何者でもなかった、大人になれなかった人々のために―燃え殻さんブクログ大賞受賞インタビュー後編

燃え殻さん近影&インタビュー後編

こんにちは、ブクログ通信です。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』で第6回ブクログ大賞フリー部門を受賞された燃え殻さんのインタビュー、後編をお送りします。

燃え殻さん『ボクたちはみんな大人になれなかった
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後編ではさらに、燃え殻さんの登場人物たちへの思い、そして文庫化のことなどをうかがいました。ぜひお楽しみください。

取材・文/ブクログ通信 編集部 持田泰 大矢靖之 猿橋由佳

何者でもなかった、大人になれなかった人々のために

―燃え殻さんのお話を聞くと小説とはまた違う味わいがありますけども、燃え殻さんはその「普通さ」を維持しようと、常に自分の鼻っ柱を折ろうとしているんですか。

いや、本当は僕は普通にも届いてないんですよ、だから、背伸びして普通なんです。普通のふりして普通に見えるなら「よし!」っていう感じです。だから実際はもっと救いがない。例えば、小説で書いたものですが、原付でずっこけたときに、ヤクザが助けてくれたことになっていますが、本当はそんな人はいなかった。散らばったテロップ原稿を一人で回収したんです。誰の目からも僕のことは見えていなかった。

―僕も同時代の人間として90年代から社会人として過ごしてきたので、当時僕たちが感じていた現実の辛さや、振り返って感じる懐かしさと恥ずかしさみたいなものを含め、同世代の人にとっては特に独特な気持ちにさせられる小説かもしれないですね。

同年代の人は「俺はそんなことなかったよ」みたいな顔もされたりします(笑)。あの小説で喜んでくれる人は、自分よりも歳上の人か、若い人が多かった印象です。

―今回のユーザーの応援コメントでも「バブルを経験したことがない私でもその匂いを感じて、胸が痛くなった」っていうものもありました。

ああ、読みました。ありがとうございます。

―実際はバブル後の90年代半ば以後の小説ですけれども、コメントを寄せてくださったのは若い方なんでしょうね。世代を超えて受け入れられているようですね。

たぶん、僕の経験した「ヱヴァンゲリヲン」とか「サイババ」とか、「ビューティフル・ドリーマー」とか「ノストラダムス」とか、それが、若い子にとっては「○○」だったりとか、もっと年上の人にとっては別の「××」だったり、その人によってそれに代わるものがあるんじゃないかと思うんですよ。「それ」は、私にとっては「これ」なのね、俺にとっては「これ」だったけどさ、みたいに。執筆当初、固有名詞を出してしまったことで「同年代にしか響かないかな?」って思ってもいたんですが、固有名詞を出したことで、それぞれの世代で代替してくれた反応が返ってきて、それがすごく面白かったです。

―なるほど。

感想を言ってくれる人が「私達にとってこれは…」って教えてくれる。例えばBUMP OF CHICKENがもしも解散などしたら大事件ですよね。僕たちにとっての、フリッパーズ・ギターみたいに。

―誰もが青春期に通過するポイントを描いているからなんでしょうね。それを赤裸々に、かっこつけているダサさも含めて、書かれている。照れ隠しがない。大人になればなるほど、所謂「中二病」的な時代を照れて、ふざけて語りたがりますが、でもこの小説にはそういう気負いがないですね。

これはたぶん普通に本を書いてる人だったらだめなことだと思うんですけど、読者とかを意識しないで書こうって思いました。僕なんかが意識したら、絶対に気負っちゃうから。僕には手持ちのものは何もないんだから、でも、この編集の人にだけはわかってもらおうみたいな。編集の人は30代の女性だったんですけど、その方に「僕はこうだった。そうだったんだから、それはもう仕方がなくないですか」みたいなことを話すかのように(笑)。

―とても正直な声音で語られているなあっていうのが僕の印象です。それがかえって掴みどころのない小説にも読めて、わかりやすいといえばわかりやすいんですが、さっきも言いましたけど、たぶん燃え殻さん自身が自分のことも人のことも「盛りたくない」っていう姿勢からだろうとも思います。

それは、僕が登場人物たちのことを、その頃なんにもわかってなかったからですよ。小説でやっと書いて分かったこともあった。でもその「今の目線」で書いたら、だめだなとは思いました。できる限り……、難しいけれど、あの頃の、今よりもさらに何者でもなかった僕っていうのと、まだ何者でもなかった彼女や彼らと話してたことだったりとか、通じた気持ちみたいな部分っていうのを書きたい、って。

