書店員という仕事の面白さを伝えたい─出版不況に対し自分の立場から言えること 久禮亮太さん『スリップの技法』発売記念インタビュー前編

こんにちは、ブクログ通信です。

久禮書店の久禮亮太(くれ・りょうた)さんが、2017年10月『スリップの技法』(苦楽堂)を刊行しました。久禮亮太さんは、「いろいろな場所にはみ出して本屋をやる試み」と「専業の新刊書店のみなさんと一緒に今ある書棚を面白くしていく仕事」、このふたつに取り組む「フリーランス書店員」として、注目を集めています。いま主に取り組んでいるのは、「神楽坂モノガタリ」の選書です。

今回ブクログ通信では、久禮さんに『スリップの技法』刊行インタビューを試みました。まずインタビュー前編では、どんないきさつでこの本を刊行したのかを聞き、本に収録された各章の狙いを伺います。そして久禮さんは自らの著書が出版不況に対してどんな役割をもつと考えているか、その考えに迫ります。出版や書店に関わるかただけでなく、本が大好きなかたはぜひご覧ください。

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 大矢靖之 持田泰

書店員としてスリップをさわり、技法にするまでのこと─久禮さんの来歴

─今回『スリップの技法』について、色々な視点からお伺いしていければと思います。

まず久禮さんが自らの公式ページで行っている紹介文から、引用させてください。この本は、「書店員という仕事の面白さ、書店という場の面白さを『自分の手で作り直そう!』という思いで、具体的な手法や仕組みを書いたものです。これまで僕が学び、考え、実践してきた書店の仕事を振り返り、できる限り細かく描写しました。そこではスリップがとても重要な役割を持っています」ということでしたね。

ここでさっそく質問です。書店員さん以外の人のため、スリップとは何か、簡単にお聞きしても大丈夫ですか?

はい。スリップは、新刊書籍に商品管理カードとして挟まっているものです。端的にいうと、発注用のカードですね。そしてこれが売れたよ、ということを出版社に対して報告するためのカードです。

『スリップの技法』スリップ
『スリップの技法』スリップ

僕が書店にアルバイトで入った頃には、スリップに番線(※)の印をついて、毎日送られてくる取次の荷物が届くときに返品する書籍と一緒にスリップを渡し、それが紙で回ってまた荷物が入ってくる……っていうような、アナログな発注がまだ残っていました。仕入れのための商品手配にまだスリップが使われていたんです。それがだんだんとISBNコード(※)でデータ発注する仕組みと設備が整ってきて、スリップの役割はどんどんなくなってきています。柴野京子さんの著書『書棚と平台』によれば、古くは岩波文庫が大々的に採用したものなんだそうですよ。

(※番線……取次から各書店に割り当てられる注文用の番号。番線印とはそのハンコのことで、紙の発注書やスリップを使った書籍発注に用いる)
(※ISBNコード……本一冊一冊を特定するための番号。バーコードとして13桁の数字で本の裏表紙などにつけられている。オンライン発注などではこのコードを入力して発注することが多い)

─久禮さんがスリップをはじめて触ったのはいつでしたか。書店において、旧来のスリップを用いた商品管理からPOS(※)への移行期になる、その手前ほどの時期でしょうか。

(※……販売時点情報管理。商品販売したデータを、仕入、在庫や売上の管理などに役立てるシステム)

そうですね。1997年ごろです。

そこから、スリップはずっと久禮さんにとって必需のものとして自分の仕事の中に取り入れ続けてたのですね。ちなみにPOSが導入され始めた当時、POSを「頭を冷やすブレーキ」(p.207)みたいな形にしながら、依然としてスリップを使い続けるっていうことがいいと判断したきっかけはあるんでしょうか。

POS導入当時といっても、書店でPOSを使った仕事の型ができるまでだいぶ時間の幅はありました。僕は最初にあゆみBOOKS早稲田店でスリップを学んだんです。「品出しをするためにスリップを使って売れ行きを確認するんだな」とか、売れたスリップの束を一枚一枚見ながら、これは追加する、これは置き場を変える、これはあとで作業するから……っていう作業の型、すなわち作法を学んだ時期でした。自分で0からではないですね。

