「対話のカタチをした薬」が出来た理由―『ラブという薬』刊行記念!いとうせいこうさん独占インタビュー

「対話のカタチをした薬」

―それでバランスもすごくいいんですかね。全体の話の按配も、いとうさんが個人的な「怒り」を抱えてしまう話から、 「やまゆり学園」や「国境なき医師団」など、社会性の高いものから、今のSNS的なものの評価社会の問題も含めて、幅広く、しかもテンポ良いリズムでぐいぐい行く。

だから、行間があるんだよね。行間が、風通しがいいじゃないですか。

―確かに風通しがいい。

「こうしなきゃダメだ!」とかっていうところは、一切ないもんね。「こうしたら?」とかって言うくらいでしょ?

―適当なんですけど、適当なバランスが達人の域というか…。だから『ラブという薬』は『続・ラブという薬』、『続々・ラブという薬』が出そうな気もしてます。なんか持続性がある感じがしますね。

そうそう。あるある。というか、『ラブという薬』でやる出版イベントもぼくは、この本に一章をつけ加えるような気持ちでやってますからね。たまたま本はここで綴じたけど、「開かれている」感じの本だから。イベントでもいいし、ひょっとしたらネットでもいい。バージョン違いなんか含めながら、いろんな所にぼくと星野くんが話した内容の続きがあって、それを読者が追っかけていくっていうイメージ。それはやっぱり、「これが完成形だ!」っていうものじゃないものを作りたかったから。今の時代「完成形であること」を人は要求されすぎてるから。やっぱり「パッケージとしてどうだった」「マーケティング的にどうなんだ」とかって、そういうことがないような所をすり抜けていくような、そういうふうなことでプレッシャーを感じちゃってる人が、気楽になってくれたらいいなっていう。それはもう、ぼくの願いの一つだから。

―本当にすごく余談で個人的なことをお話しすると、ぼくこれを読む直前に人と大喧嘩してまして…。プスプスくすぶっていたのが、これを読んだら…スーッと(笑)。

スーッと(笑)「まあ、しょうがない、あの人もな」ってなったんだ(笑)

―寛容になって…。

寛容、寛容ですよ。

―ああぼくには「傾聴力」が足りないなと。

そうそう。よく聴けば大丈夫(笑)。だから不思議とね、自分の態度が簡単に変わる本なんですよ。ぼくにとっても。ぼくが言ったこともちゃんとまとまっているから、本になった後でよく読んでみたら、「あ、そうかそうか。共感てそうなんだ」とか、「そうかそうか、傾聴ってそうなんだ」って、もう一回自分で理解できたから。これはもう、言っている時は「勘」だから。

―そうなんですね。

ちょうど、この本の制作と『「国境なき医師団」を見に行く』(2017年11月講談社)の制作も並行していて、その時の取材で「すごく大事だ」って気付いたことが、こっちの本にも反映されていたりとかして、わりと姉妹的な関係の本なんですよ。「心のことはこれ」、「世界のことはあれ」、みたいな感じで。だから、ぼくにとっては、すごく大きな二つの車輪みたいなものです。でもこれがあると、「世界に対しての共感」とか、「世界に対しての傾聴」みたいなものが、きちんと自分ができるので、「この世の中と自分との折り合いがつかない」とかいうこともないし、プライベートに自分がささくれ立っているみたいなことも、「あ、いけない、いけない」って、自分で自分をうまくコントロールもできるし、結構いい本だなぁと思って。

―素敵な本だと思います。まず、いとうさんも星野さんも力が抜けているからか、読む方も力が抜けて。本の中で「国境なき医師団」に触れられている箇所でもそうですが、「愛」というか、「憐み」といいますか、本当にそのままこの『ラブという薬』となる話ですよね。

そうなんだよ。本にも書いたけど、『ラブという薬』は最初から決まってたタイトルだった。とはいえ、そこに合わせにいったわけでも全然ないんですよ。もうそんなこと忘れているからね(笑)。でも最終的に上手にそういう「ラブ」の話になっている。ようするにぼくを乗せて、トミヤマとか加藤くんが上手に作ったんでしょうね。俺はただぼんやりして、星野くんといつも通りに喋ってる、だって診察室の状態なんだもん。だからこうなんだよね、ああなんだよねって。最後に「薬」が出ないだけでさ。そしたらこんな本にしてもらっちゃって、良かったなっていう。

