WEB本の雑誌「作家の読書道」奥田亜希子さんインタビュー

その5「デビューしてからの読書」

―デビューが決まり、プロになったことで、生活に何か変化がありましたか。

奥田:受賞まで6年半ほどかかったんですが、1年で1、2作の応募って、決して多いほうではないんです。なので、デビュー後は書く量がかなり増えました。でも、思っていたほど大きな変化はないです。家でパソコンに向かっている時の心情は同じなので。それと、自分が書いているものに近い作品を意識的に読むようになりました。

―どういう意味でしょう?

奥田:カテゴリーやジャンルはどうでもいいと言ったんですけれど、書いている小説をこれはエンターテイメント性の強いものにしたいとか、雰囲気の暗いものにしたいとか、そういう気持ちは毎作ごとにあるんです。それに近そうだなと思う小説を読むことが増えました。でもやっぱり純粋には楽しめないですね。自分に足りないものばかりを見つけてしまうので。それが苦しくて、一時期は海外のミステリに走っていました。海外のミステリが一番、昔の自分のように「楽しい」だけで読めるような気がして。

―どのあたりを読んでいるんですか。

奥田:ドイツの〈オリヴァー&ピア〉のシリーズ。ネレ・ノイハウスという人の作品で、東京創元社から数冊出ています。オリヴァーという男性が上司で、ピアというのが部下の女性警官。かなりセンセーショナルな事件が起きるんですけれど、オリヴァーが駄目なんですよ。駄目じゃないのに駄目なんです(笑)。ピアは本当に格好いいでですね。あとは、ジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』、デイヴィット・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』、パトリシア・コーンウェルの『検屍官』や、アーナルデュル・インドリダソンの『湿地』も読みました。海外ミステリの扉は開けたばかりなので、もっと読みたいなと思っています。

国内では、純文学でもエンターテインメントでもあるような小説を書かれる作家、角田光代さん、江國香織さん、吉田修一さん、伊藤たかみさん、朝比奈あすかさんは、相変わらず「好き」の気持ちだけで読んでいます。同世代の作家の作品も同じですね。島本理生さんや綿矢りささんや金原ひとみさんや青山七恵さんや……。

―同い年の作家が多いと言っていましたよね。1983年生まれ。

奥田:そうなんです。同学年に好きな作家がいっぱいいるんです。加藤千恵さんや春見朔子さん、芦沢央さん、深緑野分さんもそうですね。それと、「女による女のためのR‐18文学賞」出身作家に好きな方が多いです。窪美澄さんや彩瀬まるさんや蛭田亜紗子さん。こざわたまこさんの『負け逃げ』も面白かったです。

―同世代が好きですか。古典的な国内作家などは。

奥田:本当に少しずつ読んでいます。太宰治、三島由紀夫、夏目漱石、志賀直哉・・・・・・。教養レベルのものを今更に。古典ではないかもしれませんが、遠藤周作はいろいろ読みました。『わたしが・棄てた・女』『満潮の時刻』『海と毒薬』『深い河 ディープ・リバー』『女』『王の挽歌』『反逆』『王妃マリー・アントワネット』『イエスの生涯』『女の一生』が好きです。

最近は編集者に薦められて山本周五郎を読んだらめちゃくちゃ面白かった。『五辨の椿』と『さぶ』。『さぶ』、すごかったです。
新書やノンフィクションも、昔に比べて読む頻度がかなり増えましたね。

―今、一日の中での執筆時間や読書時間は。

奥田:仕事の理想は娘が学校に行っている間と夜なんですけれど、夜は寝てしまうことも多いです。読書は隙を見つけてちょこちょこと。例えば娘の習い事の時間は、私が本を読むためにあると思っています。

―読む本は、勧められることが多いのですか。

奥田:多いですね。勧められると読みたくなります。でもあくまで自分のタイミングで読みたいので、好きな作家の新刊をしばらく寝かせていたり、数冊を並行したりすることもしょっちゅうです。

―さて、新作の『青春のジョーカー』は中学生の男の子が主人公ですよね。それは何がきっかけといいますか。

奥田:中学生を書かないかという提案はずっといただいていたんですけれど、自分が書く女子中学生ものってどうも想像できてしまって・・・・・・。スクールカースト的なものだったり、派閥争いだったり。私が読みたい女子中学生の小説は、もっとうまい人がたくさん書いている。でも、男子中学生なら書いてみたいって思いました。ずっと興味があった性欲について、一緒に考えられるような気がしたんです。

―思春期の男子の性欲を想像して書くのは大変だったのではないかと。

奥田:男の子の育て方の本や、思春期の男の子が自分の性に迷った時に読む本など、いろいろあるんですよ。男子中学生が読んでも分かりやすいように、ちょっとコミカルに書かれていて。その本がすごく役に立ちました。それと、担当編集者が男性だったので、あまりにも現実離れしていた場合は言ってくれるだろうと信じて、思い切って自由に書きました。
資料を読みながら、男子もしんどいんだなって思いました。女の子が気をつけなければいけないことはそれなりに知っているんですけれど、男の子の本だと性欲の扱い方、肯定の仕方にページが割かれていて、ますます興味を引かれました。

―主人公の基哉は、クラスでも地味な立ち位置。大学生の兄に「もてない童貞は悲惨だ」と言われますよね。呪いの言葉ですよね(笑)。性欲の問題が、自尊心にも関わってくる

奥田:自分がスクールカースト底辺の中学生、高校生だったときは、諦めていたんです。結婚できなくてもいいし、男の人と付き合えなくてもいいやって。もちろん一概には言えないと思うんですけれど、女の人の性欲は必ずしも他者を必要としないというか、性欲に自覚がないことも珍しくないですよね。でも、男の人の性欲には外に向かっているイメージがあって、受け止めてくれる相手がいない場合は大変だなと思いました。もてない女の子ともてない男の子だったら、もてない男の子のほうが辛いのかもしれないです。

―主人公だけでなく、猫の去勢手術の話も含め、いろんな人の性に対する悩みやスタンスが絡まっていくところも読みごたえがありました。さて、今後のご予定は。

奥田:半分まで書いた書き下ろしの長編があるんですけれど、これはまだ本になるイメージが持てないです。ストーリーを追わない話に挑戦してみようと思ったんですが、そうすると次に何を書いていいのか全然分からなくて。他に、「小説推理」で不定期に短篇を書かせてもらっていて、最近3話目が載りました。これは来年中には本になるんじゃないかなと思います。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

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