「麹菌」は日本人が育んできた「家畜」!?―ブルーバックス『日本の伝統 発酵の科学』著者・中島春紫さん独占インタビュー

こんにちはブクログ通信です。

ブクログでは、科学新書レーベルでおなじみの講談社ブルーバックスと協力して毎月最新巻の献本企画をしていますが、今回は特別編!
1月の献本企画で取り上げた『日本の伝統 発酵の科学』の著者、中島春紫先生に独占インタビューをしてまいりました!

ブルーバックスでも「食の科学」は一大人気ジャンル。その中から、ここ数年何かと話題の「発酵」について根ほり葉ほりお伺いしています。

取材・文/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳

著者:中島春紫(なかじま・はるし)さんについて

1960年東京都羽村市生まれ。1989年、東京大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。東京工業大学助手、東京大学大学院農学生命科学研究科助教授、明治大学農学部助教授を経て、2007年同教授。パン酵母、有機溶媒耐性細菌などを手がけ、現在は麹菌のタンパク質を研究対象としている。遺伝子組換え実験教育の普及と食品安全行政および国際生物学オリンピックなどにも取り組む。主な著書に『微生物の科学』(日刊工業新聞社)など。発酵食品と酒類をこよなく愛している。

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発酵と腐敗を区別するのは、科学ではなく文化

2018年3月5日明治大学生田キャンパスにて、農学部教授の中島春紫先生にお話をお伺いしました!

―本日はよろしくお願いいたします。「発酵」というと、僕の中では不明瞭な部分も多かったのですが、今回『発酵の科学』を読んで納得するところが多かったです。科学は「発酵」という事態についてこう回答するんだと感銘を受けました。

そう言って頂けると嬉しいです。「発酵」の知識ってみんなものすごく断片的に知っているんです。それが繋がるように説明されてみると、みんな腑に落ちることばかりでしょ?

―「全てに理由がある」という事を教えていただけた気がします。アジアで「麹菌」が波及したのは、モンスーン気候のおかげであり、ヨーロッパは乾燥気候だから「麹菌」がうまく育たない代わりに「乳酸菌」が発達しているということなど。

そう。ヨーロッパでは、乾燥してて、カビがあまり生えません。

―北国では日本酒の製造が盛んではあるけど、南国で作ると酸っぱくなっちゃうこととか。「酸っぱさ」を分離させなきゃいけないから蒸留の行程が必要になり、その結果「焼酎」や「泡盛」造りが盛んになったと。目から鱗でした。

そういうことを解りやすく書いてある本ってなかなかないんですよね。そもそも「何でそうなるのか?」を。

―地域によってお酒の種類はこう違うという知識は僕も持っていたわけですけれども、その具体的な理由として気候の説明は、不勉強ではあるとは思うのですが、読んだことありませんでした。「古(いにしえ)の知恵」である黒酢生成の過程も、「なるほどこれがこうでこういうことになるのか!」とすごくクリアに。

そう言って頂けるとすごく嬉しい。

―自然科学的でもありながら文化人類学的な要素もあり、小泉武夫先生(※発酵学の第一人者。東京農業大学名誉教授)の「発酵と腐敗を区別するのは、科学ではなく文化である」という言葉も引用されていましたね。

至言ですね。

―その「発酵学」という学問について詳しく教えてください。そもそも「発酵学」は農学部で教えるものなんですね。

「発酵科学」は農学の中ではメインの科学の一つです。これは昔からですね。その中で学問として分厚いのは「清酒」「味噌」「醤油」系でしょうね。「麹菌」絡みのビジネスは「GNPの1%」って聞いたことがあります。文化としても経済としても大きいので、これは完全に学問として成立しています。

―ということは「日本の食材」の研究ですから、やはり世界的にみて先行しているんですか?

そうですね。これは日本の独自性が深い学問です。約100年前に日本の大学に農学部ができて、その中で「農学科」と「農芸化学科」と「農業経済学科」が設置されます。「農学科」は「作物を作る」学問、「農芸化学」は「作物を加工する」と「肥料などで農業をバックアップする」と「栄養学」まで含んだ学問です。「農業経済学」は「農村にフォーカスしたもの」と「農作物の流通」などです。「農芸化学」では「食品系」と「微生物系」が大きく、その主力が「発酵」になります。それから「肥料」とか「土壌」とかも「農芸化学」です。「有機合成」も農芸化学なので。ただ長い歴史の中で発展してきたんだけど、いろいろ細分化して今では何が何だか解らなくなってきた(笑)。

―なるほど。100年間続くなかでどんどんと細切れになっちゃって。

細かくなりすぎたおかげで、約20年くらい前に、例えば「応用生命科学」とかそんな学科名に各大学が次々に変えていったんです。なので、今、日本で「農芸化学科」があるのは明治大学と高知大学の二校だけですね。「農芸化学」が、発展的解消での名称変更ならいいのだけれど、そういうわけでもなく余計こんがらがった。

―では明治大学「農学部農芸化学科」は結構貴重な学科なんですね。

ほかの学校がどんどん学科名を変えたので、2年くらい前までは、この看板を掲げているのは明治大学だけだったんです。日本最後の「農芸化学科」になるところだったの。だけど高知大学が農芸化学科に戻して、この4月から東京農大も復活しますから。

―そうなんですか!

