新作小説『青少年のための小説入門』話題の久保寺健彦さん「作家の読書道」インタビュー(WEB本の雑誌)

その5「先に作家デビューした先輩」

―ところで、今回の小説で引用されている作品は実験的なものが多い印象ですが、それだけでなく幅広くお好きなんですよね。

久保寺:そうですね。引用した作品はどれも、パッと見て「あ、面白いね」と分かるものを選びました。でも、いろんな面白さがあると思うんですよ。たとえば僕はドストエフスキーが好きで毎年1冊読み返すことにしているんですけれど、『悪霊』が一番好きなんですね。あれはものすごく重たいテーマなのに、笑っちゃうところがあるんです。しかも頻繁に。要するに黒いユーモアってことだと思うんですけれど、過剰すぎておかしい。ただ、『青少年のための小説入門』の中で『悪霊』を引用しようとすると、どうしても長くなってしまう。それで結局割愛しました。

―さて、大学院を辞めてからは。

久保寺:大学4年の頃から塾講師のバイトをしていて、院を辞めた後もずっとそのバイトをしていました。そこに3つ上の先輩で作家志望の人がいたんですね。以前塾で働いていたけれど辞めて衆議院議員秘書になって、また塾に戻ってきて、その時期に僕もそこで働いていて一緒になったんですけれど。そういう経歴からも分かるように、非常に面白い人なんですよ。その人とよく小説の話をしていて。上司に「うるさい」と言われるほどで、飲みに行っても小説の話をずっとしていました。その頃、山本文緒さんの『眠れるラプンツェル』を読んだらすごくよくて、その人にキャーキャー薦めた憶えがありますね。あとから「興奮して何言ってるか分からなかった」と言われ、その人も後から「あれはいい」って言ってきて、2人でキャーキャー騒いでいました(笑)。どこが良くていかに工夫されているかみたいなことを話しましたね。これはその後も何度も読み返しています。

―そこまで話せる相手がいるのっていいですよね。

久保寺:はい。お互いに小説家志望ならちゃんと書こうという話になって、落語の三題噺のような課題を出し合ったりもしたんですが、それも書いたり書かなかったりしていました。そしたら、その人は僕が35歳の時、2004年にデビューしたんです。『サウスポー・キラー』という作品で『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を獲って。水原秀策さんというペンネームです。彼がデビューを決めたことで僕も焦ったんですね。それから短篇と中篇と長篇を強引に書き上げて3つ応募したんですけれど、1本もかすりもしなかった。また短篇を書いて送ったら1次は通ったけれどそこまででした。で、2005年の元旦からまた書きだして。その時は自分としては珍しいことなんですけれど、アイデアが降ってきたかのように湧いて。どこにも行けない少年の話で、それを書き上げました。自分では「面白い」と思うけれどレベルが分からないので、水原さんに読んでもらったんです。そうしたらほぼ絶賛だったんですね。僕は彼の鑑識眼を絶対的に信じているので、だったらいけるなと思い、翌年、まだデビューもしていないのに水原さんと一緒に塾を辞めちゃいました。まあいいだろうと思って。それが2006年でしたが、実際に僕、2007年にデビューしたんです。

―2007年に『すべての若き野郎ども』でTBS・講談社第一回ドラマ原作大賞選考委員特別賞、『みなさん、さようなら』で幻冬舎の第1回パピルス新人賞、『ブラック・ジャック・キッド』で新潮社の第19回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞されていますよね。

久保寺:どれも応募する前に水原さんに読んでもらったんです。今でも編集者に読んでもらう前に、彼に読んでもらって、「OK」と言われたら大丈夫だなって思っていて。彼の鑑識眼を信じているから塾を辞めるのもあまり怖くなかったし、3つ立て続けに賞を獲った時も「まあ、そうだろう」という感じでした。身近にそういう人がいたのは、すごくラッキーだったです、自分の場合。

―水原さんとは読書傾向は似ていたんですか。水原さんはミステリが好きなのじゃないかなと思うのですが。

久保寺:確かに、僕自身は嗜好としては世界文学系なんですけれど、彼はミステリや冒険小説をよく読んでいて、薦めてくれますね。書くものは違っても根本的にセンスが信用できる人だし、お話としてどこに穴があるかとか言ってくれる人なので。もちろん、僕が水原さんが書いたものを読んで意見を言うこともあります。