その当時の店長だった鈴木さんや、その部下にあたる僕の先輩社員たちがそうやってスリップを使っていたのを僕も見て、真似をしたっていうような時期でしたね。

書店のアルバイト時代から正社員になるまでの間に、あゆみBOOKSから離れて三省堂八王子店に1年ほどいました。その時はもうPOSが主流でしたね。基本、売れたものは自動的に発注されて本が入ってくる。その店はスリップを見ないっていう文化でした。その文化の違いに戸惑ったんですけど、それはそれで便利だよな、って思った。そこでちゃんとスリップを用いないシステムとしてのPOSを体験しました。

それからあゆみBOOKS五反田店に正社員として戻ってきた時、コミック担当になったんです。コミックはやっぱり、緻密に作っていく書籍の単行本や文芸人文の棚とは違って、足の速い新刊を追いかけていく作業がメイン。スピードが求められる。だったらPOSでよくない?って思えた。そこはざっくりとした仕事をしていたと思います。けれどもそこから文庫の担当にまた変わったりして、思い直したんです。やっぱりあゆみBOOKSの規模、売場構成ではスリップがあったほうが全然楽だな、合理的だなって。かつて先輩たちがやっていたのはそれなりに理由があったのね、って思いながら仕事の作法を軌道修正していきました。

─なるほど。スリップをこういうふうに使うという本書の技法を、完全に自分の中に型として編み出して実施し始めたっていうのは……

そうですね。アルバイト時代から計算すると10年はかかった。やっぱりそれなりの時間をかけて僕も取り込んできて、慣れてきたというべきでしょうか。

『スリップの技法』誕生のいきさつ

久禮亮太さん

─来歴とその蓄積がこういう形で本になったっていうことですね。でも『スリップの技法』として一冊の本になった経緯はどんなものだったのでしょう?

2016年の8月頃、苦楽堂編集者石井伸介さんから、「そろそろ久禮は本を書くべきだ、書け」と唐突に依頼を受けたんです(笑)

─そりゃまた唐突な。その背景になにがあったんでしょう?

石井さんがその依頼をしたのは、かつて僕があゆみBOOKS小石川店に店長として勤務していたことが背景にありました。石井さんは当時勤めていた出版社の仕事とは別に、個人的に『他店の棚』っていう小冊子を作っていて、自分がいいと思っている書店の写真をそこに収めていたんです。

北の書店に行っていいと思った店を南の書店員に紹介したり、その逆をしてというようなことを『他店の棚』を通じてずっと個人的にされていた。その活動の1つとしてあゆみBOOKS小石川店を取材してくださり、その棚を写真に収めたことがあったんです。それ以来のお付き合いだったんですよね。

─そうなのですね。

依頼を受けて執筆が決まったあと、最初石井さんも「あんまり急げとは言わないから、翌年の春までにはまえがきと一章を書いてみてくれ」という、やんわりとしたご依頼だったんです。だけど僕が一向に手をつけなかった(笑)ずっと「書きます書きます」と言いながら時が経っていたんですけど、石井さんもしびれを切らして「そろそろなんか動きたいね」と。

ちょうどその頃米子で「本の学校」という企画の春講座があって、僕がかつて店でスリップと格闘していたとき、どういうふうに売上スリップをめくりながらメモをとっていたか、その作業を実際に生でやってくれっていう講座を提案されたんです。「スリップ読みライブ」みたいなものですね。

そういうイベントをやることになって、そこで行われたスリップ読みライブのようなことをメインコンテンツにしてしまえば、ずっと書きあぐねている僕が本を執筆できるんじゃないか?と取材があり、まとめてくださったんです。

