「何十年経っても読まれるものを書きたかった」―小野雅裕さんブクログ大賞記念受賞記念インタビュー前編

ブクログ大賞受賞、小野雅裕さんインタビュー前編

こんにちは、ブクログ通信です。

『宇宙に命はあるのか』で第6回ブクログ大賞人文・自然科学部門大賞を受賞された小野雅裕さん。小野さんは2018年12月2日、「ブクログ大賞受賞記念 & NHK『コズミックフロント』公開収録再現トーク」を開催されており、ブクログ通信でそのトークショーに潜入、お忙しい合間にインタビューさせていただきました。

今回のブクログ通信では、小野さんのブクログ大賞受賞記念インタビュー前編をお送りします。インタビュー前編では、小野さんの著作への取り組みと執筆ペースについてうかがい、文芸作品との関わりや、これから書いていきたい作品についてもうかがっています。ぜひお楽しみください!

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 大矢靖之

小野雅裕さん『宇宙に命はあるのか 人類が旅した一千億分の八 (SB新書)
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「ブクログ大賞受賞記念 & NHK『コズミックフロント』公開収録再現トーク」

今回、12月2日だけの弾丸帰国によって、急きょ受賞イベントが開催されました。

イベントの様子
イベントの様子

そこでは、今回のブクログ大賞発表ページで出された「暗号文プレゼントクイズ」の答え合わせも行われました。種明かしは、キーボード一個分右にずらしながらの解読だったそうです。

そのほか、イベント開催日直前の11月26日に「探査機インサイト」が火星着陸しましたが、その瞬間、NASAの中で起きていたことをを映像つきで現地レポート!さらに11月30日にNASAが発表した、民間から月面探査機を買い取る「Commercial Lunar Payload Services(商業月面輸送サービス:CLPS)」プログラム選定企業について説明。他にも最新のニュースを織り交ぜつつ、小野さんが携わった火星ローバーの開発秘話を中心に、宇宙と宇宙開発について様々な角度から解説された魅力的な講演が行われました。会場も熱く盛り上がりました!

イベント終了後、小野さんに貴重なお時間を頂きインタビューさせていただきました。

何十年経っても読まれるものを

―ブクログ大賞受賞、おめでとうございます。

ありがとうございます。

ブクログ大賞授与式
ブクログ大賞盾授与式が行われ、ブクログスタッフから小野さんに盾を贈呈しました!

―受賞作の『宇宙に命はあるのか』は、すごく間口の広い本ですね。科学系の内容ですが、非常にロマンがあった本です。今回投票コメントでは「ワクワクする」とか「ドキドキが止まらない」という声が多かったです。みんなに勧めたくなる本だな、と思わされました。

それを狙ってはいましたね(笑)。宇宙の本と言うのは世の中に沢山あるし、そもそも、そんなに売れるジャンルでもないので、既に語られた内容ではあまり意味がないでしょうと。

原稿を書きためているとき「全体につながるテーマは何か?」って考える時期があったんですよ。僕は大体アイディアに詰まると海を見に行くんですが、「色んな情報を1本に纏める軸となるものはなんだろう?」とずっと考えていたとき、「イマジネーション」というテーマを思いついた。これが1個のブレイクスルーですね。

―そんな経緯があったんですね。

軸は決まって、「じゃあどういう風に表現しよう?」と考えて、冒頭のテーマとしての「何か」というアイデアが出てきました。それが締め切り直前の12月でしたね。最初、そのアイデアはちょっと評判が悪かったんですが、僕はあのままで行きたいと思って、貫きとおしました。

―この作品は元々、ウェブ連載なのですよね。

はい、初めはWeb連載から始まったんです。けれども5000文字の連載を20本書いてそのまままとめて1冊になる、ということはないじゃないですか。そういう本もありますけれども、僕は5000文字×20本で1冊じゃなくて、10万文字が1冊になっているからこそ表現出来る物を表現していければ、と思うんです。

―なるほど。

それが本を書くまでに考えていたことの一つだったんです。だからWeb連載からこの本ができるまでにはだいぶ飛躍がありました。その間に、先の「イマジネーション」っという一つのテーマを設定したわけです。校正でもだいぶ文章を変えましたし、連載で書いたのは本書の第3章くらいまでですし、内容もだいぶWebと変わってますよ。記されている情報は同じだけど、まとめ方が変わっているんですね。

―宇宙に対する、人間のいわば「イマジネーション史」という切り口によるまとめですね。ベルヌから始まって、現状の最新成果まで至る。最新の成果すら1年で情報更新されてしまうような動きの激しい世界を、長いスパンのもとで考えて行く熱量が読者にも伝わっていました。

あと、本を書くまでに考えていたことがもう一つありました。「何十年経っても読まれるものを」ということです。宇宙の科学は動向がすぐに更新されるし、書いてあることが事実の列挙で終わったら絶対古びてしまうんです。

