「対話のカタチをした薬」が出来た理由―『ラブという薬』刊行記念!いとうせいこうさん独占インタビュー

こんにちは、ブクログ通信です。

小説家、タレント、作詞家、ラッパー、幅広く活躍されるマルチクリエイターいとうせいこうさん。医療機関で働く精神科医でありながらミュージシャンでもある星野概念さん。そんな二人の対談集『ラブという薬』がリトル・モアから2018年2月に刊行されました。いとうせいこうさんと星野概念さんは「□□□(クチロロ)」のバンドメンバーでありながら「患者」と「主治医」の関係でもあるという二人。その二人による話題の異色対談本です。

いとうせいこうさん『ラブという薬
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今回ブクログ通信は3月15日東京三省堂書店池袋店にて開催された「『ラブという薬』刊行記念トークイベント」に潜入取材!いとうせいこうさんと星野概念さんのほか、本書の構成に携わったライター・トミヤマユキコさんに独占インタビューを実施しました!これから3回にわけて『ラブという薬』の制作裏話をお届けします。

3月15日東京三省堂書店池袋店にて開催!「『ラブという薬』刊行記念トークイベント」

今回はいとうせいこうさん独占インタビュー!サンタの格好で治療依頼?!「決めて・喋って・丸投げ」で始まった企画?!「いいね!」じゃなく「うまいね!」にした方がいい理由?さまざまにお話をお伺いしています!

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳

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著者:いとうせいこう さんについて

1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。『ボタニカル・ライフ ―植物生活―』で第15回講談社エッセイ賞受賞。『想像ラジオ』が三島賞、芥川賞候補となり、第35回野間文芸新人賞を受賞。他の著書に『ノーライフキング』『鼻に挟み撃ち』『我々の恋愛』『どんぶらこ』『「国境なき医師団」を見に行く』『小説禁止令に賛同する』など。

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「治療を受けている人」と「治療している人」の対談本がなぜ世に出たか?

イベント直前に貴重な時間をいただけました!

―『ラブという薬』、大変面白かったです。「いとうせいこうさんが完全にノーガードだ!」というのが印象的で。対談という形をとっていますが、ある種「公開診察室」のような。

まあそうですね(笑)。確かにね。

―この本の中でも書かれていましたけど、日本人は「精神科」っていうと少し腰が引けちゃうところがありますね。

うん、そうなんですよ。

―そこを、すごくライトにポップに「病院に行っていいんだよ!」と伝えているのが、とても素晴らしいと思いました。いとうさんと星野概念さんが名パートナーだからとも思いますが、クライアントと主治医という形にも関わらず、お二人の対話が柔らかくて。今までにないメンタルヘルス系の本ではないでしょうか。

なるほど。そうかもね。そうなんですよ。

―この本は、そもそもいとうさんのほうから星野さんにお声がけして出版が決まったんですよね。

そう。星野くんに「出したいから」って言って。一番のきっかけは、「津久井やまゆり園」の事件後のサポートをしていた星野くんのことを、きちんと表に出したかったっていう。(※「津久井やまゆり園」で非常勤の嘱託医だった星野さんは、相模原障害者施設殺傷事件後に生き残った人たちのサポート活動をしている)

参考リンク:[2016年8月6日] 星野概念note 『いろいろな目線』

もう一つは、診察室で話し合っている内容はすごく重要だと思っていて。インターネット社会になって常に「評価」にさらされている状態にプレッシャーを感じて毎日生きている人たちって大変だよねっていう話になったんですよ。そういうことも診察室で本当に話し合っているので。これをまとめたいなぁって思ったから依頼したんです。

―なるほど。

でも確かに、ぼくはいつも診察してもらっているから、いつも通りのことを書いたくらいに思ってるけど、普通はこんなことしないもんね。精神医学系の対談ってたとえば「作家」と「精神科医」があったとしても、本当に「治療を受けている人」と「治療している人」の対談ではないもんね(笑)。

―そうなんですよね。精神科医と何かのジャンルにおけるオーソリティの対談のようなものは多いかと思います。

確かにそうだよね。

―本来は、診察室は完全に密室の中で、守秘義務があるものですよね。

そうそうそう、でも今回はぼくが「出していいから」って言ってね(笑)。「公開診察室」だということは言われるまで気づかないくらい、ぼくは本を出すことをぼんやり考えていたから。

―概念さんのところへ通うきっかけがすごくユニークですよね。いとうさんがサンタの格好で…。

ああ、そうそう。らしいんだよね(笑)

―覚えてなかったんですか(笑)。面白いですよね。映像化されるのであればぜひ観たいです。

おかしいよね(笑)。サンタが「ちょっと診てもらいたいんだけど…」って。

―コントのような(笑)。そういう独特な感じでこの本は始まって、しかも「この本は診察室が公開されてるんだ」と思って。

そう、公開されちゃってるんですよね(笑)

―いとうさんがほぼノーガードで。

ノーガードにならざるをえない。というか、いつも診てもらっている精神科の先生との対話だからね。ガードは最初から外れちゃっているわけなんですよ。それ以外でその場にいるのは、ぼくのマネージャーと、昔から知っているリトルモアの編集者の加藤くんと、あとはぼくから本の構成を指名したトミヤマユキコ。みんな「知っている人」だから。余計何にもガードがない。それがよかったと思いますよ。最終的に「なんだ。いとうせいこうも大変なのね」ということが伝わればいいと思っていたから。読んだ人は「大変な時には精神科行ったらいいんだ」という簡単な結論に至ればいいなって。お腹痛い時は内科行くでしょ?そういうもんですからね、これ。

