「観光する力」を鍛えるために 井出明さん『ダークツーリズム』『ダークツーリズム拡張』二冊同時刊行インタビュー

井出明さん『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』『ダークツーリズム拡張―近代の再構築』インタビュー

こんにちは、ブクログ通信です。

7月30日、悲しみの記憶をめぐる旅「ダークツーリズム」にまつわる本が同時刊行されました。新書で刊行された『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』(幻冬舎新書)。そして単行本『ダークツーリズム拡張―近代の再構築』(美術出版社)の二冊です。

両書の著者、井出明さんはこれまで観光学者としてダークツーリズムの普及に努め、東浩紀さんの著・編集による『福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2』などに寄稿、東さんとの対談なども行ってきました。『DARK tourism JAPAN』の著・編集も担当しています。

今回、ブクログ通信で井出さんにインタビュー。ダークツーリズムとは何かということ、そして今回の著作二冊について伺いました。井出さんのガイドブックに載らない場所への旅行法、そして「観光する力」、さらにはポケモンGOとダークツーリズムの関係についても伺っています。ぜひお楽しみください。そして、両書のプレゼント企画も行います!くわしくはインタビュー末尾をご覧くださいませ。

1.ダークツーリズムとは何か

井出明さん近影
井出明さん近影

―さて、今回ダークツーリズムにまつわる二冊の本を同時刊行されました。まず新書で刊行された『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』(幻冬舎新書、以降「新書」と略記)。そして単行本で『ダークツーリズム拡張―近代の再構築』(美術出版社、以降『拡張』と略記)。

井出明さん『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅 (幻冬舎新書)
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井出明さん『ダークツーリズム拡張 ─近代の再構築
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ダークツーリズムとは一言で言うと、どんな営みなのでしょうか?

今回の新書『ダークツーリズム』のサブタイトル「悲しみの記憶をめぐる旅」、というのがダークツーリズムの核心・中心的なものです。悲しい記憶のある場所を訪れて、そこに想いをはせることです。その場所まで行く、ということが大事なんです。

―大事、というのはなぜでしょう。

本とかインターネットで知識そのものは得られるんですけれども、現場に行くことでしか得られない身体感覚というものがある。それは凄い内容を含んでいると思います。

例えばアウシュビッツのビルケナウ第二収容所に行くと、そのあまりの被害の規模に愕然とします。そして原爆ドームに行くと、原爆の持つ破壊力をまざまざと見せつけられます。目の前にあるものの凄さというのは、やはり現地に行かないと感じられないんですよね。

―なるほど、確かに。

その凄さを感じるために現地に行かざるを得ないわけです。文字で分かることと現地で分かることって、まさにレベルが違います。

あと、行き来する道中で色々考えるわけです。ネットで知ったことって、そこでクリックして別の話題に移ってしまうと、前に調べたことはすっかり忘れてしまうこともありますよね。旅行では、バスや電車の移動中に色々なことを考える。その考える営みの時間が大事だと思っています。

―ダークツーリズムが普通の旅行とは異なることが分かりました。でも、逆に普通の旅行に活かせることもあるのでしょうか。

ダークツーリズムといっても悲しい場所に行くだけではありません。例えば新書において、小樽の悲しい場所の数々を巡っています(新書第二章)。けれども、ミシュランで星をもらったところがプロデュースする立ち食い寿司に寄ったりもしますし(新書p.45)、楽しいことも組み合わせているわけです。

楽しいだけの旅行だと、記憶と印象はかえって薄くなってしまいますね。楽しい旅の中に地域の悲しい記憶を見ていくと、旅の思い出が深くなります。また、地域を多面的に深く見るためにダークツーリズムという方法論は非常に役に立ちます。

―なるほど。普通の旅行とダークツーリズムは、全く異なるわけでもないんですね。両者は繋がってもいるわけですね。

そうです。普通の観光ガイドブックには光の部分しか出てこない名所もあるんですけれど、その陰にある部分を見て巡ることによって、光の部分がよりはっきり分かるんです。

―いま世に出回っている観光ガイドブックに言及されましたが、それは普通の旅行だけでなく、ダークツーリズムの手助けにもなるのですか?

