「麹菌」は日本人が育んできた「家畜」!?―ブルーバックス『日本の伝統 発酵の科学』著者・中島春紫さん独占インタビュー

お酒とおつまみは文化が生んだ「発酵食品セット」

―ちなみに中島先生は何かお好きな発酵食品というのはありますか?

発酵食品として好きですと言っていいのかわかりませんが、日本酒です(笑)。そもそもブルーバックスさんからこの話が来たときに、「お酒はもう書かれているからダメです」って言われたんですよ(笑)。

―ああ、最初は『日本酒の科学』で行くつもりだったんですか?

そう。書こうと思っていたら、ブルーバックスでは『日本酒の科学』とか『ビールの科学』『ワインの科学』『ウィスキーの科学』って全部揃って出ていて出番がなかったんです(笑)。

―でもこちらの『発酵の科学』は、お酒に関しても包括的に触れられていますし、「お酒のおつまみ」の科学にもなってますよね。

そうですね。

―その「おつまみ」と「お酒」のワンセットで考えたときに基本的に発酵食品で固められるものですか?

そうですよ。だって日本酒には漬物がいいですし、ワインにはチーズでしょ!ビールにはソーセージとパン、それとピクルスがついていますよね。どこでも発酵食品と発酵飲料の組み合わせがあるはずなんですよ。

―面白いですね。世界の発酵食品の根幹は、ある意味「お酒の周り」にあるという事ですね。

そう思っています。

―食糧を長く保存をしなければいけなかったという目的ももちろんありますよね?

もちろんそうなんですが、お酒なんて保存のためにあるだけではなくて、「幸せ」のためでしょ?それに尽きる訳ですから。美味しいものを食べたら幸せになるでしょ?美味しいものは幸せ回路を刺激するからね。だからなかなか腹八分目は難しい。それが出来て百歳まで生きる人はたいしたものだと思いますよ。私は無理かもと思う(笑)。

―より美味しく、より楽しくってなりますよね。しかし発酵食品ってやっぱり昔に比べて今は食べなくなっているんですかね。

食べなくなっていますね。今、ファストフードの時代なので。発酵食品って典型的なスローフードですから。

―そうですよね。手間も時間もかけて出来上がる料理ですからね。

でもファストフードも、そこをちょっと「お醤油」で美味しくするとか、せめて「ピクルス」で美味しくするとか。別にファストフードを否定する訳ではなくて、そこを一味美味しくしてくれるのが発酵食品でしょ?と思いますけどね。それが現代風のやり方だと僕は思う。

―わかります。僕は子供のころ僕はあまり発酵食品が食べられなかったんですよ。子供の頃ってハンバーガーのピクルスでも避けるくらいでしたけど、今はもうピクルスがないとハンバーガーではないという感じがします。納豆も子供の頃は食べられなかったのに今は好物ですから。文化によって、それが臭く感じるか感じないか、美味しいと感じるか腐っていると感じるかが異なる、と書かれていましたが、これは経験の蓄積なんですかね?

経験ですね。人にかぎらず動物って口の上になんで鼻が付いているのかっていうと、それは食べ物の「品質」を確認するためなんです。これは危ないものなのか?と嗅いで判断するんです。なので「食べても大丈夫」という経験と結びつかないと「臭いもの」は食べられない。だから今の納豆なんてほとんど臭いなんてないんですけれど、それでも経験のない外国人だったりすると、少しの臭いでも気になって、なかなか食べられないんですよ。だからそういうものが食べられるようになるには「食べて美味しかった」という経験と結びつかないとダメなんですよ。

―その経験を裏付ける文化があるという事なんですよね。

経験は文化ですね。子供の頃からそれを食べているかどうかだけの話ですからね。たとえば生き物は普通「苦味」を「毒物」だと判断するんです。でも人間は苦いものを食べるでしょう。それも「苦くても食べられる」という経験がないと食べられないんです。コーヒーだとかニガウリだってあれが普通に野生にあったら、苦くて食べないでしょ?最初に食べた人すごいと思います。今時の学生もちゃんとビールが飲めるようになってから卒業してほしいんだけど(笑)。それは経験と結びついて、初めてああいう苦いものが受け入れられる訳です。わかりやすいのがコーヒーとビールでしょうね。まさしくどちらも「大人の味」のイメージでしょ?