「ガチガチ」に真面目な対談ではなく、トイレに置いといて手に取れるような「ユルユル」な本

―そもそも星野さんとこういう「カウンセリングする/される関係」に至るきっかけも、いとうさんのある行為から概念さんに見抜かれたことが発端で。

そうそうそう…ぼくがね。ライブリハで時報をかける曲のために117番にかけようとしたのに、間違えて119番にかけてしまって、それを星野くんに指摘されて。

―フロイト的な「日常生活の錯誤行為」を指摘されたんですよね。それを言われたことで逆にいとうさんも星野さんを「こいつできるな!」と見抜いたって感じですよね。

そうだね。この人はまず、ぼくがなんとなく「考えすぎていた」状況をまず見抜いて、しかもそれを会話の中でチューニングしながらポロッと言う。その「言い方」が上手じゃないですか。みんな気づかない。ぼくだけが「あれ?」って思って、そして「その通りだ!」って。「俺、今結構でかい錯誤行為を行ったんだ!」って思える。なんかユーモアもあるとも思ったし。それで、「この人だったらいろいろ話してみてもいいかな」って思えたんですよね。

―その出会い方はとても羨ましいですね。なかなか実現できない精神科医との出会い方かなと。

それは本当にそうだよね。確かにぼくは自分がちょっと恵まれた状況にあるな、って。だから、みんなにも分けたいなっていう気持ちなんですよ。

―なるほど。そういうことですか。

うん。ぼくは恵まれちゃってるんだもん。しかも普通に恵まれてる以上に、「□□□(クチロロ)」(※三浦康嗣さん、村田シゲさん、いとうせいこうさんによる音楽ユニット。星野概念さんはサポートギターをつとめる)で、ぼくのちょうど後ろが星野くんの位置なんですよ。ぼくは、コーラスとかもさせられたりするんだけど、人のコーラスが聞こえると、もうそっちに引っ張られちゃう。その時に、星野くんの声をガイドにしてぼくは歌ってるの。常に。だからもともとそういう信頼関係があるわけ。「あ、あ~」とか、歌に入る前に星野くんが言ってくれたりするから、ぼくは、ここから唄えばいいんだとかってわかる。だから、それはずるいよね、こんな立場になってさ。

―「ずるい」とは全く思わないですけど、その出会いからこの本が世に出ることになったんですから。そこも一般の人は絶対できないですから。

できないね。そうだ、そうだ。こんな本出さないもんね。

―それがこんなふうにユニークな対談本になる。しかもライトでポップな面を持ちつつも、実用的な療法の話の図解や回答用紙サンプルなんかも挟まれていることも重要で。

精神科には「行こうと思えば行けるよ」とか、また当たり前だけど精神科医には「方法」や「技術」がちゃんとあるんですよっていうことは、本として出すからには、やっぱりちゃんと紹介したいと。ぼくはああいう難しい箇所は関わってないけれど(笑)。「そこ細かく後で入れとけばいいよ」とかって言っているだけだから(笑)。本の構成はトミヤマユキコが上手だろうなと思って指名して。

―この本に関わる人のアサインは全部いとうさんのほうからなんですね。

そうそう。出版社もリトルモアに指定して。ちょうどそのタイミングでリトルモア編集の加藤くんから別の本で依頼が入って、その本はもう出す先は決まっていたので断ったんだけれど、その後で「ぼくが星野くんと話している本を『ラブという薬』っていうタイトルで、リトルモアから出すから」って言って(笑)。しかも「その内容を、トミヤマユキコにまとめてもらう。今のニーズがよくわかっているトミヤマが相応しいから」って。この対談自体がユルユルになることはわかっていて、むしろ「ユルユルにしたほうがいい」って思っていたので。ガチガチに真面目な対談よりは、いつでも、トイレに置いといて手に取れるような本。だからってそれが簡単に作れるものではないから、その裏には上手な編集がないといけない。そういう部分含めて「こういう座組みで、こうやったら、こう実現できるんじゃないか」って提案して、あとはもうぶん投げたっていう感じですよ(笑)。

―すごいですね。

それで4回の対談をして。リトルモアで星野くんとずーっと喋って。

―対談自体はリトルモアの社内でやられたんですか?てっきり診察室かと。

診察室でやると、病院に迷惑かけちゃうから、星野くんが診療が終わった後に、ちょっと遅めの時間に来てもらって。そうするとやっぱり、ぼくはいつも星野くんを前にしたら、診察室と同じ気持ちになるからね。でも横に、加藤くんとかトミヤマとかいるわけじゃないですか。そうするとやっぱり、プライベートとはいっても、この人たちにも喜んでもらえるような内容な話をするから、微妙な線を突いているんですよね。だから人に読んでもらえるような話題を選んでいます。例えばぼくが丸裸みたいになってはいても、赤裸々すぎたらそれはそれでちょっと困るじゃない?(笑)。

―確かに、そうですね。観覧者が近くにいてくれるから、いいバランスになったんですね。

横に人がいてくれたから、ちょうどいい具合にできたんじゃないかなと思います。

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