『屍人荘の殺人』を書くまでにミステリを100冊読んでみた―「作家の読者道」今村昌弘さんインタビュー

その5「ミステリを100冊読む」

―仕事を辞めて、ひたすら書く生活ですか。

今村:まず最初に、ミステリを100冊くらい読んでみることにしました。創作の基本となるものを押さえておかないと時間を無駄に使うんじゃないかというのがあって。スポーツの練習もそうですけれど、がむしゃらにやるのはもう流行らない。下手くそなまま何作書いたって一緒じゃないかと思いました。

―いろんなジャンルがあるなかで、なぜミステリだったのですか。

今村:ミステリというジャンルってなんだろうとは思っていたんです。世の中にはミステリと謳われた本があふれているけれど、実際に自分が読んできた米澤先生の『氷菓』も連城三紀彦さんも、全然タイプが違う。それと、謎があってそれが解明されるという展開は、ミステリに限らず面白い物語には当てはまると思ったので、その作り方をちゃんと勉強しておけば、この先自分が何を書く時にも基礎となるんじゃないかと思いました。

―100冊はどのように選んだのですか。

今村:それは本当に困りました。とりあえずインターネット上でミステリファンの人が作ったサイトなどを見に行って「読むべき100冊」みたいなものの上から順に買えるものを探していきました。それらを読んで、本当にミステリっていろいろあるなって思って。

―どんな作品を読みましたか?

今村:当然、綾辻行人先生や有栖川有栖先生の本も入っていました。他に、日本のものでは横溝正史、岡島二人、泡坂妻夫、鮎川哲也…。

インターネットで検索したら、神戸にうみねこ堂書林さんというミステリ専門の古書店があるのを知って、そこにお世話になりました。「この人はどういう本を書くんですか」と訊いたり、「ジョン・スラデックの『見えないグリーン』が読みたいから探してください」みたいなお願いをしたり。「カーを読みなさい」とも言われましたね。

―ジョン・ディクスン・カーですか。『火刑法廷』とか?

今村:そうです、「『火刑法廷』を読みなさい」って言われて。あとは、不可能犯罪好きだったので、密室の短篇集を調べていくうちに有栖川先生が編んでいる『有栖川有栖の密室大図鑑』を知ったりして。あ、密室ですごいなと思ったのはクリスチアナ・ブランド。最初に読んだのが『ジェゼベルの死』かな。それで短篇集の『招かざる客たちのビュッフェ』を読んで、密室じゃないけれど『はなれわざ』を読んですごいなと思ったり。

―実際にミステリの賞に応募するようになったのですか。

今村:ファンタジーやホラーを書き続けていたんですけれど、短編の賞が少ないので、ミステリの新人賞にも挑戦してみることにしました。まだ謎解きのこともよく分かっていないけれど、ミステリになりそうなことが身の回りの医療絡みであってので、それをネタにして短篇を書いて東京創元社のミステリーズ!新人賞という短篇の賞に投稿したら、最終選考まで残ったんです。奇しくもその時の選考委員の一人に米澤先生もいらっしゃって、「探偵役が推理することなく真相を看破してしまうのはミステリとしてよくない」といった選評をいただいて。「今回の選考で最も胸を打つ場面があった」みたいなことも書いてくださったんですけれど。短篇というのは、事件が起きて最後に謎を解いて犯人が分かればいいわけではなく、一番盛り上がるところから始めたりして、ずっと読者を引っ張っていかなければいけない。なのに自分は、登場人物はこんな人で、何が起きて、誰々に聞き込みをして、その結果これが分かりました、みたいなことをダラダラーっと書いてしまっていたんです。それではミステリの構造にはならないというご指摘を受けて、「ああそうなのか」と反省すると同時に、「いきなり最終選考にいくなら、結構脈があるんじゃないか」とも思って。
その時ですでに挑戦する3年間のうちの2年くらい経っていたんです。3年以内に結果を出すとなると、あと2回くらいしかチャンスがない。「次、何に応募しよう」と思った時に、同じ東京創元社に鮎川哲也賞という長篇の賞があって、応募締切が3か月後にあると知りました。長篇は書いたことがないし「本格ミステリを求む」とあるので自分にはできないと思ってすごく怖かったんですけれど、でもやってみるか、って。自分はそこまで難しいことはできないから、オーソドックスなことをやろうとなり、それで思ったのが『金田一少年の事件簿』だったんですよ。構造としてはシンプルに、どこかに行って1人目が死に、2人目が死に、3人目が死んで、そのいくつかに不可解な状況があって、最後に手がかかりから犯人が見つかるっていう。そうして書き上げたのが、『屍人荘の殺人』でした。

