「コンピュータ」か「人間」かという区別をしない組織への招待ー広木大地さんブクログ大賞受賞記念インタビュー前編

こんにちは、ブクログ通信です。

昨年11月『エンジニアリング組織論への招待 ~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング』第6回ブクログ大賞ビジネス書部門大賞を受賞された広木大地さん。本書は「ITエンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書 大賞 2019」ベスト10にもランクイン!

広木大地さん『エンジニアリング組織論への招待 ~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング
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今回、受賞に際し、広木さんに記念インタビューを受けていただきました。本を執筆された経緯、「中二病」だった(!?)学生時代について、また「コンピュータ」と「人間」の区別をしない組織のお話など、さまざまにおうかがいました。まずはインタビュー前編をお届けします。

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 吉田淳哉 猿橋由佳

流行り廃りの言葉を追うことより、その言葉がどんな背景でどんな力学から出てきたのかが重要

―第6回ブクログ大賞受賞おめでとうございます!今回ビジネス書部門で圧倒的な得票数で受賞されました。コメントには「長年の謎が解けた」「本当に目から鱗が落ちた」「控え目にいって名著」と絶賛コメントを多数いただきました!素晴らしいですね。

ありがとうございます。本当に嬉しいです。

―早速ですが、広木さんのご経歴を教えてください。

2008年に新卒第1期として株式会社ミクシィに入社しました。サービスのアーキテクチャ設計からデータ解析チームの立ち上げ、技術教育、技術戦略の策定などを進め、技術部長となって、その後はサービス本部長執行役員まで務めましたが、2015年に退職しました。その後は一つの会社に所属することなく、複数の会社を掛け持ちで見ていたんです。その経験から「技術的なノウハウ」もっというと「技術の組織」というものをどうしたら日本中に広めていけるのか?ということを考えるようになったんです。それで同じ志を持ったメンバーたちとレクターという会社を創業しました。そこで技術と経営を繋ぐ技術組織のアドバイザリーとしてさまざまな会社の経営支援を行っています。

―企業のアドバイザリーをされている中で、エンジニアリングから組織論にまで一貫した形でまとめて本にされたのは、広木さんが行われている、経営支援の理論をここでちゃんと書いておこうと思ったということなんですかね。

広木さん受賞おめでとうございます!

そうですね。僕は仕事柄いろいろな方にソフトウェアエンジニアリングを行う組織の特性について、説明する機会がたくさんあります。当時、ミクシィの中でも事業再生のために組織の改革をしていくときに、「なぜこの方向にしたらいいのか」「なぜその方向はよくないのか」ということをちゃんと説明しないといけないということがありました。もちろん、そういうときは「1から10までぜんぶ説明できる」という思いはあるんですが、それを説明し尽くすまでに「相当なステップ」と「膨大な情報量」が必要だなっていう感触があったんです。

たとえば、「アジャイルがいい」だとか「スクラムがいい」もそうですし、「マイクロサービスのアーキテクチャでやった方がいい」とか、いろんな流行り廃りのバズワードがある。でも、この流行り廃りの言葉を追うことより、その言葉がどんな背景でどんな力学から出てきたのかという部分の説明もしないと、誤解を与えてしてしまうし、間違った使い方になる。ミクシィ在職中も、今のレクターでも、いろんな手段を講じながらそういう部分を説明をしていこうとしていました。そこで「この断片的な説明を1つのストーリーで練らなきゃいけないな」と思ったんですね。

―なるほど。

また、工学系、理科系の大学・大学院に入ると、リベラルアーツとしての科学史がインプットされます。経済・経営の方であれば、社会学的なアプローチのリベラルアーツに触れますよね。こういったことを丹念に追っていくと、アメリカやシリコンバレーでは当たり前の思想風土があるんだろうと気がつきます。この当たり前になった思想風土の上に新しい潮流が出てきて新しい言葉が生まれてくるわけです。その当たり前を認識しないと、唐突な流行に見えてしまいます。一方で、僕は背景の思想風土を追いかけながら、新しい言葉を受け止めていくように努めてきました。

