WEB本の雑誌「作家の読書道」相場英雄さんインタビュー

その6「いいノンフィクションとは」

――デビューが決まった時は、まだ時事通信にいらしたわけですよね。

相場:それがですね。選考会の当日に「もしかすると受賞するかもしれないので、夜はあけておいてください」と担当の方に言われ、そうしたら夕方時5時くらいに「おめでとうございます。すぐ帝国ホテルに来てください」と連絡があって行ったわけです。選考委員のみなさんがいらして、そこで版元の賞の担当者が「さきほどプレスリリースを大手マスコミ各社の文化部に配りましたので」っていうから見たんですよ。そしたら「相場英雄(時事通信記者〇〇)」って、本名が書いてあって、「はい?」となって。「あの、これはちょっと待ってください」と言った瞬間、もう電話が鳴りやまなくて。時事通信の文化部から経済部に問い合わせが来て、記者クラブに電話しても今日はもう帰ったというからといって、経済部長や編集局長が電話してきてたんです。
 ただでさえキーパンチャーから記者になったということで男のジェラシーがすごかったのに、「それが小説家デビューだ?」ということで、もうすごくて。それで、1年くらい後、2006年末に辞めました。各出版社の仲のいい編集の方に「どんな仕事でもやりますよ」とお願いしました。ゴーストの仕事とかもやりました。名前は言えないですけれど。

――へええ。

相場:それで2年くらい繋いでいって、ムックの企画取材とかもやって、ライターさんの真似事みたいなこともやらせていただいた時に、小学館の漫画の編集さんから文芸の編集を紹介されて、彼が2時間ミステリーの原作を作るんだ、と。西村京太郎、内田康夫に続く新たな旅もののコンテンツを作るんだって言われて、それで「みちのく麺食い記者」シリーズを始めて、なんとか小説で食っていけるようになって。それを6作書いている途中で『震える牛』の企画を考えて取材して、それが当たって、という。で、今に至るということですね。

――デビュー後の読書はいかがですか。同世代の作家の作品とかはいかがでしょう。

相場:流行りもののミステリーとか、乱歩賞とかミステリーの賞を受賞したものをポコポコと読んでいます。デビュー前に読んだ100冊の先生方の本は定期的に読んだりもしますが、同世代の人だと、初期の頃の薬丸岳さんをよく読みました。今は本当にネタ本が中心になっちゃって、おどろおどろしいネタとか読んで病みそうなので、「人が書いた小説読みてえ」っていうのがあるんですけれど。

――資料って、一冊を熟読するわけじゃないと思うんです。どういう読み方をされていますか。

相場:付箋を貼って、メモを作って。そこは記者の時と一緒で、本を読むというより、ものすごい量の中から情報を抽出する作業なんですよ。でも抽出する作業の中でも読んじゃう本っていうのはありますね。清水潔さんとか、石井光太さんとか。

――清水さんの『殺人犯はそこにいる』とか、石井さんの『遺体』とかですか。

相場:そうです。石井さんは『「鬼畜」の家』もすごかった。これはあえて言いますけど、ノンフィクション系の人で「本が売れない」「取材費がかさむ」「部数出してくれない」って愚痴ばっかり言っている人がいますが、僕は大っ嫌いなんですよ。ノンフィクションでも売れるのを書けばいいじゃん。なのにそういう奴に限って、売れてる人たちのことを悪く言う。それがすごく嫌で。
清水さんと石井さんは、ものすごく文章が巧いんですよ。それに、僕も取材してきた人間ですから、文章を読めば「この人たちどんだけ取材してるんだよ」って分かるんですよ。「だいぶ端折ってあるけれど、まだまだこの間にいっぱい取材してありますね」「取材したことを捨てて捨てて、この分量になったんですね」って見えるんですよ、文脈から。っていう本になるとやっぱりネタ本という観点でなくなって、本当に読書として読んでしまいます。ノンフィクションであれだけ数字出す人たちって、やっぱりすごいなって思いますね。

――時間があれば読みたいものは。

相場:海外ミステリー。2、3年前に船橋のときわ書房の宇田川拓也さんに、新刊が出てご挨拶に行った時に「宇田川さん、ちょっと悪いんだけどさ、絶対休みとるからさ、これ読んで桶っていう宇田川チョイス20冊選んでおいてよ」って頼んだのが、まだ積読なんですよ。

――宇田川さん、何を選ばれたのですか。

相場:『百万ドルを取り返せ!』みたいな有名なものから、「意外と読まれてないけれど、絶対相場さんはこれが好きだから」というような若手作家さんのやつとか、ヨーロッパの本とか。去年今年実現しているんですけれど、沖縄の宮古島が大好きで、ビーチで何もしない過ごし方をしているんですが、来年もそこで宇田川チョイスの文庫を持っていって、ビールを飲んで、読んで、ちょっと暑くなったら海に入って、というのをまたやりたいですね。