─じゃあスリップという切り口でまとめられた『スリップの技法』は、そのイベントから始まったものなんですね。

そうなんです。

僕はカリスマ書店員ではない─実体験と後姿を示す 第一章「入門」から第二章「基礎」まで

神楽坂モノガタリ 店内
神楽坂モノガタリ店内

─ではこの本の内容を教えてください。
まえがきからあとがきにかけて、一章から四章仕立て。スリップに出会った経緯や久禮さんの来歴が「入門」で、触るのが「基礎」。そしてスリップをどう読み解いて、メモを書くかというのが「実戦」。そして最後に「応用編」としてスリップの技法とPOSとの連携でどうものを見るかということが描かれていますね。

これは先に言及した、編集の石井さんによる組み立てです。整理のつかない実戦経験だけがごちゃごちゃっとあったところを、うまく整理して引き出してくれたのは石井さんですね。

─実戦部を久禮さんが書いた。それの肉付けというような形で入門、基礎、応用がついていったという感じなんでしょうか。

はい。言語化できていないまま経験だけ貯め込んでしまっている僕を、わからない人の立場からちゃんと細かいところまで引き出していくっていう部分は、ほとんど編集者石井さんに頼ってできたものです。

─すごく練られた構成ですね。

『スリップの技法』とは言ってますけど、書店員の業務全体については、それを部分に切り分けられないものと思っています。そしてそう書いたつもりです。書店員の1日を通しての仕事全体、1日の連続。それをそのまま描くことが、仕事全体のステップだと思って書いてます。

売上スリップを読み解く章、その実例集が一番ボリュームを持った本ですね。でも「じゃあ売場に行って売場のここをどうしよう」とか、「同僚の誰それにこう頼もう」とか、「売れたものを理解しよう」っていうことから、仕事全体につながるように書いているし、現実そうならざるを得ないと考えているんです。

─なるほど。この本は、書店員を志す人や、仮にそうでない一般の人にとっても、すごい読みやすい体裁ですよね。入門の部で、久禮さんが書店員としてどういう形で仕事を始めたかという箇所は、そのまま「書店というのはこういうものだ」ってことがそのまま描かれているとも言えますね。

こうしろ、というほど立派なことをしていないということも含めて、正直に書きました。

─第一章は久禮さんが何者なのかがスマートに記されていた入門箇所でした。第二章「基礎」に入ると、久禮さんがあゆみBOOKSで働いていた当時の日常がいろいろと書かれていますね。久禮さんの日常に加えて、新聞などを通じて情報をどうやって受け取るか、獲得するかっていうことについても、それとない仕方で書かれています。

ここで「俺はもっと本を読んでるよ」っていう書店員もいるはずですよね。「もっと寸暇を惜しんで本読めよ」と。新聞についても、「毎日主要何紙くらいもっと読みこめよ」って言われるかもしれないですけど。でも逆に言うと、目の前に転がっているこれくらいのものを、僕なんかでもここまでしっかり習慣的にチェックして、読み取って、情報を取っていけば、こういうプロセスで品揃えに反映できますよ、っていうことを書きました。あるいは、僕がカリスマ書店員、スーパー書店員でないこと。だけど素朴なこと、基本そのものを忠実にやろうとしていたよっていうことも。

─すると、これは本屋を志す人や、現役新米書店員に向けてのメッセージ、もしくはアドバイスが入り込んでいるといってもよいのですか?

はい。もっとスーパーな人はホントはいっぱいいる。でもそうでない人、そこのレベルに達してなくて迷ってる人がいるなら、せめて僕くらいの地点まではこうすればこれるよっていうことを伝えたくて書きました。

─なるほど、たしかに後姿を示すような書き方になっていましたね。

そうですね。その思いは秘めてはいるんだけど、文体を啓蒙的な感じにしすぎるのも性に合っていないし、嘘くさくなったら嫌だなと思って、できるだけ実体験を再現するように書きました。