―なるほど。

「だって俺たち大人になれなかったもん」って、言いたい

30歳くらいのときに、その頃一緒に働いてたやつらみんなでこたつ入ってテレビで「明石家サンタ」を見てたんですよ。その時「広末涼子と付き合ったらどうする?」みたいな話になって。それもどうかなって今だと思うんですけれど。その中の一人が「俺スペイン行くかな」って(笑)。その時点でもよくわかってないんですよ、世の中のことが。全てにおいて。たぶんスペインはただ遠い外国だとでも思ったんでしょう。

―なぜなんですかね(笑)。

わからないです(笑)。別の一人は「俺バイトを増やす」って言ったんですよ。広末はそれでは付き合ってくれないと思うんだけど(笑)。でもそいつは言ったんですよ。で、「そうだな、なにかもっと面白いことが起きたら、そういうことも起きるかもね。じゃあこういうことがあったら良くない?それでお金が増えたら良くない?こうやったら偉くなるんじゃない?もっと、こういう風にして……」ってみんなでいろんな話をしたんです。

―男子ですね(笑)。いい思い出です。

今回、本ができた時に、彼らと連絡を取って、本を渡しに行ったんですよ。詳しくは言えないけど、みんなそれぞれの人生を歩んでいた。彼らと話していて、「こたつで明石家サンタ見てたときが一番楽しかったな」なんて話になったんです。「あんときが一番楽しかったよなあ」って。こういうこと男子ならよく言うことじゃないですか。でも僕は「ほんとにそうかもな」って思ったんです。あの頃は確かに、何もなかった。何も持ってなかった。今だって何もないけど、あの頃は本当に何もなかった。でも楽しかった。なんで楽しかったって思うんだろう?って。それは、たぶんなにかしら理由があるんですよ。ただ、その理由を今の自分がタイムスリップして昔の自分に教えてしまったら、それは、すごくつまらないと思ったんです。

―なるほど。

読者が、あの頃「明石家サンタ」を観ていた僕らのこたつに入ってきてくれたら、楽しんでもらえれるんじゃないかなあって。そのくだらない会話に「私は……」とか「俺は……」とか入ってきてくれるんじゃないかなあって。そう思ったんです。「わかるよ。俺にもそういうのあった」「お前らと場所も時代も違うけど富山でこたつ入ってた」とか、言ってくれるんじゃないかなあ。「お前がそこまで言うなら俺も言うけど」みたいな(笑)。「俺もラッセンはね……」みたいな(笑)。

―よくわかります。

「こたつの席、ひとつ空けてます」といったスタンスで書いてました。

―その言葉も素晴らしいですね。そうですか。そのこたつの感じなんですかね。

Twitterもそうですけどね。そんな気持ちでやってます。Twitterで「俺はすごいんだ」とか「俺は死にたいんだ」とか言うのって、どこか変だと思うんですよ。僕がつぶやいているのは「腹減った」といったレベルで、ほかの人も「この店のチャーハン美味い」とか考えたり、感じたりしてるんじゃないかなあ。でもなんか、Twitter見ると、ずーっと俺はそのことを考えてるみたいな嘘ついてしまうじゃないですか。

―そうですね。

だから、1回こたつ入ってきてくれないと、ちょっと話はしにくいな、って思ってます。「1回入ってきてくれたら、話ができるのに」って感じで……。

―僕は、燃え殻さんがこの本のタイトルにつけたように「大人になれない」っていうそういう居心地の悪さというか、何か独特の屈託を持たれてるのかなあという風には思っていたんですけれども…。

持ってますよ(笑)。

―持たれてますか?(笑)それよりも今のお話だと世の中に対する居心地の悪さを訴えているのではなくて、「一緒にこたつ入れよ」というその感覚っていうのは、もっと別のチャンネルでお互い分かり合えるだろうみたいなメッセージがあるようにも。

それもあるし、「大人になれなかった」っていうか、僕は随分「つまらない大人になったな」って思っていて。あの頃の彼女が僕を見たら、「大分つまらない大人になったね」って思うんじゃないかなあって。今から思えば、あの頃の彼女も僕も、たぶん「大人になれない人」だったんですよ。

