人工知能に書店員は負けない─生身の人の実在がある限り、一緒に何かをやりたい 久禮亮太さん『スリップの技法』発売記念インタビュー後編

こんにちは、ブクログ通信です。

「久禮書店」久禮亮太(くれ・りょうた)さんへのインタビュー後編です。インタビュー前編「書店員という仕事の面白さを伝えたい─出版不況に対し自分の立場から言えること」では、久禮さんに『スリップの技法』を刊行した経緯と、それぞれの章の内容とその意図を伺いました。

後編では、より踏み込んだ質問を久禮さんに行い、あらゆる立場の書店員、そして出版社に向けて『スリップの技法』で伝えたいメッセージを伺います。そして、これから書店員が取り組める仕事は何か、そしてこれから発達するであろう人工知能(AI)に対し、書店・書店員は対抗できるか?久禮さんが突如「モテたい」と発言したのはなぜか?なぜそっちにいくのか?久禮書店の今後についても伺います。どうかお楽しみに!

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 大矢靖之 持田泰

あらゆる立場、あらゆる業界の人に、伝えていきたいこと

久禮書店 久禮亮太さん
久禮書店 久禮亮太さん

─『スリップの技法』の経緯や狙いについてこれまでお伺いしてきました。次は、久禮さんがこの『スリップの技法』という本を通じて、違う立場の人にどういうメッセージを伝えようとしてるのかお聞きしたく思いました。

というのも、久禮さんの出す例は、ある程度濃い品揃えをしている店で、中規模くらいで一定規模を持ったお店の売れ方ですよね。そこは久禮さんもご自身で認めてらっしゃると思うんです。

たしかにその通りです。

─久禮さんと異なる立場の書店員さんはたくさんいるし、違う立ち位置の書店もたくさんあると思うんです。大型チェーン店。個人の書店。あるいは、地方の大型スーパーやショッピングセンターに入っている書店など。違う立場の書店員にそれぞれ伝えたいことはあるのでしょうか。

まず大型書店については「お前が何を知ってるんだ」って思われそうですけど(笑)

やっぱりお1人が担当される領域が狭い店もあるじゃないですか。自分の持ち場の中、たとえばビジネス書をやってる人、またはさらに細分化された経済・経営などの担当をしてる人は、業務が単調になりがちだと思うんです。

─大型書店は一ジャンルのなかで、さらに細分化された専門を持つことがありますね。資格担当とか、政治担当とか。専門の担当をもつことで、業務領域がせまくなり、単調になると。

たとえば経営書担当の人が自分の棚の中で、読み物としてのバリエーションをつけるってなかなか難しいことですよね。簡単ではないですよね。

その中でも出来るだけ自分の業務を俯瞰的に見て、今とは違う在り方を想像する前向きな気持ちというのを引き出したい。全体を見ること、具体的に「売れた!」という事実をより生々しい状態で見ること。そういう楽しみが必要だと思ってます。お客さんがお店全体をぐるっと歩いて回ったとき、その中で自分の担当ジャンルがどう見えているのだろうとか、自分が次に別のジャンルを担当できるとしたら、その時に何ができるだろうとか、先のことを考えたりとか。そういう読み取りかたを『スリップの技法』からしてもらえるならとても嬉しいことです。

─視野を広げ、そして自分の専門知識をより活かすために、ですね。

はい。文庫を担当しているなら、オールジャンルで商品を置くことができるから、自分の売場の中で、書店が持っている全方位的な魅力を表現することができるとも思う。そういう観点から読んでほしいとも思ってました。

『スリップの技法』帯
『スリップの技法』帯

─反対に、町の個人商店のかたに伝えたいメッセージはありますか。おそらくその書店には、久禮さんが『スリップの技法』で挙げている本はほとんどないかもしれません。週刊誌と、一部の有名文庫レーベルが並んでるような書店も多いかもしれません。そういう店の方に伝えたいことはありますか?