─でもすごい淡々と詳細に記述してるので、書店を知らない人にとっても「こういう感じで書店員さんは仕事してるんだ」って知るためのモデルケースとしても読めました。

自分の判断のプロセスを具体的に記述しようとした─第三章「実戦」

神楽坂モノガタリ 久禮亮太さん
久禮亮太さんの胸元にはスリップの束が入っている

─その、第一部、第二部のつぎに、実戦の第三章に至ります。

この本の半分近くを占めているのが実戦編ですね。スリップを自分の備忘のために使い、同僚への業務連絡、指示、コミュニケーションのためにも使う。どういう品揃えをするのか。スリップ、すなわち売れた実売から読者を想像していく。これがこの本の主軸ですね。

そうですね。

『スリップの技法』から引用
『スリップの技法』p.127から引用

─これを見ていると、久禮さんが頭の中にどういうキーワードで本を見て、そしてどう販売しているかというのが見えるように思いました。久禮さんは、「そんなに本を読まない」とおっしゃってましたが、書店員として本にかかわる大事な「キーワード」を武器に販売に取り組んでいらっしゃることがわかります。著者、テーマ、出版社、など様々なものをチェックしていますね。

正直言うと、それらを広く浅く理解するということが基本です。出版傾向の中に広く浅く見られるキーワードっていうものと、目の前に来ているお客さんとのマッチングを常に見てた、と思いますね。ものすごくモードファッションに敏感な女の人、横文字系ビジネス書に敏感に反応してくれそうな都会っぽいサラリーマンの人、とか。

─スリップにメモを取りながら書き込みをするこのやり方は、実際にあゆみBOOKSの同僚の方々もこういう感じで使っていたんですか?

何十人もいる会社だったので、取り組みに濃淡はありました。先に挙げたあゆみBOOKS早稲田店の鈴木さんは、僕の師匠ですが、自分と同じような感じでスリップを使います。だけど、同僚へのメッセージとか備忘のためのコメントはわりと不親切なところがありました(笑)。僕も親切じゃないですね。仙台にいる書店員の先輩も、元々かなり僕に近いやり方です。

少なくとも、棚に挿した日付であるとか平積みの売れた数の記録だとか、店に在庫してあるものへの目印としてスリップを使う仕方は、会社のみんなで共有のルールとしてやってました。だけど売れたスリップを読みながら、それを次にどう活用するかというやり方は、やっぱりかなりばらつきはありましたね。

─この『スリップの技法』で示されてる例って、誰もがわかるベストセラーよりも、ちょっと凝った本や、ジャンルとしてコアな本中心にあげられていませんか。たとえば第三章一冊目の紹介は、佐久間裕美子さんの『ピンヒールははかない』。とても良い本でブクログの評判もよいのですが、大ベストセラーで万人が知る本というより、一定の女性層に人気の本でした。

たしかにそうです。スリップを提供していただいた書店さんの実名は出さないのですけど、僕が関わってた店のスリップも入っているので、どうしたってそういう傾向が出ちゃうんですね(笑)

編集の石井さんも、「より普遍的な内容を目指すんだったらもっとベタベタなロードサイド店とか入れなきゃダメだよ」とおっしゃって、傾向の異なるお店のスリップを集めたつもりではあるんですが。

─しかし久禮さんの技法っていうのがぴったり、しっくりくるジャンルはこのあたりのコアな本なのかもしれませんね。このスリップを通じた実戦の章、気を付けて書かれたことは何ですか?

自分の判断のプロセスを具体的に記述するようにしました。はしょることなく、具体的に。書店員の専門用語やテクニカルな言葉をそのまま使わないようにしたんですね。

書店では「棚の流し方を逆にした」とか「平台の流し方」とかいう言葉を使うことがありますけど、流すって何が流れてるんだと思いませんか?(笑)

棚の文脈がどうっていっても、その文脈って何?という人が絶対にいる。人が疑問に思うような単語などは、一度分解したうえで具体的に書いていきました。

─だからこの本は一般の人にも読める内容になっていますし、書店員さんって頭の中にこういう形で考えながら棚作り、品揃えをしてるんだなっていうモデルケースとして読めますよね。読者によっては、書店員の知識の幅広さ、視野の広さを認めることになるのでしょう。