――冬だったらどういうふうに読書したいですか。

相場:僕、東北にも詳しいんですが、湯治宿ってまだいっぱい残ってるんですよ。湯治宿って自炊部があるんですよ。東北って冬になると農業ができないので、農家の人たちが1か月とか逗留するんですよ。そうすると宿で出してくれるものだとお金がかかるので、自分で食料を持っていって自炊をする。適当に酒飲みながら温泉入って本を読むって、これ最高じゃないですか。そこで過ごしたいなっていう夢があります。近々の夢として。

その7「“エンタメ作家”を主張する理由」

――普段の一日のサイクルはどんな感じなのでしょう。

相場:飲まない日はですね、毎朝4時半か5時に起きてですね、夜来たメールなどの事務作業を全部片付けて、朝6時くらいに犬の散歩に行き、30分から1時間くらい体操とかストレッチをやって、8時くらいに仕事場に入って昨日書いたやつを見返して、10時くらいからちょろちょろ書き始めて、乗ってきたら昼くらいまで書きます。昼飯に出て、また戻って、そこから夕方まで一気に書く。だいたいその繰り返しです。

――記者時代、ロックを聴きながら原稿を書いていたとのことでしたが、今はどうですか。

相場:執筆中に音がないと書けないです。だから仕事場のMacのデスクトップの横にBOSEのスピーカーをポンと置いて、今日何しようかなーって、AppleMusicに何万曲も入っているので、そこからランダムに選んでかけています。音がないと仕事できません。家内が階段でスリッパの音をパタパタさせているから「うるさいんだけど」と言ったら「あなたの部屋の音のほうがよっぽどうるさい」って言われるくらい(笑)。

――新刊の『トップリーグ』は政界の暗部に触れる新聞記者と週刊誌記者の話ですよね。ものすごいリアリティ。他の作品もそうですが、でも相場さんは「社会派」と呼ばれるのが嫌なんだそうですね。

トップリーグ

著者 : 相場英雄

角川春樹事務所

発売日 : 2017年9月29日

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相場:僕、やっぱりエンタメなんで。ツイッターでもすごく誤解されている読者は多いと感じるので、あえて「今日、同伴からアフターまでキャバクラコンプリート」とかツイートしているんですけれど。

――なんかアピールの仕方が間違っている気が…(笑)。キャバクラに行ったからといって「社会派」のイメージが変わるわけじゃないのでは?

相場:「社会派」っていうとみなさん、勝手にイメージを作るのが嫌なんですよ。真面目な奴だとかね。奇をてらって双葉社で『クランクイン』っていうコメディを書いたら、あまり売れなかったっていう。

――社会派を書く人だという、ジャンルのイメージが固定されてしまうと幅が出ないから嫌、ということですか。

相場:そうです。それが嫌なんですよ。だから「徹底的にエンタメにしてもらって結構だし、僕自身全然ネタにしてもらって結構なんですよ」って言ってるんですけれども、もうインタビュアーのみなさん「社会派」っていうイメージで来られるので。僕のキャラクターを無視して、相場英雄っていう名前が一人歩きするのが嫌なんです。

――なるほど。松本清張などの、社会派と呼ばれる作品が嫌いというわけじゃないんですね。

相場:そういうわけじゃないです。ガキの頃に見たドラマで、今もDVDを取り寄せて見ているのが、松本清張原作、和田勉演出のNHKの土曜ドラマの「ドラマ人間模様」ですし。今見てもすごすぎてひっくり返りますね。NHKには深町幸男っていう、「事件シリーズ」や「夢千代日記」を作った名演出家もいますが、二人とも、重い内容でも作り方は完全にエンターテインメントに徹しているんですよ。ちゃんと笑わせるようなシーンを作ったりとか、内部まで入ってキャラの造形を作ったりとか、ものすごく演出が巧み。ものすごく見応えがあるので、疲れた時はそういうのを見ます。
「事件シリーズ」は大岡昇平原作なんですが、脚色して脇役だった弁護士のキャラを作ったら人気が出たので、大岡先生原案、早坂暁脚本でシリーズ化してましたよ。

――見てみたいです。さて、今、連載しているのは。

相場:「週刊新潮」さんで連載をやらせていただいているのが、ちょうどキャラも動いてきて、いいペースで進んでおります。で、その次は来年の春から2本連載が始まるらしいです。

――らしいです、って他人事ですね(笑)

相場:そう思わないとやっていられないので(笑)。

<了>


この記事のライター

瀧井朝世瀧井朝世

1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『波』『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』『SPRiNG』『小説宝石』『ミステリーズ!』『読楽』『小説現代』『小説幻冬』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。ラカグ「新潮読書クラブ」司会、BUKATSUDO「贅沢な読書会」モデレーター。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)。

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