―帯どおり「対話のカタチをした薬」ですね。

そうそう、「対話のカタチをした薬」。そうなんだよ。だって編集の加藤くんとかは、星野くんとは結構打ち合わせしてたらしいからね。「こういうの入れよう」とかさ、「こんな図を入れよう」とかさ。ぼくはそういうところに何にも参加してないから、「対談にボーっと行って喋って帰ってくる」っていうのを4回やってるだけだから。でもそれは、そうしたかった。そうしないと、ぼくはついつい結論を先に出しちゃうタイプなので、ちょっと切っ先が鋭くなりすぎる。それだとこの本が人を癒す力を持つことにはなかったろうから。ちょうどぼくがボーっとできるいい環境を作ってもらって良かったですよ、これ。

「いいね!」じゃなく「うまいね!」にした方がいい理由

―今も星野さんとのカウンセリングは続いていらっしゃるんですよね。

そう。3日前にも診療行ってますからね。普通に。今、変な感じなのは、星野くんと診察室で話している時に、誰かが横にいるみたいな感じになっちゃったっていうこと。加藤くんとかトミヤマが(笑)。

―ああなるほど。面白いですね(笑)。

うん。これ、ちゃんと録音してるかなぁ、みたいな感じで、よくわからない。どっちがどっちだかよくわからなくなっちゃったっていう(笑)。

―でもその日常でも混乱もあるからこそ、バランスが良い感じに仕上がったんですかね。

うんうん。話題の幅が広くできたよね、ターゲットが広いっていうか。

―社会的な問題、時事的な問題、本当に個人的な問題まで含めて話題にしていますね。不寛容になってきている社会に対して、ちょっとこうしたらいいんじゃないかって提言もあって。たとえばFacebookは「いいね!」じゃなく「うまいね!」にした方がいいとか。

そうそう。「うまいね!」があったほうが絶対いいって。「言った内容」を「いいね!」というより「その言い方」を「うまいね!」って評価した方がいい。やっぱり、「言い方」だよね。メッセージっていうのは。それはもう、「メディアはメッセージである」で、マクルーハンは正しい(笑)。

―そういうことですね(笑)。

あと、何て言うのかな…この本読むと、すごく簡単に自分の「言い方」や「態度」を変えることができると思うんですよ。「あ、共感は必要なんだな」「あ、傾聴って必要なんだな」って思った途端に、わりと真似しやすいでしょう。じゃあ共感してみようと思えたら、「ふ~ん、ふ~ん」を増やせばいいわけじゃないですか。そうすると自然に相手も変わる。つまり柔道の「乱取り」みたいなもんだよね。自分が何かやると相手も変わってくるから。そうすると手応えがすぐわかると思うんですよ。だからこういう本って、結局「そうだな」って思っても、わりと自分ではやれないこと多いんだけど、『ラブという薬』には簡単なヒントがだいぶ載っていて、しかも対談で載っているから、入り込みやすいでしょう。具体例から、入ってくるから。

―入り込みやすいです。イライラしてても、この本を読むといとうさんに憑依するような感覚になるような気がしますね。

うんうん。なるんじゃないですか。普通のハウツー本だと、「こういう場合はこうだ!」バーン!っていきなり結論対策が出てきて、「ああ、そうなのか…?」みたいな空気になるじゃない。過程をゆっくり歩んでないから体に染みてこないよね。だけどこの本はそういうんじゃなくて、なんとなく一緒に歩いてる感じだね。星野くんとぼくが一緒に散歩していたら一人増えちゃって、「あれ?」とか言ってるけど、でもみんなでむこうを向きながら喋っているうちに、みんなの気持ちもゆる~くなって「じゃあね」とか言って、人がいなくなってる感じ。そういうイメージの本。

―いいですね。とてもわかります。その意味では、みうらじゅんさんとのラジオや『雑談藝』(2018年1月 文藝春秋)の感じともすごく似ていて。柔らかな感じがします。

そう、「雑談」ね。そう。な~んの役にも立たない雑談で。本当にひどいんだから(笑)。

―いや、素晴らしく面白いですよ(笑)

間違いも平気だし、その場で「あれ?それ違うんじゃないかな?」って思っても、話が弾むことのほうに振ってるからね(笑)。でも「本当はそれ間違えてるよ」とか、「どうなの?」とかって言うよりも、人間のコミュニケーション自体はそれで本当はいいわけです。まあだから、ぼくは去年はいろいろ並行しながら、ちょうどいいものがいっぱいあったんだよね。それがバタバタ出てるっていう。そしたら不思議なことに、バタバタ重版がかかっているっていう。ぼくの本には珍しいことなんですよ。こんなに重版かかるの。

―おお、そうなんですか?おめでとうございます!