他方、何十年経っても読まれるものがあります。僕の英語のロールモデルが天文学者であり作家でもあったカール・セーガンなんですが、彼の著書『コスモス』が初めて世に出たのは1980年です。その頃ってまだバイキング1号がやっと火星に到達したくらいの年代ですよ。でもあれから宇宙開発が何十年も進んだにも関わらず、書いてある事が全然古びない。カール・セーガンの哲学や「イマジネーション」は非常にユニークで、だからこそ『コスモス』が残るんだと思う。

事実を書いただけだったらすぐに古びる。そうじゃなくて、もっと根源的な部分を書きたいと考えていて、そこに気をつけていたんですよね。

三島由紀夫の日本語表現を目指している

小野雅裕さん
小野雅裕さん

―小野さんは、実は文学も凄くお好きですよね。表現力を遺憾なく発揮されていて、読み手もまさに「イマジネーション」をかきたてられてしまう本でした。言葉の力っていうのは凄く大事なんだなと。

はい、文学は好きです。僕が日本語表現として目指しているところは、三島由紀夫なんですよ。彼の日本語は凄くて、明晰にして美的です。この本も極めてロジカルな事を書きながら、そこに何か美を見出せるものでありたい、と思ったのですよね。まああの領域にはなかなか近づけるものではないですし、到底かないませんけれども。三島は永遠の目標ですね。

―通常、宇宙がテーマの本において、そういう意図で書かれることはほとんどありませんよね。小野さんが日本語表現を徹底して書いたことによって、通常の新書とは違う、何か独特の力を持っているように思えました。小野さんはかつて、「緒野雅裕」名義で『天梯』という短編小説を書かれて、2007年の第24回織田作之助賞も受賞されていますよね。

ありがとうございます。受賞はまぐれですけれどもね。

―『宇宙に命はあるのか』を読んでから、その小説作品も読んでみたいなと思いました。出版されているのでしょうか。

小説は刊行されていなくて、受賞後、新聞に載ったきりになってしまいました。ロボット工学の話なんですけれども、Webか何かで出そうと思っています。

―それは楽しみです。ほかに書いている作品はおありだったんですか?

半分趣味ですけど、若い頃にはもっと書いてたんですよ。出してみたら当たったのが織田作之助賞でした。出来不出来がありますけども、何点か作品があります。

―その後文筆活動を継続しようとは思わなかったのですか?

実は前の本を書いた時、小説を書こうと思ったんですよ。今回出版に至るまでに、まず前の本が出ました。その本が知人のつてでコルクさんが読んでくださって。「面白い」って言ってくれたことから連載が始まったんです。

そうこうしているうちに今度はSBクリエイティブさんから出版の話をいただきました。宇宙探索の依頼があって、「ああ、そうか。書いてみよう」と。でもせっかく書くなら、もうここに文学的な要素も入れてみようと思って書いたんです。だからいずれは文学作品も書こうと思っていますね。アイディアもありますしね。

―先ほど三島由紀夫も好きだったと仰っていましたが、ほかに影響を受けた作家はいますか?

日本では、遠藤周作ですね。『深い河』が好きですねえ。

―日本の作家と海外の作家だと割と日本の作家からの影響の方が強いですか?

やっぱり読んだ数が多いですからね。次の目標として、英語で書きたいですね。この本も大ヒットまでいかないまでも中ヒットくらいはしたし、このまま書き続ければ同じくらいのヒット作は書けるかもしれませんが、やっぱり英語で書くのと日本語で書くのとでは、影響力が全然違うじゃないですか。英語で書くと色んな言葉に翻訳されますし。三島由紀夫だって彼が当時英語で自分の文章を出していれば、そこでもっともっと読まれたはずなんですよ。それが日本語で仕事をすることの限界なんです。

もっとぶっちゃけて言うと日本って後何年くらい残っているんだろう、と思っているフシもあります。日本語が無くなったら僕の本は読まれなくなってしまうじゃないですか。やっぱり英語は日本語よりも寿命が長いと思います。でも、やっぱり僕の英語の表現力って日本語に比べるとだいぶ遅れているので…。

―英語での小説やエッセイ的なものの執筆は難しいですか。

簡単ではないですし、10年20年先の目標ですけれども。ただ僕一人の仕事、日常の仕事は英語で済んでますし、書けるといえば書けます。この先、表現を磨いていけば。

あと、Twitterは割と英語で呟いてるんですが、ちょっとずつそうやって影響力を高めていこうかなと思っていて。英語で仕事をするとなると、また同じ様に向こうでコミュニティを作ることになるはずで、それもまた凄く時間がかかるし、骨が折れるでしょうから。

ペースを守りながら執筆していきたいもの

―非常に広いフィールドで準備されているんですね!