―でも、一般的にはあまりそういう風に受け止めていない。

そうなんです。僕がなんでそれを当たり前のように受け止めていたんだろうって振り返ると、僕はいろんな本を読むんですけど、結構「まえがき」を重視する。その書籍がどんな背景で書かれていて、どんな思想のもと書かれているのか、という部分です。その「まえがき」や「本論の前段の部分」を初学者の方や本をカタログ的に読んでしまう方だと、わりと読み飛ばしてしまいがちです。その入り口の本当の入り口の部分なんですが、その「わりと読み飛ばしてしまいがち」な部分をちゃんと集めて明確なストーリーで構成したら、今までわからなかったことがわかるようになるんじゃないかって思ったんです。それで書いたのが本書になります。

―なるほど。今の時代はむしろ「読み飛ばす」方を推奨しているような気もしますね。なるべくノウハウだけを速攻で吸収することを目的とする本が多い印象を受けます。広木さんがそれとは真逆なアプローチを選択したということは大変面白いですね。私も読ませていただいて、リベラルアーツ含む長い思想史の果てに今の「アジャイル」の開発手法がちゃんとあるのか!って驚いた次第です。ああこうやって繋がっているのか!と気づかされたと申しますか。そこが大変面白かったのですが、この幅広い知見は広木さんが大学・大学院で学ばれてきたものなんですか?

それでいうと、僕は「中二病」だったので(笑)、中学の頃から図書館に籠る傾向があって。そこでいろんな角度の本を読んできたというのは一つあるかと思います。そして大学に入ったら入ったで、「どうやって人は学問をしているんだっけ?」とか、「自分がやっていることってなんなんだっけ?」ってことをちゃんと明確にしなきゃいけないと思って、やはり図書館に籠る(笑)。そのタイミングで読んだ本から、いろいろなものを学んできたんだと思います。そういう知見をもとに社会人生活を送っていると、人類が順番に培ってきた知恵というのが現代社会においてとても大事なエッセンスなんだとわかる、というか。

―なるほど。面白いですね。

僕にとって「どうやって人類が科学を手に入れたのか?」ということは、ものすごくエポックメイキングな出来事なんです。でも、歴史を眺めたときに、そのことに対しての関心よりも、一般的には歴史上のキャラクター「織田信長」ですとか「三国志」ですとか物語的に面白い部分に目が移ってしまう。もちろん、それはそれで面白いとは思うんです。ただ、歴史の中で、人類の行く末を変えてしまった明らかなエポックがいくつもある。そのエポックの流れを追って、世の中を見ていくだけで、僕たちは今「巨人の肩」の上に乗っていることがよくわかる。であれば僕たちの地面がその「巨人の肩」であることを理解したい。また、20年間景気が低迷していたせいもあって、「巨人の肩」の上であることを当たり前の前提として考える習慣がなくなってしまっているように思います。それが、すごく日本にとってマイナスになっているのじゃないかな?と。

タイトルに「招待」を加えた理由

―確かに今の日本って、その歴史が切断されたところで、「今、そこにある知識」だけがパッケージされていて、付け焼刃的にそれだけでうまく使おうとする発想が多いですよね。広木さんのこの本の中ですと、フランシス・ベーコンの「経験主義」から始まって、フォン・ベルタランフィの「一般システム理論」、チャールズ・パースの「プラグマティズム」、ジャック・デリダ「脱構築」まで、領域横断的かつ広大な知識の歴史を踏まえた上で、戦後のデミング博士「PDCA」から、トヨタ「Just In Time」の生産方式、野中郁次郎『失敗の本質』、ロバート・パーシグ『禅とオートバイ修理技術』、スチュアート・ブラント『ホール・アース・カタログ』、そして「パーソナルコンピューター」に行き着き、最後は「カリフォルニアンイデオロギー」まで。

