「麹菌」は日本人が育んできた「家畜」!?―ブルーバックス『日本の伝統 発酵の科学』著者・中島春紫さん独占インタビュー

日本の国菌「麹菌」は日本人が育んできた「家畜」?

―ところで「麹菌」は日本の「国菌」なんですね。

2006年に認定されました。

―「麹菌」って3種類あるんですか?

そうです。「黄麹菌」「白麹菌」「黒麹菌」。それぞれ黄色が日本酒で、黒と白が焼酎とか泡盛ですね。

―以前ニュースでも流れたと思うんですが、沖縄では戦争で1回絶滅してしまったけれども東大研究室で復活させて…

それは「黒麹菌」です。泡盛の「麹菌」です。学名は「アスペルギルス・リュウキュウエンシス」というものです。やっぱり蔵にがちょっとづつ違う「麹菌」が住みついて、それで作られるから同じ蔵のものは同じ味になるんだけど、沖縄戦の酷い空襲の中で泡盛の蔵元が焼けてしまって、絶滅してしまったと言われていたんですね。戦後沖縄の蔵元は本土の黒麹菌を送ってもらって使っていたんです。でも、その「絶滅した」と言われていた「黒麹菌」が東大の研究室にあった。坂口謹一郎先生という発酵学の大先生が、日本中歩き回って採集して、戦前に保存していたんです。それで1999年に奇跡的に復活できたんですね。その泡盛は東大でも売っていますよ。

―その保存されていた菌は培養して増やしていくことは可能なことなんですか?

可能です。菌は増えるものですから。種を殺さずに維持できればずっと生きていますから。そこから復活させることも出来るんです。なくしてしまうとできないんですけどね。それを戦後60年以上維持できていたということがすごいことです。

―「麹菌」を育てる話も書かれていたと思うんです。毒性を発生させないような菌として日本人が育ててきた。麹菌というのは普通に世の中にあるものなんですか?

「麹菌」というのは、「カビ菌の中でも発酵醸造に人が使っているもの」を言うんです。だからその辺にいる。ただその菌がそのまま使えるのかということは別問題です。使いこなせれば「麹菌」の種類として数えあげられるかもしれないけれども。仲間だったらカタカナで「コウジカビ」っていうのがいるんですけど、それは病原性があるやつも毒性があるやつもいます。カタカナで書く「コウジカビ」と「麹菌」は別物です。

―そうなんですか。そうなると「麹菌」というのは例えば犬や猫を「ペット」と呼ぶのと同じですか?

人間が飼う動物のなかで使役とか食用を目的としない動物がペットですね。そうすると犬とか猫が該当します。うさぎは微妙で、うさぎは食用としても飼いますから、あれはどちらかと言うと家畜にあたります。

―なるほど。となると、「麹菌」は家畜ですか。

明らかに家畜です。これだけは使いまわしているんだから、家畜ですね。そのまま食べてしまうし。要するに「麹菌は日本人が家畜化したカビ」と言っていい。たとえばブタは野生のイノシシを捕まえてきて家畜にしたわけですよね。ですから自然から美味しい味がするカビを捕まえて、毒性のないやつを作ってくれるやつを根気よく選んで飼いならして、「麹菌」にするという。そういう風に考えてもらえればいい。

―それを科学の知見がないときに捕まえて家畜化にしたのがすごいですよね。

すごいことです。驚きます(笑)。

―全く科学的発見とは違う行程で発見されていったんでしょうね。顕微鏡もない中でうまくコントロールして作ったっていう。

多分こういう行程だったんだろうという事で検証したものがあるんです。割と分かりやすい本でこんなのがあります。『和食とうま味のミステリー:国産麴菌オリゼがつむぐ千年の物語』(2016年 河出書房新社)。著者の北本勝ひこ先生は私が東大にいた頃の上司ですね。真面目なしっかりとした本なのでジャケ買いすると大変ですが(笑)、こういう経緯でこうなったのだろうということが細かく書かれていますね。「定年退官するようになってこういうのを書く暇ができるようになったから書いた」っておっしゃっていましたけど(笑)。

和食とうま味のミステリー書影
和食とうま味のミステリー

―発酵食品は何か定年後作ってみたくもなるでしょうしね。

時間ができたらやってみたいことは、「家庭菜園」と大抵みんないうことじゃないですかね(笑)。

―なるほど家庭菜園なんですね(笑)。

中島春紫研究室秘伝の赤味噌

赤味噌
中島春紫研究室秘伝の赤味噌

―ちなみにこの研究室でなにか発酵食品を作っていたりもしますか?

味噌を作っています。

―(中身を見て)すごい!これは一から作られたんですか?

いや、麹菌を作るのが難しいんです。だから麹は買ってきて。端の方はとろ〜んとなってどちらかと言うと醤油みたいになっています。

―これは何味噌になるんですか?

普通の関東赤味噌です。これはキュウリをつけたらイケますよ。1年半くらい経つのでそろそろ食べたほうがいいんだけど。

―昔はみんな自宅で味噌を作っていたことも書かれていましたね。

そう。醤油と違って味噌は家族総出で冬になると味噌作って桶に漬けて。醤油は最後に絞りが大変だから普通の家で作るのは無理で、あれはメーカーでつくるのがいいんだけど、味噌は家庭で作れますからね。大豆を煮て、麹菌を入れて、塩を入れて、よーく混ぜて、たたくようにして空気を抜いて味噌玉を作って。

―これは「手前味噌」の語源これが。というかこれが本当の「手前味噌」ですね。

そう。「手前味噌」。

―これでどのくらいですか?

1年半くらい。本当は半年たったらどんどん食べていいんですけどね。

―味噌は長くおけば置いただけ美味しいっていうことはないんでしたっけ?

やっぱり食べ頃というのがあるから。でも3年味噌っていうのがあるから。3年くらいはおいてもいいですけど、あまり古くなると味が悪くなりますね。

―これをまた「種味噌」に使うっていうことは?

これをすこしとっておいてまた味噌を作る時に「種味噌」として入れることができます。半年経っているものだったらちょうど元気な種なので混ぜればいい。

―中島先生の研究室は昔からの古と現代の科学が同居していますね。

そこにある試験管に入っているのが麹菌です。

これが麹菌!

―(試験管の中身を見て)おお!カビですね。

だから麹菌ってカビだって言ってるでしょう(笑)。正真正銘のカビです。

―これは「黄麹菌」?

うん。実際は緑色なんですよ。

―昔は種麹のことを「もやし」と呼んだんですよね。ああ、だからマンガ石川雅之さんの『もやしもん』ってそこからきているんですね。

『もやしもん』はこの研究室で必読です(笑)。でもそもそもそういう意味なので。だから発酵っていろんな知識を断片的に知っているからまとめておく必要があるんです。

―慣用句で使うような「手前味噌」も「醍醐味」も発酵食品と関わりがあったなんて驚きました。

それを知ると誰かにこのことを話したくなるでしょ?

―話したくなります!本日はありがとうございました。

中島春紫先生
中島先生と研究室のみなさん、ありがとうございました!

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