WEB本の雑誌「作家の読書道」原田ひ香さんインタビュー

その5「小説家になってからの読書&自作」

――シナリオを書くことと小説を書くことって、また違いますよね。

原田:すばるの選考委員の方と話をした時に、シナリオを書いていたことを話したら「ああ、だから無理に盛り上げようとするところがあるんですね」と言われました。「あまり考えないで、断ち切るように終わらせたほうがいい」とか、「小器用だから気をつけろ」みたいなことを言われたりもしましたね。

――小説家デビューしてからは、どのような読書生活を?

原田:すごく嬉しかったのは、毎月文芸誌を送っていただけることですね。昔一生懸命お小遣いで買っていた「群像」とか「すばる」とか「文學界」を送っていただけるようになった時の喜びといったら(笑)。だから最初の3年くらいは、純文学をずっと読んでいました。昨年亡くなった赤染晶子さんとか、青山七恵さんとか。朝吹真理子さんとかきらきら輝いて見えました。
海外小説もまたちょこちょこ読むようになりました。一番憶えているのは、他社さんからも声がかかって編集者にお会いした時に「最近面白い小説はありますか」と訊いたら、「カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』がよかったです」と言われて、自分も読んだことです。

――原田さんは文芸誌だけでなく、小説誌でもお書きになっていますよね。つまりエンタメ系の分類されるような作品も書かれている。小説すばる新人賞出身だと勘違いされることも多いですよね。

原田:最初に小説を書いた時は村上春樹さんへの憧れもあって絶対に純文学だと思っていたんですよね。エンタメ系の賞は300枚くらいと枚数が多いので難しいと思ったし、そもそもエンタメ系をよく知らない、というのもありました。ただ、角田光代さんや江國香織さんのように、エンタメと純文学の間くらいのものを書きたいと思っていたんです。ちょうどお2人が選考委員でいらっしゃるのが「すばる」だったんですよね。中島たい子さんのようなシナリオを書いていた方も受賞されていますし、「すばる」はなんとなく、エンタメっぽいものも賞を獲っているとは知っていたんです。
デビュー後まもないうちからエンタメ系の編集者からも「うちで書きませんか」とお話をいただいていました。でもあまりうまく時間があわなくて書かずにいたんです。純文学系だと半年に1篇、100枚くらいのものを書くのがひとつの約束としてあって、しかも直しが厳しいので、「すばる」「群像」「文學界」と順番に書いていると、もう他の仕事ができない状態で。でも『東京ロンダリング』を書いた頃から、またエンタメ系とかからも声がかかるようになったんです。
 そこからですね。「他の人はどんなの書かれているのかな」と思って、純文でもエンタメとしても読まれている方というか、井上荒野さんや小川洋子さんの作品をいっぱい読みましたね。角田さんや江國さんももちろん読んでいましたし、お会いできた時はすごく嬉しかったです。今でも1年に1回文学賞のパーティでお会いするんですけれど、会うたびに感動します。いつも緊張して全然話せないんですけれど。

――『東京ロンダリング』もエンタメの要素がありますよね。

原田:あれは「すばる」掲載の小説なんですが、あの時は不思議な感じで。それまで100枚くらいの中篇を書いていたわけですが、ある時、集英社の単行本担当とか単行本部署の偉い人とか、「すばる」の担当者や編集長が私を囲む会みたいなのをやってくださって、「ある程度本を出すことを意識して、エンタメっぽいものを書いてみないか」って言われて。それでちょっとエンタメを意識して250枚書きました。実際書いてから本になるまでちょっと時間がかかったんですよね。なかなかOKが出なかったからなんですが、でも今あるのはそのお陰だったと思っています。

――エンタメ系の作家は読みますか?

原田: 読みますよ。この間も誉田哲也さんの『プラージュ』がドラマ化されたものを見たら面白かったので、原作はどんな感じかなと思って読みましたし。他には柚木麻子さんとか、桜木紫乃さんとか、山内マリコさん、近藤史恵さん…。目について面白そうだと思った作品はすぐ読みます。

――ノンフィクションもたくさん読む、と前にうかがいましたが、好きな本はありますか。

原田:一番古い記憶は、本多勝一さんの『極限の民族』という本になりますね。父がどこかから借りてきて、何度も読みました。本多さんがイヌイットのところとか、砂漠の民のところに行って一緒に生活するという内容です。あれは今でも時々思い出すというか、好きですね。

――漫画などは読まなかったのですか。

原田:中高生の頃は、友達に借りたりしたんですけれど、絵は見ずに字しか追わないからパーッと読んじゃうんです。でも、漫画とゲームは40歳を過ぎてからすごくハマりました(笑)。逆に今はすごく好きです。
なぜかというと、シナリオの仕事をしていた頃にドラマ原作のためにいろいろ探すようになったんです。最初のうちはあまり漫画までチェックしていなかったんですけれど、一緒に原作を探している仲間がみんな漫画をよく知っていたので、自分もよく読むようになって。「漫画って面白いんだな」と、今になってしみじみと分かるようになりました。絵もじっくり見て読めるようになりましたし。