ただスリップを通じて周囲に問いを投げかけたり指示を出すとき、その内容が示唆的に書かれている場合がありますよね。そういうケースでは、さほど具体的に書いているわけではない。人に向けてコミュニケーションする所でも、具体的に書いてない箇所がありました。これはどんな狙いがそこにあるんですか。

はい、本当に不親切なくらいのケースもありますよね(笑)マルをつけるだけとか、一語だけちょこっと書くだけの不親切な書き方をする箇所もあります。

ここには、2つの理由があります。1つ目の理由は、「あとは自分で考えて」「ここに気づいてね」っていう、僕の思考の気づきだけを投げているから。あと2つ目として、同僚に一度すでに伝えている場合です。一度でマスターしてくれるとは最初から思っていませんが、時に習慣的に繰り返ししつこく言わないと共有できない。反応した素振りを毎回見せて、簡単な言葉に留めています。本当に急がなきゃいけない時は口頭で言いますしね。

『スリップの技法』から引用
『スリップの技法』p.115から引用

─やはりスリップでコミュニケーションするけど、実際の現場ではいろいろなことがあるわけで例外もあるのですね。そこは、実際に口頭でもコミュニケーションを取ったりしているものなのでしょうか。

そういうこともあります。またぶっきらぼうな言い方のスリップを投げつけても許される関係性は、リアルな対面のコミュニケーションであらかじめちゃんと仲良くしておかないとできないことですね。

─スリップはコミュニケーションツールにもなるが万能ではないということですか。

万能だとは思ってないです。

─それでも、ここまでのことがスリップから読み取れるし、コミュニケーションもできるってことですね。

POSではできないとは言い切らない─そして出版不況論に自分の立場から言えること 第四章「応用」

神楽坂モノガタリ 久禮亮太さん
久禮亮太さんの説明は、つねに熱が入っていました

─ちなみに、万能ではないということでいえば、きっとPOSも同様だと思います。第四章の話とも繋がりますが、POSにもできないことはたくさんある、とお考えでしょうか。

「POSではできない」とは、僕は言い切らない。スリップの機能として、「売場を把握するためのスリップの使い方」っていうのと、「売れたものを読み解いて、次の品揃えに繋げる」という2つの柱があるとしましょう。前者は、データと見比べながら、あるいはハンディターミナル(※)を使いながら、出来る人はいると思ってます。

(※ハンディターミナル……小売業や物流現場で使われるデータ収集端末装置。書店の現場では書籍の棚登録、POSデータ閲覧などに使う。ハンディと略されることが多い)

だけど限られた時間の中でてきぱきと書店の業務や品出しをしてしまうためには、データを調べながらとか、ハンディを持ってバーコードを読みながら仕事をするには、その流れはうまくいかなくて経過がわかりにくい。現状のハンディの仕様では、累計の売れ数がすぐに出たりとか、取次の持っている全国ランキングに照らすことはできるかもしれません。けれどもスリップに実売などを書き溜めていくことで、一瞬でプロセスが見える。直近のプロセスを一瞬で見るにはスリップのほうが便利だし、その面までは、かなり多くの人にとってそっちのほうがいい。だから僕はスリップが便利なんじゃないかと思っているわけです。

あと精神論めいてきたら嫌なんですけど、書いてる時間に考えてます。その想像の時間が大事。

─書きながら次の仕事を想像し、手を動かしながら考えるということですか。

そうですね。あえて少し時間をかけ、手間をかける。別に、僕は手間仕事万歳みたいなタイプではないんですけどね。ワンクッションおいて考える「隙」を与えるためには、やっぱりスリップを使ってたほうがいい。「これこのままで良かったんだっけ?」「この本はビジネスじゃなくて人文・社会に置いたほうがハマったんじゃなかったっけかな」とか。