書く時に、一番悩んだのはそこなんです。彼らは対象読者に入ってくるんだろうか、と。暮らしと自分の店が直結して一体となっている人たちに対し、何か言えるのか。そこはだいぶ悩みました。

悩んだけど、やっぱり伝えることがあると思った。小さなお店でも、より大きな規模の書店の中での売れてるピラミッドの上部の所を移植してくる作業が必要だと思うんです。小さい店にいると、どうしてもその規模内で現実を見てしまって視野が狭まりやすい、ということがある。けれど中規模以上の店で行っているやり方を知ってもらえるならどうでしょう。

あるいは少し飛躍しますが、小さい個人店同士が連携して、ある種のチェーン的、お互いにお互いの売れたものを情報交換しあったりとか、小書店とナショナルチェーン書店が非公式にしろ交流できるようになればどうだろう。この出版をきっかけに、どこかで交流するきっかけにしてもらえればいいなとは思いました。

─それぞれの小さい書店がビルドアップする強さを見つけるためのきっかけに、ということですか。

そう考えました。そう読んでもらえるならありがたいと思います。

─ありがとうございます。ではロードサイドの商業施設やスーパー内のお店の書店員さんには何を伝えられるのでしょう。売れるものが雑誌・コミック・実用書に傾きやすいきらいがありますよね。

日常の便利ツールとしてのスリップの部分を伝えたいです。「成り行きで品出ししておしまい」という現状を、もしかしたら改善できるんじゃないかと僕は思っています。実務的な活かしかたをしてほしい。どんな店でも、売れた本を1点1点丁寧に見ると、なんでこんな本買う人がこの店にいるんだ、みたいな驚きの瞬間ってあると思うんですよね。じゃあ、すぐ売れるかはわかんないけど、「この本が売れた!」という小さな自信を土台にしてちょっと上を目指して、前向きに品揃えを変えてみようって思う、そんなきっかけを掴んでほしい。ここで、スリップを見る習慣は役に立つと思うんです。

─では書店員以外の立場のかたに、「これを伝えたい」って思うことはありましたか?例えば本好き、本読みに伝えたいことは?

「本屋ってもう終わりつつあるよね」というような、ざっくりした本屋衰退論みたいなものが流通しはじめています。でも、「まだ面白いでしょ?」と言いたい。「面白くなりそうでしょ?」って。書店って、書店員とお客様、お客様とお客様といった見ず知らずの人同士のコミュニケーションが、棚を介して起きる可能性がある。それを色んな人に伝えたい。伝えて、まだ面白い、これからも面白くなるよっていう期待を持って欲しいなと思っています。

─特に一章、二章などは書店員の日常とかも描かれてますしね。三章は、「ここまで考えてる書店員がいるんだ」っていうことが伝わりますね。

「売れる兆し」はPOSやデータで見抜くのは難しい─出版界へのメッセージ

神楽坂モノガタリ店内
神楽坂モノガタリ店内

─出版社の人たちに、お伝えになりたいことはありますか?出版社などはデータ重視にどんどんなりつつあるきらいがありますね。書店の実売データを見て、指示を出し、販売促進の計画を立てていくところが多い。その流れを踏まえて、出版人に向けて、スリップを通じて伝えたいこと、反論することはおありですか。

はい。POS売れ筋の中位以下の所に、本当はもう少し上がってくる、飛び出してくるものがいっぱいあるはずです。でもそういう品は、こっちから先にお客さんにお客さんに仕掛けていかなきゃいけない。そそる品揃えをしたり、タイミングを捉えて置き直したりとか。書店員が主体的に、半歩先に手を打って、お客さんに「おっ」て思わせないといけない。

売れたっていうデータの上位だけをさらにどんどん伸ばしていくだけだと、たぶん売れたデータリストの中位グループにいっぱい入ってる、もっと売れる可能性のあるものがそのまま放置され、どんどん売上全体がやせ細っていくと思うんですよね。後追いでデータを見て、そこにだけ反応していると、どうしても売れる可能性があるものがこぼれ落ちていく。中位以下に潜んでいる兆しを、次にどう引っ張り上げるかっていうことをもっと考えて欲しいんです。

