4つの文学賞に入選、注目のデビューを果たした真藤順丈さん「作家の読書道」インタビュー(WEB本の雑誌)

ダ・ヴィンチ文学賞大賞の『地図男』や日本ホラー小説大賞大賞の『庵堂三兄弟の聖職』など、いきなり4つの文学賞に入選してデビューを果たした真藤順丈さん。その後も着実に力作を発表し続け、最近では戦後の沖縄を舞台にした一大叙事詩『宝島』を発表。骨太な作品を追求するその背景には、どんな読書遍歴が?

取材・文/瀧井朝世 ―WEB本の雑誌「作家の読書道」2018年7月28日

真藤順丈(しんどう・じゅんじょう)さんについて


1977年東京都生まれ。2008年第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞、第15回日本ホラー小説大賞大賞、第15回電撃小説大賞銀賞、第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。著書に『地図男』『畦と銃』『墓頭』など。土地の声から物語を紡ぐ稀有な作家として業界内で注目を浴び続け、最新刊『宝島』では五大紙と数々の文芸誌で絶賛を受ける。

真藤順丈さんの作品はこちら

その1「手塚治虫が原点のひとつ」

―一番古い読書の記憶といいますと。

真藤:物心つく前の記憶がほぼないんですが、このインタビューの依頼をもらってからウンウン考えまして。『マガーク少年探偵団』(E.W.ヒルディック著)っていうシリーズを愛読してたんですよ。思い出せるのはそのくらいで。

―憶えていますよ。少年少女たちが近所の事件を解決していくという。「あのネコは犯人か?」とかありましたね。

真藤:それです! マガークっていうわがままで破天荒な団長がいて、ワトソン役がいて、おてんば娘がいて、嗅覚のすぐれた鼻のウィリーとかいて。シリーズを続けて読んだのも、ミステリに含まれるものが好きになったのもこの作品が初めてだったんじゃないかな。学校の図書館で借りていたんだと思います。

―東京の品川区のご出身ですよね。アウトドアな子だったのか、インドアだったのか。

真藤:地元は大崎とか五反田のあたりで、インドアだったけど「本の虫」ではなかったですね。おしなべて僕らの世代はそうだと思うんだけど、ちょうどファミコンが直撃しちゃったから。あとはプラモデル。ガンダムとか『魔神英雄伝ワタル』のプラモをごちゃ混ぜにして二つの軍勢に並べて、空想でストーリーをこしらえて合戦みたいなのをやらせてました。今にして振り返れば、もっとミヒャエル・エンデとか『エルマーのぼうけん』とか読んでおけよと思う。もしもその頃、絵本や童話がつぎつぎ焚書にされるようなディストピアな時代が来ていたとしても、僕はまったく気がつかなかったでしょうね。そのぐらい日常が書籍と無縁だったように思います。

―ああ、でも空想したり物語を作るのは好きだったのですね。ほかに漫画や図鑑などの読書体験はいかがでしたか。

真藤:もうちょい高学年になってからは「週刊少年ジャンプ」は読んでました。マガジンもチャンピオンもサンデーも全部読んでいたと思う。それで漫画好きになって、中学ぐらいからドハマりしたのが手塚治虫。「漫画の神様」と呼ばれる人だから読まねばぐらいのきっかけだったのかな。講談社から全集が出ていたり、四六判や文庫でもいろいろ読めたので集めやすかったんです。あのころ片っ端から手塚漫画を読んだのが僕の原体験といえるのかも。物語といっても様々なジャンルがあること、暗いものや怖いものもあれば、魂の燃料になるような人間讃歌もあるということ、創作における基礎教養やドラマツルギーといったものは、手塚作品から自然に学ばせてもらったのかもしれません。

―たくさん作品がありますが、なにが好きですか。

真藤:青年向けの大河モノが好きでしたね。『火の鳥』、『ブッダ』、『陽だまりの樹』、『アドルフに告ぐ』。連作よりも大長編をくりかえし読んだな。『ブッダ』は主人公のゴータマ・シッダルタ(のちのブッダ)の誕生から始まらないのね。ブッダの対極にいるような、荒っぽくて人間臭い不可触民・タッタの話から始まる。のちにブッダの弟子になるんだけど、つまりこの長大な物語はタッタの一代記でもあるんだなと。そういう演出や構成が、手塚センセイ優しいなあというか、惚れぼれするほどかっこいいと思いました。構成ということでいえば『火の鳥』の過去と未来をかわるがわる語っていく形式とかすごかった。どの時代の猿田彦・我王がいちばん幸せだったかとか考えました。僕、誕生日が手塚治虫と一緒なんです。だから、生まれ変わりかなと思って(笑)。

著者 : 手塚治虫
手塚プロダクション
発売日 : 2014-04-25

著者 : 手塚治虫
手塚プロダクション
発売日 : 2014-04-25

―真藤さんが生まれた時には手塚先生はまだ亡くなってません(笑)。

真藤:(笑)。そういう輪廻転生の縁があるので、自分も漫画家になろうと思いました。かなり上手かったんですよ、特にキャラクターを描くのはとびっきり。同級生3人で数コマずつ順繰りに回して、授業中にこそこそと鉛筆漫画を描いてました。友達が作ったストーリーラインに乗っかりつつ、僕は新キャラばかりを登場させて。すぐに四天王とか六人衆とか出したがるの。「こんなにキャラがいたら収拾つかねえ!」って言われて。とことんボンクラ男子の手すさびでしたね。