はい。『地球の歩き方』は割とダークツーリズムに繋がることも紹介されています。アウシュビッツも掲載されてますし、『地球の歩き方 ソウル』であれば旧日本軍関係の地についても記載がありますね。ただし旅行ガイドブックについて、日本国内で占有率が高いのは『るるぶ』なんですけど、そこでは明るい話題ばかりが取り上げられています。

2. 同時刊行された二冊の特色

ビルケナウ ©井出明
ビルケナウ ©井出明

―この新書と『拡張』、二冊の特色と違いについて教えてくださいますか。

新書は、ダークツーリズムを全く知らない人向けに作った入門書にあたります。日本を中心に、韓国とベトナムとインドネシアという、日本人が旅行しやすい場所を舞台にしました。元々、ゲンロンの東浩紀さんが『ゲンロン通信』という会員向けに発行していたものがありまして、そこに寄せた原稿に加え、ダークツーリズムのムック本『DARK tourism Japan』1号および2号の記事が元になっています。

『拡張』は大規模海外調査がメインで、世界中を舞台にしています。こちらも、2/3ぐらいは、東浩紀さんが編集を務めた「ゲンロン」への寄稿から再録していますが、書き下ろしも1/3程度ありまして、ついこの前の3月の調査も活用しています。こちらは新書で関心を持ってくれた人がより理解を深めるための本だと考えています。

―『拡張』は入国するだけでも難しい国についても言及されていますね。上級者向けということですね。

はい。新書のほうは入門書ということもあってか、大きな書店さんでは普通の新書売場だけでなく、旅行の棚にも置かれている店があるようです。ただ残念なことに、『拡張』のほうは旅行の棚ではなく、人文書の売場に並ぶことが多いそうなんですよ。旅行の棚に置かれないと売れないと思うんですが(笑)。『拡張』を旅行の棚や、新書の棚で一緒に置いてもらうことが目標です。

―『拡張』は美術出版社さんからの発売ですが、美術書の出版社がダークツーリズムの本を出す、ということに意味があると思いました。実際その内容にもふれていますし、美術の棚にも置かれてほしいですよね。

そうなんです。瀬戸内国際芸術祭や各地のトリエンナーレが示している通り、旅と芸術という関係は重要で、切っても切れない縁にあるんですよ。私がいま住んでる石川県の金沢でも、金沢21世紀美術館だけが目的の旅行者が沢山いますものね。もっと旅行とアートを身近に感じてもらいたいと考えています。表紙絵も、瀬尾夏美さんという新進気鋭のアーティストにお願いしました。

瀬戸内の風景 ©井出明
瀬戸内の風景 ©井出明

また、サラリーマンの方々には観光・旅行以外でも、出張の仕事が終わるとき現地で「もうちょっと寄る」ということをオススメしたいですね。観光学には「兼観光」という概念があるんです。出張に出かけるとき電車一本遅らせてその地域のことをもう少し知るだけでも、出張が極めて意味のあるものになります。休日をつけて延泊すると、なおいいでしょうけれども。

地元の名物を食べるときにも、それをちょっとGoogle検索するだけでかなり違うんです。なぜその名物が出てきたかって歴史が分かるんですよね。長崎ちゃんぽんって、日本に来た留学生にお腹一杯食べさせるために中華料理店「四海樓」の初代店主が作った、くず野菜を使ったソウルフードなわけです(『拡張』p.144参照)。餃子も満州から引き上げた人たちが日本に持ってきた文化ですからね。名物を食べるだけでなく、検索すると色んなものが見えてきます。

3. ダークツーリズムの調査法

長崎ちゃんぽん ©井出明
長崎ちゃんぽん ©井出明

―『ダークツーリズム』の新書・単行本ともに、観光ガイドブックに掲載されていないこと、掲載されていない場所について強調して書いている箇所が多々ありましたね。井出さんは、普通のガイドに書かれていないような悲劇の場所についてどういうきっかけで知り、調査するんですか?

