オール讀物新人賞、ポプラ社小説大賞優秀賞でデビューの小野寺史宜さん「作家の読書道」インタビュー(WEB本の雑誌)

その5「作風を変えてデビューが決まる」

―投稿時代は、アルバイトをして小説を書いて……という日々ですか。1年にどれくらい応募していのでしょう。

小野寺:アルバイトもしていましたね。応募したのは、年に5~6本くらいは応募していたんじゃないですかね。まあ、全部落ちるわけです。落ちて1週間くらいブルーになって、また書き始めるという繰り返しでした。
仕事を辞めてワープロを買いに行ったといっても、そんなにすぐ書けるわけではないので、今思えば最初は本当にひどいものを書いていました。さきほども言ったように、思いついたものをそのまますべて書いちゃっていましたから。シナリオも同時に書いていたんですけれど、途中で辞めました。だから、非常に遠回りしました。たまに初めて書いた小説で受賞、みたいな人がいるけれど、天才かよって思います、本当に。
僕は最初は1次選考も通らなかったんですが、そうすると選評もないから何が悪かったのかも分からない。分からないままやっているからまた駄目で、という時期がありました。でも3年くらいたつと短篇が2次くらいに通って、そうなると「あ、これはちょっとやればいけるんじゃないか」と思って。結局、オール讀物で賞をいただいたのが37歳の時なので、13年くらい投稿生活をつづけました。

―今、シナリオも書いていたとおっしゃいましたね。

小野寺:はい。シナリオも応募していました。当時のトレンディドラマとか全然見ていなかったのに。そっちではちょっと小さい賞をいただいたりしていました。そっちのほうが向いているのかなと思いましたが、結局、シナリオは自分が書いてもそれで完成じゃないですからね。映像化できないと。で、やっぱり小説だなと思って。
でも、シナリオの台詞にしても、削って削ってミニマムにしていく作業ですから、それは相当役立ったと思います。たぶん、会話文に生かされていると思います。

―さて、2006年に短篇「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞を受賞され、その後2008年に『ROCKER』でポプラ社小説大賞の優秀賞を受賞されますよね。

小野寺:そうです。僕、オールの賞をいただく前、32歳から37歳まで勤めていたんです。それも「もういいかな」という感じになって「辞めます」といった直後にオールから「賞を獲りました」と連絡が来たので、これは相当助かったと思いました。でもまだまだそこからも暗黒時代は続きます。
オールと同時期に野性時代青春文学大賞に長篇を応募したんですが、それは最終選考に残った3作をまるまる載せて読者に投票させるという賞で。僕も残ったんですけれど結局は落ちました。その後はオールに載せていただく短篇を書いていたんですけれど、なかなかうまくいかなくて。次に載るまでに2年くらいかかっています。その間に、プロアマ問わない小説賞なら応募してもいいと知って、じゃあポプラ社さんの賞に応募してみようかなって。オールで受賞したのはサッカーの話ですが、今度は女子高生の話を書いてみました。どちらも、それまで書いていたものとは全然違うんです。「このままじゃ駄目なんだな」っていうのがあって、それで書いてみたんです。

―そうしてデビューして、でも生活がガラッと変わったりは……。

小野寺:ないですね。本っ当に何も変わらないです。たいして友達がいるわけではないので、携帯にもメールにもそんなに連絡はなかったですし。でも、ちょっとはほっとしました。下手したら何の能力もないのに書いている無能野郎かもしれなかったわけですから。でも別に、これで暮らしていけるとは思わなかったです。

その6「好きな現代作家、新作について」

―読書生活は変わりましたか。

小野寺:図書館に行って、吟味せずに一度に10冊くらい借りてきて、いろんなものを読んでいました。今どんなものが読まれているのかとか、どんなものが好まれているのかくらいは知っておいたほうがいいと思いました。だからそこまで入れ込んで読むわけではないですけれど、やっぱり面白いものがあれば自分の中に残っていくじゃないですか。そういう感じで、距離を取りつつ読むようになりました。ラニアンとかコルタサルとかを何度も繰り返して読む以外のこともしようという感じで。

―その中で、「わ、これは好きだな」と思ったものはありましたか。

小野寺:堀江敏幸さんの『雪沼とその周辺』は、それこそ架空の街の話で、僕の趣味と合って面白かったですね。『未見坂』も。堀江さんとか、池澤夏樹さんとか、保坂和志さんとか、絲山秋子さんとかも読みましたね。
でもこうして読書遍歴を振り返って分かったんですけれど、何か大作みたいなものよりも、小品のほうが好きなのかなという。自分が書くものも、小品を、大げさにやりたいんですよね。短篇だから小品ということではなくて、長篇でもいいんですけれど、元は小さいものを豊かに膨らませていくものがやりたい。一人称とか街とか。

