「やりたいことがいつか見つかれば、驚くほど力が出てくる」―前野ウルド浩太郎さんブクログ大賞受賞インタビュー後編

前野ウルド浩太郎さんブクログ大賞エッセイ・ノンフィクション賞受賞インタビュー後編

こんにちは、ブクログ通信です。

前野ウルド浩太郎さんのブクログ大賞受賞記念インタビュー、後編をお送りします。インタビュー前編では『バッタを倒しにアフリカへ』を執筆するときの思いから、エッセイ・ノンフィクションを書くときに心がけていたこと、そしてモーリタニアの食生活、文化紹介について、さまざまな話をうかがいました。今回は、バッタ研究者である前野さんに、新書と最新の研究業績との関係、そしてアフリカで苦労された語学のことをうかがい、皆さんへのメッセージをいただきました。ぜひ、お楽しみください。

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 大矢靖之 猿橋由佳

前野さんのバッタ研究について

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「皆に読んでもらえるようなややこしくない本を書こうと考えたんです」

―では次に、研究について触れさせてください。新書内でバッタと出会うまでの経緯や苦労が細かく書かれており、バッタの特性を知るために分かりやすい記述にもなっていますね。

はい。ただ今回の新書については、「バッタの話を期待していたのに、全然入っていないじゃないか!」っていうような言葉をいただくこともたまにあるんです。

―確かにバッタそのものを記述する箇所は、分量として少ないかもしれません。

でもそれには理由がありまして。新書が出る前の一冊目の本として東海大学出版部から専門的な本『孤独なバッタが群れるとき』を書いたんですよ。その本を高校の先生として勤める従兄に贈ったんですが、「難しくて何書いてあるか分かんねえ!」って言われてしまい……(笑)。かなり学術的なことを書いていたので読んでもらいにくかったというのもあり、二冊目は皆に読んでもらえるようなややこしくない本を書こうと考えたんですね。

―バッタそのものを語るシーンがさほど多くないのは、そういう意図があったんですね。

もしバッタに興味がある人がいたら読んでもらえるような文章を、あまり長すぎず、ややこしくないような形で書きたかったんですね。

―今回新書でバッタについてふれている箇所は、別の場所で、研究として公にされているのですよね。

英語文献の論文を出しています。まだデータを収集中の研究もあり、世界が驚愕するようなあまりおもしろい研究はまだ出せていません。

―『バッタを倒しにアフリカへ』を書いた前野さんと、最前線で活躍を続ける研究者の前野さんは、当然ながらつながっていますよね。そこにふれさせてくださいますか。

新書でバッタについて記載していた箇所は、前野さんが今年2018年に発表した2本の論文のテーマに重なってるところがあるように思います。うち1本のタイトルは「サバクトビバッタの対捕食者防衛における行動の可塑性」(”Behavioral plasticity in anti-predator defense in the desert locust”)でしょうか。簡単にいえば、バッタがどういう状況で飛んで逃げたり、動かなかったり、そのまま下にストンと落ちたりするのか、バッタの行動を調べた研究ですね。

論文にまで触れてこられるとか、ブクログさんはどんだけ気合い入れてインタビューの準備をしてきているんですか!そうです、これはクリスマスの時に所長が陣中見舞いに来てくださった時のエピソードです(pp.238-240)。バッタが寒いと飛んで逃げられない。草むらの中に落ちるように逃げこむ。そのエピソードを、もっとデータを集めて検証した論文です。

―今年もう一本発表された論文がありますね。「サハラ砂漠におけるサバクトビバッタの群生相幼虫による集団の選択」(”Aggregation site choice by gregarious nymphs of the desert locust, Schistocerca gregaria, in the Sahara Desert. Insects”)。バッタが夜に休養をどう取り、その時どんな植物に集まっているか。これが明らかになれば効率的なバッタ捕獲システムにつながるという。これも新書内のエピソードが元ですか。

ですね。モーリタニアに渡って一番最初に行った野外調査で得られた観察から着想しました。この論文は去年・一昨年とったデータを使っています。

今の研究機関に所属してから行っているプロジェクトの研究成果を基にした論文を対象に、引き続き研究員になれるかどうかという常勤研究員の採用審査がこれから入るんです。だから最新のデータでまずは論文を書きました。昔の成果も早く発表したいのですが、引き続きデータ収集中です。けれども、研究業績において単発のデータだけを用いると「たまたまだったんじゃないか」と批判的に見られてしまう場合もあるんです。より慎重になるときは、複数年にわたって同じ対象のデータを集めて考察するという形での検証を行っています。

―どちらも今回の新書のエピソードを出発点に、そこから研究を続けて結実した論文なんですね。これら研究業績を見て、新書とつながるテーマだということがわかり、感慨深いものがありました。ちなみに、いま前野さんがアフリカで得た知見を活かしつつ、日本に留まってバッタ研究を行うのは、やはり難しいものなんでしょうか。

日本のバッタでも野外研究はできるんですけども、たとえば日本でトノサマバッタがたくさん一箇所にいるような場所はかなり少ないんです。そこがモーリタニアとは異なるんですね。なかなかサンプルを稼ぎにくく、その労力は論文にかけたい。だから、やはり本場のバッタが大量発生する現場で研究したほうがいいんですよね。

―なるほど。やはりモーリタニアが一番研究しやすい「ベスト」な土地なのですか。

はい。治安が安全かつ、バッタが発生しやすい場所ですから。

―隣国はいかがですか。研究を行っているバン・ダルカン国立公園に近い、「西サハラ」は?

西サハラにも確かにバッタは飛んでいくんですが、治安がよろしくないんですよね。

―先にも話題になった「セネガル」では?

