あらかじめノーベル賞を狙っていたのか?早川書房の出版戦略を聞く カズオ・イシグロ担当編集者山口晶さんインタビュー後編

こんにちは、ブクログ通信です。早川書房でカズオ・イシグロさんの担当編集を努めていた山口晶さんへのインタビュー、後編となります。

インタビュー前編、「ノーベル賞受賞の舞台裏!一瞬で枯れた在庫!?早川書房で起きた大騒動に迫る!」では、カズオ・イシグロさんの編集者を担当したこともある山口さんに、ノーベル文学賞発表当日以降の騒動を当事者として語っていただきました。また受賞直後、書店で起きた大反響にどう対応したかも伺っています。

今回の「ブクログ通信」インタビュー後編では一歩踏み込んで、今回ノーベル賞受賞関連作はあらかじめノーベル賞などの大きいところを狙っていたかどうかを質問し、カズオ・イシグロさん来日可能性の逸話や、これから早川書房さんが目指していく方向についてお伺いしていきます。

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 大矢靖之 持田泰

ノーベル賞は狙っていたのか?─関連作刊行のいきさつ

『重力波は歌う』『行動経済学の逆襲』ノーベル賞受賞の張り紙

─ノーベル賞関連作について、踏み込んで質問していきたく思います。それぞれの作品については、刊行当時からノーベル賞など大きなところを意識していたのでしょうか。まずノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーさんの『行動経済学の逆襲』からいきさつをうかがいます。どのように刊行を決めたのでしょうか。

中身がおもしろいということで、当時の編集者が出版の企画を出しました。早川書房は行動経済学の本、いい所は全部押さえたいって思ってたんです。前に行動経済学でノーベル賞を取ったダニエル・カーネマンとか、ダン・アリエリーとかをすでに出してたので「いいんじゃないか」って企画が通った。別にノーベル賞を獲りそうだからっていう理由ではなくて、行動経済学関係の本が我々の売れ筋なので、そこを押さえておきたい、という理由で企画が通ったんです。

出版した時には重版を何回かしましたね。高額な本だけども悪くない売上だと思ってました。でも今回のリチャード・セイラーさんの経済学賞受賞もまったく予想してなくて、行動経済学ではすでにダニエル・カーネマンが獲ったからしばらくその方面の受賞はないかなと思ってたんです。実際今回のセイラーさんの受賞予想をしてる人も少なかったですよね。

─事前予想で名前は上がってなかったかもしれません。

ニコ生で経済学賞の生中継をしていますが、そこで勝間和代さんだけはセイラーの名前を上げてたんです。だけど他には予想がなかった。行動経済学って経済学の本流とは違うところでもありますから、本当にノーベル賞を狙ってたわけではないんです。つまりこの本は普通に編集者が企画を出して、通った。それは押さえたいジャンルの行動経済学だったから、ということでした。

逆に物理学賞関連作『重力波は歌う』はノーベル賞を狙いました。

─この担当編集者の方は科学系ですか。

ポピュラーサイエンスを得意にしてる人が担当しました。それ以外にも本を出してますけどね。一番当てやすい、一番人気のテーマ「重力波」を狙いにいき、本にしたんですね。これは去年単行本を出して、去年取って欲しいと願っていました。まだ類書もなかったんで一番に出せるし、ノーベル賞取ったらいいな、って話していた。でも去年はちょっと勇み足でしたね。去年6月に単行本出して、その時からわくわく待ってたんですけど重力波は取らなかった。そして「今年こそ獲るだろう」って言って、ちょっと早いんですけど今年文庫にしたわけです。

─単行本を文庫化するタイミングとしては、かなり早いケースですね。

はい。というのも、競合になる類書も出てきてたんですね。新書やブルーバックスにいくつか類書が出てきた。だから単行本のハードカバーのままでは競合の類書のほうが手に取りやすく、ちょっと売上が難しくなる。今年いい方向にいくことを願おう、という狙いで文庫化しました。あれは当てに行きましたね。