ただ、僕は副業作家なので出版ペースは多分せいぜい5年に1冊くらいです。前の作品も4年前の物ですからね。ロングスパンで考えています。本って、出ては消えて行くものばかりじゃないですか。その状況下の限られた時間で本を出すんだから、しょぼい作品を出してもしょうがないと思うんですよ。本当に書いて価値のあるアイデアだけを書けばいいと思っているし、そうすると人生でそんな何冊も書けるものでもないですから。だから5年に1冊、10年に1冊書ければいいかなと思ってるんです。

―なるほど。

今考えている中で、次に書きたいのは子供向けの絵本です。例えば今から数年後に娘が5歳になりますが、彼女が楽しむ絵本を数年後に出したいなと思ってます。その後も5年間隔くらいで、その時々に娘が読むような本を書いていく。そして今から20年後くらいに、その時成長した娘向けに、また大人向けの本として真面目な本、硬い本、文学チックなものを書いたらいいかなと。それで大体、僕の作品は終わるんでしょうけれども、最後の最後に集大成を書く、というくらいのペースで書きたいですね。

―本の執筆活動以外のことも、一定のペースで取り組んでいるんでしょうか?

はい。今のメインの場は読者コミュニティがやってくれているメルマガで、そこで連載を1本やっています。それが限度ですね。子供文学への移行と位置づけています。
まだまだ僕も表現力が未熟なので、子供の表現も、子供の気持ちを表現することも難しいですね。だからメルマガでは気楽なので、ある意味では、練習の場として書かせてもらっています。

―海外で研究されている中、執筆をずっと続けている今の活動量もすごいですね。

ペースは出来ているんですよ。今回の本では、執筆中にちょうど妻が娘と1年間日本で過ごしていたんです。だから平日昼間はずっと本業に取り組み、週末は2週間に1度日本に帰っていたんですね。残りの2週間に1度、日本に帰らない週は全部執筆活動に費やしました。あと、行き帰りの飛行機の中でも書いてましたけどね。

―生活に根ざしたペースですが、それを変えるおつもりはあるのですか?

いえ。急げば良い物が出来る訳じゃなくて、やっぱり時間が必要だと思うんですよね。例えば、30年熟成のお酒の味はどうやっても5年では出せません。別の例えをすれば、子供って5年で大学を出るわけじゃないし、そんなに無理に教育を詰め込む必要もないと思います。多分本も同じで、急いで書けばいいわけじゃない。頭にアイディアが芽生え始めてから、段々それを言葉にしていく必要もある。

今の時代、何でもかんでもペースが早くなってしまっていますね。それはネットのせいもありますけれど、早くやればいいっていうものでもない。本も工学もエンジニアも、そこに共通のものがあると思うんです。

来場者のためにサインを入れる小野雅裕さん

―非常にごもっともなお考えだと思います。事実、こうして丹念に書かれた『宇宙に命はあるのか』は、普通の新書とはかなり違うアプローチです。表現も文芸的で、もっと色々な読者に読まれるように思えます。

そこが本当に狙いたかったところです(笑)。何万部売れても、半年で忘れられたら意味がないと思っていました。最近は、そういう本が多くなっているんじゃないでしょうか。だからこそ、長く読まれることを目指しています。

どんな人だって1日、24時間っていうのは変わらない。どんな人だって時間と得られる経験は限られるし、読者が読める本、得られる経験も限られる。だから仮に100冊本を書いたとして、それで読者に寄り添えるようになるわけではないじゃないですか。大作家であってもその代表作はせいぜい数冊ですよね?だからそのくらいの数が、きっと一人の人間があとに残せる本の量なんじゃないでしょうか。

―なるほど。

僕は専業作家として食べていくことは考えていないんです。僕は副業作家として、身の丈に合った経験をして、一生で数冊でもじっくり取り組める本を出せたらいいのかな、と思いますけどね。

今日、イベントのなかで嬉しかったことに、参加者の何人かが僕の5年前の本『宇宙を目指して海を渡る』を持ってきてくれたり、「読みました」って言ってくれたことです。1冊目に書いた本はそんなに売れていなかったんです。『宇宙に命はあるのか』を出したタイミングで重版がかかったけど、それまででした。部数的には大した事ないけれども、まだ読まれてるのは嬉しいです。

―小さい子も来ていましたし、どんどん若い読者の夢を後押しする形に本になるといいですね。なれる本だと思うんですけど。


続きはインタビュー後編へ。後編では小野さんを中心にたくさんの人が集まるそのコミュニティの成り立ちについてうかがい、さらに小野さんの来歴と、今取り組んでいる火星ローバーについて伺いました。後編「地球外生命とは、どんな出会いになるのか」もお楽しみに!

小野雅裕(おの・まさひろ)さんについて

大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進研究所に研究者として勤務。2007年、短編小説『天梯』で織田作之助青春賞。2014年に著書『宇宙を目指して海を渡る』を刊行。2017年『宇宙に命はあるのか』を刊行し、第6回ブクログ大賞人文・自然科学部門を受賞。

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参考リンク

「地球外生命とは、どんな出会いになるのか―小野雅裕さんブクログ大賞受賞記念インタビュー後編」
小野雅裕 Twitter
小野雅裕『宇宙に命はあるのか』特設サイト

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