他にも九州大学も大学院だけ「農芸化学専攻」と名前だけは復活しているし、岡山大学では1年生の「農芸化学」という分野で復活していますから、トレンドは復活の方向です。「日本農芸化学会」って1万人を超える大きな学会が健在だからでしょうね。

―学会は名称を変えずに存続していたっていうのは不思議ですね。

そうずっと健在なんです。そこが看板を守っているから企業の人はみんな「農芸化学」を知っているし。それで一昨年「農芸化学」系からついにノーベル賞の大村智先生も出ましたね。先生の専攻は「農芸化学」なんですよ。微生物からいいものを取ってきてそれを薬にするっていうところ。これも実は「農芸化学」なので。だから今ようやく風がこっちへ向いているところです。そうすると「明治大学農学部農芸化学科」は最後まで看板を守ってこられたので「俺たちカッコいいよね」っていう話になってるんです(笑)。

発酵学は「微生物」を私たちの「味方」として考える

試験管写真
培養中の試験管がずらり

―もう一度整理しますと「農芸化学」の中で「発酵学」は一つ柱なんですね。

はい。「発酵学」が圧倒的に大きな柱です。要するに「発酵=微生物を使って良い物を作ろう」ですから。この微生物を味方に付けているのは「農芸化学」と工学系の「微生物科」くらいです。あとは医学系の微生物と言ったら撲滅すべき「敵」でしょ?農学部でも「農学科」で微生物と言ったら、作物を枯らしたりする「敵」でしょ?なので、微生物研究者のうち7・8割は「微生物=生きていくためにやっつける敵」として見ている人たちなので、私たちとは逆なんです。私たちは「微生物=生きていくために必要な味方」という立場なんです。

―面白いですね。学問によってこんなにアプローチが違うんですね。

そうです。「農芸化学」は微生物を「味方」につける。「農学科」も微生物は植物にとっては病原菌だから「敵」。「工学」系は工学生産で微生物を使うようになったから、工学系が農芸化学に進出してきているとも言えるんだけど。「味の素」とかって巨大なタンクで作っているでしょ?ビールなんてすごいタンクで作っているでしょ?あれは微生物を「味方」にしているんです。「医学」でも病原菌であれば「敵」です。でも今「腸内フローラ」(※腸内に多種多様な細菌が群生していること。植物が群生している「お花畑(英語: flora)」のように見えることから、「腸内フローラ」と呼ばれる。)腸内細菌の種類や数は食事や生活習慣・人種・年齢などにより異なるため、「腸内フローラ」も人それぞれ違います。すごいブームで注目する人も多くて、腸内細菌が免疫にも役に立つとか色々なことが明らかになってきています。

―「腸内フローラ」は最近話題ですよね。その「腸内フローラ」への菌の供給元として発酵食品もあると。

そうですね。

―そういう意味では、昔からある学問とはいえ、新たな光を浴びながら、微生物を生かす方向へ進んでいるというこですね。

「発酵学」をやっている人からすれば、これは大変息の長い仕事ですから、長年に渡り研究し続けているだけのことなんですが、世間の目がこちらへ向くと急に「ブーム」になっているように見えるかもしれませんね。「ブーム」に見えるのであれば、それはそれで嬉しいことなので、これを機会にいろいろ知っていただければと思います。

―今の「発酵食品ブーム」の中で、発酵食品を紹介する本は多い中、理由の説明は記載が端折られていますけれど、中島先生の本では自然科学として発酵のメカニズムを分かりやすく説明されていますよね。

それが「農芸化学科」ですから(笑)。ただ「発酵食品」そのものが「伝統の技術」なんです。そもそも「発酵食品」そのものが、元来「学術」とは簡単に相容れるものではないんですよ。それを最近の科学者が解析をすると科学的に解明できたかのように「すごいすごい」と驚くかもしれませんが、「発酵をサイエンスする」方がむしろ新参者なので、科学的にアプローチすればするほど「すごい」事実が解るということにすぎないんです。理屈は後から付けられる。

―ご本では雑学的な余談が混ざっていますよね。たとえば「醍醐味」の語源の説明。昔「醍醐」という「乳製品の発酵加工食品」のようなものがあったけれど、その製法が現代に伝わっていないから、「醍醐」が何かは分からない。ただ言葉だけは「とても美味しい」という意味で生き残っていると。彼らの発酵技術は古の知恵ではありましたが、それが今に製法も含めて伝わってさえいれば、自然科学的アプローチによってその製法や美味しさが解明できるようになるだけだということなんですね。

そういうことですね。長い期間にわたってさまざまに研究もされてきて、遅まきながらも「発酵」というものが分かるようになってきた。せっかくだからそれをまとめて紹介させてもらえればと思った本なんです。

―昔は経験的に「そういうものだ」とされていたことを、今は科学的に裏付けられていっただけであると。

そうそう。生活に密接に結びついていましたしね。「糠床」の維持なんてお母さんやおばあちゃんが娘や嫁に教えたものでした。

―その経験知が、科学的に解明されてきた事で、良い事も出来てきたりすることあるんですか?

もちろん、そういう風にしたいんですけど、科学的に理解できて研究者はどうなるかというと「そうか。こうなっているのか!昔の人はすごい!」という。そこからなかなか抜け出せなくて(笑)。だからサイエンスが追いついていないって言ったでしょ?(笑)。

―昔の人がいかに偉大だったか。

そうそう。「誰だよ、こんな発見をした奴」っていう感じですよね(笑)。

―人類が長きにわたって、本当に人も大勢死んでも、繰り返しされてきた身体張った検証だったんでしょうね。

その通りですね。そうやって製法の工程をコントロールしてきたんですから、すごいなと思いますよ。

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