─完璧に当てましたね。本当に素晴らしいタイミングでの文庫化でした。

去年負けたんでリベンジ的な(笑)帯も「ノーベル賞」って触れこみで書けますね。

─では、カズオ・イシグロさんについてもうかがいます。今入手可能な主著の翻訳は全部早川書房さんのものですけれども、もともとイシグロさんの翻訳は中公文庫で元々90年代くらいに発売されていましたね。

中公さんが海外ものの版権を手放したんです。その時に争奪戦が起こり、早川書房がぜひやらせてほしいってお願いしました。『日の名残り』っていうのは、epi文庫を立ち上げる時の本当に最初のラインナップに入っていたものです。その頃からこの作家はぜひ、と思ってたんですよね。

─産経新聞で、社長がインタビューをお受けになっていましたけど、社長いわく、前からカズオ・イシグロさんの著作を読んでいて、実際2001年の時にエージェントを頼ってすぐに権利を取ってきたっていう話がありましたね。

やっぱり欲しいなって思ってたんですよ。ご縁があったんですね。

─でも『日の名残り』はブッカー賞も獲っていましたが、その版権取得のタイミングではすでに、カズオ・イシグロさんは世界的に有名といってよかったでしょうか。

90年代にはもう映画になったんですよね。それで知られてはいた。でもブッカー賞取ったからといって、日本で知られてたかといえばそうでもないですね。それまでは日本に来たことで大々的に反応が、というわけでもなかったですからね。

─90年代のころは日系作家がいるぞ、というくらいの認識でしたか。早川さんに販売権利が移ってからは、『わたしを離さないで』がドラマ化されたり、映画化があったり、ポピュラリティをもった作家になりましたね。

そうなんです。

─早川さんのラインナップの中で、2001年当時に立ち上げたepi文庫の領域についてお聞きしてよろしいですか。海外文学についてもその当時から取り組んでいたのでしょうか。

早川書房は昔から海外文学をかなり出しています。クリストフ『悪童日記』とか売れたのもあるし、昔はグレアム・グリーン全集とか、ボリス・ヴィアン全集とかも出していました。ただやっぱり規模が小さかったというべきでしょうか、海外文学よりはSFミステリーのほうが印象として目立ちます。映画化でバーンと大きく売れる作品があるからですね。

ただやっぱり、ノンフィクションと海外文学も大事な柱です。特にノンフィクションは売上の大きな比重を占めています。

─海外文学は、発売されたものがあまり文庫になっていなかった印象もありますが。

そうですね。昔はハヤカワ文庫NVというレーベルが海外文学専門でした。初期には『エデンの東』を出していたり。しかし、だんだんNVが冒険・スパイ小説専門になってきました。

─初期だと、『グループ』などで知られるメアリー・マッカーシーが刊行されていましたね。

NVっていうのは、最初はそういう文学が多いはずだったんですけど、だんだんスパイ小説などが人気になって増えてきたんです。SF文庫とかミステリー文庫とか専門レーベルもあるんですけど、ちょっと境界が崩れてきてた。

そこで生まれたのがepi文庫のレーベルで、海外文学専門になります。だからかつては違うレーベルだった『時計じかけのオレンジ』などを全部こっちに移してきて、『エデンの東』も今はepi文庫に移した。海外文学ってアピール不足なんですけど、昔からけっこう出ています。

─ちなみに、早川書房さんの出版物の中で、ノーベル賞受賞者のタイトルっていうのは他にどんなものがあるんでしょう?

