言えないからこそ私は書いている─こだまさん『ここは、おしまいの地』刊行記念インタビュー後編

こだまさん『ここは、おしまいの地』インタビューの看板

こんにちは、ブクログ通信です。

1月に発売された、主婦・こだまさんの単行本、『ここは、おしまいの地』刊行記念インタビュー後編をお届けします。

こだまさん『ここは、おしまいの地』書影
こだまさん『ここは、おしまいの地』(太田出版)

「人生自体がもう終わってるな、って思っていた─こだまさん『ここは、おしまいの地』刊行記念インタビュー前編」では、こだまさんのデビューまでの経緯、「おしまいの地」がどんな場所か、そして爪切男さんとの交友についてを伺いました。

インタビュー後編では、爪切男さんについて思うことをもう少し詳しくお聞きしたうえで、『ここは、おしまいの地』中の小編「すべてを知ったあとで」で語られる「書く」ことの意味と、その楽しさと苦しさについて詳しく伺いました。そして、読者への複雑なメッセージと、次回作への思いもお聞きしています。ぜひ、インタビューをご覧ください。

取材・文/ブクログ通信 大矢靖之

6. 運命を受け止める態度について─こだまさんと爪さんの類似点

こだまさん近影
こだまさん近影

─爪切男さんとこだまさん、すごく羨ましい関係のように思えますね……。もちろん、ベッタリではない。的確にそういうやりとりができることが羨ましいです。

爪さんとよく話すようになったのは、同時期に本を出すことが決まってからです。それまでは文章から爪さんのことを知ることが多かった。爪さんはインタビューも面白いですよね。いろんな人の考えを受け止めてる。誰も否定しない生き方で、それはそのまま作風にもよく表れています。みんなに愛を与えて、その半分くらいを受け取ってきた人というか…。決して良いとは言えない運命を、全部を受け止めて、笑って生きてきた強い人だと思います。

─でもその「全部を受け止めてる」部分は、こだまさんにもそのまま通じるような印象があるんですが。爪さんと自分が似てると思うところはありますか?

あんまり考えたことなかったですね。私は本当に、来たものは全部受け止めるというか、抵抗する性格ではなくて。

─「従順に」っていう表現を作中でもされていましたね。

どちらかといえばそうですね。爪さんともまた違って、私は人に影響されやすいので完全に振り回されながら生きてます。

爪切男さん『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)
爪切男さん『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)

─作品に踏み込んで、こだまさんと爪さんを比較してみたくなります。

爪さんは『死にたい夜にかぎって』で出身地の香川について、さほど語りません。人との交友関係や、そこで生じるエピソードはたくさんありますけどね。こだまさんも、おしまいの地を通じて交友関係を書いていますが、そのエピソードから地域の閉鎖性、故郷を自然と隔たった仕方で示しているかのようです。爪さんと故郷や地域について話したりすることはあるんでしょうか。

あまりないですね。爪さんが香川出身なのは聞いてますけど、私には「東京の人」という感じ。

─その点を話す機会そのものがなかったんですね。

故郷について言えば、私は今「おしまいの地から遠ざかりたい」っていう強い思いもないし、「その中にいたい」っていう強い思いもなく、本当に運命に流されるかのように生きています。就職先がここだからそこに住もうとか、そういう感じです。

─旦那さんの転勤に合わせて引っ越しているんですよね。

はい。自分から何かを決めてないっていう感じはありますね。運命を受け入れてしまっているかもしれませんね。

─都会や、もうちょっと人のいる地方都市に引っ越す可能性はおありなんですか?

