新作小説『青少年のための小説入門』話題の久保寺健彦さん「作家の読書道」インタビュー(WEB本の雑誌)

7年ぶりの長篇『青少年のための小説入門』が話題となっている久保寺健彦さん。この新作小説にはさまざまな実在の名作が登場、久保寺さんご自身の読書遍歴も投影されているのでは? 聞けばやはり、幼い頃から本の虫だったようで―。

取材・文/瀧井朝世 ―WEB本の雑誌「作家の読書道」2018年9月22日

久保寺健彦(くぼでら・たけひこ)さんについて

1969年東京都生まれ。早稲田大学大学院日本文学研究科修士課程中退。2007年「すべての若き野郎ども」で第1回ドラマ原作大賞選考委員特別賞を受賞。『みなさん、さようなら』で第1回パピルス新人賞を受賞。『ブラック・ジャック・キッド』で第19回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。その他の作品に、『中学んとき』『GF(ガールズファイト)』『ハロワ!』など。

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その1「同じ本を繰り返し読む子ども」

―久保寺さんの新作小説『青少年のための小説入門』はヤンキー青年と中学生の二人組が小説家を目指すお話で、小説を読むこと、書くことの楽しさに満ちた一冊です。作中には実在の名作がたくさん登場しますが、久保寺さんご自身が小さい頃からたくさん読まれていたのかな、と。一番古い読書の記憶というと何になりますか。

久保寺:たぶん、絵本の『おおきなかぶ』ですね。幼稚園の頃だったと思うんですけれど、あれがえらく好きで繰り返し読んでいました。でも、大人になって読み返したら、すごくあっさり抜けていてびっくりした憶えがありますね。

―大きなかぶを抜こうとしたら、おじいさんだけじゃ駄目で、おばあさんや孫、犬や猫まで連なって、一緒にかぶを抜こうとするんですよね。

久保寺:子どもの頃の印象だと、もっと、ずらーっと、世界規模で連なっているイメージだったんです(笑)。そうでもなかったので拍子抜けしました。たぶん、この絵本が憶えているなかでは一番古いかもしれません。小学校の低学年になると、「ひみつシリーズ」というのがあって。

―学研ですね。『宇宙のひみつ』とかあって、漫画でいろいろと解説してくれている。

久保寺:そうですそうです。あれをシリーズで揃えていたんですが、『からだのひみつ』が一番好きでした。あの本は小芝居的な物語が入っているんですよね。主人公の男の子が怪我したら血小板がわーっと傷口にやってきて、ばい菌と戦って死んじゃう奴が出てくる、とか。そういうところが好きで何度も読んでいました。子どもの頃はとにかく、同じ本を何度も繰り返し読んでいました。

―何度も繰り返せたということは、おうちにあった本ということですね。

久保寺:そうですね。僕は「鍵っ子」だったので、一人でいる時間がとにかく長く、そのせいか言えば本を買ってくれる家庭でした。たしかポプラ社と偕成社の、それぞれの子ども向けの日本文学全集みたいなものも家にあって。それで夏目漱石とか芥川龍之介とか太宰治を、これもまた繰り返して読んでいました。

―へえ。難しい言葉もありそうなのに、よく読めましたね。

久保寺:一応、読みやすいようにルビとかは振ってありました。で、よく憶えているのが、小5の時に作文か何かで「よこしまな」って書いたんです(笑)。担任の男性教師に「どこでこんな言葉を憶えたんだ」と言われ、「この本で」みたいな説明をして。そうしたら、「じゃあ、これ読んでみろ」って貸してくれたのが久米正雄の本でした。今ではかなりマイナーな作家ですよね。『学生時代』という短篇集だったんですけれど、読んだらまあ面白くて。その担任に感想を訊かれて話した記憶があります。

―全集の中で、この作家好きだな、と思う人はいましたか。

久保寺:当時は、なんかやたら菊池寛が好きでしたね。『半自叙伝』という自伝がすごく魅力的だったんです。彼って、文藝春秋の創設者じゃないですか。だから、実務能力がすごく高いんだけれど、作家としては二流だって自分のことを言うんです。自分はルックスもイケてないんだ、とも。同期の芥川に置いていかれているけれど、自分は違うところで頑張れているということを、客観的に、ドライに書いているんですよね。じめじめしていないメンタリティがいいなと思いました。これも何度も読んでいました。

―ああ、ウエットなものよりも、からっとしたもののほうが好きだったのでしょうか。

久保寺:たぶんそうでしょうね。どんよりした話を読むとどんよりした気分になるので。太宰治も、今ではすごい作家だと思いますが、小学生の頃は「走れメロス」もなんか胡散臭い、と思っていました。何か不穏なものを感じていたんですよね。細かく分析すれば文章からにじみ出る空々しさっていうか。

―「メロスは激怒した」で始まる、あの文章が、ですか。

久保寺:表面的な感じがしたんです。それに、全集の巻末に作家のプロフィールが載っているんですが、芥川や太宰のように自殺している人だと知ると、ちょっと身構えていましたね。この人自分で死を選んだんだ、とか。そういう先入観があったのかもしれません。