平和賞でムハマド・ユヌスという作家さんがいて、その人の新刊も2月に出ます。あとオルハン・パムクというトルコのノーベル賞作家、J.M.クッツェーっていう南アフリカの作家、トニー・モリスン。スタインベックも大昔獲ってますし。

─早川さんが過去一貫して海外ものを出していることがよくわかるタイトルですね。

そうですね。数は多いです。

─ちなみにイシグロさんの作品で、まだ翻訳されてない作品というのはもうないですよね。

ないです。今、執筆してる作品を早くあげてほしいですね。

─epi文庫さんで出てるのが、現段階では全てですか。イシグロさんは脚本とか作詞とかも担当することがありますが、それらの仕事はまとまって邦訳されていましたか。

作詞の邦訳は、CDついてるジャケットだけですね。昔書いていたテレビ向けのドラマ脚本「ザ・グルメ」は『MONKEY vol.10 映画を夢みて』で翻訳がされました。また『短篇コレクションⅡ』に短編が収録されています。

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─今回のノーベル賞にあたって、秋に出るCDの作詞で関わってるっていうニュースが出ました。

ステイシー・ケント(Stacey Kent)っていう、ジャズのボーカリストの作詞にけっこう関わってますね。

─カズオ・イシグロさんはパッケージ的な仕方でも売れる気がします。

そう。やがては全集にしたいです。

─まだ活動中、活躍中の方ですから、そう簡単にはできないでしょうけど、全集という話は魅力的ですね。

受賞を記念して来日することはあるのか?─イシグロさんをめぐる逸話

山口晶さん3

─Twitter上で、早川書房編集者のおひとりが、今回のイシグロさんの授賞で、くやしさを感じているっていう主旨のツイートをされていましたね。

彼は日本部門の担当ですね。

─版権を取ったのは今回も社長で、自分でもベストセラーを作ってきたけど、今回の受賞で追い抜かされる。これに勝つには……という主旨でした。読んでいて、編集者の気概を間近にしたというか、とにかく感銘を受けました。

やっぱり早川書房は外国ものが主体なんですけど、今は日本部門もかなり頑張っています。─おもしろいんですよね。早川書房では「日本人作家」っていう言い方があります。普通の出版社だったら作家さんは全部日本人なんですが、早川だと第一編集部は海外だし、第二編集部は日本部門。日本部門は昔から、原りょうさんなど直木賞取ってるかたもいますし、伊藤計劃さんの発刊もあって、頑張っています。だから海外部門と日本部門は競争関係にある。相手が儲かったら嬉しいけど、自分の部署じゃないし、自分の本じゃない。このツイートは編集者として健全なんじゃないでしょうか。

─山口さんはカズオ・イシグロさんについて担当編集されたことがありましたね。

僕は、単行本『わたしを離さないで』『夜想曲集』と『忘れられた巨人』を担当していますね。いまはもうひとり別の担当者がいて、二人体制でやっています。

─編集者として、直接カズオ・イシグロさんに連絡をすることはあったんですか。

編集の過程で著者に連絡をすることは、基本的にはあまりないです。

─海外文学においてはエージェント経由の連絡になるのですか。

そうです。そもそも編集作業自体よほど重大な内容に関することでないと、とくに連絡もしないですね。だからイシグロさんと直接お話しするのは、来日した時中心です。これまでに3回でしょうか。

─プロモーションも含め、かなり頻繁に来日されてるんですか。

そうでもないんですよ。本が出た時か、映画があって、そういうプロモーションの時は来てくださいます。そうじゃない時には基本的にはどこの国にもあまり出向かれませんね。何か賞を獲ったりすればそこに行きますけど、基本的に執筆期間中は取材も受けないし、細かい依頼も全く受けない。本だけを書いてたい、っていうのがイシグロさんのスタンス。だから本を書いたら、本が出れば来てくださる、ということです。

─作家さんのスケジュールも、エージェントさんが担当しているんですか?

もちろんエージェントがスケジュール管理をしてますが、いらっしゃった期間内はこちら側が管理します。基本的にはエージェントですが、イシグロさんの場合は本人の意向がかなり強いですね。

─ノーベル賞の授賞式のあと、世界を訪問することは決まっていたりするのですか。

まだ全然決まっていませんね。

─授賞式には出られるそうですけど、来日は難しいのでしょうか。

来てほしいんですけどね。

─そうなのですね。しかし早川書房さんとカズオ・イシグロさんの関係っていうのは、すごく深いもののように感じられます。イシグロさんと、版権を取ってからの早川書房さんとの関係について、あらためてもう少し内実をお聞きしてもよろしいですか?