現在はないですね。「おしまいの地」あたりをずっと転勤する予定です。でももし夫が本当に幅広く転勤する人だったとしても、それだったら都会は都会で…。

─ついていく、ということになりますか。

それはそれで運命を受け入れながら楽しめたんじゃないかなと思いますね。

─その運命への態度がどこか爪さんと似ているような印象を受けました。

7. 言えないからこそ私は書いている ─ こだまさんが「書く」動機

こだまさん『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)
こだまさん『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)

-『ここは、おしまいの地』の中に「すべてを知ったあとで」という小編がありますね。執筆した第一作『夫のちんぽが入らない』が刊行されたあと、家族に知られてしまうかもしれない、という怖さについて記しています。第一作刊行後に『クイック・ジャパン』に書いたものですね。

そうですね、そこは明確な書き分けがなくて、二作がリンクする部分です。

─この小編は「書く」っていうことについての決意と二重性をすごく感じるところでした。『夫のちんぽが入らない』の反響があった後、「書く」っていうことに対してこだまさんの姿勢が変わった経緯を語っているようにも読めました。

確かにそうですね。こんなに反響があるとは思わなかったので、まずそこに驚きました。反応は、すごく否定的な意見か共感か、面白いくらい両極端でした。

─やはりそうなのですね。

共感してくれる方の中に、同じように「入らない」ことに悩む人もいた。また、思ってることを言えない人や性的少数者の方々も「自分と同じ不安を抱えている人の本だ」と受け止めてくださったんです。

読む人の立場によって色んな見方ができる本だったんだな、と初めて気が付きました。私は、自分の体験をひたすら書いただけだったけど、読み手の方が自分の体験を重ね、内容をより深めてくださった。

─まさに「性」のことだからこそ普遍性があるし、思い思いに自分と重ね合わせながら読む本なのかもしれませんね。この小編「すべてを知った後で」も書かれていますが、未だに旦那さんや妹さんも含め、ご家族には本を書いていることを一切話していないのですよね。

はい。

─「言えないからこそ私は書いている」という箇所が印象的です。大きな質問になってしまいますが、こだまさんにとって、「書く」ってことは、どういうことなのでしょうか。

内気な性格は大人になった今でも変わらないんですよね。「外」の世界の人と会う時は一応世間話らしきものができるんですけど、身近な人には、自分の思ってることを全然言えない。

文章の形であれば示せることに気付き、普段言えないことを全部書いてます。書くことで楽になり、救われています。

-書くことが呼吸や排泄と同じくらい欠かせない日常という表現も作中にありました。

うん、そうですね……。ブログだと、顔の見えない誰かがどこかで受け取ってくれているので、本当に「排泄した」っていう気持ちになる。自分の中に貯めてたものを放出するイメージです。

読む人に笑ってもらえたら辛い思い出も帳消しになるんです。深刻だったことも「それっぽっちの話」になってくれる。書くことは、自分の気持ちを楽にする作業なのかもしれないです。

8.「書く」ことの楽しさと怖さ

おなじみ(?)のこだまさんイラスト看板
おなじみ(?)のこだまさんイラスト看板

─なるほど。でもそれでも、書くことは「怖い」という気持ちもあるのですか?

そうですね、書くだけならば全然怖くないんですけど、これを知り合いや親族には読んでほしくない。でも書きたい気持ちはある。常にどっちかに揺れてる状態です。

─複雑ですね。

ずっと複雑です(笑)。際どいことを書けば反響も良いし、私も楽しい気持ちになるし面白いんですけど、その分後から家で布団かぶって頭を抱えて、これからどうしよう……って思ったりして。

─ブログから本と連載に移って更に不特定多数の第三者に見られることになりますよね。そこで生まれる喜びと怖さもあるんですか。両者のせめぎあいと言いますか。

そうですね、知り合いさえ読んでなきゃ楽しい。……って、常にそうなんです。だから地元の書店に自分の本が並ぶと買い占めちゃってた。地元の人には読ませたくない。

─本当に複雑ですね。

自業自得なので仕方ないんですけど、私の本は「無縁の地」でだけ売れてほしいです。

─ただ一方で、同じ境遇にある田舎の方にも読んで欲しいと個人的に思えます。田舎には、ご両親が許さずにその地域から出られない女性もいる。大学に行かせてもらえないケースもありますよね。こだまさんは、おしまいの地から一度大学に出ましたが、ご両親などの反対はなかったんですか?