日本国内だと、旅先の地域にある大きな地域博物館を調べて、まずそこを見るんです。その中には、隠そうと思っても隠し切れない陰の部分がある。それを見つけたら、スマートフォンで検索をかける。すると大体誰かが何かより詳細なことをネットで書いているわけです。それをもとに深堀りして、さらに現地を巡っていくわけです。

―なるほど。

あと海外に行く時には、Googlemapで”museum”って検索すると、不思議な博物館が一杯出てくるんですよ。そこを観に行くと、まさにガイドブックに出ていないような非常に珍しい文化、文物に出会うことができるわけなんです。

―井出さんが旅や調査の事前に調べておくことは、主にその土地の博物館なのですね。最初の行き先だけ決めておくのですか。

そうなんです。例えばニュージーランドに行ったときに、ウェリントンで“museum”って調べたんですが、その地域の刺青博物館、タトゥーミュージアムが出てきて。そこはマオリの関係で、刺青という文化を国として尊重しているわけでして、観に行ったら、世界各地の刺青の展示がありました。

日本だと刺青って反社会的なものと見られがちなものですが、ニュージーランドでは先住民の文化として刺青が非常に重視されていることが分かりますし、先住民が苦労した歴史も分かりましたね。現地で”museum”を調べることによって、つまりGoogleを通じて新しい発見が生まれることがありますね。

―そうなるとやはりスマートフォンが旅先、ダークツーリズムで必需品ということですか。

SIMフリーのスマートフォンが必需品ですね。現地で安いSIMカードを購入してそこに入れて、日本と同じようにスマートフォンを使えるようにするのが重要ですね。あと、中国行く場合は現地のSIMカードだとGoogleが利用できないんですよね。日本にローミングで繋ぐといけるんですが、香港でSIMカードを予め安く買っておくといいですね。

ヨーロッパだと国境を越えちゃうと使えないSIMカードもあります。それもAmazonで世界10カ国対応とかの現地で使える安いカードを、予め日本で準備しておくといいですね。

―なるほど。スマホが、あるいはGoogle検索が、まさに現地で発見を手助けしてくれるわけですね。

そうなんです。ダークツーリズムがここ20年でなぜ世界中で流行したかといえば、ネットがダークツーリズムを促進した、という側面は間違いなくあります。流行がインターネットの動きと明らかに重なってるんですよ。

今までは酔狂なマニアしか行かなかったような場所であっても、ネットの人口規模に助けられ、それなりの情報が出てくるわけです。そして行き方が分からなかった場所であっても、ネットでホームページやブログを作ってる人たちの情報で分かるようになって、行きやすくなってきたんですね。昔なら、たとえば足尾銅山が気になったとしても、そこまでどうやって行くかを調べるだけで大変だったんですけれども、今はすぐに行き方も検索で分かります。

―たしかに。通常の旅行をする際にも、外務省ホームページなどで海外の危機情報なども調べられるようになって、海外旅行も非常に行きやすくなりましたものね。他に、井出さんが各地をめぐる時に留意していることはありますか。

新書、『拡張』ともに地域、国ごとを旅するテクニックを書かせていただきましたけれども、総論的なことを言うと、やはり通信状況を整えることが大事ですね。あと電池切れにならないよう、大きなモバイルバッテリーを毎回持っていきます。

それかと国際免許をちゃんと毎年更新し続けておくことですね。国際免許は一年しか期限がないんですよ。どうしてもレンタカーでないと行けない場所も結構あります。

また普通のことかもしれませんが、クレジットカードはMASTERとVISA二枚持っておくといいですね。

―旅行中に危険な目にあったエピソードも『拡張』で言及されていましたね。

あまり本に書いてないんですけど、国外ではけっこう酷い目に遭っています。私が一番最初に海外旅行に行った先はベルギーなんですけど、そこでは偽警官の職務質問にあって、高額紙幣を抜き取られたことがありました。あと『拡張』で少々書いでもいるんですけど、ロシアのハバロフスクでは悪徳タクシー運転手に拉致られて、危なかったですねえ……(苦笑)。

―貧民街に連れていかれた件ですね(『拡張』pp.44-45参照)。

内戦前のシリアに行ったときもいろいろありました。

シリアのモスク
シリアのモスク

最初、普通に写真を撮っていたんです。すると周囲にいた一般人だと思ってた人たちが秘密警察だった。くるっとこちらを向いて「何写真撮ってるんだ」と連行されまして。撮った写真を全部チェックされました。ビザがダマスカス大学の学会出席という名目で発行されていたので、「ああ、学会でしたか」と納得してもらえて解放されましたけど。それなりの怖い目には遭ってきましたね。

―井出さんが海外で使用する言語は、基本的にすべて英語なのですか?