作家と出版社の関係なんですけど、早川書房はなるべく作家さんと長くお付き合いするし、なるべく全部出したいっていう意向があります。そうでないケースもありますが、できる限り出し続けて作家といい関係を築くっていうのが基本的なスタンスです。イシグロさんは2001年から、もう16年くらいずっといい関係を築いてますね。本当は海外作家とそんなに会う機会もないんですが、いい関係、かなり密接なお付き合いがあると思います。

─イシグロさんと早川社長一家とは家族ぐるみの関係なのですね。早川副社長の結婚式で仲人を務めたりもされたとか。

間違いないです。

早川書房のこれから─販売促進計画と出版活動

─ノーベル賞の授賞式は12月ということで、そこに向けてどんな取り組みをするかお伺いします。販売促進の活動として、12月に向けて何か特別企画は持ち上がったりしてるんですか?

11月は全国の新聞に大きな広告を打ちます。10月でも朝日、日経に広告を。11月は、読売、毎日、産経あと地方紙いくつかに。イシグロさんの生まれた長崎でも広告をうつ予定があるんですけど。

─広告ですか。

はい。著者は基本的に稼働しないらしいんです。まあ無理ですよね。12月以降、スウェーデンの受賞式後には、メディアにまた記事にしてもらうつもりでいます。

─イシグロさんのこの状況、イギリス本国よりも日本のほうが売れてしまってたりするんでしょうか。

たいていのものは重版部数も日本のほうが多いです。全然違うと思います。

─イギリスにおいて、少しはお祭り騒ぎが起きてるんでしょうか?

いやいや。ノーベル賞でこんなに反応するのは東アジアの国だけです。中国、韓国、日本くらいで、イギリスの人はけっこうドライですね。今回のノーベル文学賞について、日本では「日本が獲った」という感じだけれど、イギリスは個人主義なので「イシグロが獲った」という感じを受けます。もちろんイギリス人も多少は嬉しいでしょうけど、トップニュースで毎日やるテーマじゃない。アメリカとかイギリスとか、ヨーロッパでは「まあよかったね」くらいの反応になります。オリンピックにおける金メダルも同じような反応でしょうけどね。

─日本のように、毎年、村上春樹さんで集うみたいなことも……

絶対ないです。東アジアのノーベル賞騒ぎって、ちょっと異常な所があるかなっていう感じはします。

─世界に認められた、っていうのが強いんでしょうか。

やっぱり日本人のノーベル賞に対する意識は、戦後荒廃した所から、湯川秀樹さんが取った、出てきて良かったっていう記憶があるんでしょうね。

─世界で認められた日本人、ということを今もどこかで反復してるような所がありますね。

ナショナルプライド的なものですよね。良し悪し両方ありますね。

─ところでSNSにおいて早川書房さんのInstagramが開設したばかりです。どういったいきさつで始められたのですか。今回のノーベル賞をきっかけにした取り組みなのでしょうか?

いえ、別にノーベル賞に合わせたとかそういう理由ではありません。社内の有志が始めたいって言ったので開設しました。ただ専門部署があるわけじゃないですね。Facebookは経理のほうで担当してます。Twitterも編集者と営業とやってくれる有志たちが週替わりでやってますよ。けっこう手間がかかりますからね。

─分担なのですね。

インスタもやりたいなと思っていたんですけど、インスタに上げる写真って綺麗に撮らないといけないじゃないですか。当初、面倒くさかったんです。

だけどやりたいって言ってきた子たちには理由があった。欧米の出版社はインスタで綺麗な写真を上げてバズらせたりっていうケースがある。何人か有志がやりたいというので、「やりたければやればいいのでは」と任せました。かなり自主的な動きだったんです。ただ現時点で、早川書房はSNSでたしかに反応がいい。早川書房のTwitterはフォロワーでいえばかなり集まってます。別にお金で集めたこともなく、ただ集まってくれた人たちですね。インスタだとユーザーは29歳以下の女性層がけっこう多いのですが、我々はそこが弱いところもあって、そういう層のユーザーにもアピールしようかなと思いました。