これはもちろん、僕ら書店員もやらないといけない。でも、出版社の皆さんにも、既に売れたものだけじゃなくてこれから売れる部分をデータから一緒に見ていこうよ、って言いたい。その多くはたぶん新刊じゃなくて、各社いっぱい財産として持ってる既刊のことですよね。もっと多くの既刊を書店現場から主体的に発注して、売り直していく機会を作らないといけないと思います。そのために一番役立つのはやっぱりスリップをよく見ること。そしてスリップを見て連想的に関連書籍を探し出すことがもっとあったほうがいい。

そこはスリップでもデータでもいいんですけどね。その使い方こそを伝えたいんです。

─データ偏重の人々に対してのメッセージですね。それは著書全体で示されているメッセージであるとも思います。だから、第三章はいろいろな読み方がありますけど、これって過去、もしくは今、目の前にある実売から未来へ働きかけていこうとする能動的な仕事の塊ですよね。

そうです。

─データ偏重主義は、既に売れた過去のデータから、その別の仕方での再生産をしようとする振る舞いにしかならない。これは久禮さんが著書で取り組んでいることとは微妙な、重大な違いがありますよね。新しい売上を作ろうとしてる。創造しようとしてる。再生産とは何か別のものを作ろうとしてる。その細かな違いが感じられました。

書店、書店員は人工知能(AI)に対抗できるか?─『スリップの技法』が寄与すること

久禮亮太さん
久禮亮太さん

─この流れのなかでお伺いしたいことがあります。最近の動向の中で、AI書店員(※)という存在が出てきていますね。いまの段階では、顔認識(表情)AIで人の感情を読み取って、限られた対象の中から喜怒哀楽の比率にふさわしい本を推薦する、というものです。

(※AI書店員……「トーハン、AI書店員『ミームさん』の実証実験を開始」[2017年11月7日]記事を参照)

─ただもしかしたら将来、久禮さんのこの第三章・実践の仕事っていうのは、あるいは書店の棚づくりや陳列、仕入に関わることっていうのは、AIでもできる世の中が来るかもしれない。どの業界でも生じてきている話ですよね。AIによる仕事の代行可能性について。海外では、仕入・物流もAIが担うみたいな論調が出始めてます。そういう世界がすぐに来るかもしれない。

なるほど。

─久禮さんは、書店員がAIに負けないものがあるはずだ、と思いますか。『スリップの技法』による仕事術はAIに勝てますか?

……またそれも、大きな話はわからない。AIによる商品構想とか売り方がどんどん一般化してきた時に、今の既存の書店、書店運営会社たちが圧迫されるのか、業界の既存の人たちを守れるのか。仕事がAIに奪われるのか。そんなことはよくわからないです。もちろん、わからないっていうのは悲観的な意味じゃありません。AIで既存の会社が縮まざるを得ないんだったら、どうしようもないなっていう思いが僕にもありますが。

あるけど、一方で、言えることがある。別にAIだろうが人だろうが熟練書店員だろうが、顧客にとってはなんでもいいんです。最適化した気持ちのいい、ストレスのない売場でいい品揃えの中で便利にササッと欲しい物が買いたいっていうお客さんもいれば、もうちょっと書店の場に来てゆっくり時間を過ごしてる人もいる。書店員とちょっとしたコミュニケーションを取りたい人もいれば、あんまりベタベタ関わりたくはない人もいる。いろいろありますね。

つまり、これからは顧客の多様化するニーズに対し、書店のスタイルが分化していくと思う。一方で、ニーズをAIが的確に満たすこともある。他方で、天狼院書店のゼミ・部活みたいに、濃い人間関係、コミュニティを作りたい人はそこに行く。金曜の夜に飲んだ後に1人で帰るのさみしいなと思って本屋に寄って、この本おすすめなんかありますか?、これどうですか?みたいな、ちょっとした一言の、ささやかなコミュニケーションを求めてる人もいるかもしれない。そう分化していくんじゃないでしょうか。

─なるほど。書店員ないし書店は、AIの領域とは違う価値を提供できる、という回答ですね。人工知能などの新技術によって、書店員はけっして駆逐されない。そう思っている?

