「好奇心」とは「背伸び」?ブルーバックスが目指す「素朴な疑問」から「根源的なテーマ」へ届くものとは

前編に続きブルーバックス編集者の山岸さんから、初心者にもうれしいブルーバックスの選書のコツをお伺いしました。今回は、ブルーバックスが目指す「理想形」、受け継がれるブルーバックスの「根源的なテーマ」について、様々にお話もお伺いしています。これを読んだらあなたもブルーバックスの棚の前で立ち止まってみたくなる?

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取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳

ブルーバックス著書数最大の17タイトル!ブルーバックスの原点「都筑卓司」は初学者は「買い」

マンガ・図解・教科書に限らず言うなら、篠木や前回の編集者Kも触れていた、都筑卓司先生の本がおすすめです。『10歳からの相対性理論―アインシュタインがひらいた道』(1984年)や、『不確定性原理―運命への挑戦』(新装版2002年)『四次元の世界―超空間から相対性理論へ』(2002年)などなど、どれも科学書ビギナーの方でもとても入りやすいですよ。

お一人で17タイトル!都筑卓司『新装版 不確定性原理―運命への挑戦』(新装版2002年)『新装版 四次元の世界―超空間から相対性理論へ』(2002年)『10歳からの相対性理論―アインシュタインがひらいた道』(1984年)

都筑先生の本は17タイトルも刊行されていて、ブルーバックスで最大著作数になりますけれども、もちろんそれには理由があります。先生の最大の魅力は、本が好きであれば科学の知識がなくても読めることなんですね。そして宇宙・素粒子などの私たちの日常とはかけ離れた世界を題材にして「科学」というものの「驚き」を教えてくれます。これこそがブルーバックスの原点ともいえるスタイルなんですよ。都筑先生はブルーバックスの屋台骨を作っていただいた最大の功労者で、2013年に創刊50周年になった時点で、7300万部発行している中でお一人で340万部出されていますからね。

-とてつもないですね。お一人で全体の5%近くですか。

そうなんですよ。ですから「都筑卓司」が著者名に記載されている本はぜひ手に取ってみてほしいですね。「ブルーバックスの理想の形」がわかっていただけるかと思います。けしてすべてがやさしいというわけではないのですが、それでも読めてしまうのが都筑先生の本です。

 

 

「好奇心」とは「背伸び」

-改めてお伺いしたいのですが、ブルーバックスの想定する読者層は、やはり高校生・受験生なのでしょうか?

高校生に限らず、ちょっと科学をのぞいてみようかなと思っているすべての人に、広く間口を開いていたいと思っています。むしろ最近は、ご高齢の読者からのハガキなどを拝見して、知的好奇心の旺盛さに圧倒されることもしばしばです。とはいえ、やはり若い世代に読者層を広げたいのは事実です。いま壮年の研究者にも、学生時代にブルーバックスを読んで科学を志したという方は大勢いらっしゃいますしね。どうしたら、科学に好奇心をもつ最初のとっかかりを提供できるか、これはブルーバックスの永遠のテーマともいえます。

その点で、2000番記念冊子を作るにあたって、ブルーバックスから何冊も本を出していただいている竹内薫先生に寄稿していただいているのですが、中学生時代にブルーバックスを読みふけっていたという竹内先生ならではの、面白いことを書いていただいています。

「ふんふんふん、中学の同輩諸君、オレはキミたちよりずーっとずーっと宇宙の真理を知っておるのだ」と根拠のない優越感に浸っていた。

―竹内薫「ブルーバックスのせいでサイエンス作家になってしまったオレ」
小冊子『講談社ブルーバックス通巻2000番記念』(非売品 2017年2月)

とても素敵な思い出ですよね(笑)。でも、この気持ちこそがブルーバックスの読者に共通する心理なのかもしれないと思うんですよ(笑)。

-それはとてもわかるような気がします。

「好奇心」というものには、まだ自分ではわからないものを理解してやろうという「背伸び」の姿勢が必ずあります。その「背伸び」する部分をブルーバックスが担わなければいけないのだろうと思っています。ですので、内容がやさしすぎる本やテーマ自体がそもそもわかりやすい本の方が、かえって部数が伸びないということも起きます。もちろん、難しいだけではそっぽを向かれる。そのさじ加減が難しいのですが、読者のみなさんの「好奇心」の火を消すことなく、次の少し「難しい本」へと繋いでいくことが、わたしたちの役割なんだろうと考えています。

『宇宙とはなにか』『地球とはなにか』『生命とはなにか』『人間とはなにか』と根源的なテーマに届くようなもの

私はブルーバックスに配属された時に、長年、ブルーバックスの編集長を務めた大先輩から「君がこれからどんなテーマの本を作るにしても、『宇宙とはなにか』『地球とはなにか』『生命とはなにか』『人間とはなにか』といった根源的なテーマに届くようなものを作ってほしい。これは僕からのお願いです」と教えを受けたんですね。「かっこいいことを言うなあ」と感激した記憶があるんですが(笑)、その姿勢がブルーバックスのDNAなんだろうと思います。

