたよね。

真藤:12ヵ月分の賞のカレンダーを作って。ラノベも純文系も、「このミス」も「ホラ大」も「乱歩賞」も全部獲ってやるぞってね。あまりに無邪気で、恐れ知らずで、当時を思い出すとおのずとアルカイック・スマイルになりますね、ちょっと羨望込みの。
 傾向と対策みたいなものに縛られまい、という反骨精神はありました。そんなのみんな考えてるんだから、おなじ土俵で戦っても勝てないんだから奇をてらわなくちゃというか、変わったことをやらかして悪目立ちしようという自覚は強かったです。

―脚本を書いていたとはいえ、いきなり小説は書けましたか? 教授に褒められたことがあるとのことでしたが。

真藤:変な小説は書いてたんですよ。一番褒められたのはおじいちゃんおばあちゃんのお尻から羽根が生えてくる話で。

―え(笑)。

真藤:人間が進化して、若者のころから早寝早起きを1日も欠かさずにしていると、老年になったころにお尻から羽根が生えてくるという大変に夢のあるファンタジーです。これが褒めちぎられて、そうか「センス・オブ・ワンダー」とはこういうものかとわかったような気になって。でもそういうのを応募しても全然引っかからない。で、好きなホラー系にしてみたり、実際の地名が出てくる現実とリンクがあるものを書いてみたり。映画の撮影現場のミステリも書いたな。12ヵ月の12作応募は、最後までやりきろうと思ったんですけど、受賞してからは編集者と出版の話が始まって「もう出さないでいいです」と言われて断念しました。

―だって、いきなり新人賞を4つ獲ったんですよね。『地図男』でダ・ヴィンチ文学賞大賞、『庵堂三兄弟の聖職』で日本ホラー小説大賞大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で電撃小説大賞銀賞、『RANK』でポプラ社小説大賞特別賞。

真藤:運良く下駄を履かせてもらったんです。作家としてのバブルがいきなりド頭にやってきた。デビュー直後はてんやわんやで、仕事場を借りて籠りっきりになって、熱に浮かされているような、だけどうまく回せているような気がしなくて、出版社に目をかけてもらっているのにヒット作を出せない焦りで、筆も滞りがちになって。鳴り物入りでデビューしたのにその鳴り物をぜんぜん鳴らさないという(笑)。デビューしたての時期を思い出すのはしんどいですね、心に苦いものが広がります。

その6「デビュー後の読書と新作について」

―本を読んでいる場合じゃなかったですか。

真藤:ずっと読めてなかったなあ、作家になってから確実に読書量は減りました。でもこのところはようやく取り戻してきたかというか、編集者に教えてもらったものや話題になっているものは読むようにしてます。あと書店でビビッと興味を惹かれたものを。

―食指が動くのは、どんなものですか。

真藤:なにかこの小説は、見たことのない風景を見せてくれそうだなとか。乗ったことのない線路に乗せてくれそうだなとか。自分が知っているような類型にはまってなさそうなもの。あとは横溝正史ミステリ大賞と合併されちゃったけど、ホラ大受賞の作品はもれなく読んでいますね。