――好きな漫画を挙げるとしますと。

原田:池辺葵さんの『プリンセスメゾン』とか、東村アキコさんの『かくかくしかじか』とか。最近ハマっているのは、小池田マヤさんの『放浪の家政婦さん』『ピリ辛の家政婦さん』などの家政婦さんシリーズ。バイセクシャルの女性の家政婦さんで、ブスという設定なんですけれどめっちゃモテて、料理も上手くて家政婦としては最高のSランクっていう。なんでドラマ化しないんだろうと思うくらい面白いです。あとは、サライネスさんという方が好きですね。他には、柘植文さんの『野田ともうします。』という、地味な女子大生の話。これは絶対おすすめです。他には、とりのなん子さんの『とりぱん』という、東北の自然のなかで、鳥にパンをやるなど身の回りのことをずっとお描きになっている漫画も好きですね。読み始めたのが遅いので、まだまだ読んでいない名作漫画がいっぱいあると思うと、これからが楽しみです。

――蔵書が増えていきますね。それとも電子書籍で読むことが多いですか。

原田:電子書籍も多いです。最近、シナリオ関係の人と話していると、みんな「電子書籍ヤバい」と言っていますね。ストレスで夜中とかに気がつくと何十冊も買って、一気に全巻読んでしまうんです。私の場合、40歳すぎてから漫画を読むようになったので、書店で漫画がどういう分類で並んでいるのかまだよく分かっていなくて、探せないんですよ。先日もサムソン高橋さんと熊田プウ助さんの『ホモ無職、家を買う』という漫画が買いたくて、書名をメモして書店に行って店員さんに聞きました。それで同じサムソンさんと熊田さんの『世界一周ホモのたび』という漫画も読みたかったことを思い出して、小声で訊いたりして(笑)。まだまだ手探りです。

――ところで、一時期北海道で暮らしていた他にも、転々とされていましたよね。

原田:はい。北海道に行って東京に戻ってきて5年くらいいて、その間にすばる文学賞を受賞してデビューしたんですが、その後、夫がシンガポールに転勤になったんです。その時期は日本と向こうを行ったり来たりしていて、シンガポールから東京に戻るかと思ったら、今度は大阪だったんですね。大阪に2年いてから東京に帰ってきました。

――ああ、シンガポール時代は行ったり来たりしていたということは、本の入手にはそれほど困らなかったんでしょうか。

原田:今ほど電子書籍が出ていなかった頃なので、向こうでは新刊があまり手に入らず、日本に帰ってきた時にいっぱい本を買っていきました。シンガポールにも紀伊國屋書店が2軒あって日本の本も置いてあったんですが、2倍くらいの値段なんです。ちょっと高いなと思いながら買って読んでいました。

――現在、東京で暮らしていて、一日のサイクルはどのようになっていますか。

原田:朝7時に起きて、夫のご飯やお弁当を作って、家事が終わった後に外に出てカフェなどで2時間くらい仕事をします。お昼時でカフェが混んできたら家に戻って、私もお昼を食べたりちょっと休んだりして、昼寝することも多いです。それで午後3時くらいにもう一度カフェに行って仕事して、という感じです。だいたい1日に7~8枚くらいを目安にしています。その枚数書けたら午後は仕事をしない時もあるんですが、忙しい時は10枚は書きたいですね。でも夕方以降は仕事しません。だから本を読むのは仕事の合間か、夜が多いですね。

――話題の『ランチ酒』は深夜の「見守り屋」の仕事の後、ランチ時のお店でお酒を飲みながら食事を楽しむ女性が主人公ですよね。実在のお店が多く登場しますが、これはどのお店も実際に足を運ばれたとか。

原田:そうです。仕事して、ランチの取材をして、そこでお酒を飲んでしまうと午後は小説を書けないのでゲラの確認をちょっとやるくらいになってしまって。でも、自分が作家になった思ったんですけれど、作家の仕事って小説を書くってこと自体よりも、ゲラを確認したりエッセイを書いたりと、小説を書く以外の仕事も結構あるんですね。

――『ランチ酒』にはカレーやお蕎麦など、まだまだ登場していない定番ランチメニューもありますよね。主人公たちのその後の人生模様も気になりますし、続篇はないのでしょうか。それと、他の刊行予定も気になります。

原田:『ランチ酒』の続篇は書くことに決まりました。今年の後半から、月1回くらいの更新でWeb連載をしていくことになっています。他の刊行は、今月、節約を題材にした『節約メリーゴーランド』(仮)を刊行します。秋頃には、マンションの建て替えの話を出す予定です。また今年の終わりか来年には、書き下ろしを出す予定になっています。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

この記事の提供元

WEB本の雑誌