-その根源的なテーマこそ、子供たちの心にふっと浮かんでくる疑問ですよね。でも自力では解きがたいものですよね。大人になっていくうちに忘れてしまいますが。

そうですね。そしてその「DNA」繋がりではないですが、こちらが、まさしく「生命とは何か」を答えようとしている本です。

ジェームス・D.ワトソン・著/青木薫・訳『DNA―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで』上・下巻(2005)

1953年にDNAの2重らせん構造を発見した研究者ジェームス・ワトソンの『DNA ―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで』(上・下巻 2005年)です。科学本の翻訳では第一人者の青木薫先生が訳されていますので、文章もこなれていて、とても読みやすいですね。DNA発見の際の興奮も伝わるワトソン自身の素直な声が聞こえてくるような本です。青木先生はブルーバックスでも何冊も訳していただいています。

-青木先生の翻訳の本もおすすめですね。

そうですね。訳者に青木薫先生のお名前を見つけたときは「買い」だと思っていただいていいかと思います。

 

「なぜこんな進化をとげたのか?」という疑問と「川はどうしてできるのか?」という疑問に答える本

その「生命とはなにか」に繋がるもので、長沼毅先生の『死なないやつら』(2013年)も、とても面白くわかりやすい本ですよ。ヒトの致死量の1000倍以上の放射線に耐える生物や、地球上に存在しないレベルの強烈な重力にも耐える生物など、過酷な環境をものともしない「極限生物」たちの驚異的なたくましさに対して、「いったいなぜこんな進化をとげたのか?」という疑問から、「生命とはなんなのか」を紐解いていくものです。極地・僻地でのフィールドワークで鍛えられた「科学界のインディ・ジョーンズ」と呼ばれる長沼先生ですから、文章もとても軽快です。

長沼毅『死なないやつら』(2013)

-極限だから見えてくる「生命とはなにか」ですね。

そうですね。また「地球とはなにか」でいえば、藤岡換太郎先生の『川はどうしてできるのか』(2014年)は、『山はどうしてできるのか』(2012年)『海はどうしてできたのか』(2013年)とともに「地球に強くなる三部作」となっていますが、黄河、アマゾン川から多摩川、天竜川まで、推理小説のように謎を解いていく形式で「川の科学」がわかるように書かれています。これも面白くてわかりやすい地学の本です。

藤岡換太郎『川はどうしてできるのか』(2014年)

-なるほど、目の前に広がる山、海、川からわかる「地学」ですね。タイトルもまっすぐに「素朴な疑問」からの視点ですね。

科学書を読んだことない方がもし、「何でもいいからブルーバックスを最後まで一冊読み切ってみよう」と思われた時は、こういう「素朴な疑問」から科学の深いところまで誘ってくれる本を強くおすすめしたいですね。

もう一つ「宇宙とはなにか」で言えば、宇宙のはじまりについての仮説「インフレーション理論」の提唱者でもある日本を代表する宇宙物理学者、佐藤勝彦先生の『インフレーション宇宙論―ビッグバンの前に何が起こったのか』(2010年)です。これは私がブルーバックスに配属されたばかりで科学の知識もほとんどなかった時に、担当させていただいた本です。私はもともと「文系」で、理科は大の苦手でした。その私が編集した本なわけですから、初心者の方でも分かりやすいものになったのではないかと思っています。

佐藤勝彦『インフレーション宇宙論―ビッグバンの前に何が起こったのか』(2010年)

-なるほど。最初の読者である編集者が「わかりやすく」作れば確かにそうなりますよね。ブルーバックス編集部はそもそも、いわゆる「文系・理系」の比率はどれくらいなんでしょうか。

今は理系が6割くらいですが、文系編集者が多い時代も長かったんですよ。開き直るわけでないですが、理系の知識がない編集者だから、科学と縁のない一般の方でもわかりやすいものができる、こともあるのではないかと(笑)。専門的な述語を知らなければ、素通りできずに、立ち止まって考えますよね。インフレーション宇宙論は現在では宇宙創生の標準理論として認知されているものですが、日本人の研究者によるすごい理論をなるべく多くの人に理解していただきたくて、最も平明なインフレーション理論の入門書を目指しました。

-だから「経験が浅い編集が担当したブルーバックスは分かりやすい」。

ということにしておきますか(笑)。ただ読む人からすると編集者の経験が浅いかどうかなんてわからないですね(笑)。

-ですよね(笑)

 

 

いかにブルーバックスは「わかりやすさ」を追求しているか

-最後に、まだブルーバックスを手に取ったことがない方に一言いただけますか。

漠然とブルーバックスの棚の前に立ち止まっても、取りつく島がないかとは思いますが、今回お話ししたような観点を手がかりに一冊一冊を手に取っていただければ、ブルーバックスもいろいろなタイプに分類できて、それぞれに「なんとかわかりやすく」という思いが込められていることがわかっていただけるかと思います。

-書店でブルーバックスの棚の前に立つ楽しみが増えました!本日は貴重なお話、誠にありがとうございました!


ブルーバックス編集者山岸さんがコンシェルジュしてくれた「初学者でも入りやすいブルーバックス」はいかがだったでしょうか。ブルーバックス編集部ブクログ独占インタビューはまだ続きます!次回はブルーバックス編集部の中の紅一点!女性編集者からのお勧めしたいブルーバックスを公開します!乞うご期待!

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