うん。そう思います。

─AIによる仕事の代行も、決して全てはされえない?

現に本屋をやりたいと思ってる人、今本屋で続けたいって思ってる人、これからやりたいっていう人もいて、そういう人が現にいますよね。それが答えになると思います。

そういう人が何かやるときに、『スリップの技法』が助けになるなら参考にしてほしい。本屋をやりたい、そこに憧れがある、そんな行動原理を持つ生身の人の実在がある限り、その人たちと一緒に僕は何かやりたいと思う。もっとも、AIの精度がどんどん高まっていくAI書店員っていうのも面白そうですけどね。

「モテたい!」─間柄が崩れる瞬間を目指して

ただ僕自身、僕の本屋としての行動原理は、「モテたい」に他ならない(笑)

─ええええっ。

「モテたい」しかない。

─素晴らしいですね。素晴らしいんですけど、もう少し詳しくどうモテたいのかお話しいただけますか。

別に、品揃えをきっかけに僕が声をかけられて、「あなたなかなかいい品揃えしてるわね、このあとちょっとお茶しない?」とかマダムに逆ナンされるみたいなこと、そういうのを直接的には別に望んではないです。そう言われたら「え、ご遠慮いたします」って言っちゃうと思うんですけど。

─……妄想としてはそこに賭けているわけですね……!

妄想を続けると。あくまで架空のストーリーですが(笑)6時くらいに保育園に迎えに行って、子供連れて晩御飯までの隙間時間でファッション誌と『大人の女の話し方』とか買ったりする、身だしなみはちゃんと綺麗にしてるんだけど、ちょっと日常が大変そうな若いママ。彼女が、ちょっとほっとするものとかを置いておく。それが売れたりして「この本屋ってすごく私の心を救ってくれた。あの人店長かしら?」って彼女がそう思ってくれてるかもしれない。そして僕がちょっとにやっとする……みたいな瞬間が生きがいで続けています。

そういう棚を介したエロティックな関係、って言うとお客さんは多分気持ち悪がってもう来ないと思うんですけど。

─来ないですね(笑)はい。わかります。

それがわずかに成立した瞬間みたいなのを求めてひたすらやっている。実は(笑)

神楽坂モノガタリ店内2
神楽坂モノガタリ店内

─でも「モテたい」って発想は、いろんな本に繋がる。自己啓発本の欲望にも繋がるし、少なくともその意識が理解できないとなかなか書店員として担当できないジャンルもありますよね。

「モテたい」といっても、女性に対しても男性に対してもある。たとえば、「年上の男性に認めてもらえた」みたいな喜びもありますね。著名な男性コメンテーターが取材で来て、「面白いの置いてるじゃない、あんた」って言いながら20冊くらい買ってくれたことがあります。それは「ずっと評価の厳しい教授に、お前なかなかいいの書いたなって褒められた瞬間」みたいな。

都会でみられる、儀礼的に無関心を装ってて普段繋がらない間柄というのがあって、それが一瞬壊れる瞬間みたいなのが楽しいかなと思ってます。いうなれば、僕の中で「僕はこれが好き」みたいなところに、わかる人から絡んでもらって承認してほしい気持ちっていうのがあります。

その一方で、それらが売れない事実を突き付けられたとき、それをいかに矯正していくかも楽しい。いろんな他の人の視点や価値観をいかに受け止めていけるかっていうことの繰り返しが、多分一番楽しいですね。語弊があるかもしれないけど、自分が気合いれて、「どや」って置いたやつが売れない時はけっこう気持ちがいい。「ちょっととんがりすぎました」って気付いて、棚や品揃えを変える時はけっこう楽しいです。