―執筆前に、綾辻さんの『時計館の殺人』や有栖川さんの『孤島パズル』を分析されたとか。

今村:全体の何分の1までに何が起きるかということを確認していきました。第1の殺人はここまでに起きる、とか。それまで、脚本の書き方の本を読んで起承転結の割り振りの勉強はしたんですけれど、それが本格ミステリでいうと何に当たるのかが分からなかったんです。特にミステリーズ!新人賞の選評で構造のことを指摘されていたので、それは押さえておこうと思いました。

それで分かったんですけれど、ミステリを読んでいて「なにか退屈だな」と思うと、やっぱり配分がおかしかったりするんです。なかなか事件が起きなかったり、唐突に事件から始まったと思ったら前半に詰め込みすぎていたり。そういうことが気にならない作品って、やっぱり黄金律にちゃんと沿っている。

「こういう法則があります」というと「それを裏切ったほうが面白いんじゃないか」とか「同じことをしても仕方ないだろう」とか思いがちですけれど、やっぱり黄金律は無数の前例があってはじき出されたものなので、違うことをやろうと思ったら、さらに面白いことでカバーしないといけない。だから、『屍人荘の殺人』は奇をてらったことはせず、オーソドックスなことで勝負しようとしました。それでいて、「おっ」と目に留めてもらうために、あれを存分に使いました。

―あれですね(笑)。本当によく、あれでクローズドサークルを作りましたよね。2作目の『魔眼の匣の殺人』も同じ主要人物が出てきますが、『屍人荘の殺人』を書いた時にシリーズ化を考えていたわけではなかったですよね? ただ、第1作目では回収されていない謎もある。

今村:シリーズ化は考えていなかったんですが、もともとシリーズものを沢山読んできたので、いかにも次に繋がりそうな雰囲気で終わるというのが読み心地として好きだったというのが第一にあります。次に、屍人荘のあの天災のような特殊な出来事に関して曖昧なまま終わらせたのは、犯人や探偵がそこに巻き込まれた上で互いにフェアに闘う部分が面白いのだから、その外枠については、たとえば「その後台風がおさまってこうなりました」というところまで書かなくていいだろう、という判断でした。

―3年のうちに『屍人荘の殺人』でデビューが決まって本当によかった。

今村:最終選考の連絡が1月末だったのかな。受賞の連絡が4月の頭にあったんですけれど、3月末に父親が旅先で怪我をして、意識不明の重体になったんです。今はもう元気になったんですけれど、その時はあと3、4日のうちに意識が戻らないと無理、あるいは重篤な障害が残ると言われていて、受賞の連絡を受けても喜べませんでした。後から聞くと、連絡してくださった編集長も「あれ? あんまり喜んでない」と思ったそうです(笑)。

僕としては、運を使い果たしたんじゃないかって思ったし、父親が死ぬかもしれないからちゃんとした仕事に就いて家を支えなきゃいけない、そうしたら作家ができるか分からない、ということも考えていました。

―お父さんが回復し、作家デビューを果たし、大評判となり……。

今村:はい。その1年は本当にいろんなことがありすぎて、大変でした。

その6「最近の読書&執筆」

―ということで、2017年にデビューしたばかりですが、その後の読書生活は変化がありましたか。

今村:ミステリに偏りがちというのはあるかもしれませんね。それまであまり読んでいなかった古典も手に取る機会が増えました。これまではただの読者だったので、面白いと感じない作品は「自分には合わなかったな」ですませていましたが、最近は「でもこの作品はここがすごい。ここが優れている」と気づくようになりました。