それはPOSの売上データ一覧を見るのか、スリップの束をまず見るのかの比較の時でも同様です。僕もPOSの売上データ一覧は見ます。もちろん見るんですけど、スリップとは役割が違う。刊行年月日が新しいものが上位に来て、売れた冊数が多いものが上位に来てってソートされちゃうから、やっぱりデータだけでバーッと見た気になってしまいやすいと思うんですよね。逆に言うと、レジのジャーナルデータ(※)を1件1件見ていくような人がいて、そこに何かストーリーを思い浮かべるような人がいたとしたら、「売れたものを読み解いて、次の品揃えに繋げる」ことができる人がいるなら、それでもいいと思うんですよ。

(※ジャーナルデータ……会計記録)

─売れたもののスケール感、売れた事実の奥行きや背景みたいなものをつかむには、データそのものだけではいけないということでしょうか。

はい。売れた本たちの、売れたっていう事実の山に対し、俯瞰的に引いて見る時にPOSを見ます。けれどもその事実の山を寄って見る時はスリップを見てる。その両者の行き来がすごく重要だろうと思ってます。

─なるほど。ところでこの本で取り上げられる書籍って、既に発売されている既刊の話が多いですね。

そうですね。実際僕が取り組んできた小石川、神楽坂の店でも、いつもそういう思考が源です。いつでも既刊を売り直すチャンスを探してます。あと常に「とりあえずやってみよう」、何かしらの期待をこめて、という作業ばかりですね。

─新刊が思うように入らないという、書店業界特有の事情への反撃手段でもあったのですか。

そこまで踏み込んではいません。けれど、「新刊が入らないんだったらしょうがない、こっち売るわ」っていう思いはよくありますね。

─その思いは強く感じました。思うように入らない、ならばどうする、っていう状況もあって、磨き抜かれた発想だなと思っています。あと久禮さんはこの第三章から第四章で、スリップを通じて自らの理想を表現してるようにも見えました。久禮さんにとって、久禮書店にとって、その品揃え、仕事のやり方、同僚とのコミュニケーションについて考えている理想がそこに現れてるかもしれません。でもこの理想は徹底した現場主義に貫かれてるという言い方もできそうです。

そう。僕が、ほっとくとふわふわっとした方向に理想が寄ってしまうこともありますが、やっぱり現場で、ちゃんと証拠のある、根拠のある仕事っていうのに意識的に根を張っていないといけないと思っています。

神楽坂モノガタリ 店内

─その徹底した現場主義が具体的に説かれて説得力があるからこそ、むしろ業界特有の事情や、出版不況論が見え隠れすることがあるのですよね。やや踏み込む質問ですが、出版不況論に対して、スリップと、この仕事の作法は、抵抗、もしくは反撃のきっかけとなり得ると思われますか?

うーん。なるほど……あんまりその種の「大文字」の出版不況論に対して、ガチンコで向き合うことは僕は考えていないんです。どの方向からでも太刀打ちできる対抗策っていう、そういう発想もない。考えていないというより、そういう考えの組み立て方がちょっとできないタイプなんです、僕は。より突き詰めて言えば、より細かく具体的な、目の前の人を相手にしかできない。

でもこの立場から言えることはある。好きで就職した本屋、やりたくて入った書店業界なんだけど、先が見えない人。または自分で自分の仕事を組み立てられなくなって嫌だな、辞めたいっていう人。そういう人たちに、もう一度目の前の仕事を自分に引き寄せ、自分に主導権を持たせ、自分主導で回していくためのきっかけにしてほしい。それでその人がもう1年やってみようかなとか、あと3年やってみようかなと思ってくれるんだったら……と。

即効性のない話ではあるんですけど、そういう部分をすごい意識した。

─そうなのですね。

あと、今新刊書店に勤めていて、独立して1人で本屋をやりたい人がいるとする。その人が「Title」さん(※)のように大手問屋から新刊を仕入れられる店をやりたいと思ってもなかなか難しいかもしれない。セレクトのきいた古書ベースの品揃えをして、小口で直取引してくれるいくつかの出版社の新刊を組み合わせた品揃えでやるっていうことになるかもしれない。