─書店員は「売れないだろうっていう本が売れた」時、その裏切られる瞬間に爽快感をもつ人もいると聞いたことがあります。これも、自分と書籍のあいだにある、常識だと思っていた関係性が崩れる話ですね。

そうですね。もちろん、僕と同じように感じる人がいるかどうかはわからないです。だけどそういうふうな所に楽しさもある。

本屋やりたいと思っている人は、その人がやりたいからやる、ということですよね。そういう人にとってこの本が役立つなら……いや、役に立つと思う。そう思っています。

─本、あるいはスリップを通じての書店員とお客さんのコミュニケーション。素晴らしいですね。そういうことをやろうとしている人に、とても参考になる本だと改めて思い直しました。

企画と「場」を裏側から支えたい─久禮書店のこれから

久禮亮太さん

─ちなみに、久禮さんは、今けっこう増えて来てるブックフェスティバルなどへの出店とか、お声はかからないのですか?そういう出店って欲望としてあるんですか?

そうですね。声をかけられることもありますよ。何十点かの書籍を置ける、一間分くらいのブースで、「出店しませんか?」と誘われはするんです。

─しかし、最近どんどんブックフェスティバル的なものが増えてきてますよね。ブクログでも特集記事(※「【全国各地で本好き大集合!】2017年10~11月に行われるブックイベント・ブックフェスティバル特集」)を組んだことがありますが、大きな支持を受けました。需要があったようです。久禮さんがそこに参加するところを見てみたくもあります。

けど、僕は自分が気の利いた選書をできる人間だと思ってない。

─そうなのですか。

苦手意識がありますね。

─思えば、久禮さんの選書って「自分で本を選ぶぞ」ではなくて、「お客さんに沿って本を選ぶぞ」という意識のほうが強いですよね。

強いです。

─事実、「神楽坂モノガタリ」はそういう選書だと感じます。書店でいえば「Title」さんも似たような印象を抱きますが。それぞれ、良い本は目利きで見つけることもできるけど、どちらかというと品揃えはお客様に沿わせるような形で作っているように思います。丁寧に店を作ってるしかっこいい本がめちゃくちゃ多いけど、かっこいいのに店の雰囲気や背景に溶け込んでいる。それが神楽坂モノガタリさん、Titleさんの素晴らしいところですね。

もっと入店客数の分母が増えれば、買ってもらえたもの買ってもらえなかったものっていうのが明らかになって、次の方向性が更に定まっていくと思うんです。でも、カフェとしてすごい賑わう時は賑わうんだけど、本屋としてはゆったりしてるので、見えづらいんですよね。

─けして多くはない実売とスリップをもとに、いわば顧客の聴診を試みているかのようですね。

どのくらい自分に引き寄せ、自分の趣味で大きく「賭け」るかのような品ぞろえをして、カッコつけるか。どのくらいお客様の多様な好みに合わせていくか。その間合いが、この2年くらいずっと難しいですね。

─普通いわれる「セレクト系書店」とかそういったカテゴリーとは違いますよね。そもそも「神楽坂モノガタリ」は開店したときと今とで品揃えがかなり違うように見えます。売れたな、っていうジャンルの筋が厚くなってきたり、注目の新刊に合わせて変わっていますよね。

そうです。本来はセレクトショップと呼ばれるような場所に、僕は向いてない。

─ブックフェスというのは選書も含め、いわば「前に出る」商売でもあります。ブックフェスへの出店はこれまでの来歴と今のスタンスからして、「ちょっと違う」と思うのですか?