―そうですね。ビールについても書かれていましたね。ホップが苦味をもたらすと。それも化学的な理由があるからあの苦味が出るんだと。

そうなんです。あれは乳酸菌を増やさないために入れるんです。でも苦くなかったらビールじゃないでしょ?と思うし、ビールって元々甘さの成分を残しているので、あれは少々苦くしないとすぐに飽きちゃうでしょうね。甘いものって美味しいけどすぐに飽きちゃうでしょ?たとえば、非常食の乾パンが甘くないのはクッキーとの比較実験で乾パンの方が長く食べ続けられるからなんですね。でもカロリーが必要だからといって、乾パンと別に氷砂糖が入っているでしょ?甘い乾パンじゃなくて。あれはそういう理由です。

発酵食品がない文化はない?

―そう考えるとパンも。

パンが主食の国はパンを甘くしたりしないし、柔らかく膨らんだものではなくて硬いやつでしょ?本場のフランスパンだってすごいじゃないですか。あれで殴られたら…ほぼ凶器として使えそうなパンでしょう(笑)。

―流血しますよね(笑)

本来のフランスパンは、小麦に含まれているほんの少しの糖分で発酵するだけだから固いけど、毎日食べる事を考えるとああいうのが良いんです。

―面白いですね。発酵自体が人間の生活とずっと伴走してきているからこそ、今の酵母からできているパンもビールもそれ自体が、長く食べられる味になっている。

そう思いますね。

―「発酵食品」が主食と言っても良いかもしれませんね。

いや、一番重要な副食が「発酵食品」でしょうね。パンは「発酵食品」ですけど、どちらかというと例外で、麦ってそのまま食べると美味しくないので粉にして。焼くと本当に石のようになってしまいますから、少し膨らませて歯が立つ様にしている。だから小麦を水で練ってそのままオーブンに入れたら本当に石になりますよ。まさしく石そのものに。

―そうなんですね。

それはそれで、そうしておくと超保存食になります。時間をかけてガリガリすれば良いわけなので。実際そういうのを食べている国もあります。そうやってカチカチのものをかじるのが当たり前だと思っている国がある。保存食としては優れていて、ただジャガイモにしてもトウモロコシにしても米にしても原型をとどめて食べるか。米はだいたいそのまま食べるものなんですけど、トウモロコシも粉にして食べるか、タロイモとかヤムイモなんかもあれも潰して食べるか。割とシンプルな形にして食べるのが主食ですよね。その加工には「発酵の行程」は普通そんなに入らない。東南アジアの「テンペ」も、大豆の白いカビが生えているやつなんですが、あれも副食という感じですよね。なので、パンは主食で言えば例外的な「発酵食品」だと思います。主食である以上に保存性に長けて、すぐに食べられるのが良い、と思うけど、パンを作るには発酵の時間が結構いるでしょ?ただ小麦はああやって食べるしかないんだと思いますね。

―ご本の中でも「小麦は皮が剥きづらい」という理由が説明されていましたね。ちょっと突飛な質問をすると「発酵食品を持っていない文化」って存在するんですか?

あるとしたら菌がほとんど生育できないところにあると思うんですが。例えばイヌイットでも、ああいう環境下ではほとんど発酵食品らしい発酵食品はないはずなんですが、でも「キビヤック」があるので。

―ああ、海鳥を内臓を抜いたアザラシの腹の中に入れて発酵させるというなかなかインパクトのあるやつですね。

はい。羽もむしらないでそのまま入れる訳ですよね。それジュルジュル飲むんでしょ?うーん。すごすぎる。

―世界一臭い缶詰シュールストレミングも北極圏の方ですよね。そう考えると発酵に向いていない環境にこそ強烈なものが結構ありますね。

それはおそらく、寒いところは嗅覚が麻痺するからでしょう。氷点下10度くらいなら、キビヤックもいけるのかもしれない。シュールストレミングにしたって氷点下10度以下で風が吹いていれば、いけるのかもしれない。それを暖かいところに持ってくるから怖ろしいことになるんだと思う。

―なるほど。そうかもしれないですね。確かに冷たい料理って匂いや味が薄くなりますものね。

だからバイキングの連中は北風かビュービュー吹いているところで、あんなに臭いものを食べていたと思うんですよ(笑)。

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