―水原さんにお薦めされて面白かった本はあるのですか。

久保寺:そうですね。ジム・トンプスンなどのノワール系の小説とか。最近では彼から世界文学を薦められることも多いですね。アイン・ランドの『水源』とか、リチャード・パワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』とか。
水原さんのような人が身近にいるのはラッキーですが、実は大学の歴史探訪会っていうサークルの先輩もデビューしているんですよ。斉藤直子さんといって、『仮想の騎士』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞していて、アンソロジーの『NOVA』とかにも書いています。それに去年、高校の同級生も『幕末ダウンタウン』で小説現代長編新人賞を受賞してデビューしました。吉森大祐といいます。Facebookに「デビューしました」とあったので、「おめでとう」と送っておいたんですけれど。
そういえば、今話に出た日本ファンタジーノベル大賞で好きな作品が結構あって。第一回の受賞作の酒見賢一さんの『後宮小説』は、あれでもう、あの賞の格が決まったところがありますよね。いきなりあれだから、レベルがガーンと上がったという。あとは、銀林みのるさんの『鉄塔 武蔵野線』。それとわりと最近ですが、小田雅久仁さんの『増大派に告ぐ』。同じ賞の受賞者同士で集まりがあって、小田さんに直接「いやあ、大好きなんです」と感想を言えたのが嬉しかったですね。

―ところで歴史探訪会というサークルが今ちょっと気になりましたが。

久保寺:月に一回、都内にある史跡に行き、夏休みなど長期休暇の時は遠くへ行ってそこの史跡をめぐっていました。自分に合っていたなと思うのは、行く前にちょっと調べて文章を書き、行った後でもレポートを書く。大学の頃は文章を書くのが好きになっていたから、苦じゃなかったというか、むしろ楽しくて。あれはあれで文章の練習になったかもしれません。

―そんなに歴史に興味があったとは。

久保寺:いや、興味なかったんです。大学にあんまり行っていなかったけれど、やっぱりゼミのない学生は何かサークルに入っていないとノートが回ってこないなどいろいろ不利だということを心配してくれる同級生がいて、誘われたので入ったんです。

その6「創作に役立つ3冊、最近の読書と新作」

―『青少年のための小説入門』にはダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』やモンゴメリの『赤毛のアン』も登場する一方、ロラン・バルトも言及されますね。

久保寺:『アルジャーノンに花束を』や『赤毛のアン』を読んだのは結構遅かったです。どちらも有名な作品だから先入観を持って読んだら「面白いやないか!」っていう(笑)。ロラン・バルトもやっぱりお勉強して読もうと思って読みました。これは30代だったかな。

―それに少女漫画も登場しますよね。萩尾望都とか。

久保寺:今までお話ししたのでだいたい分かると思うんですが、本当に人生が小説に偏っている人間で、大学に入るまで映画もほとんど見なかったし、漫画もほとんど読まなかったんです。でも身近な知りあいで「少女漫画を読まないと駄目だろ」と言う人もいたので、勉強のつもりで萩尾望都、大島弓子、山岸凉子を読んだら、もう、すごく面白いじゃないですか。で、完全に好きになっちゃって。音楽も、ちゃんと意識して聴きだしたのが30代からなんですね。そういう意味で、本当に偏っていました。

―じゃあ、ゲームとかもまったく?

久保寺:ファミコンは家になかったですね。街のゲームセンターには行っていました。20代の頃は「バーチャファイター」に異常にハマってました(笑)。

―さきほどロラン・バルトを勉強のために読まれたということで、小説の勉強のための本というのもかなりお読みになったのですか。

久保寺:読んでいますね。大学生くらいからなんですけれど、必ず2冊並行して読むようにしていて、1冊は小説、1冊は小説ではないもの。こっちに飽きたらあっちに行って、あっちに飽きたらこっちに戻ってというのが飽きっぽい自分にはバランスがいいんです。そのなかで、小説の理論書みたいなものも読むようにしていました。

―役に立ったものはありましたか。

久保寺:小説の書き方ではないんですけれど、山本おさむさんという、障害者の子どもたちが出てくる漫画『どんぐりの家』などを描いている方が、『マンガの創り方』という本を書いているんです。これが、すごく使えるんですね。実践的。ご自身の作品を解説したり、高橋留美子さんの短篇を分析したりしているんですけれど、非常に役に立ちました。『青少年のための小説入門』の中で、編集者が「名前の出し方に気をつけろ」と言うシーンがありますよね。あれは山本さんの本に書いてあることなんです。名前って目印だから、出したからには活かせ、と。うまく活かすと宇宙になるっていう。
それと、逆のベクトルで、保坂和志さんの『書きあぐねている人のための小説入門』。これはシステマティックな書き方とは全然逆なんですけれど、すごく面白い。
あとは、桝田省治さんという、「リンダキューブ」などのゲームを作った方の、『ゲームデザイン脳』。これはゲームの作り方なんですけれど、これもすごく使えます。本当にこの3冊を咀嚼できれば小説が書けるんじゃないかって思うくらい。