―なるほど。

小説の批判で、彼女のキャラクターがちゃんと定まってないってことを、指摘されたことあるんですけれど、それはそうなんですよ。定まってないですよ。だってあの頃の僕は、彼女のことをちゃんとわかってなかった。わかってなかったから惹かれたし、怖かったんです。『ノストラダムスの大予言』と同じ怖さだったんですよ。彼女の話していたことが僕には、何なのかわかってなかったんです。

―そうキャラが定まってないという感想もあるんでしょうけれど、僕はかえって、なんかすごくリアルに感じましたね。男女関係ですからね。

僕が「俺、チーフになったんだけどさ」って言ったら、ほんとに、「マジで? ところでサイババって…」と言って、話を逸らしてしまったんです。仕事の話をしてたのにサイババの話する?みたいな。彼女は彼女でムカついていたんだと思うんです、今思えばですけど。

―なるほど。

僕が、大会社のチーフってことでなくて、テレビ美術制作の、よくわからない会社のチーフだっていって「それがどうしたんだ」っていう、「物凄いつまらない奴じゃん」みたいな風に思ったんだろうなって。こんな僕でも、社会人にだんだんなってくのが、むかつくってのも両方あっただろうなあ。だから、希望をこめてなんですけど、僕も彼女も、登場人物の関口も、七瀬、みんな全員大人になれなかった。だから僕は「あんとき一番楽しかったけど今も楽しいよ。だって俺たち大人になれなかったもん」って、言いたいんですよ。それが嘘だとしても。言いたいんです(笑)。

―大人になりきれなくても楽しい、と。

そもそも「大人って本当は何歳から?」って話だとも思うんですよ。二十歳で成人して大人だっていうことになっているけれど、そうでもないってことが、ネットとかでバレちゃってますよね。40、50歳のそれなりの人が「ばか!」とか女子高生にいきなり言ったりとかして、そういうのがネットじゃ簡単に可視化されて、そうすると「大人」っていう定義があまりにも雑に扱われてたことに気づいちゃって。

―そうですね…。

れっきとした「はい、大人です(キリッ)」みたいなのは、実はないんじゃないかと。それで自分の中の「大人にならねば」という呪いが解けたら、良いのになあと僕は思っていたんですけど。

モデルとなった登場人物たちのこと

―今おっしゃられてる部分は、小説でも、伝わっているものがあるのではないのかなと思います。そういう伝わるものがなければここまでヒットを飛ばさないと思うとこなので。ちなみにかおりさんからすすめられた作家の名前を覚えてる、というくだりが作中ありましたが、その作家とはどなたなんですか?

大槻ケンヂさんと中島らもさんです。大槻さんの影響で「お墓デートしようぜ」みたいなこともやりました。大槻さんとお会いすることになったとき、「そういうことしてたんですよ」って話したら、大槻さんが「それはほんとに悪かった」って仰ってましたけどね(笑)

―(笑)直接著者から言われるんですね。

彼女が好きだったことをしてましたね。僕は空っぽだったから、あの頃、最も影響を受けた人は彼女でしたね……。

―ちなみに、このかおりさんのモデルとなられた元カノさんから、燃え殻さんが有名になったことで連絡とかが来たりとかは…?

全く知らないはずです。Facebookを見ると、「知り合いでは?」って出ますけれど、「すごく知ってるっつうの!」って強烈なツッコミを入れてます(笑)。

―この小説冒頭の友達申請まで至ったというのもこれは…こうであったらいいなという夢の世界といいますか…。

はい。

―なるほど、そうだったんですね。

自分の中では、すごくわだかまってて、過去と決別して1歩前に出る、みたいなことを考えている時期で。

―じゃあ、ほんとに気づいてないんですかね、元カノさんは燃え殻さんのことを…

小説の中に、実在していなさそうなスーって女の子が出てきますけど、その子のモデルになった女の子は、遠い地でこの本を買って、メールしてくれました。

―あぁー、そうですか。

彼女はお母さんになってて、「私お母さんになったのよ」って。

―ああよかったですね。幸せになられて……。

良かった……。

―この小説はいろんな人が一人また一人と立ち去ってく小説でもあるじゃないですか。かおりさんだけでなく関口さんと七瀬さんなどいろいろな方が。スーさんは実在して、小説に気づかれたですか?他のモデルになった人…。

みんな知らないと思います。

―七瀬さんとかも…。

知らないと思います。ほんとにああいう人いたんですけどね。とにかくゴールデン街でお金をがんがん人から借りて、いなくなってしまった人。

―あれですね。全体、燃え殻さんは「場末」的なところに何か一つ、いい思い出が多いんですかね。90年代ってまだ華やいだ空気があったとこがいろいろあったと思うんですけど、ぴかぴかしたとことか華やいだとこよりも、どっちかというと、少し寂れてるところがお好きなような…。