―一日の過ごし方は。

小野寺:朝の4時に起きて、バターロール2個を食べてお茶を一杯だけ飲んで、それから5~6時間書いたりします。僕、基本的に1回全部下書きするんですよ。ノートに手書きで400枚分とか。最初はボールペンで書いていて、間違えたら二重線で消して、細かいところは気にせずどんどん書き進めていっていたら、2本に1本はインクが半分残っているのに途中で駄目になっちゃうんです。それで一回、京橋のパイロットのペンステーションミュージアムに行ったときに聞いてみたら、ぼくみたいなやり方をしていると紙粉を巻き込んじゃうらしいですね。だから最近はシャープペンシルにしました。
手書きで書くことを5時間くらいやって、買い物もかねて1時間くらい歩いて、午後は昼寝をして。起きてその日書いた分を2時間くらいかけて推敲して、というペースです。だから書きだすところまでいけば、2か月かからないで400枚書きます。
理想をいえば、大元のアイデアを出してから2年間くらい寝かせたいんですよね。その間にちょこちょこアイデアを足していって肉付けをしたい。逆にお題をもらったほうがやりやすい場合もありますけれど。

―では例えば、話題になった『ひと』はどういう経緯だったのですか。

ひと

著者 : 小野寺史宜

祥伝社

発売日 : 2018年4月11日

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小野寺:一応、祥伝社の担当さんから「人に何かを譲れる人で、人の鑑になるような人」というご提案があって。

―心優しい青年が肉親を失って孤独になり、実直に生きていくなかで商店街の人たちや友人との触れ合いがあって……という話ですね。

小野寺:提案をいただいた時に、ストックのなかに、一人になっちゃった人というアイデアはあったので、それでいけるかなと思って。東京・江東区の砂町銀座商店街が舞台ですが、ここはもとから興味があったんです。どの電車の駅からも遠いのに、にぎわっている。これは面白い場所だなと前から思っていたので、それがうまいこと自分の中で結びつきました。

―心温まるお話でした。かと思ったら、新作の『夜の側に立つ』は、まったく異なるテイストの話ですね。時系列でなく、異なる年代の主人公周辺のエピソードが交互に現れて、少しずつ全体像が見えてくるという構成も面白い。

小野寺:こうした構成のちょっとした細工というのは、むしろ投稿時代にやっていたものなんです。こういうことばかり考えていたからうまくいかなかったんでしょうね。「まずは普通に書くことが優先でしょ」と思って書き方を変えてずっとやってたんですが、ここにきてまた久々にやりたくなって。それで、一人の人間の一人称で、4つの時代を書くということにしました。彼はそれぞれの時代で3つの悲劇に見舞われますが、そうした悲劇の後でどのように生きていくのか、というのが元ネタとしてありました。

―彼がその後どう生きたのか、そして今どうなっているのか、あるいは今どうしてこうなっているのか、パズルのピースがひとつずつはまっていくように分かっていく作りが面白かったです。

小野寺:時間通りに進むのではなく、3つの出来事を先に読者に知らせたかったんですよね。2回目は時系列で読んでもらうとまた面白いかなと思うんですけれど、最初は、どーんといきたかったんです。今回は街はあまり絡んでいませんが、僕が好きな銀座の街とかは無理やりだしていますね(笑)。

―さきほどのハミダシスト名が「翻る蛭蛙」でしたが、その名前って、主人公たちのバンドがコピーするミュージシャンのアルバム名として出てきますね。

小野寺:そのアルバム『翻る蛭蛙』を作ったミュージシャンの蓮見計作っていうのは、『ROCKER』に出てくるんです。僕はそういう繋がりをいろんな作品でやっているんです。言ってしまうと、「みつばの郵便屋さん」シリーズの最初に、「〇〇さん、××さん、△△さん」って、配達に行く先の人たち、つまりひとつのブロックに住んでいる人たち十数人の名前が出てくるんですけれど、その人たち全員、別の短篇や長篇に出しています。もうすでに全員出し終えています。

―そうだったんですか!

小野寺:僕しか気づいてない。誰か探してくれないかなって思ってるんですけれど。でも最近、「今回のリンクはこれでしたね」と気づいてくれる読者もいて、ありがたいです。今回、『夜の側に立つ』にも、みつば高というのが出てきますね。

―ああ、出てきますね…! ところでタイトルの「夜」には、象徴的な意味がありますね。この題名は最初から決めていたのですか。

小野寺:書いたあとに変えました。もともと考えていたタイトルも、夜を表す言葉だったんです。もともと「夜」というものが好きなんですよね。新潮社からは『ひりつく夜の音』という本を出していますし、今回の本を合わせて、せっかくなら「夜の三部作」を書かせていただけないかなと思っているんですけれど。とにかく、もう1回がっつりと「夜」の話を書きたいとは思っています。

―では、今後のご予定といいますと。

小野寺:「みつばの郵便屋さん」シリーズの新刊が秋に出ます。それと、祥伝社さんで『ひと』の前に書いた『ホケツ!』というのが文庫になります。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

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