「どうですか?」って重ねて言われたら何でもやってみたい好奇心も刺激されて、やってみるとは思うんですけど。あんまりこちらから積極的に、という立場じゃないですね。

─ブックフェスが増えてる傾向とあわせて、仮に久禮さんがその気になったら色々なお声かけがあって、まちがいなく久禮さんを各イベントが奪い合うことになると思いますけれど。

でも、ですね。むしろそういう場を提供して裏方やれって言われたら、そっちをやりたい。

─主催する側で、その裏方ですか。

前に神宮外苑で「百書店の本屋祭」って企画がありましたが。僕も選ぶ1人としてお声がかかりました。そこで選書リストを出したんですけど、あれもあれで……「なかなかちょっと……これでいいのかな…」とか思いながら出したタイプでした。セレクトに向いてないのですね。むしろそんな企画のために、裏方で、取引先に注文をまとめて出すような仕事を手伝ってくれって言われたら、そっちのほうがセレクトする側よりも、まだやれる仕事なのかな、と思っています。

おわりに─久禮さんは一書店員として『スリップの技法』をどう売る!?

久禮亮太さんが自著『スリップの技法』売り方を語る
久禮亮太さんと『スリップの技法』

─最後に。この『スリップの技法』を買った人に、久禮さんは何を提案しますか?どんな立場からどんな本を薦めますか?

書店員の人が実際にこれを仕事の道具として期待して買ってくれたのなら、新書の『知的生産の技術』とか。

─あえて同業界の人による書店員本を持って来ないんですね。

うん。そうですね。同業界の人の本は持ってこないですね。

─じゃあ仮に併売するなら何を置きます?

売ろうと考える相手によるんですよね。仮にこの「神楽坂モノガタリ」で何か一緒に置くとしたら、晶文社の『ブックストア─ニューヨークでもっとも愛された書店』っていう本。リン・ティルマンっていう人が書いたものです。ウッディ・アレンとかが行きつけだった書店で、もうなくなっちゃったニューヨークの書店ですけど。

 
この店で『スリップの技法』を置いて売れるのは、単純にこの店の選書を担当してる久禮の本だからにすぎない。だから僕の現在と、僕が本屋に憧れた原点はこれです、ってひとこと書いて、リン・ティルマンの本を置きたい。だけど、例えば僕が書店員講座みたいなものに出させてもらって、これ抱えて手売りするんだったら、梅棹忠夫とかああいう発想法みたいな本を置くと思います。

─なるほど。自分が書店員だった時、この本が入ってきたらどうやって並べてましたか? 他人が書いた、という設定で。

他人が書いた本として、あゆみBOOKS小石川店にこれが入って来たら…。内容としては面白い本だと思うから、新刊の島平台(※)には置くんだけど、どこかで大々的にこれを6面(※)とかでテーブルに置くとかいうのは嫌なんです。新刊台に3冊、1面(※)を平積みにすると思う。

(※島平台……店舗内通路の中央部分に四方から手に取れるよう「島」として位置する、本や雑誌を平積みにする「平台」のこと)
(※6面……同じ本を、本の表紙を見せ「面」として6つ同じ箇所に並べて陳列すること。来店する顧客に強い印象づけを与えるため、新刊・注目書や仕掛け本に使用される)
(※3冊で1面……3冊を重ねて、本の表紙を見せて「面」として陳列すること)

─隣にはどんな本が並んでたりするんですか?

あゆみ小石川だから、新刊の島平台レジ前の所の文芸寄りの下の段を、3冊で1面の陳列で、使います。本の雑誌から出てるような、岡崎武志とか、本屋散歩してそうな人が買いそうな本がちょんちょんってある並びの中に、そーっと置いておく感じだと思う。

─そうなのですね。

あゆみBOOKS小石川店みたいに本屋としての土台がある場合は、やっぱりお客さんのほうが主役です。選ぶ自分が前景化するのは少し嫌なので、でも一応内容には自信があるからそーっと(笑)いい場所なんだけど、そーっと置く。

─なるほど。意地悪な質問でしたね(笑)でも久禮さんの『スリップの技法』インタビューをふさわしい仕方で締めていただけました。どうもありがとうございました!

関連リンク

久禮書店 KUREBOOKS
久禮亮太さん Twitter
「神楽坂モノガタリ」