セネガルは大発生したときにバッタが飛んでいきます。ただ不思議なのは、緑が多く自然豊かなセネガルではバッタがあまり繁殖せず、大部分はより過酷なサハラ砂漠に向かっていくんですよね。

―そのメカニズムは分からないんですか?

全然分かりません。推測なんですが、サバクトビバッタが乾燥に適応しすぎていること、そして天敵がたくさんいるので繁殖しにくい、ということがありそうです。

―なるほど。もしデータが取れたら面白そうなテーマですね。

語学はやはり勉強したほうがいいこと

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「語学はやっておいた方が後のためになるので。早め早めの計画をおすすめします」

―ところで、モーリタニアの研究生活においては語学で苦労されている箇所が多いですよね。

はい。……今でも相当苦労していますね……。

―モーリタニアの公用語はアラビア語で、いろんな民族語がある。けれど実際的に使われているのがフランス語で、研究所で英語が通じない人がいて当時から苦労されていたと書かれていますね。今、前野さんはどれぐらいフランス語を使ってらっしゃるんですか?

ティジャニとはもう6割、7割は会話できるようにはなったんです。ぶっ壊れているフランス語ですが一応会話と意思疎通はできていて、それで「もういいや!」と妥協しているだらしない自分がいます(笑)。

実のところ日常の業務をこなすだけでも手一杯なので、フランス語学校に通って学ぼうって気力が中々わかなくて。「逃げちゃダメだ」と思ってるのですが。心の底では、とりあえずバッタがいる場所に行けてるからまぁいいやと思ってもいるんですけど、やっぱり他の研究者の方と会話する時にはフランス語が必須になってくる。

何故、これまで自分はフランス語をマスターしていなかったんだと。学部の時、青森の弘前大学で津軽弁を一生懸命マスターしたんですけど。使う機会がなく……(笑)。青森でバッタが大量発生してくれるか、アフリカで津軽弁を話してくれていたらよかったのに……残念です。

―いまバッタの研究が盛んなのは、どの国になるんですか?

屋内研究ですと、イギリス・フランス・ベルギーが力を入れてますね。

―フランス・ベルギーはやっぱり……

そう、フランス語圏ですね。徐々に、勉強をしていければいいなと思うんですが。

―論文で使う英語については苦労されていないんですか?

いや、論文の英語も大分苦労してます……。英語も全く得意じゃないんで、英語もノリでごまかしています(笑えない)。なので、今はモーリタニアの研究者たちと一緒に論文発表するときは、英語論文の校閲業者に依頼しています。日本人研究者は英文校閲をけっこう使っており、費用はピンキリですが、高いと一本10万円を超えます。それから投稿して、審査に出すような順序を取ってます。

―日本国内の大学だったら、大学の仲のいい外国人研究者に内々でネイティブチェックするパターンもできそうですけど。向こうではさすがに難しいですか。

そうですね。共著研究者の中にネイティブな人がいれば、その方が全部直してくださるし、時間も早いしこなれた英語になるからありがたいんですけどね。

―前野さんのような道を歩みたい研究者の卵がいたら、何かアドバイスありますか?

自分も外国に行く時は、語学をマスターしてから行くもんだと思ってたんですけど。マスターせずに行っても、ギリギリなんとかなる!ですが……やっぱりやっておいた方が後のためになるので。早め早めの計画をおすすめします。

今後の活動と、若い人々に向けて

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「ぜひ、色んな本を読んでみてください」

―今後の活動についてはいかがですか。これまで通り研究を続けていくのですか。

はい。引き続きバッタがどのようなメカニズムで大発生しているか、ということを現地調査をもとに突き詰めていくつもりです。

―前野さんのこれまでの華々しいご活躍と受賞歴によって、『バッタを倒しにアフリカへ』の次を待ち望まれている方も多いかと思いますが、そこは……。

まだちょっと未定です。まず先に論文を書いて発表してから、これからどんな形をとっていくかを紹介できるようになると思います。なので、早く、早く論文を!論文を出したい!そう思っています。続編を期待されている方々は長生きしてください。

―今後、英語論文として発表されている研究成果の邦訳をするとか、成果を一冊の本にまとめる構想はおありですか?

それにもまだまだ時間がかかりますね。サバクトビバッタに関しておもしろい発見もしてるんですけど、まだデータが不十分なので。今はまだ、せっせとデータ収集している途中ですね。

―いつか来るであろうその時を待ちたいと思います。では最後に、この本を読む若い読者の方々に、前野さんからメッセージをいただけますか。

研究に限らず、やりたいもの、やりたいことがいつか見つかれば、驚くほど力が出てくるものだと思います。たくさん本を読んで、たくさんのきっかけを作ってください。私は『ファーブル昆虫記』を読んで将来の夢を見つけられたので、読書をすると思いがけず進路の悩みがふっと消えることもあると思います。ぜひ、色んな本を読んでみてください。色んな出会いが待っているはずです。

―どうもありがとうございました!


前野ウルド浩太郎さん、ありがとうございました!

前野ウルド浩太郎(まえの・うるど・こうたろう)さんについて

1980年秋田県生まれ。弘前大学卒、神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了、京都大学白眉センター特定助教を経て、国立研究開発法人国際農林水産業研究センター研究員。モーリタニアでの研究活動と意欲が認められ、現地では最高の敬意が込められているミドルネーム「ウルド」(~の子孫の意)を授かり、通名・研究者名にする。「研究のことを世に知ってもらう宣伝活動と研究活動の2軸を柱にバランスを考え」活動中。主な著書に『孤独なバッタが群れるとき――サバクトビバッタの相変異と大発生』、第6回ブクログ大賞、第71回毎日出版文化賞、新書大賞2018受賞作『バッタを倒しにアフリカへ』。

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参考リンク

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