―手塚さん以外に好きだった漫画家といいますと。

真藤:全巻を揃えていたなかではっきり憶えているのは、『ジョジョの奇妙な冒険』、『うしおととら』、『寄生獣』。漫画界のレガシーのような作品にハマって、この世界観がいちばんわかっているのは自分だとうぬぼれて。ボンクラ特有の無根拠な自信や承認欲求がすくすくと健康に育っていましたね。

その2「チャラチャラする&映画にハマる」

―ところで、教科書に載ってる作品を読んで興味を持つとか、学校で回し読みした本などはなかったですか。

真藤:「作家の読書道」らしくなりませんよね、僕もだんだん焦ってきました(笑)。中高時代のそういう記憶がまったくない。読んでなかったってことはないと思うけど。世界文学全集のようなものが親の書棚にあって「読め読め」言われていたけど、指一本たりとも触れなかったです。もう気持ちがいいほどに、その棚からは一冊も読まなかった。

―作文を書くことはいかがでしたか。

真藤:あ、作文は褒められていました。政党機関誌の編集者だった親父の血かもしれない。教師にも文章力を評価されて、特に勉強しなくても国語の成績は良かった。「文意をくみとれ」みたいな設問もなんなく解けましたね。そのかわり、他の教科は目も当てられないほどボロボロでした。なにしろ基本、寝ているか漫画を描いてたもので。

―その後、高校時代も漫画を描いていましたか。

真藤:描いていたけど、高校生の半ばぐらいからチャラチャラしていたというか、ボンクラが背伸びして、ボンクラを脱しようとしはじめたんです。

―チャラチャラしていたって、一体どんな具合に?

真藤:私立の男子校だったので女の子を追っかけたかったんですね、で、悪めの友達とつるむようになって。移動の足はスケボーというような、年に2回ぐらいバイク事故で死んだ先輩を偲ぶ会がある、というようなやつらと。学校もサボり気味になって、友達の家に入り浸っては飲酒や喫煙して、二日酔いでストリートバスケをやったり。おかげでますます読書からは遠ざかっちゃう。

 非行ってことでいえばかわいいもんだと思うし、膝詰めでとうとうと説教してやりたいのはこの頃だけじゃないですし。自堕落で浮わついた時期だったけど、唯一良かったなと思うのは、友達の家にたむろして映画をすごく観るようになったことです。最初のうちは友達とVHSで、そのうち一人でも映画館に通って、すっかり虜になりましたね。

―どのあたりの映画に夢中になったのですか。

真藤:最初はアメリカン・ニューシネマと呼ばれるもの、マーティン・スコセッシの『グッドフェローズ』とか『キング・オブ・コメディ』とか。マフィアものでは『ゴッドファーザー』もきっちりⅢまで大好きで。あとはちょうどデヴィッド・フィンチャーの『セブン』とかブライアン・シンガーの『ユージュアル・サスペクツ』といったサイコスリラーがいっぱい出てきたころで、これはとんでもなく面白いぞって。

著者 :
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
発売日 : 2018-02-17

著者 :
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
発売日 : 2018-01-17

 映画のタイトルに関しては、偏愛するものをすべて挙げていったらいくらスクロールしても終わらなくなるので、『七日じゃ映画は撮れません』という自著で注釈のふりをして数百作をレコメンドしているのでぜひ読んでいただきたいんですが、そのころに観たものでいくつか挙げておくと、
スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』、ジョン・シュレシンジャーの『真夜中のカーボーイ』、シドニー・ルメット『十二人の怒れる男』、マーティン・ブレスト『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』、ミロシュ・フォアマン『カッコーの巣の上で』、マルセル・カルネ『天井桟敷の人々』……。

著者 :
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日 : 2014-02-05

著者 :
ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日 : 2011-11-28

邦画だと、黒澤明は『七人の侍』はやっぱり外せないですね。『生きものの記録』や『どですかでん』も挙げておきたい。相米慎二『台風クラブ』、北野武『ソナチネ』『キッズ・リターン』、原田眞人『KAMIKAZE TAXI』、長谷川和彦『太陽を盗んだ男』。今村昌平『楢山節考』『復讐するは我にあり』……

著者 :
東宝
発売日 : 2009-10-23

すんません、やっぱりキリがないですね。作家を一人挙げるとしたら、ロバート・アルドリッチなんかどうですかね。『カリフォルニア・ドールズ』、『北国の帝王』、『何がジェーンに起ったか?』と、とにかく傑作揃いの監督で。

著者 :
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
発売日 : 2018-03-17

―何がツボにはまったのでしょう?

真藤:アルドリッチは男臭いんだけどドラマは上質で、濃やかな情念のようなものが深々と刺さってくる。それと物語の飛躍っぷりがすごくて。『北国の帝王』なんて世界恐慌の時代に、無賃乗車で旅をしようとするホーボーと、タダ乗りを見つけしだい殺そうとする鬼車掌の決闘をえんえんやる話ですよ。『何がジェーンに起ったか?』も今観てもすごい。昔、子役スターだった妹と、そのころ付き人だったお姉ちゃんがいて、大人になってから立場が逆転するんだけど、ある事故があって姉ちゃんは車椅子生活になり、妹にほとんど監禁されて……子役時代の栄光を忘れられない妹をベティ・デイビスが演じてるんだけど、もうおばあちゃんなのにフリフリの衣装を着て踊ったりする。それがもう怖くて怖くて……あの映画一本でベティ・デイビスは僕の最恐ホラー女優になりました。現在に至るまで誰にもその女王の座は奪われていません。

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