はい。けれどもGoogle翻訳が劇的に進化しているおかげで各国を巡るのも問題ありません。ロシアの博物館では、リアルタイム翻訳で全部英語に直すことができますから、英語ですべて観ることができるんですね。東南アジアでは英語がほとんど通じませんけど、Google翻訳で英語を入れて現地語に直すことで結構通じる。文字を読めない人もいますけど、翻訳で発音するとちゃんと通じるんですよ。

―『拡張』で触れていた各国テクニックで面白かったのは、ロサンゼルスで泊まるときにチャイナタウンを穴場として勧めている点でした。安くて意思疎通がしやすいという理由で。細かなテクニックが点在していますよね。

4. 観光する力を身につける

井出明さん
井出明さん

―『拡張』を読んでいるとき、印象的な箇所がありました。「『観光をする力』を平時から鍛えておくことが重要となる」という指摘です(『拡張』p.62)。

「観光する力」とは、何をさすのでしょうか?

観光って、自分の文化や文明を背負って異文化と対峙するわけです。その異文化を観たときに自分の持っている文化、文明と比べて何が違っているのか?それを考えるための力、自文化への理解と、他文化への敬意が「観光する力」です。

―自文化への理解と、他文化への敬意……。

例えば私は世界のお葬式をかなり観察してるんですけど、文化によって違いがあるとはいえ、死者を悼むという核心部分では同じところもある。何が同じで何が違うかを考えるためには、自分の国の文化をよく知り、理解しなければいけません。

そして他の文化に対する敬意も必要となります。オセアニアの離島にいるマオリにしろ、オーストラリアのアボリジニにしろ、彼らの文化は遅れているわけではない。違う文化です。違う文化に対する畏敬の念がないと、観光に行っても「へえ、珍しいな」だけで終わってしまうんです。

―なるほど。確かによく分かります。

「観光する力」があって、はじめて観光が楽しくなってくるんだとも思いますね。

―では、ダークツーリズムにのっとって観光する力をつけるためには―つまり自文化を理解し他文化へ敬意を払うため、知識をつけ、見方を研ぎ澄ますため有用なことはありますか。

映画を観ることはかなり重要で、有効だと思っています。映画を観ることによって、舞台となった場所に行ってみたいって気持ちがまず起こりますね。

映画には現地の映像が出てきますけど、それはかなり一面的に切り取られた映像です。実は楽しいところなんだけど、悲しいところだけを切り取ったりもしている。だから映画を観て、現地に行くことで何が切り取られているかが分かります。

情報が切り取られるということ、作為的に何が抜かれているかということも。

―例えばどんなことが?

映画「戦場にかける橋」の舞台になったところに、タイとミャンマーの国境にクワイ川(クウェー川)っていうところがあります。大東亜戦争中には泰緬鉄道(たいめんてつどう)が通っていて、戦時中に白人の捕虜を日本軍が虐待したってことでダークツーリズムの場所としてもよく紹介されている場所です。

私も行ってみたんですけど、そこには白人観光客が一杯いて、みんなビール飲んで騒いでて楽しそうなんですよ。そこで虐待で亡くなった人がいて、静かに死を悼むという場所ではなくなっているんですね。

泰緬鉄道 ©井出明
泰緬鉄道 ©井出明

ただ現地に行って初めて分かったことですが、日本軍は戦時中に同盟国だったタイに要請してボランティアを集め、土木工事をやるんですね。そこでは「自発的にご協力をいただく」という形で現地徴用をやっているんですよ。

―そんな歴史があったのですか。それは映画には出てこないリアルなのですね。

ですから映画を観てイメージを作り、現地に行ってみて映画と何が違うかを考える、ということをすると観光する力を鍛えるのに良いと思います。

5. 観光する力を鍛えるための映画と書籍

―他に観光する力を鍛え、ダークツーリズムの理解を促進するオススメの映画はありますか?