それらを断片的な知識としては持っている人も多いとは思うのですが、それを連綿と続く「歴史の流れ」として、こうちゃんと線でぴーっと繋げて描いてみせたのは広木さんが初めてなのでは?と思いました。今のお話ですと広木さんが直接アカデミズムの現場で学んできたものを整理したというよりも、広木さん自身が個人で興味を持ったり疑問に思ったりしたことがこの本に反映されていると。

そうですね。僕は趣味的に読んださまざまな本から明らかに影響を受けた知見があります。それを頭の中で整合性を持ってプロットしていくと、きっとこういうストーリーになるんだろう、こういう歴史の流れがあるんだろうっていうものが見えてきたんですね。

それと、実際に社会に出て理論を現場で回したときの失敗談もいくつも見ていて、「なんで理論と現場で、こんなにズレが生じるんだろう?」っていう疑問があったとき、「ではそれをどこから説明しよう?」という点が、すごく気になったんです。

たとえば「『アジャイル』って唐突に出てきた概念ではない」みたいなことですね。それは新しい概念ではなくて、実は結構古くからあるものだと。「それはたまたま今コンピュータソフトウェアの開発現場の解決方法として生まれてきているかのように見えるけれども、それって原点の1つは『プラグマティズム』そのものだよね」とか。そういう理解があって、それを周囲に納得してもらうためには、それこそ「通史」として理解してもらうための筋書きを書いていかなきゃいけないんじゃないか、と思ったんです。

―なるほど。

僕はこの本を『エンジニアリング組織論への招待』っていうタイトルにして「招待」を加えたのも、この先の話を考えていくべき時期なんだろうと思っていたんです。

たとえば、今まで「エンジニア」からしてみると、指示を出す対象は「コンピュータ」です。逆に営業のマネージャーさんみたいな人が指示を出す対象は「人間」です。仮に、この「指示を出す対象」は、「コンピュータ」か「人間」かを問わないで、「部下の数」なんだとすると、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)などクラウドを使ってしまえば、一瞬でとんでもない数の「部下の数」を用意することができる。それが「エンジニア」なんだと考えてみる。今のコンピュータは、かなり細かい指示を出さないと動いてくれないけれども、徐々にそこの指示出しが曖昧でも、抽象性が高いようなものでも、簡単に動いてくれるようになる。

そうなってくると、十把一絡げに「人間」をたくさん雇用してビジネスをスケールしていくという考え方が通用しなくなってくる。あるいはそれがどんどん機械に置き換えられ、「コンピュータ」に置き換えられていく。となれば「コンピュータ」か「人間」かという区別をしないシステム設計や組織設計というものが確実に増えてくるでしょう、と。

それが優れた人工知能じゃなくても、ある程度の精度のAIなり、情報技術が発展していけば、徐々に具体的な部分が埋まっていくでしょう。資本だけで簡単にスケールできる状態になる「コンピュータ」と「人間」の区別がない組織設計というものは、もう今でも本当は現実に起きていることです。

今はまだ、コンピュータの設計、システムの設計をする人、組織の設計をする人も、それぞれ違った知識や目線でそれを行っている。エンジニアである僕にとってそれは同じことで、ソフトウェアのアーキテクチャの理論と組織設計の理論というのはかなり近しい部分がある。それはいずれ合一されてくるだろう、その両方を統一的な考えでアーキテクティングしていくということが自然な状況になってくるだろうと考えています。だから、今後、アーキテクチャと組織の統一理論が出てくるための入り口として「招待」というタイトルをつけたんです。

―大変、興味深い話ですね。

たとえば、「ホラクラシー」(※階級や上司・部下などのヒエラルキーがないかわりに、職務上のルールを厳密に定義していった真にフラットな組織管理体制)のようなテーマが話題になっています。一方で、ソフトウェアシステムにおいては、「ブロックチェーン」などの分散型アーキテクチャーが話題になりますよね。また中央集権と分散の「揺り戻し」を繰り返すということも、日本の歴史、世界の歴史、コンピュータの歴史の中で見られます。システムアーキテクチャでも組織でも同じようなことが起きているのです。その中でどのように組織を設計していけばいいか、システム設計していけばいいか、というのを理解しないといけない時代になる。そういったシステムと組織を区別しない考え方が、これからどんどん当たり前になってくるだろうと思っています。