小説書いてもそんなに重版かかんないし。

―そんなことないとは思いますが(笑)。このような本は、もっと広く人に読まれるべきだと思います。

いいと思うんですよ。こういう本がないと、本当に殺伐としすぎているから。例えばみんなが、筋肉が緊張しすぎ。カチーンとなって。

普通に「あそこの精神科の先生すごくいいよ」ってカフェで話されるような社会

―この本では、一見弱そうに見えてすごく強い会話をしているって思っていて。不寛容な人ほど、実はすごく弱い。男っぽいんだけど、マッチョならではの弱さというか。先ほど「国境なき医師団」も、「憐み」っていうのはもっと女性的な、「あなた大丈夫?」って聞くような優しさで…。

うん、そう。共感ね。

―そこがすごく全面に出ていて、概念さんの精神科医を目指した理由としての自分の子供の頃のエピソードとか。

「ああ、そうだったんだ…」と思ったよね。

―ああいう話とかも、お二人がすごく強いから、その言葉にすごく安心感が生まれるのではないかと思います。これをきっかけに、みんな気軽に精神科を受けられるようになるといいんですけど。

そこなんですよ。なんか頑張ろうとしちゃう。精神科に行くことは、頑張ることから降りたことだろうみたいになっちゃっているから。度々いろんな人から相談受けるんだけど、「精神科行けばいいじゃん」って言うと、「いや、それだけは嫌なんですよ」とか、「それだけには頼りたくないんですよ」とかって言われて。まあ、もちろんわかりますけど変なプライドとか、人から見られたら「弱い」と思われちゃうんじゃないかって。全然、全然いいから。そんなこと言ってることのほうが「弱い」から。

―そうですよね。

うん。自分で治りたいなと思ったら、通院で治る所があるならそこを選んで行く。当たり前のことをもっとやるべきだし、普通の会話で「あそこの精神科の先生すごくいいよ」って言うのが、すごく普通にカフェとかで話される社会であって欲しい。

―そうですね。歯科とか耳鼻科だったら…。

そうそう普通に話しているよね。歯医者だったら言うよね。それはやっぱりちょっと日本の特殊な所で、なんかそういうふうなものを常識で蓋されちゃっていることが、社会にとって良くないと思うんですよ。だからそこをまず、この本を読んで、「なんだ、全然いいんだ。行っちゃおうかな」みたいな感じになって欲しい。

―なるといいですよね。そうなると本当に、先ほど言った『続・ラブという薬』、『続々・ラブという薬』、『新・ラブという薬』…。

だってさ。加藤くん、聞いてないの?続編が出たほうがいいんじゃないかってもう言われてるよ(笑)

(一同 笑)

何かどっか違う国でやろうよ。台湾とか。違う国へカウンセリング旅。

―ああ「カウンセリング旅」って面白いですね。

カウンセリングで旅しちゃうっていう。どっか行っちゃうっていう(笑)。

担当編集の加藤さん:すごいタイミングで話振りましたね(笑)。

―すいません、むちゃ振りをしてしまい(笑)

でも別にそれはいくらでもできるよね、喋ってるんだから。どうせ喋ってるんだから、俺は(笑)。

担当編集の加藤さん:延々と喋っていられそうでしたもんね。

そう。延々と喋っていられると思う。だって、喋るのを聞くプロだから。星野くんは。

―そこが上手に出てたのが236頁の最後の行で、いとうさんが不意に自分で疑問に思って言い淀むシーンがあって。

ああ、ぼくが「なんだろうなぁ…」とか言って。

―次頁で、すかさず、星野さんに「何だと思います?」って。

って俺が言われているんだ(笑)

―そうしたら、もうそこから、いとうさんはバーッと喋り出すんです。自分の疑問を自分で回答している。

ああ、なるほどなるほど。うまいよね。うまいよ。

不思議な関係だからこそ出せた貴重な「ユルさ」

―「何だろうな?」なんて言われると、たぶんぼくみたいな素人だと「こうじゃないですか?」みたいなことを言っちゃうのを、それをちゃんといとうさんに言わせる、そんなシーンが端々にありましたね。