「ヒトラー最後の12日間」という映画がいいですね。よくYoutubeで「総統閣下はお怒りです」ってネタに使われてしまってますが(笑)あれを観てベルリンを旅すると感慨深いものがありますね。70数年前、ここはソ連軍に破壊しつくされた街なんだ、と思うと。あと「シンドラーのリスト」。クラクフの街は様々な啓発を与えてくれます。またシンドラーの工場自体が博物館になってるんですけど、あれは訴求力のある観光資源だと思います。

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「ゴッドファーザー」もいいですね。映画では、イタリアンマフィアの内実が映画ではドロドロに描かれているんですけど、観光地として存在しているイタリア人街って底抜けに明るいんですよ。あまりにも明るいんで「ゴッドファーザー」みたいな世界が本当にあるのかなって考えてしまうんですが……ロスに行ったときイタリアの博物館に行った際、そこで「ゴッドファーザー」みたいな世界が本当にあるんだってこともちゃんと書いてありましたね。

―日本映画のオススメはありますか?

映画『砂の器』ですね。今回の本でハンセン病についてもふれているんですけど、『砂の器』はその理解を促進します。映画では日本海側の厳しい自然が描かれているんですけど、ハンセン病患者に対する差別の酷さが、その自然と見事に融合しているんです。

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『砂の器』を観て各地に点在するハンセン病療養所を回ってみると大きな発見があると思います。岡山の長島愛生園に行くと、近代の発展から取り残された昭和初期のような状態で自然の開発が止まっていて、その圧倒的な美しさのなかに悲しい記憶、悲しい事実があるというコントラストに胸を打たれます。

―まさに歴史の光と陰が一体となっているのですね。

差別を助長する、とハンセン病患者たちが抗議を行った映画でもあるんですね。最終的には患者団体が承諾するんですけれど、何が差別の助長とされるのか?という問いも生じてくる映画です。患者が迫害されてきたハンセン病の歴史と、その悲しみの記憶を示しながらも、映画としての圧倒的な美しさがあるからこそ、映画が数十年経った今でも名作として残っているのでしょう。

『砂の器』は風景の美しさと差別の過酷さというのを同時に感じる映画です。きわめてダークツーリズム的な映画だと思いますね。

―書籍のオススメはありますか。

コミックで一タイトル挙げるなら、『ゴルゴ13』はとてもいいですね。冷戦下から連載が続いてKGBなども作中に出てくるんですよ。

私がモスクワに行ったとき、元KGBの本部前で写真を撮ったんです。そこってただのビルの入り口で観光地でもなんでもないんですけど、日本人が必ず写真を撮りに来る場所として有名なんだそうです。

元KGB前 ©井出明
元KGB前 ©井出明

また、ロベン監獄島というネルソン・マンデラが政治犯として入っていた場所があるんですが、コミックではまさに監獄島として登場しています。今は世界遺産になっていて、観光客もいっぱいいますね。

昔は恐ろしかった場所だけれども今は観光地になっている。そのコントラストを考えるためにも『ゴルゴ13』はオススメです。

6. ダークツーリズムの射程は科学、離島の歴史、温泉にまで及ぶ!

―歴史ある人気コミックが、まさにダークツーリズムの導入にもなるのですね。隣接する諸科学についてはいかがでしょうか。

村上陽一郎さんの安全学や科学者についての著作は非常にいいと思います。原発事故は村上先生いわく、人間の浅知恵がああいう制御不能なものを作ってしまった、と。

私は文部科学省から研究助成金を受けて「ダークツーリズムで観る高度科学技術社会の新局面」というテーマで研究してるんですけれど、科学文明をどう捉え、どう考えるかと言うこともダークツーリズムの大きなテーマの一つです。

ほか、離島の歴史についても目を通すと非常に勉強になりますね。たとえば琉球王朝について、被害の歴史は語られますが、加害の歴史はさほど語られないんですよ。周りの島からしてみると、琉球王朝には酷い税金をかけられた、という話も多いです。

―それは知りませんでした。

ハワイもアメリカから征服された島ですね。そして日系人が苦労して入植した島でもあって、開拓の歴史が息づいています。太平洋戦争時には日系人が多くなりすぎていたのでアメリカは処遇に困っていたそうですね。ちなみに私もまだ行ったことがないんですが、ハワイにはモロカイ島っていうハンセン病患者を隔離していた島があるんですよ。ハワイには悲しい記憶も多くあり、そういった方面に関心のある方は『ほとんど知らないハワイの歴史物語』をおすすめしています。また、サイパンやグアムも、リゾートとして有名ですが、やはり島ならではの悲劇があり、『サイパン・グアム 光と影の博物誌』は、我々の知らないグアムとサイパンを教えてくれます。

アルトン・プライヤーさん『ほとんど知らないハワイの歴史物語
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中島洋さん『サイパン・グアム 光と影の博物誌
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―島というと流刑、島流しという刑罰の歴史もたくさん関係しますよね……。

はい、それもダークツーリズムと関わってきますね。島に関係する本を読むとダークツーリズムとの関係が見えてきます。

―なるほど。

旅行に行きたくもなりますよね。ちなみに温泉というのも、実はダークツーリズムの対象になるんですよ。

―ええっ、そうなのですか?