―ノンフィクションとかは。

真藤:最近読んで良かったのは、磯部涼の『ルポ川崎』。これはヤクザ者になるか肉体労働者になるかという道しかなかった若者たちが、ラップで人生の活路を見出すという世界のどこにも通じる普遍的な命題を扱っていて。レイシズムへのカウンター運動なんかにも興味があるので、心打たれた読書でした。あとダグラス・アダムスの『これが見納め』っていう絶滅寸前の動物ばかりを見に行くおかしな紀行文が面白かった。
 それからノンフィクションとはちょっと違いますが、精神科医の春日武彦先生の本はどれも好きです。『無意味なものと不気味なもの』という自身の体験を重ねながら小説を紹介する書評集がありまして。数年前に『鬱屈精神科医、占いにすがる』という名著も出て、これは春日先生ご自身の精神分析にもなっているような本で、やっぱり抜群に面白かったですね。
春日先生は、それはもう文章が恐ろしいほど闊達で、「達意の文章」というやつですか。表現しえないものを表現しようとしているというか、名前のついていない感情に名前をつけてくれるというか。たとえば「精神科医は相撲の行司みたいなものだ」とおっしゃる。患者がなにかと戦っているにせよ、たとえむなしい独り相撲にせよ、のこったのこった、と言いつづけてやるのが精神科医の仕事だって。そういう感じで言葉にできていないことを言ってくれるので、僕はあの人の文章はいくらでも読んでいられます。
 安部公房も平山夢明も村上春樹もそうだし、原著に当たれないけどコーマック・マッカーシーも絶対そうだと思うんだけど、文体がすでにその作家固有のものになっている作品に強い憧れと嫉妬を抱くんです。一文一文のすみずみに至るまでその作家のサインが記されているような。エンタメ小説の世界にはできるだけ作家の気配は消すべきだという考えもあるけど、すごく面白い話だけど誰が書いてもおなじという文章に興味はない。なんといっても文章こそがこのメディアの最大の武器だし、書き手の「声」ともいえる「語り」の快楽に浸れてこそ、真に心に残る読み物になりえると思ってます。

―語りの快楽という意味では、新作『宝島』はまさにそれを堪能しました。戦後の沖縄で、米軍施設から物資を強奪する戦果アギヤーの英雄が失踪、ヒーロー不在のなか、混乱の時代を生き抜いていく3人の男女の20年にわたる物語。沖縄には興味があったのですか。

真藤:ありがとうございます。現在の僕が持っているものをすっからかんになるまで注ぎこんだ小説です。一人でも多くの読者に、小説そのものの力を感じられるような読書体験をしてもらいたくて、沖縄の烈しさと恵み深さにふれてほしくて書きました。1952年から返還の72年まで、20年間にわたる沖縄の青春物語であり、冒険小説であり、ビルドゥングス・ロマンです。とにかく掛け値なしに面白い小説を、ただそれだけを志向して、沖縄という物語の鉱脈にみずからはまりこんで書き上げました。

―彼らの物語を、誰かが語り聞かせてくれているような文体ですよね。迫力もあるし飄々としたところもあって、神話的な物語を聞かされているような気分になれる。

真藤:沖縄に出自を持たない自分が、土地のナラティブとして語っているので、これは途方もない挑戦でした。だけど例えば、東京生まれの主人公が沖縄に渡って……といったかたちでは僕が達したい物語の深層には達することができないと思って。自分にとって遠い時代や土地の話、そこで起きていた本物の悲喜劇を伝えるには、現地の人間になりきって書くしかなかったんです。そういう事情もあって、構想から完成までに7年もかかりました。

―ミステリであり、青春小説であり、成長物語であり、歴史であり……いろんな読み方ができる骨太な小説ですよね。書き上げるまでに時間がかかったそうですが、普段、1日の執筆時間などは決まっているのですか。

真藤:あの島のあの時代を登場人物とともに疾走する、他にはない濃密な世界を味わってもらえると思います。執筆期間はしょっちゅう昼夜逆転してますね。この『宝島』の執筆中に第二子が生まれたので、子供中心の生活ではあります。保育園の送りや迎えにあわせて、送ってから寝るか、迎えにいってから寝るか。筆が乗ると朝方まで頑張っちゃって、またそれで昼と夜が入れ替わったりしてますね。

―今後はどのような小説を書きたいですか。

真藤:沖縄にかぎらず土地ごとの歴史や伝承といったものにはたえず関心があるので、そういう柄の大きなものには取り組んでいきたいです。出版業界全体が衰退している今、これまでにない新たな〝マグナムオーパス〟の星座を描くのは僕らの世代の役目だと思うので、これまで人生の道を拓いてくれた傑作群に恩返しするためにも、自分の出世や〝お金欲しい〟という気持ち以上に、エンタメ小説の世界を盛り上げることに身を捧げなくては、と最近ではわりと真顔でそんな感じのことを思っています。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

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