(※Title……東京荻窪にある2016年1月開業の新刊書店で、店主は辻山良雄さん。個人の書店開業として、業界内外から注目されている。リンク先参照)

でも今後状況が変われば、僕があゆみBOOKS小石川店で目指していたような、新刊が常に流動して新陳代謝していくような店、町のいろんなニーズに対して全方向的に構えているような店、すなわちいい本屋っていうのがやれる可能性も出てくる。取次の人は小さな商いに対してもっと門戸を開いていくべきかもっていう、いろんな議論も起きていますものね。

その時やっぱり、新刊書店員としての技能を体系的に持っておく必要は絶対あるだろうと思っています。いまの既存の書店、チェーン書店にすぐに役立つかはわからない。けれども個人レベルにおいて書店員という仕事を絶滅しないようにはできるんじゃないか。そのための一部を僕は担えるんじゃないかって思ってる。

それから書店の業界に、経営者と現場、どっちの言うこともわかる先輩があまりいないというか。

─世代の問題もあります。書店の現場で40代が足りないって聞くこともありました。

さまざまなレベルの中間層が足りない。こうしたいああしたいっていう気持ちが強くて本を触ることに憧れが強いタイプと、ただまあ近所のパートだから、いい働き口だから、って思ってるようなタイプの中間を担える人も。書店全体を捉えて実務もちゃんとできて棚作りもやるが、経営者たちが返品率を下げろとか、仕入れすぎるなとか、数字のことを言ってくるのもわかる、っていうような、間を取りもつ人がすごく少ない。俯瞰的に両方がわかる人を、もっと増やす、増えたほうがみんないいだろうと思っている。

─いわば、プレイングマネージャーの実務にこの本が寄与する可能性があると?

と、思う。僕はそう思っている。これって、自分のセンスで品揃えをするために、センスを磨けみたいな本ではないんです。

─そういう言い方は一切してないですよね。

全体の仕組みを描写しようとしています。この平積みが月間で2冊売れたのか5冊売れたのかみたいな細部の積み上げが結果としてより効率的な売り場になるはず、というような。

─第四章は特にその意図を反映して、スリップや売上からの仮説検証に言及されてますよね。描写しようとしたのは、書店についてのある種の学、というものでしょうか。

それは言い過ぎです(笑)ただそういう仕組みの中で全体が成り立ってることを書こうと思ったので、もし中間の現場の人でそういうふうに読んでくれる人がいてくれたらいいだろうな、って。だから様々なレイヤーの方々が、それぞれ僕が希望したように読んでくれて、そういう発想を知る人が増えてくれると、結果的に足腰の強い、より長く生き残る書店が増えてくれるんじゃないかな、と。これ1冊書けば状況が変わるとは思ってはないです。思ってない。けれど、僕がひとまずやれることはこうだ。そういう意図で書きました。

─出版業界とか、大きな話っていうのはおいといて、でも身の回りでできることはまだまだあるし、やっていこうよっていうメッセージですね。遅効性のメッセージかもしれないが、個人レベルというか、言ってしまえば身の丈レベルから伝えようとしている。

そうなんです。そういうことなんです。


人工知能に書店員は負けない─生身の人の実在がある限り、一緒に何かをやりたい 久禮亮太さん『スリップの技法』発売記念インタビュー後編


久禮さんへのインタビューはまだ続きます。次回アップされる後編では、久禮さんにより踏み込んだ質問を行い、あらゆる立場の書店員、そして出版社に向けて『スリップの技法』で伝えたいメッセージをうかがいました。そして、これから書店員が取り組める仕事は何か、そしてこれから発達するであろう人工知能(AI)に対し、書店・書店員は対抗できるか?久禮書店の今後についてもうかがいます。「人工知能に書店員は負けない─生身の人の実在がある限り、一緒に何かをやりたい 久禮亮太さん『スリップの技法』発売記念インタビュー後編」、お楽しみに!

関連リンク

久禮書店 KUREBOOKS
久禮亮太さん Twitter
「神楽坂モノガタリ」