─早川さんはカバーが鮮烈で、本が並んでる時も強い印象を与えますから、インスタ映えがしそうですね。

そうですね、フィリップ・K・ディックの装丁を並べるとけっこうインパクトがあります。

ディック酒場『ブレードランナー』展開

─インスタは画像ベースですから、国際的にさまざまなユーザーから見られることになりますよね。御社の海外文学の作品について、いろいろな射程が出てきそうだな、とも思いました。

ただインスタはまだ1回か2回しか上げてません。最初は週に1回か2回試しにあげてみるっていうテストをすると思うのですが。始めたばかりで模索中ですからね。インスタは、本以外に見せる物がない。本を推薦いただいたかたがインスタでフォロワーが多いとやりやすかったりはしますが、そういう使い方で運用しなければいけませんね。雑誌媒体の方々はそういう仕方でかなり活用してますよね。まあ、WEBでどこかに載ってれば、媒体は別にどこでもバズっちゃう時はバズっちゃうものですけどね。別に大きな媒体に出なくても、面白ければ、はてなブックマークとかでもバーッと広がっていきます。

─そうですね。そのあたりはコントロールしづらい所もありますね。戦略的にTwitter、Facebook、Instagramを早川書房全体で活用する、という意図まではないのですか?

そんなに人数がいる会社じゃないので、戦略というよりは、基本は一点一点ゲリラ戦、という感じでSNSを扱ってます。全体戦略を持とうとしても、そのつど変えなければいけない。全体でこれをやろうという意識はむしろ持たないで、一点一点に戦術なりがあればいいなと考えてるんです。いま、あまりそういう意識を持たずに、自在に、臨機応変にやれてます。

SNS運用については、早川書房の「note」に解説やあとがきとかを上げているんですが、ここはいろんなものを上げられますね。作品によっては一章まるまる載せてることもある。しばらく前に出した『樹木たちの知られざる生活』っていう面白い所を一章載せたら……

─ものすごくバズってネット書店でも上位にきましたね。

Facebookで1万いいね。恐ろしいです。ネット書店でも一瞬で売り切れちゃった。

note該当記事:「人間の知らないところで、樹木たちは会話をしている? でも、どうやって? ドイツで70万部超のベストセラー『樹木たちの知られざる生活』(早川書房、5月24日発売)から特別抜粋」

─noteでは様々な作品を案内されていますが。そこに専属の担当者さんはいるんですか?

いないです。僕がそもそも何か販促をしたくて始めました。社のみんなにも使っていいよって言って、編集者や販促の担当が作品を上げたり、フェアのお知らせをあげたりしてます。なるべくおもしろいものを上げてほしいんですけど、そうでないものを上げて無反応でも、痛くはない。でもここである一定のビュー数があると、だいたい重版に至ります。

─ビュー数と売上の相関関係が少し見えてきたのですか。「これはいけそうだ」っていう。

ケースとしては少ないんですけど、ここで2千ビューあるものは9割くらい重版してるんです。だから反響がどのくらいあるかというのが事前にわかるんです。バロメーター的に。

ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を連載みたいな形で載せたとき、それもかなり反響がありました。

note該当記事:「トランプ政権誕生で日米にてベストセラー! 世界の「今」を予言した必読小説。ジョージ・オーウェル『一九八四年』(第一部-1、高橋和久訳、ハヤカワepi文庫)冒頭部分を無料公開001」

─トランプ政権誕生のタイミングで米国ベストセラーになり、日本でもそのニュースが紹介されて売れたケースでしたね。

この作品はそもそもパブリックドメインのもので、訳者さんがいいって言えばこの形式の販促ができるんです。「いいですよね?」って訳者さんにうかがったら、許可をいただいた。これはかなり反応がありました。これをやりたくてnoteを始めたんです。