反対はしなかったですね。ただ、「全部落ちたら地元に就職しなさい」って言われた。だから必死に勉強しました。

姉妹ということもあり、この家からみんな出て行くと親は最初から覚悟していたみたいです。田舎なので、男の兄弟がいたらその子に跡を継がせる話になっていたかもしれません。

─作中三姉妹で実家について話し合う箇所がありましたが、そんな背景もあったのですね。

娘たち同士で、お墓や家や土地どうしよう、っていう話はしますね。妹はもう家を建てているので、私たち夫婦で実家をどうにかしなきゃと思ってます。

-そうなんですね。

私たちは転勤が多く、あちこちを転々としているので、老後はこの家に落ち着いて住むのも面白いんじゃないかって思うようになりました。あんなに逃げ出したかった集落に、全く抵抗なく、すんなりと戻ろうとしてるんです。不思議です。

─こだまさんが住む地域に本が行き渡るのは複雑かもしれませんが……『ここは、おしまいの地』って、地方のいたるところで起きている問題が背景にありますから、同じように地方に住まう人たちにも、やはり手にとって欲しい本だと思います。

9.「これを読んでこうなってください」とは言いたくない─次回作への展望

こだまさんイラスト看板2
イラスト看板は長年の活躍で端が痛んできている

─こうして書いてきた『ここは、おしまいの地』は、どんな方に読んでもらいたいですか?

うーん……。そうですね……なんて言えばいいんだろう。誰かに向けて書いた本ではなかったんですよね。とにかく自分のこと、自分のことしか考えてない本です。でも失敗だらけの人生でも、ちょっと振り返った時に面白いエピソードになる瞬間がある。

─質問を変えましょうか。読者へ向けてメッセージは、と。

辛い体験や失敗も、面白がることができる日が来るんじゃないでしょうか……って、違うかな……。

─質問の回答になってる気もしますが、「違う」のですか?

そう。……違うなって、すごく悩みます。何て言えば……。

「田舎はいいよ」でも「田舎は終わってる」でもない。私はこうしてエッセイを書かせてもらっているから、田舎であればあるほどありがたい。中途半端な田舎に暮らすくらいなら、何もない集落でいい。「何もねえー!」と言いながら、何もないことを書いていたい。極めたい。

違うな……何言ってんだろう。

こだまさん近影
こだまさん近影

─ありがとうございます。……私の定型的な質問に対して、非常に誠実にためらってらっしゃる感じを受けました。すみません。

自分が一番苦手なのは読者へのメッセージだっていうのがよく分かりました(笑)。

─なるほど。私小説として作品を書いてて、具体的な読み手を設定して書いてるわけでもないですものね。

何か押し付けたくないっていう気持ちがあって、そう考えるとメッセージを送れなくなっちゃうんです。

─読み手に単純な賛成・反対を強いてもいませんよね。だからこそ、いろんな人が思い思いに個人のこととして受け取って、たくさんの読まれ方をするのでしょうし。

「これを読んでこうなってください」とは、自分からは言いたくないんですよね。

─こだまさんにとって書くことって、自分の人生を整理し、面白く消化していくための作業でもあるのですね。

私はただ自分の話を書いているだけなので。何の役にも立たないし、何か学んでほしいなんてことは言いたくない。よくわかんないけど面白かったって言われたら純粋に嬉しいです。

─では質問を改めて。これから書いていきたいものはおありですか?

書いていきたいものっていうと、やっぱり身近な話、エッセイで、それが一番自分に合っています。一方で、新たなチャレンジとして、次に小説を出す話が進んでいます。

─そうなんですね。

構想段階ですけどね。これまで私小説を書きましたけど、物語を作っていく作業は初めてやります。

-お聞かせいただける範囲でいいのですが、それはやっぱり地方をテーマにした話になりそうですか?

これまでの自分の体験や出会ってきた人のエピソードを活かしつつ、うまく生きられないながらも、日々楽しさを見出しているような、ささやかな物語を書きたいです。

─非常に楽しみです。今回はありがとうございました!


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人生自体がもう終わってるな、って思っていた─こだまさん『ここは、おしまいの地』刊行記念インタビュー前編
「どんな人間でも、いいとこ一つくらいあるでしょう?」爪切男さん『死にたい夜にかぎって』発売記念インタビュー ブクログ通信[2018年1月26日]

参考リンク

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爪切男さんブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」