―デビュー前はファンタジーやホラーを書いていらしたわけですが、今後も新本格系のミステリを書いていきたいと思いますか。

今村:自分の考え方はちょっと理屈っぽいところがあると思うし、小説もいろんなところを計算して書きたがるので、情に訴える作品はなかなか書けないと思うんですね。キャラクターに人間ならではの理屈に合わない行動をとらせようとしても「いやでも、さっきまでこう言っていたのにおかしいだろう」とか考えてしまう。恋愛ものとかってそうじゃないですか。僕が書こうとすると「向こうがああ言ったから、考えを見越してこう考えた。でもこの間の自分はこう言った引け目があるからこういうことが言えない」といったやり繰りをしてしまうので(笑)、面白くならないと思います。デビュー前に呪い拡散系のホラーを書こうとしたこともありましたが、「一緒にいた人物が呪いにかかって自分が呪いにかからなかったということは、呪いが発現するにはこういうメカニズムがあるはずだから、これを解くにはどうすればいいか」といった話になってきちゃって、結局それってミステリであって、ホラーとしては全然怖くない話になってしまって。だから、たまたまですけれど、今はようやく本格ミステリという、自分の得意分野に行き着いたのかなあ、と。

逆に、本格ミステリのほうを伸ばしていければ、他のジャンルを書きたくなった時でもミステリの要素は入るのだから、何かしらできるんじゃないかなと思っています。

―シリーズ第2弾となる『魔眼の匣の殺人』も話題になっていますが、第1弾があそこまで話題になると、プレッシャーは相当あったと思います。前に、「ハードルが高くなって鳥居のようになっている」とおっしゃっていましたよね(笑)。

今村:自然と2作目は続篇にしようと思っていましたが、『屍人荘の殺人』を無理に超えようとは全然思っていなくて。評判自体、僕も編集者も予期していたものではなかったので、結局それはもう実力で作ろうと思っても作れるものじゃないから、無理をしてもようがないっていうことで、「屍人荘」の時にやったことを変わらずにやるしかないと思いました。なのでまあ、鳥居は見ないようにしていました(笑)。

―シリーズとして、密室を作り、オカルト的な現象を加える、というのは踏襲してますね。

今村:何をガジェットに用いるかを最初に考えました。「屍人荘」と同じことをやっても仕方がないし、同じにすると3作目のガジェットを考える時に苦しくなるので、「あれ、ちょっと違うな」と思ってもらうために、目に見えないオカルト的なものとして、「予言」というものを使いました。予言を使うならどういう場所で起こるのが一番面白いか、どういう人数構成でどういう予言をされると危機感をおぼえるか。密室も、事故的に起きたクローズドサークルではなく、予言に怯える人々が作ったクローズドサークルであったほうがいいだろうとか、予言に対する考えを使って、犯人にこういうカウンターを仕掛けられるだろう、とか…。ひとつひとつストーリー上破綻しないように何度も形を変えてみて、「こうするとこう考える読者も出てくるのではないか」と、読者が考える方向を予測してそれを潰していったので、苦労しましたね。すごく勉強になりました。

―それらが本当によくできていましたよね。一瞬も飽きずに一気読みでした。今、毎日執筆時間などは規則正しく決めて書いているのですか?

今村:いや、あんまり規則正しくはなくて。寝付くのが3時とか4時なので、起きるのが昼近くになってしまうんです。そこから契約している自習室に行くなどします。昼間は家にいたらだらだらするので、外に出るようにしているんです。ただ、仕事をやっていた時はちゃんと寝付けたのに、仕事を辞めたら身体がそんなに疲れないから、寝付けなくなったんですよ。いくら頭を使っていても、体力的な疲れとはまた違うので。

―ジムに通ったりしたほうがいいのかもしれませんね(笑)。さて、次作は、もう何か構想はありますか?

今村:シリーズ3作目を書く予定ですが、まだあまりちゃんとは考えていないです。ただ、もう犯人が意外なだけでは面白くないだろうなと感じていて。何か、ちょっと大きなことができないかなと思っています。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

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