─なるほど。そうなんですね。これは本当に売れましたよね。

昔から出してる既刊なんですけどね。何回かに分けて、僕が飽きるまで連載して、飽きた(笑)

今、漫画の企画も用意しています。早川書房で出してる『ダーウィンの覗き穴』っていう、虫の性器の話。みんなちょっと違う形をしてて、それぞれ変な仕組みがあるんですよ。出版された本もけっこう話題だったんですけど、漫画にしたらもっと話題になる、と思っています。進化論的に面白いサイエンスでした。それもnoteに上げようかと考えていますよ。

─おもしろそうですね。ちなみにそれはいつぐらいのご予定なんですか?

うまくいけば年明け、もうちょっと先くらいから始められると思います。

─楽しみです。では最後に、ノーベル賞のこととは無関係に、これからの早川書房さんの取り組みや戦略についてお伺いしたく思います。

やっぱりロングセラーを狙っていくっていうのは基本なので、そこは変わらないと思います。ロングセラーを持ってそのコンテンツをどう活かすのかを、頑張りたいです。

─ロングセラーを狙う、ですか。早川書房の編集者のみなさまは、作家をキャリア初期から目利きしてる例もたくさんあると思うんですが、ロングセラーを作るとか、作家の将来性に期待するとか、いずれ大きい所を獲るとか、やっぱりそういうことを意識しつつ版権を取っていくものなのでしょうか?

早川書房は、長く売れる作家を取りたいっていうのが一次的にあって、いまだに売れてるのがアガサ・クリスティだったりフィリップ・K・ディックだったりします。また『ブレードランナー』、『オリエント急行殺人事件』が映画化されて売れたりということもありますね。そういう長く売れる作家がいることが、我々のアイデンティティを形作っています。もちろん一発狙いで版権を取ることもあるんですよ。今が旬で売れる、という作家さんもいます。でも基本はやっぱり、長く読まれても価値が落ちないような本をとにかくいっぱい揃えたいんです。

今、既刊って厳しいですから。でも今年なんて、早川書房で売れてるものはほぼ既刊です。イシグロさんもそうだし、クリスティも同様ですね。クリスティは12月に『オリエント急行殺人事件』の映画があって、ドラマ化の話もある。ほとんどが、長く売ってる作家で商売するっていうビジネスですね。これは我々の特殊性といえるかもしれません。児童書の出版社のように同じ絵本を毎年どんどん売るような仕方ですよね。

─今後の販売戦略も、一次的な目的で出版活動を続けて、根本は変わらないということでしょうか?

変えることはないと思います。けれどやっぱり今出版界は状況的に厳しい。カズオ・イシグロさんが受賞したからって、出版業界自体とか売上とかの問題が一気に解決するわけじゃありません。何かしら、そこは引き続き対処していかないといけませんよね。フィリップ・K・ディックの作品を漫画にすることもできるかもしれないし、そういう二次的な利用についてもまだまだできるなと感じています。そっちでもうちょっと売上を作りたい、というのが会社の基本的な方針です。

─行動経済学など、すでに形作ったラインの本もさらに出していくような試みもするんですか。

そうですね。行動経済学については出し尽くした感があるんですけど、リチャード・セイラーさんに来日してもらいたいですね。

─イシグロさんの来日は難しいと伺ってはいますが、もしイシグロさんが半年ぐらいのうちに来日する機会があれば、すごい人が集まるでしょうね。

そうなんですよ。講演やトークショーなら、受賞前に来ていただいたときでも500人くらいだったらすぐ即日で埋まっちゃっていたんです。今やれば1000人くらいはすぐに……すごいことになるでしょうね。

─早川書房さんのためにも、読者のためにも、そういった機会があればと願っています。本日はどうも、ありがとうございました!


山口晶さん、ありがとうございました!

参考リンク

ハヤカワ・オンライン(早川書房公式ホームページ)
早川書房 Instagram
早川書房 Twitter
早川書房 note

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