―プロになってからの読書生活は何か変化がありますか。

久保寺:変わっていないですね。デビューすると他の人の小説を虚心坦懐に読めなくなるとおっしゃる方がいて、そういうものかなと思っていたらそうじゃなかった。僕はすごく飽きっぽいので、10冊読みだして、読み切る本って6冊とかなんです。途中でやめちゃうんですよ。若い頃は「読み切ればなんかあるだろう」と思っていたけれど、そうやって読んでも何もないって分かったので。でも、すごく面白い小説を読むと、最初は自分の小説に参考にしようっていう下心があったとしても、もうどうでもよくなっちゃって巻き込まれるようにして読んでいます。
ところが逆に、ある小説を読んだらすごくクサいことを言う中学生が出てきて、「こんな奴いないと思うけれど、もしいたらどうだろう」と思ったことから話が生まれたりするので、意外と「なんだこれ」と思うものも読むと何かあるし、良いものもそうでないものも「何がよかったのかな」「なにを変えればよくなったのかな」と考えるから勉強になるので、デビューしてからのほうがもっと、小説って面白いなと思いながら読むようになりました。

―この作家の新刊が出たら買うと決めている人はいますか。

久保寺:筒井康隆さんだったり、ジョン・アーヴィングだったり、松浦理英子さんだったり。松浦さんは『親指Pの修業時代』がすごく好きで。世界文学級で、なおかつエンタメで、素晴らしいと思うんです。それと、ニコルソン・ベイカーも買いますね。今度『U&I』という新刊が出るらしいので楽しみにしています。

―ほかに、ここ数年内に読んで面白かった作品といいますと。

久保寺:筒井康隆さんの『モナドの領域』、いとうせいこうさんの『想像ラジオ』、山田正紀さんの『ここから先は何もない』、奥泉光さんの『東京自叙伝』、ウェルズ・タワーの『奪い尽くされ、焼き尽くされ』、ピエール・ルメートルの『天国でまた会おう』…。古い作品ですが新たに村上柴田翻訳堂のレーベルから出たカーソン・マッカラーズの『結婚式のメンバー』は明らかに傑作でした。12歳の女の子の話で、山田詠美さんの『晩年の子供』みたいなテイストなんですけれど、これは長篇で。すごくよかった。

―どうやって本を選んでいますか。書評とか、書店の店頭とか…。

久保寺:新聞の書評はチェックしてメモっておいて、気になるものを読んでいきますね。だからすごいリストになってしまって、なかなか消化できないんですけれど。

―今、一日のタイムテーブルは。

久保寺:5時に起きて、正午までなるべく頑張って書く。そのあと気分転換のために今年から英語の勉強をしています。受験のための参考書を買ってきて、文字の上に赤いマーカーで線を引いて、グリーンのシートで隠して…というのがありますよね。あれで勉強したり、ネットで英語のニュースでリスニングをしたりして。で、だいたい2時から運動をするようにしています。まあ、家でできる初歩的なことですけれど。それからお風呂入って晩御飯を食べて。その後映画を観たり本を読んだりするんですけれど、5時に起きているので9時くらいにはもう眠くなるので、バサッと本を落としたりしています。それで、10時すぎに就寝ですかね。かなり規則正しく健康的な感じではないかと思います。

―『青少年のための小説入門』は7年ぶりの新作ですが、その間はどうされていたのですか。

久保寺:いろいろ書いていたんですが、途中まで書いては「やっぱりこれでは駄目だ」とやめてしまうことが続いていたんです。今回のアイデアが浮かぶまでに4年かかりました。今回のアイデアが浮かんでからも、プロットを何度も作り直しました。

―成績はいいけれどいじめられっ子の中学生、一真が読み書きが苦手なディスレクシアという学習障害を持つヤンキー青年、登さんに小説の朗読を頼まれます。実は登さんは一念発起して作家を目指すことにしていて、朗読だけでなく、文章の執筆も一真にやらせようとする。そこから二人の試行錯誤が始まりますね。

久保寺:ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』を読んで朗読っていいなと思っていて、書きたかったんです。実在の本をたくさん盛り込むつもりでした。最初はそれだけだったんですが、実際に二人が小説を書くことにして、そこから彼らがどんな小説を生み出していくのかを考えるのもまた大変でした。

―彼らは「鼻くそ野郎」とか「機械じかけのおれたち」「パパは透明人間」といった、ちょっと工夫のある小説を生み出しますよね。それが本当に面白そうで。

久保寺:いずれ自分でも書きたいと思っています。今回の小説を書くことで自分も、どう創作するのかはもちろん、なぜ小説を書くのか、どういう作品が好きなのか、改めて分かった気がします。またもう一度スタート地点に立てた気がします。デビューの頃に思っていたように、自分が読みたい小説を書いていきたいですね。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

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