温泉というのは、人が死にに行く場所でもあったんですよ。それは講談社の新書『温泉をよむ』に詳しいですね。

日本温泉文化研究会さん『温泉をよむ (講談社現代新書)
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―書籍紹介には、「医療の発達していない時代にあっては、薬石効なく医者から匙を投げられたものたちが最後の望みを託して杖をひく場でもありました」とありますね。なんと。

温泉が楽しくなってきたのは、明治になりドイツの医学が入ってきて、温泉療法、バーデンが日本に紹介されて医療に役立つことが広まったのがきっかけです。そして高度成長期の昭和30年代に、温泉旅館でドンチャン騒ぎ、という観光バスで乗り付けるスタイルが確立されてきたんですね。

でも元々、温泉って匙を投げられた人が最後訪れる場所だったんですよ。江戸時代における草津温泉の湯畑には、花游病(性病)やハンセン病を患った方々が集まり、人生の最後の時を過ごしたそうです。ハンセン病については新書でも触れていますが、明治以降、近代化の過程で隔離政策が強められます。その帰結として、草津温泉のハンセン病罹患者は現在の療養所に集められることになりました。現在は、療養時に隣接して「重監房資料館」という啓発施設が作られ、地域の影の歴史を伝えています。温泉の歴史的位置づけを考える上でも、『温泉をよむ』はおすすめです。

湯畑 ©井出明
湯畑 ©井出明

―想像もつきませんでした。

もっとも、温泉に関する私の調査と仕事に批判的な方々もいらっしゃいます。温泉というのは楽しいところなのに、扱いが一面的だと指摘されたことがあります。

ただ、温泉地に行くと悲しみの歴史が分かることをアピールしたほうがいいとも思います。昭和33年に売春防止法ができるまで遊郭と温泉はセットで繁栄してきた歴史もあります。20世紀後半まで女性が商品として扱われ今なおその産業は形を変えて存在するわけです。他にも、まだDVという言葉がなかった昭和の頃に、夫からの暴力を逃れ、子供の手を引いて流れ着いたいわゆるシングルマザーに雇用を用意し、住み込みで働けるような仕組みを作ったのは温泉地です。新書でも詳しく解説していますが、戸倉上山田温泉の中学では、こうした事情でやってきた子供を就学させるために、かなり早い段階で住民票無しでの転入を認めました。

今の温泉博物館は、白浜にしろ有馬にしろ、楽しいものしかありませんが、温泉地では、女性への性的搾取やその他さまざまな女性の悲しみの歴史が分かるような博物館展示を用意するべきでしょう。そういう展示の場があれば、学習観光の場として温泉が使えるようになります。学習観光においてジェンダーの話はかなり全国各地で力を入れているトピックですから、温泉はその歴史を示すことで非常に誘引力の強い観光資源、コンテンツになると思いますね。

他にも、韓国がどういうところなのかを知ることができる、つかこうへいさんの『娘に語る祖国』という作品もオススメです。『悼む人』も、まさしくダークツーリズムですよ。その他色々な参考文献は『福島第一原発観光地化計画』でも紹介しているので、ぜひご覧ください。

7. ポケモンGOとダークツーリズム

原爆ドーム ©井出明
原爆ドーム ©井出明

―そういえば井出さんは観光情報学の観点からポケモンGOに言及されていることがおありでした。ダークツーリズムの観点からポケモンGOをどう見ていますか?