なので、その前に僕は、「エンジニアリング」という概念と「ビジネスの組織を作る」っていう概念が、同じ方向を目指してしているんだよ、そしてそれは極めて類似した背景の中で出来上がってきている。にもかかわらず、それぞれの専門化たちがあまりその状況をよく知らないようにみえる。それをガチっと繋げてしまいたい、と思ったんですね。

―確かに、ガチっと繋がって1つの軸になっていたように思います。また『エンジニアリング組織論の招待』というタイトルも、社内で話題にはなっていました。今のお話をお伺いして、そういう新しい考え方で、機械も人間も同じ中で、きっちりくるまれて組織を回していくってことを考える時代が到来するんだよっていうことですね。

大きい話も小さい話も「同じ原理」に基づいてできている

―個人的な感想になりますが、この大きな長い歴史の中でのマクロ的なものの見方と、その日その日の現場レベルのミクロ的なものの見方を総合的に組み上げて出来上がっている本だと思います。エンジニアより経済を回す経営側のかたにこそよく読んでほしいなと思いました。

ありがとうございます。

―特にメンターの章では、ホメロス『オデュッセイア』から紐解かれていましたが、単なる心理テクニックを並べるのてはなく、ソクラテス的な対話術というか、明確なコミュニケーション論を書かれていますよね。かつそれが具体的な形で実現できるように書かれている。ありがちなTIPS風なものでもない。広木さんの本だとコミュニケーションの本質的な「情報格差」も書かれていましたが、そういう事実を自覚するためには、まずこういう問題があって、それに対してこういう手段があって、そこからこういう風にして…と、抽象から具体へ、理論から現場へと、マクロなところからミクロなところへと、一気通貫して描こうとされている。これはそういう意志のもとで本の構想をされた部分もあるかと思いますが、相当試行錯誤されたのですか?

そうですね。本の構成はかなり試行錯誤しています。伝えたいことは頭の中では全て「同じ原理」として理解しているものでした。再帰的に、大きい話も小さい話も同じ原理に基づいてできている、複雑系というか、「マンデルブロ集合」みたいな拡大しても同じ構造がでてきてフラクタル的なものであるように見えていました。

「どのようにプロットしてけばそれが諸原理に基づいていることを理解してもらえるだろう?」そして「そのことを天下り的な説明ではなく、下から築いていく過程と共に、読者に対してもメンタリングも仕掛けていくようなかたちで、どう伝えられるんだろう?」ということを考えて構成を練りました。ここが一番苦労した点ですね。読者に「自己納得」とは何かというメンタリングの重要な体験を文章だけでできないかと腐心しました。

そのためにプラトンの『饗宴』とか、仏典の『維摩経』とか、対話によって矛盾に導いていき、そこから次のジンテーゼ、一段シフトした発想に持っていく、というようなアプローチをしている書物を、構成上の参考にしたりしました。対話を繰り返しているように見せながら、次の話にシフトしていて、「結果的に問いかけるメッセージが全部同じであることに気付く」というような構成に書けないか考えていたので、やたら構成の部分に時間がかかってしましました。

―なるほど、たしかにこの本の構成は、フラクタル的ですね。


インタビューはまだまだ続きます。後編では、広木さんのレクターにおける実地でのお仕事についてもお伺いしています!お楽しみに。

広木大地(ひろき・だいち)さんについて

株式会社レクター取締役。2008年度、新卒第1期として株式会社ミクシィに入社。同社メディア統括部部長、開発部部長、サービス本部長執行役員などを歴任。2015年同社を退社し、現在は技術組織顧問として複数社のCTO支援を行なっている。2018年2月22日に『エンジニアリング組織論への招待~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング』を刊行、第6回ブクログ大賞を受賞。

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参考リンク

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広木大地 Qiita 

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