それはぴかぴかした華やいだところに僕がいなかったからです。あと僕の父がたの祖母が静岡・沼津で一杯飲み屋をやっていたことも大きいかもしれません。

―小説でも書かれてましたね。

はい。もう、毎日ばあちゃんが夕方から国鉄職員と新聞に載らない社会問題の話をしまくる異常事態だったので。でもそれが大好きだったんです。全然知らない演歌歌手のポスターが貼ってあったり。演歌歌手は五木ひろしとか都はるみとか有名な人しかいないと思ってたから、え? 有名じゃない演歌歌手とかいるの!?」っておばあちゃんに訊いてました。

―そういう意味では、糸井さんが本の帯に寄せられたコメントも僕よくわかるとこで、「リズム&ブルース」の「ブルース」があるんですよね。あんま都会的なものよりもちょっと捩れて疲れたところのブルース感をすごく感じます。

そうですか。たいしたお話ができなくて、すみません。

―いえいえ!非常に面白いお話ありがとうございました。『ボクたちはみんな大人になれなかった』が文庫化されますので、少しそのお話もうかがえますか。文庫版では、書き直しや修正などはありますか?

細かい修正は入れました……。

―今回新しく付け加わった要素はありますか?

シンガーソングライターのあいみょんさんに、『アンサーソング』というタイトルでエッセイを書いていただきました。あいみょんさんから、面白かったというご感想をいただいていたので、頼んでしまいました。あいみょんさんの紡ぐ言葉が大好きなので、出来上がりが楽しみだったのを覚えています。もう送られてきたエッセイは、あいみょんさんしか書けないものだったので、ただただ感動したのを覚えています。あと漫画家の相澤いくえさんに書き下ろしの漫画を描いていただきました。相澤さんから小説の感想を、直筆の手紙で頂いたんですが、それが漫画だったんです。「私は先日フラれました。泣きながらお風呂で小説を読みました」っていう重めの漫画。僕は、それを読んだ時に「届いた!」って感じがして嬉しかったんです。僕だけが読むだけではもったいなくて、その漫画を巻末に載せたいなと思いました。

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最後に兵庫慎司さんに解説を書いてもらいました。兵庫さんの書く記事をずっと読んできたので、どうしてもお願いしたかったんです。兵庫さんが見てきた世界を追ってきた人間として、自分が書いたものがどう映っただろうっていう好奇心で。

(新潮編集部)業界的にはフル帯って言ってるんですけど、通常のカバーの外側にもう1枚、初回限定Specialカバーというのを作り、そこにあいみょんさんの「アンサーソング」の一部抜粋を載せています。

―すでに単行本を購入された方も楽しめる内容になりそうですね。ちなみにお答えいただける範囲でいいんですけど、文庫化が今回早かった理由はありますか?

(新潮編集部)普通な本と成り立ちが違っている本ですよね。いわゆる、小説家としてはデビュー作で、新人賞を経てみたいなデビューの形じゃない。ですけど、口コミで波及した本だったので、もう一度広く若い世代の方にも、文庫の形で読んでもらいたいなと。単行本から文庫化までの期間って、だいたい昔は3年で、今2年半。更に早めて2年ぐらいっていうこともあります。燃え殻さんだけでなく特に話題になったものほど、文庫化を早めにしたかったんですね。

―やがて映像化される可能性もあるかなとも思うところですが。

(燃え殻さん、新潮編集部)あるといいなあ…(笑)。

―期待しております。どうもありがとうございました!


燃え殻さん、どうもありがとうございました!

また、第6回ブクログ大賞フリー投票部門受賞記念して、燃え殻さん『ボクたちはみんな大人になれなかった (新潮文庫)』貴重なサイン本へプレゼントいたします!ふるってのご応募お待ちしております!

燃え殻(もえがら)さんについて

1973年生まれ。テレビ美術制作会社で企画・人事を担当する。新規事業部立ち上げ時に始めたTwitterが話題になる。2017年、初小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』が話題に。同作が第6回ブクログ大賞受賞。

参考リンク

燃え殻 Twitter
燃え殻さん、どうして「書く」の?【糸井重里×燃え殻】
燃え殻×大槻ケンヂ 大人にだってフューチャーしかない/燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』刊行記念対談

関連リンク

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