非常に重要ですね。ポケモンGOをプレイしてポケストップ(ゲーム内のアイテムが手に入る拠点で、現実にある名所などが拠点として登録されている)を回してもらうと新たな発見があり、更なるダークツーリズムの冒険に繋がってくることもあるんですね。

私が住む金沢で何気なく回したポケストップが、実は百姓一揆の拠点だったってことがありました。消えかかった碑文を読んで、改めてその歴史を知ったんです。海外に行ってポケモンをやったときも、全く知らなかった石碑などを発見することもありました。ボストンの黒人解放運動のゆかりの地がポケストップに登録されてて、それがかなり勉強になるんですよ。さっきGoogleとセットで歴史を知ることについて話しましたけど、検索を併用すると更に掘り下げて歴史を知ることに繋がります。

ただ、先住民の聖地は、ポケストップもジム(プレイヤーがポケモン同士で戦う拠点で、これも現実にある名所が登録されている)も全くないんですよ。オーストラリアのアボリジニの聖地のあたりとか、ニュージーランドのマオリの聖地とか、全くないんです。アウシュビッツも全然ないんですよね。

―あっ。日本でも広島の原爆ドームや平和公園内からポケストップ・ジムが削除されたニュースがありました。海外でも同様のケースがあったんですね。

マンハッタンの「グラウンド・ゼロ」(旧ワールドトレードセンター・WTC跡地)にもポケストップがなかったです。ただ内部分にあったところは本当に小さい点ですから、そこのポケストップなどを撤去してもあまり意味がないかもしれませんけどね。

―ちなみに、海外でプレイするとき注意することはありますか。

普通の旅と同様ですけど、通信環境を整えること。それから危ないところ、治安の悪いところがあるのでそういうところに夜行くのは危険ですね。スマートフォンのひったくりって、海外で結構多いんですよ。画面を凝視している人がスリやひったくりの標的になります。そこに気をつけてポケモンをプレイすると良いと思います。

8. おわりに

―ここまでダークツーリズムについて、多くのことを教わりました。このインタビューを読んで興味を示している読者のかたも多いと思います。先生から、そんな読者のみなさんにメッセージをお願いできますか。

あらゆる場所には光と陰の両面があるので、その地域の陰を見ることによって、光に連続的に繋がっていきます。ダークツーリズムは覗き見趣味で悪いことなんじゃないかと思っている人もいるかもしれません。しかし、ダークツーリズムは陰をあげつらうことではなく、コントラストの中で光と陰の両面を考察することなんです。関心を持たれた方は、ぜひ自信をもってその地域を訪れていただきたいと思っています。

地方に行くとそうした地域は、陰の歴史を「恥」として隠そうとするところもあります。でもそれは恥ではない。価値のある記憶なのだ、と考えます。沢山の人が亡くなったことは大きな教訓であって、未来へ発信すべき事柄ではないでしょうか。

―陰が価値になる。ネガティブなものがポジティブなものへ変化する、ということですね。本日はどうもありがとうございました。


井出明さん、ありがとうございました!そして今回ブクログ通信では、「悲しみの記憶をめぐる旅『ダークツーリズム』著書2種刊行記念!各5名様プレゼント!」を行っております。応募の締め切りは、2018年8月20日(月)終日です。ぜひこの機会にご応募くださいね。

なお井出さんは今後東京でいくつかのイベントに出演されます。2018年8月30日、スライド&トークイベント「ダークツーリズム~世界と日本の負の遺産を巡る旅」が東京の「旅の本屋のまど」で行われます。さらに9月1日には、ダークツーリズム入門講座「井出明さんが語る『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』」が渋谷区千駄ヶ谷の幻冬舎2号館イベントスペースで行われます。

興味おありの方は、ぜひリンク先をチェックしてみてください!

井出明(いで・あきら)さん

1968年長野県生まれの研究者。現在、金沢大学国際基幹教育院准教授。京都大学経済学部卒、同大学院法学研究科修士課程修了、同大学院情報学研究科博士後期課程指導認定退学。博士(情報学)。近畿大学助教授、首都大学東京准教授、追手門学院大学教授などを経て、現職。
人類の悲劇を巡る旅「ダークツーリズム」と情報学の手法を通じ、観光学者として東日本大震災後の観光の現状と復興に関する研究を行う。
主著に『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』、そして『ダークツーリズム拡張―近代の再構築』。共著に「観光とまちづくり―地域を活かす新しい視点」(古今書院)他。

参考リンク

井出明さんTwitterアカウント
井出明「人類の悲劇を巡る旅へ」(幻冬舎plus)
井出明「ダークサイドは人間にも土地にもある」(幻冬舎plus)
井出明「悲しみの記憶がつきつけてくる『近代とは何か?』」(幻冬舎plus)