―おうかがいしていると、小さな頃から読書家だったようですね。

久保寺:本はすごく好きでした。親が共働きで兄弟もいなかったので、一人で過ごす時間が長かった。日曜日は、家族で居酒屋に行ったりしたんですよ。ハンバーグが出てくるわけじゃないし、両親は飲んでるから、子どもはつまらない。そういう時、必ず本を持っていっていました。うちの父方の祖父がアイヌの研究者だったんですが、よく隔世遺伝だって言われていましたね。自分でも、「おじいちゃんがああだから」みたいなことを意識していたかもしれないです。

その2「筒井康隆熱が高まる」

―自分で本を選ぶようになった頃からは、どんなものを読んでいましたか。

久保寺:自分で選んで買いだしたのは、星新一とか井上ひさし、筒井康隆、それと北杜夫がすごく好きで。あと江戸川乱歩ですよね。江戸川乱歩はたぶん学校の図書室にあって「なんかやらしいぜ」とか「気持ち悪いぜ」って噂を耳にして(笑)。じゃあ読まなきゃと思いました。

―ポプラ社の「少年探偵団」のシリーズですか。

久保寺:いえ、もっと気持ち悪いやつですね。「芋虫」とか。子ども向けにアレンジされたものだと思うんですけれど、挿絵も明らかに怖い感じでした。当時って、今なら子どもに見せるのは駄目、というような本も図書館にありましたよね。
星新一は友達に「すごく面白いから」と薦められたんじゃないかな。読んだら確かに面白くて、で、巻末の文庫解説なんかを読んでいると筒井康隆さんの名前が出てくるので、じゃあ筒井さんを読んでみようかなという。だからはじめは筒井さんも新潮文庫に入っている『笑うな』とか、ああいうショートショートばかり読んでいました。北杜夫は何で読みだしたのか分からないんですけれどすごく好きで、全部揃えていましたね。「どくとるマンボウ」シリーズの『どくとるマンボウ青春記』というエッセイなんかは何度も何度も読み返しました。信州大学の付属の、昔の旧制高校の寮生活がハチャメチャですごいんです。

―『楡家の人びと』から『船乗りクプクプの冒険』も。

久保寺:クプクプ、好きでしたね。それと井上ひさしさんの『ブンとフン』も、ハチャメチャなやつが好きでした。そんな感じで日本文学が主だったんですけれど、なぜか自分で買った海外文学が、メリメの『カルメン』とモーパッサンの『女の一生』。

―小学生で、ですか。

久保寺:はい。たぶん『女の一生』って、いやらしい話なんじゃないかと思ったのかも(笑)。『女の一生』も2回か3回読んではどんよりしていました。

―その頃、作家になりたいというようなことは考えていませんでしたか。

久保寺:漠然と考えましたね。漫画はほとんど読まなかったんですけれど『ブラック・ジャック』は好きで、手塚治虫さんは医師の免許を持っていますよね。それに北杜夫さんも精神科医で作家ですよね。だから、医者と作家の二足の草鞋でいこうと思ってましたね(笑)。それなら食いっぱぐれないな、と。すごく虫のいいことを考えていましたね。

―あはは。自分で小説は書いていたんですか。

久保寺:小学5年生の頃だったか、書いたことはありました。当然、箸にも棒にもかからないものでしたけれど。火事が起きて若い母親が逃げ出した後、赤ん坊を家においてきたことを思い出すっていう時点でもうおかしな話なんですけれど、家のそばに川があって、なぜか家の窓からパーンと、川に向かって赤ちゃんとすごく大事にしていた宝石とが同時に落っこちてくる。どっちか取れないとしたらどちらを選択するのか、みたいな話を書きましたね。

―へええ。リドルストーリーとして有名な「女か虎か?」みたいじゃないですか。

久保寺:なんか究極の選択みたいなことを書きたかったようです。

―中学生時代はどのような読書を。

久保寺:筒井康隆さんはショートショートばかり読んでいた時はブラックユーモアがどぎついと感じていたんですけれど、『メタモルフォセス群島』など長めのものを読みだしたら、めちゃくちゃだけど面白いなと思って。そこから筒井さん熱が一気に高まり、中学生時代は、新潮文庫のあの赤い背表紙の筒井さんの文庫を次々と買って読んでいくような感じでしたね。それと、吉川英治さんの『宮本武蔵』とかも、すごく長いんですけれど何度も繰り返し読みました。

―いきなり『宮本武蔵』とは。

久保寺:なんでしょうね。自分の中の「これは面白い」という基準に適っていればよかったので、純文学とかエンタメとか時代小説だとか、そういう区別も全然してなかったです。自分にとって読書は娯楽だったから、「古典だから読まなきゃ」とかいう意識も全然なくて、面白そうだと思うものを読んでいっていました。

―本を読む時間はどれくらいあったのかなと思って。

久保寺:『青少年のための小説入門』の一真は中学受験で滑り止めしか受からずに地元の中学に行きましたけれど、僕は滑り止めの中学に行ったタイプだったんです。東京から千葉に通っていたので、それこそ片道2時間くらいかかるんですよ。電車はガラガラで、行きも帰りも座れるから読書時間はたっぷりありました。ただ、サッカー部に入っていたので、部活帰りだと疲れて居眠りして、気づいたら本をバサッと落としてたりもしましたけれど。それが3年間続きました。

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