相手に言わせるのね。うんうん。ということは、インタビュー入門みたいにもなってるってことじゃん、これ。人の話を聞くにはこうしたらいいよって。

―なってると思います。インタビューであり、先ほどぼくが人間関係でトラブルがあった時も、じゃあ今度はこう聞いたらいいとか、そういう感覚なんですよね。だからいろんなライフハックが…。

そうだよね、そうだよ。ライフハックがいっぱいあって、しかもそれを押しつけてないっていう。自分が発見するっていうのはいいよね。これはすごくいいよ(笑)。俺も、わりと人の話を聞くのはうまいほうなんですよ。インタビューとかも好きだし。だけど、こんなにそのことを考えないで済んだ本はないよね。「ぼくが何か聞き出さなきゃいけないんだ」とかっていうことは一切ないっていう。本当にぼく自体がリラックスしてることがよく伝わると思う。それ自体が、読む人にとって一つの効果になるんじゃないかと思う。

―そうですね。

喋ってる側がすごくオープンなんだっていう。全然平気なんだって。ちょっと言い淀んじゃったり、間違えちゃったりすることも、とりあえず本の中に入れてもらえるっていう。すごく大事なことだと思うんですよね。それだから読んでる人が、気持ちが楽になるんじゃないかな。

―なると思います。気楽な空気が伝わる。

そういう感じなんだよ。でも星野くんの初めての本だって言うからさ。あれ?出してなかったのかなっていう感じがしちゃってさ、俺。意外で。

―連載記事では星野概念さんのお名前を見ますけどね。

そうそう、『BRUTUS』とかで書いているんだけど、一昨年くらいからああいう所に書き始めたんだけど。この本が端緒になればいいと思うけど。一緒にはずっといたんだけど、やっぱり面白い人を発見したなぁっていう印象がありますよね。

―いとうさんに見抜かれて、概念さんもいろいろ話していく過程が、いとうさんと同じように星野さんもノーガードだと思ったんですよ。

まあね、そうね(笑)そうだよね。

―医者として構えている感じがどこにもないですね。わりとストレートにいとうさんと話をされているふうに思いますね。

その構えはなかったよね。それはやっぱり、プライベートでも知ってて、患者でもあるっていう関係…不思議な関係があればこそできたことですよね。よく考えたらね。普通こんなことじゃないもんね、どう考えても。

―貴重なユルさですね。

貴重なユルさだよね(笑)

―そのユルさの続編を期待しています。

そうだ、続編をさ。(本を開きながら)やっぱりこの色なんじゃない?今度はこの青い色。青い色でこうなってて…じゃないの?やっぱり。黄色とこの…この3色であることは変わりない。そう作るでしょ?

『ラブという薬』の表紙を開くとブルーとピンクの「色上質」が使われてます!

担当編集の加藤さん:この本で使われているのは、全部同じ銘柄の紙なんですよね。今、日本で流通している色紙の中でも安い紙で作られいてるんです。いわゆる「色上質」っていわれる。

ああ、そうなの?!それでなんか…いい感じなんだ。いいよね。すごく目立つのに、いやらしくないから…ねぇ?

―そうですね。手触りもいいですし。

そう。だから、「本っていいな」って思わせるもの。

―そうですね。これがそのままネット連載記事であるよりは。

ちょっと違うでしょ?綴じられていて、持てて、「お守り」みたいにしてられるっていう。やっぱり「物」であることの意味っていうのがあるからね。だからそういう意味ではこの「お守り」感はすごくいいと思うんだよね。なんかやっぱり、予期不安とかある時とかってさ、やっぱり結局「お守り」があることが一番だからね。飲まないのに薬を持っているとか、すごく大事なことだから。これはそういう意味ではすごいいい「お守り」になりますよ。だからこの本を読む人の「お守り」になって欲しい!

―この本は「対話のカタチをした薬」ですものね。貴重なお時間ありがとうございました!


いかがだったでしょうか?続いていとうさんのインタビューでも触れられている、『ラブという薬』を縁の下で支えた構成役トミヤマユキコさんが明かす、さらなる制作の裏話です!乞うご期待!

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